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ブラックショールズ方程式 まとめ

Last updated at Posted at 2023-02-18

 金融工学や数理ファイナンスで最も基礎的な数理モデルとして使われるブラックショールズモデル、およびその基礎づけとしての確率微分方程式について勉強したので復習用にまとめておく。Pythonによる数値シミュレーションの実装は自身で独自に行ったものになります。

主に次の動画と教科書を参考にさせてもらいました:
「確率微分方程式 (AIcia Solid Project)」
「確率微分方程式入門 -数理ファイナンスへの応用- (石村直之 著)」
「ウォール街の物理学者 (早川書房)」

ブラックショールズモデル

 「ブラックショールズモデル」は、「ヨーロピアン・コール・オプション」と呼ばれる金融商品の価値推定を行う数理モデルである。オプションの価格は、株価の変動のようにランダムに揺れ動く確率変数であり、その時間発展は確率微分方程式で記述される。金融市場における価格変動を初めて実用的に数理モデルで表して解析することに成功したものであり、金融工学の先駆けとなった。(1973年に発表、1997年にノーベル経済学賞を授与)

ヨーロピアン・コール・オプション

 ヨーロピアン・コール・オプションとは、「ある期日(= 満期日$T$)にある株を特定の価格(= 行使価格$K$)で買う(コール)権利(オプション)」のことである。

具体的に、「今から30日後に株Aを100円で買う権利」があったとすると、30日後に株Aの値段が 、
 ① もし100円より高ければ、権利を行使して買い、その場で即売ることで儲けが発生する。
 ② 逆に100円より低ければ、行使せず何も損は発生しない。
このように比較的安全な金融商品(オプションを買った額以上の損はしない)として開発されたものがヨーロピアン・コール・オプションである。

ヨーロピアン・コール・オプションは、もちろん満期日にはその価値が確定するが、それより以前つまり実際に買う時にどれくらいの価値があるのかが重要である。時刻$t$でのオプションの価値を$C$とすると、変数は満期日までの残り時間($T-t$)とその時点での株価$S(t)$で決まりそうなので、価値関数は

\begin{align}
 C(t,S(t))
\end{align}

と書ける。

条件設定として、満期日$T$では価値関数は次のようになる:

C(T,S_T) =
\left\{
\begin{align}
 &(S_T\ge K) \,\, S_T-K \\
 &(S_T<K) \,\, 0
\end{align} 
\right.

この時、オプションの価値関数$C(t,S(t))$を、満期日の条件から遡って予測する数理モデルがブラックショールズモデルである。

一物一価の法則

 金融市場において、ある商品の価格変動は、同じような挙動を示す別の金融商品の価格変動で代替できることが知られている。これは「一物一価の法則」と呼ばれ、ヨーロピアン・コール・オプションの場合は、オプションが対象とする株 $S$ (Stock) と別の債権 $B$ (Bond) を組み合わせた複製ポートフォリオで代替できる:

\begin{align}
 C(t,S(t)) = p(t)S(t) + q(t)B(t)
\end{align}

$p(t),q(t)$は、株と債権の持ち比率であり、$S(t)$の変動に合わせて売り買いすることで$C(t,S)$と同じ挙動を持たせる。株$S(t)$および債権$B$の変動は、次の確率微分方程式と普通の微分方程式でモデル化されるとする:

\begin{align}
 dS &= aSdt + \sigma S d\omega \\
 dB &= rB dt
\end{align}

株価がランダムに揺れ動く効果が、ブラウン運動を表す微小項 $d\omega$ によって表現されている (このモデルの正当性については後に議論する)。債権の方は普通に解くことが出来て、$B(t) = B_0 e^{rt}$である。

ブラックショールズ方程式

 オプションの価値関数$C(t,S(t))$について、次のブラックショールズ方程式が成り立つ:

\begin{align}
\frac{\partial C}{\partial t} + rS \frac{\partial C}{\partial S} + \frac{1}{2} S^2\sigma^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} = r C 
\end{align}

詳しい導出と解法は後回しにして、まずは解とその振る舞いを見てみる。

価値関数$C(t,S(t))$の解は、次のようになる:

\left\{
\begin{align}
 &C(t,S(t)) = S(t) \Phi(d_1) - K e^{-r(T-t)} \Phi(d_2) \\
 &d_1 \equiv \frac{\log{\frac{S}{K}} + \left( r+\frac{1}{2}\sigma^2 \right)(T-t)}{\sigma \sqrt{T-t}}  \\
 &d_2 \equiv \frac{\log{\frac{S}{K}} + \left( r-\frac{1}{2}\sigma^2 \right)(T-t)}{\sigma \sqrt{T-t}} = d_1 - \sigma \sqrt{T-t}  \\
 &\Phi(d) \equiv \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{d} e^{-\frac{x^2}{2}} dx
\end{align} 
\right.

見やすいように、満期日から遡る時間 $\tau \equiv T - t$ で表すと、

\left\{
\begin{align}
 &C(\tau,S(\tau)) = S(\tau) \Phi(d_1) - K e^{-r\tau} \Phi(d_2) \\
 &d_1 \equiv \frac{\log{\frac{S}{K}} + \left( r+\frac{1}{2}\sigma^2 \right)\tau}{\sigma \sqrt{\tau}}  \\
 &d_2 \equiv d_1 - \sigma \sqrt{\tau} 
\end{align} 
\right.

(確認として、末期日($\tau\rightarrow 0$)では、$d_1=d_2$であり、これらは$log$の正負により無限となる($\infty (S > K), -\infty (S<K)$)ので、$\Phi(d)$もそれぞれ$+1,0$となり、$C(\tau,S(\tau)) \rightarrow S-K, 0$となって、確かに価値関数の終条件 $C(0,S)=\min \lbrace 0, S-K\rbrace$ と合致する。)

数値シミュレーションした結果は次のようになる ($K=100, r=\sigma=1$, 時間発展$\tau$は逆方向):

実装例 (Python)
import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt
%matplotlib inline
import matplotlib.animation as animation
from scipy import integrate

sig = 1
r = 1
K = 100

def Calc_d1(S,t):
    temp = np.log(S/K) + (r+sig**2/2.0)*(t)
    temp /= sig*np.sqrt(t)
    return temp

def Calc_d2(S,t):
    return Calc_d1(S,t) - sig*np.sqrt(t)

def Phi(d):
    int_func = lambda x,a:np.exp(-a*x**2)
    result_int = integrate.quad(int_func,-np.inf,d,args=0.5)
    return result_int[0] / (2.0*np.pi)

def Calc_C(S,t):
    d1 = Calc_d1(S,t)
    d2 = Calc_d2(S,t)
    return S*Phi(d1) - K*Phi(d2)*np.exp(-r*t)

S_num = 180

S_list = np.array([(i+1)*1.0 for i in range(S_num)])
C_list = np.zeros((1000,len(S_list)))

for i in range(S_num):
    S_temp = S_list[i]
    C_list[0][i] = Calc_C(S_temp, 0.001)

    
for t_index in range(100):
    t = (t_index+1) * 0.01
    for i in range(S_num):
        S_temp = S_list[i]
        C_list[t_index+1][i] = Calc_C(S_temp,t)

ims = []
fig = plt.figure()
ax = fig.add_subplot(1, 1, 1)

im_line0 = ax.plot(S_list, C_list[0], '--',color='blue')

# data thining out
for t in range(100):
    time = t
    im_line = ax.plot(S_list, C_list[t], 'purple')
    im_time = ax.text(0.01, 0.99, 't - T = -{0: 3d} [day]'.format(time), verticalalignment='top', transform=ax.transAxes)
    ims.append(im_line0 + im_line + [im_time])

# plot
plt.title('BS model',loc='center',fontsize=15)
ax.set_xlabel("$S(t)$",fontsize=10)
ax.set_ylabel("$C(t,S)$",fontsize=10)
anm = animation.ArtistAnimation(fig, ims, interval = 50)
anm.save('animation.gif', writer = 'pillow', dpi=300)
plt.show()

導出

 一物一価の法則

\begin{align}
 C(t,S(t)) = p(t)S(t) + q(t)B(t)
\end{align}

から2種類の確率微分方程式を立式し、係数比較することでブラックショールズ方程式が得られる。

(1) 全微分$dC$は、自己資本充足($dpS+dqB=0$:株を売った分は債権を買って価値を維持する)を当てはめると、

\begin{align}
 dC &= dp S+ p dS + dq B + q dB \\
 &= pdS + qdB \\
 &= \left( paS+qrB \right) dt + p \sigma S \, d\omega
\end{align}

(2) 伊藤の公式を使うと、確率過程 $dS = aSdt + \sigma S d\omega$ を変数に持つ、$C(S,t)$の従う確率微分方程式は次のようになる:

\begin{align}
 dC = \left( \frac{\partial C}{\partial t} +aS \frac{\partial C}{\partial S} + \frac{1}{2} \sigma^2 S^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} \right) dt + \sigma S \frac{\partial C}{\partial S} \, d\omega 
\end{align}

(1)と(2)の係数を比較して、

\left\{
\begin{align}
 \frac{\partial C}{\partial t} +aS \frac{\partial C}{\partial S} + \frac{1}{2} \sigma^2 S^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} &= paS+qrB \\
 \sigma S \frac{\partial C}{\partial S} &= p \sigma S
\end{align} 
\right.

第1式から$p,q$を消去する(第2式$p=\frac{\partial C}{\partial S}$と一物一価の法則$C = pS + qB$を使う)と、次のブラックショールズ方程式が得られる:

\begin{align}
 \frac{\partial C}{\partial t} + rS \frac{\partial C}{\partial S} + \frac{1}{2} S^2\sigma^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} = r C
\end{align}

解法

 かなり計算が煩雑なので、大まかな流れだけまとめる。ブラックショールズ方程式に対して、変数変換を駆使して熱伝導方程式の形へ帰着する、

\begin{align}
\frac{\partial C}{\partial t} + rS \frac{\partial C}{\partial S} + \frac{1}{2} S^2\sigma^2 \frac{\partial^2 C}{\partial S^2} = r C 
\end{align}

$y = \log S$として、

\begin{align}
\frac{\partial C}{\partial t} + r \frac{\partial C}{\partial y} + \frac{1}{2} \sigma^2 \left( -\frac{\partial C}{\partial y} + \frac{\partial^2 C}{\partial y^2} \right) = r C 
\end{align}

さらに、$\tau=T-t, u=C e^{r\tau}, x= \frac{y+(r-\frac{1}{2}\sigma^2)\tau}{\sigma}$ とすると、次の熱伝導方程式となる:

\begin{align}
\frac{\partial u}{\partial \tau} = \frac{1}{2} \frac{\partial^2 u}{\partial x^2} 
\end{align}

熱伝導方程式は、初期状態にある熱$u(x,\tau)$が、それぞれ独立に正規分布状に広がる波として振る舞い、それを足し合わせる感じに時間発展する。熱伝導方程式の解は次のようになり、これを頑張って元の変数に戻すと$C(t,S)$の表式も得られる (未確認)。

\begin{align}
u(x,t) = \int_{-\infty}^{\infty} u(s,0) \frac{1}{\sqrt{2\pi t}} e^{-\frac{(x-s)^2}{2t}} ds
\end{align}

つまり、ブラックショールズモデルは、満期条件(ReLuみたいな形のグラフ)から、熱が拡散するように逆向きの時間発展($\tau = T-t$)するような振る舞いをする。

確率微分方程式

 株価の値動きやミクロな分子の運動は、外界からの影響により絶えずゆらぎ続ける。このようなランダムネスを微分方程式の形で取り入れたのが、ブラン運動に対する運動方程式(ランジュバン方程式)であった。より一般に、ランダム性を含む時間発展を行う変数$x$について次のような微分方程式で表したものを「確率微分方程式」と呼ぶ:

\begin{align}
 dx = f(x,t)dt + g(x,t) d\omega
\end{align}

これは、決定論的な時間発展をする項を$dt$、ランダムノイズを含む項を$d\omega$として分離して書いたものと解釈できる。

ブラウン運動$W(t)$の持つ性質から、$d\omega$は2乗や期待値や積分を行うことで取扱いが可能になる:

\begin{align}
 d\omega^2 &= \sigma^2 dt \\
 \int_0^t d\omega &= \omega(t) \\
 E\left[ \Delta \omega \right] &= 0, V\left[ \Delta \omega \right] = \sigma^2
\end{align}

$d\omega$は、ブラウン運動$\omega(t)$が微小時間でどれだけ変位するかに対応するような意味合いを持つ微小項であるが、そもそもブラウン運動は速度無限かつ正負がランダムに入れ替わるので微分値($d\omega/dt$)は定義できない。そのため、微小時間だけを表した確率微分方程式自体はランダム性を陽に表しただけで、意味を解釈することは困難であり、これを積分した確率積分方程式こそが議論の対象となる。積分には、リーマン積分を拡張して定義される伊藤積分がよく用いられる。また、ファインマンカッツの定理を使って、確率微分方程式を偏微分方程式に対応させて解くこともできる。

伊藤積分

 確率微分方程式 $dx = ax \ dt + b x \ d\omega$ に対する積分

\begin{align}
 x(t) - x(0) = \int_0^t a x(t) dt + \int_0^t b x(t) d\omega
\end{align}

を定義して計算出来るようにしたい。

① 第一項の決定論的な積分は、通常のリーマン積分どおり、短冊状に分割してその極限を取ればよい:

\begin{align}
 \int_0^t a x(t) dt 
 &= \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} a x(t_{i\sim i+1}) \ (t_{i+1} - t_i) \\
 &= \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} a x(t_{i}) \ (t_{i+1} - t_i)
\end{align}

$t_{i\sim i+1}$は$t_i$と$t_{i+1}$の間のある値であるが、区間を微小にする極限を取ればどの値でも同じ積分値になる。

② 一方、$d\omega$を含む積分ではこうならない:

\begin{align}
 \int_0^t b x(t) d\omega
 &= \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} a x(\omega_{i\sim i+1}) \ (\omega(t_{i+1}) - \omega(t_i)) \\
\end{align}

$\omega$は速度$\infty$で上下する性質を持つため、微小区間の極限を取っても値が定まらず、このままでは積分を収束する形で定義出来ない。伊藤積分では、「区間の左端の値を代表値として採用する」と定義する。つまり、

\begin{align}
 \int_0^t b x(t) d\omega
 &\equiv \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} a x(\omega_{i}) \ (\omega(t_{i+1}) - \omega(t_i)) \\
\end{align}

とする。(区間の中点を採用する積分を「ストラトノビッチ積分」と呼ぶ、伊藤積分はマルチンゲールになるため有用だそう。)

(定義)
「確率微分方程式

\begin{align}
 dx = f(x,\omega,t) dt + g(x,\omega,t) d\omega
\end{align}

に対して、次のように定義された

\begin{align}
 \int f(x,\omega,t) dt + g(x,\omega,t) d\omega 
 \equiv \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} \left[ f(t_i)\ (t_{i+1} - t_i) + g(t_i) \ (\omega(t_{i+1}) - \omega(t_i)) \right]
\end{align}

積分を伊藤積分と呼ぶ。」

(例) 積分$\int_0^T \omega(t) \ d\omega $を計算する。
初期条件$\omega(0)=0$として、$\Delta \omega^2 = \Delta t$を使うと、

\begin{align}
 \int_0^T \omega(t) \ d\omega 
 &= \lim_{N\rightarrow \infty} \sum_{i=1}^{N} \omega(t_i) \ (\omega(t_{i+1}) - \omega(t_i)) \\
 &= \lim_{N\rightarrow \infty} \frac{1}{2} \sum \left[ \omega(t_{i+1})^2 - \omega(t_i)^2 \right] 
    - \frac{1}{2} \sum \left[ \omega(t_{i+1}) - \omega(t_i) \right]^2 \\
 &= \frac{1}{2} \left[ \omega(T)^2 - \omega(0)^2 \right] - \frac{1}{2} \sum \Delta t \\
 &= \frac{1}{2} \omega(T)^2 - \frac{1}{2} T 
\end{align}

通常のリーマン積分だと、$\int \omega \ d\omega = \frac{1}{2} \omega^2$になりそうだが、$- \frac{1}{2} T $の項が現れている。これが伊藤積分の特徴である。

伊藤の公式

 $x(t)$を次の確率微分方程式に従う確率過程とすると、

\begin{align}
 dx = f(t)dt + g(t) d\omega
\end{align}

この時$x$を変数に含むような関数$h(x,t)$を考えると、$h(x,t)$も次のような確率微分方程式に従う:

\begin{align}
 dh(x,t) = \left( \frac{\partial h}{\partial t} + f \frac{\partial h}{\partial x} + \frac{1}{2} g^2 \frac{\partial^2 h}{\partial x^2}  \right) dt + \frac{\partial h}{\partial x} g \, d\omega
\end{align}

これを「伊藤の公式」と呼ぶ。つまり、確率過程を変数として持つ関数は、関数自体もランダム性を持ち、その挙動は確率微分方程式で表される伊藤の公式で記述されることになる。

(証明)
 普通に$h(x,t)$の全微分をとると、

\begin{align}
 dh(x,t) 
 &= \frac{\partial h}{\partial t} dt + \frac{\partial h}{\partial x} dx \\
 &= \left( \frac{\partial h}{\partial t} + f \frac{\partial h}{\partial x} \right) dt + \frac{\partial h}{\partial x} g \, d\omega
\end{align}

伊藤の公式と見比べると、二階微分の項が足りない。では、この項はどこから来たのか?

→ より高次まで考えると、Taylor展開的に、

\begin{align}
 dh(x,t) 
 &= \frac{\partial h}{\partial t} dt + \frac{\partial h}{\partial x} dx + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x^2} dx^2 + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x \partial t} dx dt + \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial t^2} dt^2 + ...
\end{align}

二階微分の項のうち、微小量1次が残るものがある。$d\omega = \pm \sqrt{dt}$なので、第三項を展開した時に出る$d\omega^2$の項は残る:

\begin{align}
 \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x^2} dx^2  
 = \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x^2} (fdx+gd\omega)^2
 = \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x^2} g^2 d\omega^2 
 = \frac{1}{2} \frac{\partial^2 h}{\partial x^2} g^2 dt
\end{align}

ファインマン・カッツの定理

 ブラックショールズモデルでは、確率微分方程式に従って変動するオプション価格を、ランダム性を含まない偏微分方程式の形に書き換えることで解いた。このように、確率微分方程式と偏微分方程式は両者を対応付けることが可能であり、これは次の「ファインマン・カッツの定理」として一般的に表される:

関数$F(t,x)$が次の偏微分方程式(満期問題)の解である時、

\begin{align}
 「&\frac{\partial F}{\partial t} + \mu \frac{\partial F}{\partial x} + \frac{1}{2} \sigma^2 \frac{\partial^2 F}{\partial x^2} dt = r F」 \\
 &F(T,x) = u(x)
\end{align}

関数$F(t,x)$は次の確率微分方程式(初期値問題)の解に対応する:

\begin{align}
 「&F(t,x) = e^{-r(T-t)} E\left[ u(X(T)) \right] 」 \\
 &dX(s) = \mu ds + \sigma d\omega \, (t \le s \le T) \\
 &X(s=t) = x
\end{align}

株価の変動

 ブラックショールズモデルでは、株価$S$を次のような確率微分方程式でモデル化していた:

\begin{align}
 dS &= aSdt + \sigma S d\omega
\end{align}

この式に従う確率過程$S$をブラックショールズ過程と呼ぶ。ここでは、ブラックショールズモデルの基盤となっている株価$S(t)$のモデルを解いてみて、その振る舞いの妥当性を観察する。

 関数 $h(S,t) = \log S$ とおいて、$h$に対して伊藤の公式を使うと、

\begin{align}
 dh(S,t) 
 &= \left( \frac{\partial h}{\partial t} + f \frac{\partial h}{\partial S} + \frac{1}{2} g^2 \frac{\partial^2 h}{\partial S^2}  \right) dt + \frac{\partial h}{\partial S} g \, d\omega \\
 &= \left( 0 + (aS) \frac{1}{S} - \frac{1}{2} (\sigma S)^2 \frac{1}{S^2}  \right) dt + \frac{1}{S} (\sigma S) \, d\omega \\
 &= \left( a - \frac{1}{2} \sigma^2 \right) dt + \sigma \, d\omega
\end{align}

両辺を伊藤積分して、

\begin{align}
 h(t) - h(0) = \left( a - \frac{1}{2} \sigma^2 \right) t + b \omega(t)
\end{align}

$S$で書き直すと、

\begin{align}
 S(t) &= S_0 \, e^{\left( a - \frac{1}{2} \sigma^2 \right) t } e^{b \omega(t)}
\end{align}

 結果を見てみる。まず、関数$h$に関しては、ランダム項が$\omega(t)$の形で入っているので正規分布の形で裾野が広がっていく。また、全体のトレンドを表す平均値(中央値と一致)は、第一項$\left( a - \frac{1}{2} \sigma^2 \right) t$で決まるが、ランダムノイズ$\sigma$が大きいと減少し、少ないと増大していくことになる。これは、株式市場においてあまりにも増減の激しい株はみな欲しがらず、株価が低下していくという現象に対応しているらしい。そして、$h(t)$が正規分布ということは、株価 $S(t)$ は「対数正規分布」に従う確率変数ということになる。

(ウォール街の物理学者)

 歴史的には、初めて金融工学を導入したルイ・バシュリエは株価の変動を正規分布に従うものと仮定していた。後にこれは訂正されるが、株価の変動がランダムウォークであると仮定する根本の考え方は次のようなものであった:「株価はその時のニュースなどによって影響され変動するものと考えるのが一般的な印象である。よって株価の変動は、その時々の情報を加味して決定するのが妥当であり、ランダムウォークを当てはめるのは大胆すぎるように思える。しかし、この考え方をもっと進めると、現在の株価というのは、情報に通じた投資家たちが未来に上がるのか下がるのかを精一杯予測した上で売り買いし、ある種の均衡状態で合意されている値であるとも言える。つまり、その時点で得られる情報を全て加味したものが現在の株価であるから、そこから上下どちらに動くかは完全にランダムに50%であると言える。」(ウォール街の物理学者 第1章 p.43)

 その後、オズボーンによって実際に株価をデータプロットすると対数正規分布に従っていると訂正された。実際、株価が正規分布に従うならばいずれ負の値を取ってしまうが、対数正規分布は正の値しか出ないためこの点においては矛盾しない。また、株の性質上、10円の株が+1円値上がりすることと、100円の株が+10円値上がりすることは、投資家にとって同じ価値である。(同じ額を投資するとして、どちらの株をフルで買ったとしても儲けは同じである)。このことから、株はその価格でなく、対数を取った「収益率」が真に意味を持るのであり、収益率の方が正規分布に従い上下することも納得できる。(ウォール街の物理学者 第2章 p.73)

 さらに後に、数学者マンデルブロは、綿花の値動きを示すデータが平均値の定まらない不規則な分布を示すことから、収益率が正規分布でなく、より分布の裾野が広いレヴィ安定分布ファットテール分布に従うことを提唱した。レヴィ安定分布は、正規分布も含む概念であり、その裾野が小さい場合(特性指数$\alpha$が大きい)には正規分布に近づいていくが、裾野が広い場合(外れ値的なイベントが多く起きる)には期待値が計算できず分散が無限大になるという性質がある。現在では、収益率はレヴィ安定分布でなくファットテール分布に従うという見方が一般的であるが、このあたりはまだ議論があるようだ。(ウォール街の物理学者 第3章 p.124)

  ブラックショールズモデルは前者の収益率が対数正規分布に従うとしてモデル化したものであるが、実際の市場はより例外的なイベントが発生しやすいファットテール分布であることがマンデルブロにより指摘された。この理論の穴が顕になったのが、1987年に起きた株価の大暴落(ブラックマンデー)である。BSモデルを基に売買をしていた大多数の投資ファンドなどは、ブラックマンデーを予測することが出来ずに大打撃を受け、金融工学そのものに対する批判が巻き起こることとなった。(ウォール街の物理学者 第5章 p.198)

 一方、そのような外れ値のイベントには前兆が見られる場合がある。ブラックマンデーの正確な予測に成功していた地球物理学者ディディエ・ソネットは、これを「ドラゴンキングの足音」と名付け、対数周期的な特殊なデータの振動パターンが前兆として見られることを指摘した。この振動パターンは、全体が自己組織化され、正のフィードバックによる増幅機構が働いており、やがて大規模な相転移現象が起きることを示す。物体の破壊や地震などの現象においてよく研究されているものである。(ウォール街の物理学者 第7章 p.278)

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