はじめに
固有値と固有ベクトルの応用の話なら全部応用数学やろなあ…と思ったので保型形式の話をします.
保型形式(modular form)というのは非常に対称性が高い関数で,色んな不思議な等式を作ってくれます.
また保型形式と楕円曲線が密接に関係している谷山志村予想(現在では予想ではなく定理)やWiles, Taylorの活躍によりフェルマー予想が解決したのは有名な話です(ちなみにサイモン・シンの『フェルマーの最終定理』というドキュメンタリ本は超面白いんでオススメ).
保型形式はそれ自体が面白いものですがラングランズ予想などにも現れるなど現在もみんなが知りたい対象として盛んに研究されています.
今回はその保型形式の諸性質ついて固有値と固有ベクトルの観点から簡単に紹介できればなと思い筆をとった次第です.
以下は全て私の感覚の「おはなし」であり数学の話ではないことをお断りしておきます.
また誤植やそもそもの勘違いがあるかもしれませんがその際はご報告をいただければ幸いです.
今回のお話は以下のようにまとめられます.
- 保型形式という対称性の高い関数が存在する.
- 良い保型形式からある意味でゼータ関数の高次版(L関数)が作れる.
- ゼータ関数から数論的な性質が出てくるように,L関数から数論的な性質が出てくる.
- 保型形式のなすベクトル空間に作用する線形作用素の固有値や固有ベクトルは良い性質を持つ.
想定する知識:
群論と一変数複素解析ぐらいは皆知ってるよね!
群と対称性
私が学生のころ勉強していると「群の作用が対称性を記述する」みたいな記述を見かけることがよくあったんです.
どの辺が対称性なんだろうと思っていたのですが,ある時この説明なら自分は納得できるなと思った説明があるのでそれをします.
$f: \mathbb{R} \to \mathbb{R}$ を連続関数とするとき, $$ f(-x) = - f(x) $$ が成り立つとすると凄い対称性ありそうじゃないですか?
他の例だと$$f(-x) = f(x)$$ を満たす関数も対称性が高そう.
さらに例をあげると$$f(x+1) = f(x)$$を満たす関数も良さそうです(簡単のため周期を1としました).
これらは高校で奇関数とか偶関数とか周期関数として習うわけですが,こいつらが出てくると実数全体で行う積分が半分の領域で2倍すればいいとか,打ち消しあって0になるとかで計算上便利なことが起きるわけです.
さて,上記の対称性っぽい気持ちを数学的に定式化しようとするにはどうすればよいでしょうか.
そこで群と作用という言葉が出てくるわけです.
まずは雑な定式化をして,偶奇関数や周期関数がそれを満たすよねという説明をする方針でいきます.
$f:\mathbb{R} \to \mathbb{R}$を連続関数, $G$ を群とします.
$g \in G$ が定義域に作用して以下を満たす時,対称性が高い関数と思うことにしちゃいます.
$$ f(g.x) = \text{(something number from $g$)} \times f(x) $$
ここで出てくる "なんか $g$ から来る数" ってなんやねんって話ですが, 以下の例のような感じです.
case1: 奇関数偶関数の場合
$G= \{ \pm 1 \}$ を位数2の群として, $g \in G$ が $\mathbb{R}$に以下のように(左)作用するとする(自然な作用という):
$$ g.x := g x .$$
この時,任意の $ g \in G$ に対して以下を満たす関数を奇関数と呼ぶ:
$$ f(g.x) = g f(x) .$$
同じ設定で,任意の $ g \in G$ に対して以下を満たす関数を偶関数と呼ぶ:
$$ f(g.x) = f(x) .$$
これら上述の例でいうと 『なんか $g$ から来る数』は $g$ そのものであったり定数1であったりするわけですね.
case2: 周期関数の場合
$G= \mathbb{Z}$ を整数全体のなす群として, $g \in G$ が $\mathbb{R}$に以下のように(左)作用するとする:
$$ g.x := g + x .$$この時任意の $ g \in G$ に対して以下を満たす関数を偶関数と呼ぶ:
$$ f(g.x) = f(x) .$$
この例でいうと 『なんか $g$ から来る数』は定数1ですね.
どっちにしろポイントは2つです
- 群が定義域に作用する.
- $f(g.x) = \text{(something from g)} \times f(x)$ によりある程度 $f(x)$ の形が保たれる.
保型形式
さて対称性の高い関数の例として出てくるのが保型形式です.名前の通り型を保つわけですが,まずは定義からしていきましょう.
$G = \mathrm{SL}_2(\mathbb{Z})$, $\mathfrak{H} := \{ z \in \mathbb{C} \ |\ \mathrm{Im}(z) > 0 \}$ を上半平面とする.( $\mathfrak{H}$ は $H$ のフラクトゥールです).
$g \in G$ の $z \in \mathfrak{H}$ への左作用を以下のように定義する.
$$
\quad g.z := \frac{az + b}{cz + d}, \ \ \text{where } g = \begin{pmatrix}
a & b \
c & d
\end{pmatrix}.
$$
$f$ を $\mathfrak{H}$ 上の正則関数とする.以下の条件を満たすとき $f$ を(レベル1, 重さ $k$ の) 保型形式という.
- $\forall g \in G$ について $f(g.z) = (cz + d)^k f(z)$
- $q = e^{2\pi i z}$ と変数変換すると
$$f(z) = \sum_{n=0}^\infty a_n q^n$$と展開できる.(これは"$i \infty$で正則"を意味する).
2つ目の条件の意味を簡単に解説すると,
$z \in \mathfrak{H}$ と $0 < |q| < 1$ が同値であり, $q \to 0$ と $\mathrm{Im}(z) \to \infty$ が対応していることを考えれば, $q \to 0$で正則と "$i \infty$ で正則"がそれぞれ対応していることが分かるかと思います.
また保型形式の定義の1つ目の条件を見てみるとやはり先程述べたように対象性が高い関数になっています.
さて,保型形式の例を一つ紹介します.ラマヌジャンは以下のような関数を考えました.
$$ \Delta(z) := q\prod_{n=1}^\infty (1 - q^n)^{24} $$ここで $z \in \mathfrak{H}$, $q = e^{2\pi i z}$ と定義します.
定義より右辺はきちんと $z$ に関する関数です.
実は $\Delta(z)$ は重さ12の保型形式になっていることが示せます.
これを示すのは結構大変なのですが,なっています(証明は数論の本を参考).
保型形式は高い対象性を持つからなのか不思議な等式を沢山産み出してくれます.
また不思議なことにこの関数から数論的に面白い対象がわんさか出てきます.
関数から数論的な性質が出てくると言ったら思い出すのはゼータ関数ですよね.
実は保型形式はゼータ関数のある意味で高次版になっています.
そのことを説明するためにゼータ関数の復習をしていきましょう.
ゼータ関数とオイラー積
ゼータ関数というのは
$$ \zeta (s) = \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s}$$という関数です.
$s$ は複素数で, $\mathrm{Re}(s) > 1$ の領域でこの級数は収束します.
また解析接続ができて $s=1$ を除いた全平面で正則になり, $s=1$ で1位の極を持ちます.
ゼータ関数は以下のような形でも表すことができます.
$$\zeta(s) = \sum_{n=1}^\infty \frac{1}{n^s} = \prod_{p \text{:素数}} \frac{1}{1+p^{-s}} $$
ポイントは自然数に関する和が素数に関する積になっている点です.
この等式をオイラー積表示というのですが,オイラー積を通じて素数に関する性質が解析的に証明することが可能になります.
簡単な応用例として $\lim_{s \to 1}\zeta(s) = \infty$ より「素数が無限個存在する」という初等的な事実が従います.
オーバーキル感が否めないですが,関数の性質から素数の性質が導かれる点は面白いポイントではないでしょうか.
ちなみに素数の逆数和は発散する事実もオイラー積表示から従います.
より高級な話ですと素数定理やディリクレの算術級数定理という素数に関する性質の定理も積表示や複素解析の結果をバリバリ使って示されます.
元々リーマンは与えられた数以下の素数の個数を明示的に表したくてゼータ関数とそのオイラー積表示を考察し$s$を複素数まで拡張したという背景があるようです.
リーマン予想の話までしだすと今回の記事の趣旨と大幅にずれそうなので一旦ここで切り上げますが,関数の性質から数論的な事実が出る!面白い!というのがこの辺の分野を楽しめる一つの見方なのかもしれませんね.
ラマヌジャンの保型形式再考
さてここで保型形式の例に戻ってみましょう.
ラマヌジャンの保型形式は無限積で定義されていましたが,この無限積を低次の項から計算してみましょう.
2項定理を使うだけの多項式の展開ですが,実際に展開してみると以下のようになります.
$$\Delta(z) = q −24q^2 + 252q^3 −1472q^4 + 4830q^5 −6048q^6 −16744q^7
- 84480q^8 −113643q^{10} + \dots $$
右辺の係数を $\tau(n)$ と表すことにしましょう.つまり, $\Delta(z) = \sum \tau(n)q^n$ と表しているとします.
ラマヌジャンがやったことは,この $\tau(n)$ をめちゃくちゃ計算してゼータ関数のようなもの(L関数)を考えて,次の予想を立てたことです.
$\tau(n)$ を係数とする級数(L関数)を$$L(s) := \sum_n \frac{\tau(n)}{ n^{-s}} $$ と定義すると,
$$L(s) = \prod_{p: \text{素数}} \frac{1}{1 - \tau(p)p^{-s} + p^{11-2s}} $$が成立.
これがある意味で高次のゼータ関数と言われる所以です.
L関数がゼータ関数のようなもので,オイラー積の類似式が成立していますね.
しかも分母を見ると $p^{11-2s}$ という1次ではない項が現れている点で高次なのです.
さて,積表示が得られたわけですが,これがどういう定理を生み出すのかが気になるところです.
源流のゼータ関数とオイラー積表示を思い出すと,「素数定理」であったり「ディリクレの算術級数定理」であったり素数の無限性等に関する定理が出てきました.
ではその類似の方向を考えてみると何が出るのかを調べてみたところ佐藤テイト予想というのがあります.
ただ佐藤テイト予想はもう現代数論幾何の深い定理(ゼータ関数・L関数,保型表現の様々な “持ち上げ”,志村多様体,エタールコホモロジー,保型表現に伴うガロア表現,ガロア表現の変形・枠付き変形)を総動員しているらしいのと部分的に解決したらしいという話しか知らず,完全に解決したのかなどを含めて僕の話せる範囲を超えていますので存在だけを紹介しました.
保型形式の空間に作用する線形作用素
最後にようやく固有値と固有ベクトルの話をします.
定義から容易に分かるように重さ $k$ の保型形式全体のなす空間は $\mathbb{C}$ 上のベクトル空間となります.
この空間を $M_k(\mathrm{SL}_2(\mathbb{Z}))$ と表すことにしましょう.($M$ は modularのm).
これが今回考えたいベクトル空間です.
そしてその上の線形作用素として現れるものがHecke作用素です.
詳細な定義は省略しますが,自然数 $n$ について定まる線形写像
$$T_n: M_k(\mathrm{SL}_2(\mathbb{Z})) \to M_k(\mathrm{SL}_2(\mathbb{Z}))$$をHecke作用素といいます.
また,全ての $n$ について同時固有ベクトルとなる保型形式をHecke固有形式といいます.
より正確には, $f \in M_k(\mathrm{SL}_2(\mathbb{Z}))$ が以下の条件を満たす時Hecke固有形式と呼びます:
$$ \forall n \in \mathbb{N}, \ \exists \lambda_n(f) \ \ s.t. \ T_n(f) = \lambda_n(f)f. $$ この固有値 $\lambda_n(f)$ をHecke固有値といいます.
さて,Hecke固有形式はどんな性質を満たすのかを見ていきましょう.
まず1つ目として「 $q$ 展開した時の係数がHecke固有値になる」という凄く綺麗な定理があります.
つまり, $f(z)$ を保型形式とした時に, $q=e^{2 \pi i z}$ と変数変換してやって, $q=0$ でローラン展開してあげたときの係数が固有値になっています.(正確には $\lambda_1(f) = 1$となるように $f$ に定数倍をして正規化をする必要がありますが)
気持ち的には「ほーん,フーリエ展開した時の係数を求められるわけね」という解釈をすると何をやっているかが見えてくるかもしれません.
そしてHecke固有値にはとても数論っぽい等式が成立します.
引き続き $f$ を重さ $k$ のHecke固有形式,そのHecke固有値を $\lambda_n(f)$ と表すことにします.この時下記が成立します:
- $m, n$を互いに素な自然数とすると $ \lambda_{mn}(f) = \lambda_m(f) \lambda_n(f)$.
- 素数 $p$ について $ \lambda_{p^n}\lambda_p(f) = \lambda_{p^{n+1}}(f) + p^{k-1}\lambda_{p^{n-1}}(f)$.
この2つの式がミソで,保型形式から作られるL関数のオイラー積表示にこれらが使われています.
またこれらの保型形式の理論と楕円曲線の関わりであったり,$q$展開した時の係数の評価という二項係数の大きさの問題がなぜか50年ほど解かていない難問で最終的にWeil予想の解決に伴って解決したことなども書きたかったのですが,もはやこれは固有値固有ベクトルと関係なくなったのでいつかやる気が出たら書きます.
まとめ
最後にもう一度今までの流れを復習してみましょう.
- 保型形式という対称性の高い関数が存在する.
- 群の作用で記述される複素解析的な性質を持った良い関数.
- Hecke保型形式から定まるL関数(Hecke L関数)はある意味でゼータ関数の高次版になっている.
- オイラー積の高次版になっている.
- ゼータ関数から数論的な性質が出てくるように,保型形式から定まるL関数から数論的な性質が出てくる.
- ゼータ関数の場合はオイラー積表示から素数定理やリーマン予想などが出てくる.
- 保型形式から来るL関数の場合はオイラー積表示から佐藤テイト予想などが出てくる(らしい)
- 保型形式の基本的な性質を示すために固有値と固有ベクトルの応用がなされる.
- 保型形式全体のなすベクトル空間にHecke作用素が作用する.
- その固有値を通してHecke L関数のオイラー積表示が証明される.
こうして見返すとこれ誰のために書いたんだ!?という気持ちになりますね.
参考文献
黒川 信重, 栗原 将人, 斎藤 毅, 数論II, 岩波書店, 2005.
J. P. Serre, A Course in Arithmetic, Graduate Texts in Mathematics 7 Springer, 1973.
加塩 朋和, 保型形式の入門的な授業のレジュメ, lecture note, 2017. (URL: https://www.rs.tus.ac.jp/a25594/2017_Modular_Form.pdf )