不動産の重要事項説明書(宅建業法35条書面)を作る前には、調査フェーズがあります。登記、都市計画、道路、ハザード、ライフライン、各種法令。項目自体はほぼ決まっているのに、この工程はいまだに人力です。
そこを一次スクリーニングだけでも機械に渡せないかと思って作ったのが「重調クン」です。ChatGPTのプラグイン一覧に掲載されたので、何を考えて設計したのかを残しておきます。
コードをゴリゴリ書いた話ではありません。むしろ「ほとんどコードを書かずに、手順書の書き方で挙動を決める」タイプの実装なので、同じような業務特化エージェントを作りたい人には参考になるはずです。
何が面倒だったのか
調査項目そのものは、教科書にも実務マニュアルにも載っています。問題は項目ではなく、たどり着き方のほう。
自治体ごとにWebサイトの構成が違います。資料の名称も違う。「都市計画情報」がどのメニューの下にあるかは自治体次第で、探し当てるまでの時間が読めません。しかも調査対象が区分所有建物なら、Webでは絶対に取れない書類(管理会社発行の重要事項調査報告書)が必ず要る。ここを最初に見落とすと、納期が1〜2週間まるごとずれます。
つまりボトルネックは判断ではなく、判断に入る前の交通整理でした。ここはLLMが得意な領域です。
作ったもの
重調クンがやることは3つです。
物件の住所・取引種別・用途を渡すと、調査すべき項目のチェックリストを生成します。取得済みのPDF(登記簿謄本、都市計画図、建築計画概要書、ハザードマップなど)を投げると、重説に書くべき要点をカテゴリ別に抽出します。最後にその両方を統合して、xlsx形式の調査報告書として出力する。
重説を「書く」AIではなく、重説の「調査をする」AIという切り分けです。役所窓口でのヒアリング、現地調査、境界確認、そして最終的な法的判断は人の仕事のまま残しています。
なぜSkill形式にしたのか
重調クンの実体は、SKILL.md という1枚のMarkdownファイルです。Pythonのコードベースではありません。
この形式を選んだ理由は単純で、業務知識の大半が「手順とチェック項目と例外パターン」だからです。それをコードで表現すると、if文の山になったうえに、実務の更新(管理費の相場が変わった、参照すべき国交省のページが移動した)のたびにデプロイが必要になる。Markdownなら、業務を知っている人が直接直せます。
ファイルの先頭はYAMLフロントマターです。
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name: jucho-kun
description: 重説調査(重要事項説明調査)を自動化する一次スクリーニングスキル。「重調クン」「重説調査して」「重要事項説明の調査」「35条書面の調査項目」「物件の法的調査」などのキーワードで必ず起動する。物件住所を入力すれば調査すべき項目の完全チェックリストを生成し、取得済みのPDFを投入すれば要点を抽出し、結果をxlsx形式の調査報告書として出力する。
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ここで地味に効くのが description です。これは説明文ではなく、起動判定に使われる材料。ユーザーが何と言ったときにこのスキルを呼ぶべきかを、実際に使われそうな言い回しで列挙しておく必要があります。
最初に書いた description は「重説調査を支援します」程度のあっさりしたもので、これだと「35条書面の調査項目を教えて」と頼んでも起動しませんでした。トリガー語を具体的に並べたら、ちゃんと拾うようになった。ここは想像で書かず、自分や同僚が実際に打ちそうな日本語をそのまま入れるのが近道です。
設計で悩んだところ
1. 最初に必ず「区分所有建物ですか?」と聞く
チェックリスト生成に入る前の必須確認として、これを入れました。区分所有かどうかで、必要な書類も費用も納期も変わるからです。
区分所有なら、管理会社発行の重要事項調査報告書が要ります。ウェブでは取得できず、有料申請で1〜2週間。この事実を調査の最後に知るのと最初に知るのとでは、段取りがまるで違います。だから分岐は前倒しにして、区分所有の場合はマンション固有の調査項目(管理費・修繕積立金の滞納、大規模修繕計画、管理規約の制限事項など)をチェックリストに合流させる設計にしました。
AIエージェントを作るとき、つい「全部聞かずに賢く推測させる」方向に寄せたくなります。でも後戻りコストが大きい分岐だけは、素直に聞いたほうが速い。
2. 自治体サイトの自動巡回はスコープから外した
当初は自治体サイトを自動で回って情報を取りに行く機能も考えていました。今のフェーズでは入れていません。
自治体ごとにサイト構造が違うのは冒頭に書いたとおりで、そこを汎用的に自動化しようとすると精度が読めなくなります。読めない精度の結果を、重説という書類の材料に混ぜるのはまずい。取ってきた情報が古かったのか間違っていたのか、後から検証できない状態が一番怖いからです。
なので今は「どこに何を取りに行けばいいか」までを出して、取得は人がやる形にしています。地味ですが、ここが一番時間を食っていた工程なので効果はあります。
3. 出力をxlsxにした
チャットの画面にきれいなMarkdownが出ても、実務では使えません。調査報告書は保存され、回覧され、追記されるものだからです。
シートは4枚構成にしました。調査サマリ、チェックリスト、書類要点、そして未確認事項。この4枚目が地味に大事で、AIが埋められなかった項目を空白にせず「要追加調査」として明示的にリストアップします。空欄は見落とされるけれど、赤いセルは見落とされません。
出力自体はxlsx操作用のスキルに任せていて、重調クン側は書式の指示だけを持っています。
使い方
ChatGPTに重調クンを追加して、日本語で頼むだけです。
「東京都港区〇〇1-2-3、マンション1室の売買重説、チェックリスト作って」
PDFがあるなら添付して、こう頼みます。
「港区〇〇の物件、PDFも揃ってるので調査報告書作って」
チェックリスト生成とPDF要点抽出が走って、xlsxの報告書が出てきます。コマンドを覚える必要はありません。
限界
重調クンは一次スクリーニングです。出力をそのまま重説に転記するツールではありません。
法的判断の最終確認は宅建士が行うものですし、役所窓口でのヒアリング、現地調査、越境や境界の確認は人が担います。ハザード情報も公開データを参照しますが、最新版は各自治体で確認してください。
このあたりは制限として書いておかないと、便利さのほうが先に走ります。作った本人が一番その誘惑にかかるので、スキルのファイル内にも明記してあります。
おわりに
不動産の実務でAIを使うとき、「判断を任せる」方向に期待が向きがちです。ただ実際に効くのは、判断の手前にある段取りの部分でした。どこを調べるか、何を取りに行くか、何がまだ埋まっていないか。この整理をAIに渡すだけで、専門家が確認を始めるまでの時間はかなり短くなります。
業務特化のAIエージェントを作ろうとしている人には、実装より先に「その業務の、どこが判断でどこが段取りか」を切り分けることをおすすめします。段取りの部分だけを切り出せれば、Markdown1枚でも十分に動くものになります。
(重調クンの追加はこちらから:リンク)