アドカレ投稿時の記事があまりにもひどかった。
そのため、ChatGPTにインタビュアーになってもらうことにしました。
私が2年間で約2000時間勉強したことで起きた変化について書きたいとおもいます。
著者プロフィール
名前:ぬまるちゃん
歴:もうちょいで3年目開始の微経験
資格:情報処理安全確保支援士合格、他AWS,Azure,Pythonなど計30個くらい
要約
1行ver
「振られて悔しーから絶対エンジニアになるもん☆」
ちょい長ver
私の失恋からエンジニア就職までの様子をお話しします。基礎から始め、コミュニティに参加し、実践的なポートフォリオ作成に挑みます。2度の挫折を経て、大手企業へ就職し、就職後も多くの資格取得を実現しました。客先でも高い評価をいただくことができ、継続的な学習が今の自分につながったと考えています。
エンジニアとしての勉強の動機
振られたからです。
深夜に急に「好きな人ができました」の一言で振られました。
(当時本当にその子の事が好きすぎたので「他の人を好きになってもいいから、その時はその人と付き合う前に、先に自分と別れてほしい。順序を踏んでくれないときっと恨んでしまうから。」ということを何度もお付き合い中に伝えていたので、約束守ってくれたんだなあと思っています。)
真に実力の身についたエンジニアになることを目指すようになったきっかけは間違いなくこの失恋です。当時はその子を非常に愛していたので、自分には彼女を幸せにする実力がないから振られてしまったと思いました。自分が実力をつければ彼女は戻ってくるかもしれない。そんな思いから、エンジニアを目指すようになりました。理由は振られる前に彼女にエンジニアに転職しようかと思うことを伝えていたからです。
有言実行のためにスマホのパスワードを「〇〇を追い越す」に変えました。
今は別の素晴らしい女性と結婚しているのですが、本当に人間的に魅力のある素敵な子だったなと今でも思います(当時からめちゃくちゃ美化して見ていたので、客観的には結構悪い子なんだろうなと思います)
真に実力のある人間になりたかったので、中途半端な勉強は絶対にしないとこの時誓いました。
どんなエンジニアを目指し始めたか?
何でも自分で解決できる、黒い画面をカタカタして活躍するフルスタックエンジニアを目指しました。誰よりも実力があり、尊敬され、信頼されている人間になれば、その子が戻ってくると考えてましたからね。
そのためにまず何をしたか?
紀伊国屋までいって、Java Silverの本を買いました。理由はJavaなら仕事がなくなることはないというインターネット上の情報からです。
まあ難しくて挫折しました。4章まで行けなかった覚えがあります。翌日にJava Bronzeの本を買いに行きましたが、それもまあ難しくてわからないんですよね。当時はちょっと行間を読むようなコードを出されただけで手も足も出ませんでした。
「え?わい、1番簡単な本でも理解できないの?」
もうどうしたらいいんだろうと半分絶望です。
困ったので、とりあえずITパスポートと簿記3級の本を買い、手を付けることにしました。
ITの知識が足りない!金融系エンジニアには簿記の知識も必要!というインターネットからの知恵を実行したのです。
結果的にこの選択は正解だったと思います。ITパスポートの勉強で得た知識は情報処理安全確保支援士に合格した今も役に立っています。
ですがプログラミングに関しては相変わらずチンプンカンの状態が1か月ほど続きました。
転機:JPINとの出会い
Javaの黒本の著者である志賀先生との出会いが転機になります。志賀先生が当時無料で開いていたJPINという勉強会に思い切って参加してみることにしました。
本の先生に聞いてもわからないなら、もう一生エンジニアになることはないだろうという思いで、半ばすがるような思いでした。
勉強会の当時の内容を思い出してるとこんな感じでした。
・毎週水曜日に3時間開催(2時間だったかも)
・勉強会は授業とディベートの組み合わせ
・勉強会中に簡単なプログラムやUMLを使う
・翌水曜日までに当日のまとめノートを作る
・翌水曜日までに宿題をクリアする
・宿題をどう説いたかはチームメンバーに説明して共有する
JPINで一緒になった方とはいまだにつながりがあります。
「あ。聞いたら正確に教えてくれる志賀先生がいるんだ」
という安心感はかなり自分の中で大きかったです。
正しい勉強法というのがこの世にあるかはわかりませんが、当時の自分にとってはJPINは羅針盤のような存在でした。
また、「焦り」「不安」が理解の阻害をしていたことが体感できました。
同じようにすぐにはできない人もいるということを知れたことにより、じっくりと腰を据えて、すぐに出せる結果(コピペ)に飛びつこうとしないメンタルが手に入りました。学習が加速していったのはそれからです。
JPINは今でも続いているようなので、いつかカムバックしたい気持ちでいっぱいです。
JPINのどこが良かったか?
一番よかったのはJavaという言語がどのようにメモリを使うのか、メソッドのスタックはどういう順番で消費されていくのか?が想像できるようになったところだと思います。簡単なプログラムも組めるようになり、当初抱いていた挫折感は払しょくされていました。最終的に形にできた経験は私の中で今でも、努力すれば必ずできるようになると思えるきっかけになっています。
勉強について他人にアドバイスするなら
今になっても1冊の本を読み切れないことや、難しくて1日では理解できず何日も理解に時間をかけることがあります。ほとんどの人がその様子を見せていないだけです。人間としての潜在能力はそう変わりません。私のように環境を変えてみたり、人より時間をかけることは、それをあなたに体感させてくれかもしれません。
効果的な勉強方法
基礎を積み上げていくことが1番の勉強方法です。暗記やオウム返しすることに逃げないようにしましょう。
学んだ言語の基礎文法を覚えたら、最新の書籍を参考に何か作ってみましょう。インターネットでもよいのですが、書籍の方が確かな知識と確かなコードが記載されている可能性が高いです。初心者の内は取捨選択はできないものとわりきって本にお金を出す方がよいと思います。
書籍の中でわからないことがあれば都度検索して、理解するようにしましょう。1冊やり終えるころにはかなり実力がついているはずです。
言語と並行してITパスポートの勉強をしたほうがいいでしょう。ITパスポートの勉強は暗記しないようにしましょう。これからのIPA試験でも使う知識なので、今暗記しても後が続きません。私はここで暗記に逃げることをなくしたおかげで2年という短期間で情報処理安全確保支援士に合格したと思っています。
とにかく基礎基礎基礎です。基礎からの演繹がほとんどの業務で通用します。
どうやってこの勉強法にたどり着いたか?
1か月で掲示板的な何かを作ろうと思ったことがきっかけです。
某エビ系甲殻類さんのnoteを読み、おもしろいな~と思いました。そのエビさんが1か月で掲示板も作れないなら向いてないよ~と言っていたので1か月で掲示板かそれに準ずる物を作ろうと思いました。
1か月で作成するために私は最新の書籍を利用しました。自分にとってわかりにくい書籍はすぐに手を付けるのをやめ、別の本を再度選ぶようにしました。わからないことに頭を悩ませるよりも、わかることで手を動かした方が早いですし楽しいです。
実際今も(仕事でなければ)わからなかったら(わかる気がしなかったらの方が近いかも)すぐ次(別の分野)に行く、興味のある分野をすぐにやるという勉強方法を取っています。
学習スタイルの変化
今でも基礎重視のスタイルは変わりません。
しかし、昔やめた本に改めて向き合うことで、その時得られなかった知識を獲得する機会を得ています。
また、難易度の高いトピックはTwitterでつぶやくと多くの人がヒントを出してくれるので、それを基によく調べ事をしています。
2000時間の成果と自己評価
自己評価:よわよわエンジニア
成果:300時間ほどで大手企業へ就職しました。就職の際は勉強会のメンバーと仕事に近いコミュニケーションを取っていたことや、自作のポートフォリオが評価されました。客先でも評価が高いと聞いており、休暇のため退場する際も本当に惜しんでくれたと思います。
継続して学習しているため、AWS資格9つ、Azure資格複数(数えきれない)、情報処理安全確保支援士合格など、スキルアップを続けています。これらの資格をまだ直接的に仕事で生かしたことは少ないですが、学習を通して得た基本的なCSの知識があるからこそ、客先での複雑な課題に自分の力で立ち向かうことができているのだと思います。
最後に
皆弱いところをあまり見せないので、昔の私のように「周りのみんながつよつよに見える~」という状況になっている人のために何か気付きを与えることができたなら幸いです。