はじめに
昨今、「生成AIの登場で、プログラマやシステムエンジニア(SE)は不要になる」という言説をよく目にします。
私自身、主に製造業・SCM(サプライチェーンマネジメント)領域の基幹システムにおいて、コンサルティング(上流工程)から実装(下流工程)までの現場を見てきた経験を踏まえ、今回は「生成AIによるシステム開発の効率化は、実際のところどの程度なのか」について、客観的な事実に基づき整理してみたいと思います。
なお、システム開発の具体的な流れについては、Udemyにて『AWSと生成AIで学ぶSCM基幹システム開発 自動車部品・調達ポータル』というコースをリリースし、解説しています。コースの一部はYouTubeでも無料公開しておりますので、ご興味のある方はご覧ください。
1. 以前の考察と「AIエージェント」の台頭
以前公開した記事「『生成AIで人間は要らなくなる?』元SIer・コンサル出身の現役Udemy講師が思うこと」(以前の記事のリンク)では、以下のようなポイントを解説しました。
- 生成AI(LLM)は仕組み上、確率論(Probabilistic)で動作するため、決定論が求められる基幹システムとは相性がある。
- 「エンジニア不要論」は過去のノーコード・ローコードブーム時にも存在した。
- 生成AIには得意な領域(ログ解析、テストケース抽出等)と不得意な領域(ビジネス要件の意思決定等)が明確に存在する。
Claude Code などに代表されるAIエージェント駆動のシステム開発ツールが登場しています。理論上は、人間が自然言語でIssue(課題)を発行するだけで、AIがコードの実装、デバッグ、テスト、デプロイまでを自律的に行い、人間は最終承認(マージ)をするだけ、という世界観が実現しつつあります。
しかし、これはあくまで個人開発あるいは小規模なプロダクト開発に限定した話だと考えています。
2. 個人開発と法人向け開発の決定的な違いは「責任」
個人開発の根底にあるのは「自分で作り、自分でリリースし、自分で責任を負う」という前提です。不具合が起きても影響範囲は自分や少数のユーザーに留まります。
一方、企業におけるシステム開発、特に法人向けの基幹システム開発には、極めて重い「責任」が伴います。どれだけAIが自動でコードを書いたとしても、「顧客(もしくはエンドユーザー)からお金をもらい、システムを納品する」というビジネスプロセス自体に変わりはありません。
請負契約であれば、成果物に対して「契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)」が発生します。仮に準委任契約であったとしても、成果物連動型の契約形態は多く存在し、プロフェッショナルとしての「善管注意義務」が求められます。
例えば、自動車工場の生産管理・SCMシステムがシステムトラブルで停止した場合、工場のラインが止まり、1日あたり数十億円という甚大な経済的損失に繋がるリスクがあります。万が一そのような事態が発生した際、「AIが勝手に作ったコードなので、AIに責任があります」という言い訳は到底通用しません。
AI時代になっても、システムの挙動に対する「アカウンタビリティ(説明責任)」は人間にあります。
- なぜそのエラーやバグが発生したのか?
- 開発プロセスのどこで、なぜそれに気付けなかったのか?
- 誰が責任(損害賠償等)を負うのか?
企業システムを構築・運用する以上、これらを明確に説明する義務があります。つまり、人間がコードの中身を完全に理解し、ステークホルダーに対して論理的に説明できる状態を保つ必要があるのです。
3. 品質検査の必要性
製造業の現場を例に挙げると、自動車(ハードウェア)を製造する際、プレス工程、車体工程、組立工程を経て、最終検査が行われます。また各工程の中にも、国の安全基準や企業独自の厳しい基準に応じたテスト工程が存在します。「作る → 品質検査 → 作る → 品質検査」というサイクルを何重にも回して、ようやく製品が出荷されます。
システム開発も本質的には全く同じです。
コードを記述した後も、単体テスト、結合テスト、総合テスト、ユーザー受入テスト(UAT)、そしてリリース後の保守運用と、何重もの品質検査工程が存在します。
AIエージェントが「コーディング」の工程を劇的に高速化したとしても、これらの「品質を担保するためのテスト・承認プロセス」をスキップできるわけではありません。前述のアカウンタビリティを果たすためにも、人間によるチェックプロセスは残り続けます。また、このチェックプロセスによって、人間が理解し、そして説明できるようになります。AI が作ったコードであっても、納品責任がある以上は、人間が一行一行説明できる必要があります。
4. AI によって法人向け基幹システム開発はどのくらい効率化されるか → 20%程度
実際のところ生成AIによってシステム開発はどの程度効率化されるのか、複数の調査機関がレポートを出しており、そこには以下のように記載されています。
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マッキンゼー・アンド・カンパニー("The economic potential of generative AI"):
ソフトウェアエンジニアリングにおいて、生成AIの活用によりコーディング等のタスクで20%〜45%の生産性向上が見込めると記載。 -
ガートナー("Gartner Says 75% of Enterprise Software Engineers Will Use AI Code Assistants by 2028"):
2028年までにエンジニアの75%がAIコードアシスタントを使用するようになり、コーディングなどの特定タスクの完了スピードは最大55%程度効率化すると指摘。一方で、コード生成の時間は削減できても品質やセキュリティ担保のプロセスは残るため、全体の開発ライフサイクルで見ると単なるコスト(工数)半減にはならず、慎重なROI評価が必要であると警鐘を鳴らしてる。 -
ゴールドマン・サックス("The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth"):
様々な職業のタスク自動化率を分析した結果、システムエンジニアやプログラマを含む「コンピュータ・数学的職種(Computer and Mathematical)」の全タスクのうち、AIによって自動化(代替)される割合は**29%**であると具体的に推計。
これらのレポートが示す「ミニマム20%、マキシマム45%の削減」という数字は、現場の感覚としても納得感があります。
一般的な基幹システム開発プロジェクト(ウォーターフォール型)における工数割合は以下の通りです(IPA の「ソフトウェア開発データ白書」より)。
- 要件定義:20%
- 基本・詳細設計:20%
- 開発・単体テスト:30%
- 結合テスト・総合テスト・UAT:30%
これら各工程に対して、AIがもたらす削減効果(期待値)が大きいのは開発、単体テストフェーズです。他にも議事録やレポート作成などのブルシットジョブは効率化されるでしょう。一方、経営判断、品質保証プロセスはゼロにはなりません。
仮にAIがコーディング作業(開発・単体テスト)の時間を半分にしたとしても、システム開発全体から見れば、一部の効率化になります。世間一般に言われるような「AIエージェントによるSE・プログラマ不要論」にはまだまだ時間を要します。
5. おわりに:基幹システムにおけるAI活用の着地点
大手企業が構築するような基幹システム、金融機関のシステム、官公庁のシステムは「絶対に止まってはならない」という至上命題を抱えています。
このようなミッションクリティカルなシステム開発が、Claude CodeなどのAIエージェントに「丸投げ」される未来は、少なくとも直近では考えられません。開発プロセスの一部としてAIツールが取り入れられることは間違いありませんが、リスク管理と説明責任の観点から、プロジェクト全体における効率化は「せいぜい20%程度の改善」から段階的に進んでいくと見ています。
プロフィール
[Maruchin Tech]
AWS、製造業・SCM DXを専門とするUdemy講師・技術顧問。
新卒で日産自動車に入社。その後アクセンチュア、NTTデータを経て独立。
大手製造業の基幹システム刷新やDXプロジェクトにおいて、要件定義からアーキテクチャ設計までをリード。
現在は「現場で本当に使える技術と視点」をテーマに、エンジニア教育に従事。