この記事は一休.com Advent Calendar 2025第24日目の記事です。
はじめに
いよいよ2025年ももう残り数日となりました。
今年も振り返るといろんなコンテンツがありましたね。
話題になったものだと映画では『国宝』、ゲームではSwitch2の発売がありました。
ただ、やはり今年を代表する一大コンテンツを挙げるならば大阪・関西万博でしょう。
そして特に私はシグネチャーパビリオン「null²」に入り、衝撃を受けました。
記号を捨ててnullの森に帰ることで、まるで自分の輪郭が溶けてしまうような体験。
あの時の感動は今でも強く頭に残っています。
この喜びを共有したい。ぜひ皆さんも体験して欲しい。
万博は終わっているのですが、実はnull²は移転が決定しました!
「花博(2027年国際園芸博覧会)」に新しく建設される予定です1。行けなかった人もチャンスなので、この機会にぜひ足を運んでみてください。
この記事ではそんなnull²をさらに楽しめるように、背景にある「デジタルネイチャー」について解説しようと思います。
かなりラジカルな概念なので調べてもよくわからない、という方も多いのではないでしょうか。
この記事を参考にしていただければ幸いです。
デジタルネイチャーとは?
デジタルネイチャーについて、落合研究室のホームページにはこう書かれている。
落合陽一准教授が主宰するデジタルネイチャー研究室は,ユビキタスコンピューティングの先に「計算機自然 (Digital Nature)」の到来を見据えています.計算機自然では,人と機械,物質世界 (Material World) と実質世界 (Virtual World) の間に,今までの工業化社会よりも多様な未来の形が起こりうると考えられます.
デジタルネイチャー = 計算機自然 というのは未来に考えられる新しい自然観のことである。
この新しい考え方は、哲学者たちが言葉と思考の枠組みを使って予測していましたが、科学者たちはさらに、実際に世界中のあらゆるモノに数値を与え、言葉と思考の枠組みを超えて、実際にコンピュータとして扱えるようにすることができたのです。
私たちはこのような世界の変化を予測し、人間やコンピュータ、元来の自然など世界中のあらゆるモノを計算機として扱い、質量をもつ物質的なものと質量を持たない実質的なもののような、計算可能なものと計算不能なものの間をコンピュータで結び研究を行っています。
デジタルネイチャーグループは、この新しい自然「デジタルネイチャー」の世界を描き、変わりゆく人間性、文化、芸術、科学技術を深く探求する研究室です。
つまり科学技術が高度に発展した世界では人と機械、物理世界とデジタル世界(実質世界)の境界がなくなってゆき、あらゆるものを計算機として考える新しい視点が必要になる。
その自然観のことをデジタルネイチャーと言っている。
では、具体的に境界がなくなるとはどういうことなのか。
デジタルネイチャーをイメージしやすいものとしてはスマートグラスだ。
デジタルネイチャーの本にもこんなことが書かれている。
視界の片隅で明滅しているスマートフォンとスマートウォッチは、いずれスマートグラスに置き換えられるだろう。そこでは視界のすべてを覆い尽くすフォトンの海を通じて、世界を認識することになる。
引用:デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化した計算機による侘と寂「まえがき」
将来、スマートグラスを通じて人々が世界を見るようになった場合、現実の世界に混ざってデジタルで生成された映像がリアルタイムで表示されるようになる。その映像がリアルになればなるほど、現実の物体とデジタル生成された物体の見分けがつかなくなる。また、さらになんらかの技術で触覚や嗅覚、聴覚などもデジタル世界で生成されたものがデバイスを通じて人間に知覚されるようになると、もはや物質世界(物理的な世界)も実質世界(デジタル世界)も区別できなくなるはずだ。
他にもデジタルネイチャーのイメージしやすい例は、今やすっかり身近な存在となった生成AIだ。
ChatGPTやGeminiと会話していて、それらがどれほど自然な会話ができるのか。誰もが知るところだろう。
このままAIが進化を続ければ、例えば研究開発が自動化されるようになる。
最新のAIが昼夜問わず年中無休で研究すれば、異常な速度で革新的な発見や発明が行われる。あまりにもそれは速すぎて、人間が理解しようとしても追いつくことができない。
そしてそういう状況になれば、デジタル世界で起きていることは人間の手から離れ自然現象に近くなっていく。
これらについて、落合先生は以下のパラダイム変化が起きるという。
「人間が機械と協調して作る」⇨「自動実装されたもの、機械を見て選ぶ」
機械が勝手に作った何かを人間が選んで利用する、というのは、デジタルネイチャーという「自然」から採集する行為と言えるだろう。
2025年はAIエージェント元年と言われていた。clineが話題になったのはまさに1年前のこと。
コーディングや資料作成など、人間の知的活動をAIが高精度でこなせるようになっている。
あらゆる知的活動がAIにとって代わられる可能性は高い。
では、そんな時に人類はどんな文化や社会を作っていくのだろうか。
デジタルネイチャーというのは、そうした一つの新しい自然観を提供しているのだ。
では実際にデジタルネイチャーの体験がどんなものであるか。
その一つを示してくれるのがシグネチャーパビリオン「null²」だ。
null²からデジタルネイチャーへ
null²のクラファンの説明には以下のように書かれている。(※null²特設ページがリンク切れのためクラファンページから引用)
大阪・関西万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」のもと、8つのテーマ事業のひとつである「いのちを磨く」を体現するために、メディアアーティストの落合陽一がプロデュースしたのがシグネチャーパビリオン《null²(ヌルヌル)》です。
(中略)
また、パビリオンの内部は、全面が鏡面状のLEDモニターに囲まれた「無限に反射する空間」が広がっており、時間や空間の認識を問い直す「デジタルネイチャー」の体験を通じて、リアルとバーチャルの境界が曖昧になる新しい自己認識や生命観をうむ特異な体験を提供します。
null²の内部では事前に登録しておいた観客のデジタル分身(デジタルヒューマン)と会話する。
これは自分自身でありながら自律して話したり動いたりするので、どうも他人のような気持ちにもなる。
私が感じたのは、将来もっと精巧な自分のデジタルヒューマンができて、それが勝手に行動して誰かと話したり遊んだりしたらますます自分とは何か分からなくなるな、ということ。自分と他人を隔てているものは何かを問われているように思いました。
そのように、このnull²では自分とデジタル分身などの対話を経て、自然と人工物の境界が曖昧になり、デジタルネイチャーの世界を体験することができるのだ。
null²内部では、「あたまをつかうのは、いきていくことのちょっとしたおまけでした。」「それも一つのきごうだね」という言葉が出てくる。
AIなど科学技術の驚異的な進化によって人間の賢さ ≒ 記号 が取って代わられようとしている。
だからもう人類は記号を手放し、その先に「nullに戻る」という状態へと到達するのだ。
この過程の説明に関しては以下の動画でわかりやすく解説されているので見ていただきたい。
また、null²の名前も重要な意味が含まれている。
null²のコンセプトに、般若心経の「空即是色 色即是空」がある2。
この意味は
物質的なもの(色(しき))はそのまま実体性をもたず(空(くう))、また実体性をもたないままでしかも物質的なものとして存在する
という意味。
物質的なものと実体性を持たないデジタルなものが混ざり合って存在している状態は、まさしくデジタルネイチャーの自然観だろう。
そして名前の由来については以下の動画で言及されている。
まず、「空即是色 色即是空」は、8個の行列の積に見える。
$$空 \cdot 即 \cdot 是 \cdot 色 \cdot 色 \cdot 即 \cdot 是 \cdot 空$$すると空の間に挟まれた「即・是・色・色・即・是」は逆行列っぽさがあるので積で消えそう。(「色・色」で消えて「是・即」で消えるみたいな?)
残りは「空・空」となってこれはすなわち「空」の二乗。「空」= nullなので、null²。というのである。
真面目なのか冗談を言っているのかも分からないが、このネーミングセンスには唸らされた。何をしているとこんなことを思いつくのか。落合先生の発想は本当に面白い。
以上で紹介は終わりです。
もっと知りたいという方はぜひ、デジタルネイチャーの本を読んでください。
さっきいきなり般若心経が出てきましたが、実際この本を読むとデジタルネイチャーは東洋哲学と関係の深いことが分かります。WEEKLY OCHIAIの対談でもデジタルネイチャーの世界観が仏教的であると指摘されていました3。この辺りの考え方も非常に面白いのでおすすめです。
最後に
これからAIによっていろんなものが次々と変化する時代になるでしょう。
デジタルネイチャーはそんな時代を生きるために重要な視点を示しています。
ここでは話せなかった落合先生のテーマ「質量への憧憬」というのも、私はこれからの時代で非常に重要な概念となると思います。
皆さんも移転したらぜひnull²に遊びに行ってみてください。
色々話していますが、こんなことを考えなくてもnull²は十分楽しめます。
あの外観は非常にかっこいいですし、中に入ってもとにかくSFチックで楽しい。
私は鏡の空間全体が白く光って、人類記号史が足元を流れていく様子を見て「これは……人類補完計画…!」と思いテンションが上がりました。
ここまで読んでいただきありがとうございました。null²の素晴らしい体験をみなさんと共有したいと思い、この記事を書きました。
最後はやはり、落合先生のあの言葉で締めましょう。
その喜びを共有しよう! 感動できる! ありがとう!
