CAPM(Capital Asset Pricing Model)の数理的な導出を書いていきたいと思います。
CAPMを説明する理由
いつの間にか機械学習界隈にもファイナンスの話題が多く登場する様になってきていると思います。例えば最近ではKaggleでも株取引のコンペが開かれたりしていますし、また株取引に関するデータサイエンスのコンペであるNumeraiの話題をTwitterでよくみる様になったりもしています。
その様な流れでファイナンス関連の情報をよく見る様になって困るのが、ファイナンスの用語がわからない点です。例えば、機械学習を用いて株の取引を行っているUKIさんのこのqiitaの記事「機械学習による株価予測 いろはの”い”」を読もうとすると、マーケットベータ、マーケットインデックス、ベター値、アルファ、などいくつか意味がすぐにはわからない単語が出てきてしまいます。単にGoogleで検索窓にこれらの単語を打つだけでそれらの意味がすぐにわかるのならそれほど問題はないのですが、実際には深く入り組んでいてすぐにそれらの意味を理解するのは比較的困難でした。
それらの単語のうち簡単なもの意味については適当にネット上で色々な情報を手当たり次第に当たることで吸収することができました。一番優秀だったのが、録画動画が一般公開されているMITのファイナンスの導入のための授業「Financtial Theory I」で、Youtubeにも動画が公開されています。その授業のおかげで基本的な概念を知ることはできたのですが、高校生レベルの数学のみを仮定した授業だったこともあってアルファやベータなどの概念が少し曖昧な理解になってしまいました。
この記事ではそれらの単語アルファやベターなどをきちんと理解するために、それらの単語の出どころであるCAPM理論(Capitala Assert Pricing Model)について説明していきたいと思います。基本は日本オペレーションズ学会が発行していたこの資料に基づいて説明していくつもりですが、記法などは自分の理解しやすい様に変えています。
CAPM理論の目的
投資を行う際に重要なのは、投資を行った対象の資産の値段が全体に上がるかどうかですが、同時にそのリスクも注視しないといけません。このままいけば資産の値段は上がるだろうと思っていても、大損する可能性が少しでもある様な資産に対してはその様なリスクを考慮して投資を行う必要があります。
その様なリスクを少しでも減らすため、通常の場合投資対象は一つに絞らず、幾つかの資産に対して同時に投資を行います。ある一つの資産で大損したとしても他の資産の価値が上がっていればそれなりの利益に落ち着くだろうという目算からです。
そのように幾つかの資産に対して投資を分散させる際にどの様にしてその分散の仕方(ポートフォリオ)を考えれば良いのかという点について答えを与えてくれるのがCAPM理論です。主に説明したい対象が投資からえられる利益とそのリスクに関する関係であるため、時系列的な性質は一切考慮せず、ある時刻$t=0$で一定の投資をした場合に、次の時刻$t=1$においてその投資の結果がどうなるかという点のみに焦点を置いて考察を行なっていきます。
今投資対象として二つの資産を考えることにします。一つ目は株式の様な、値段がふらふらする様な資産で、この様な資産をまとめて危険資産と呼びます。危険資産は市場に$N$種類存在すると仮定し、時刻$t$における$i=1,2,\cdots,N$番目の資産の値段を$S_{ti} \in \mathbb{R}_ {>0}$と書くことにします。ここで投資家は、投資をする時刻$t=0$におけるその危険資産の値段$S_{0i}$は知っているが、その次の時刻$t=1$における危険資産の値段$S_{1i}$についてはなんとなく予想程度は持っていたとしても正確に知ることはできないという点に注意する必要があります。また、もう一つの種類の資産として、例えば国債の様な、値段の動きがほとんど固定されている様な資産を考えます。この様な資産を安全資産と呼び、時刻$t$における資産の値段を$S_{t0}$と書くことにします。
投資家は時刻$t=0$においてそれぞれの資産を購入または売却することができます。ここで売却とは基本的には空売りのことを言っていて、手元にその資産を持っていなくてもその資産を売ることができます。その取引量を$n_i \in \mathbb{R}$で表すことにし、$n_i > 0$であれば資産$i$を購入したことを表し、$n_i < 0$であれば資産を空売りしたことを表すことにします。よって、投資家は時刻$t=0$において
$$ I_0 = \sum_{i=0}^N n_i S_{0i} $$
だけの投資を行うことになります。
投資家が気になるのは、時刻$t=0$においてこれだけ投資すると、時刻$t=1$においてどれだけその資産が増えたかです。具体的には、時刻$t=1$における資産
$$ I_1 = \sum_{i=1}^N n_i S_{1i} $$
が時刻$t=0$における投資額$I_0$と比べてどの程度増えたか
$$\begin{align}
r &= \frac{I_1 - I_0}{I_0} \\
&= \sum_{i=1}^N \frac{n_i S_{0i}}{I_0} \frac{S_{1i} - S_{0i}}{S_{0i}} \\
&= \sum_{i=1}^N w_i r_i
\end{align}$$
に興味があります。ただしここで、$r_i$は各資産$i$の利益率で、$w_i$は
$$ \sum_{i=0}^N w_i = 1 $$
を満たす値で、ポートフォリオと呼ばれます。
CAPM理論では、ポートフォリオ$\{w_i\}_{i=0}^N$を操作することで、いかにしてこの利益率$r$の分散$V[r]$を抑えながら期待値$E[r]$を大きくしていくかという問題が焦点になります。
CAPM理論の前提
投資家は同じ利益が得られるのならば基本的にはリスクの低い選択をおこなうはずです。よって、同じ期待利益率$E[r]$を持つ幾つかのポートフォリオが存在した場合、その中で最も分散$V[r]$が小さいポートフォリを選択すると考えられます。具体的には、投資家はある期待利益率$E[r]$を持つ、次の様な式を満たすポートフォリオ$\{w_i\}_ {i=0}^N$
$$ E[r] = \sum_{i=0}^N w_i E[r_i] $$
の中で、
$$\begin{align}
V_w[r] &= E[(\sum_{i=0}^N w_i r_i - \sum_{i=0}^N w_i E[r_i])^2] \\
&= E[\sum_{i=0}^N \sum_{j=0}^N w_i w_j r_i r_j)] \\
&= \sum_{i=0}^N \sum_{j=0}^N w_i w_j C_{ij}
\end{align}$$
を最小化するようなポートフォリオ保持するはずであるとまとめられます。ただしここで$C_{ij}$は資産$i$と$j$の利益率の間の共分散です。この様なポートフォリオは各資産の期待利益率$E[r_i]$と資産の間の共分散$C_{ij}$によって定まるはずです。
ではそのポートフォリオを計算してみます。まずは、安全資産$i=0$に対する不確定性がないので少し特別扱いをし、ポートフォリオ$\{w_i\}_ {i=0}^N$の合計が1にならないといけないという条件から
$$ w_0 = 1 - \sum_{i=1}^N w_i $$
と書くことにします。この式と、安全資産の利益率$r_0$に不確定性がないことから、期待利益率の式は
$$ E[r] = (1-\sum_{i=1}^N w_i)r_0 + \sum_{i=1}^N w_i E[r_i]$$
と書け、そのポートフォリオにおける分散においては安全資産を考慮しなくて良いことがわかります。
$$ V_w[r] = \sum_{i=1}^N \sum_{j=1}^N w_i w_j C_{ij}$$
分散$V_w[r]$を期待利益率に関する条件下で最小化する問題なのでラグランジュの未定乗数法を使うことができます。ラグランジアンは
$$ L(w, \lambda) = V_w[r] + \lambda(E[r] - (1-\sum_{i=1}^N w_i)r_0 + \sum_{i=1}^N w_i E[r_i])$$
と書くことができ、その微分は
$$\begin{align}
\frac{\partial L}{\partial w_k} &= 2\sum_{i=1}^N w_i C_{ik} + \lambda(r_0 - E[r_k]) \\
\frac{\partial L}{\partial \lambda} &= E[r] - (1-\sum_{i=1}^N w_i)r_0 -
\sum_{i=1}^N w_i E[r_i]
\end{align}$$
となります。これらの値が$0$となることが分散$V_w[r]$が最小になる必要条件ですが、一つ目の式から
$$\begin{align}
&\quad 2\sum_{i=1}^N w_i C_{ik} = \lambda (E[r_k] - r_0) \\
&\iff w_j = \frac{\lambda}{2} (\sum_{k=1}^N C^{-1}_{jk} (E[r_k] - r_0))
\end{align}$$
と導けます。これと二つ目の式に対する必要条件
$$ E[r] = (1-\sum _{i=1}^N w _i) r _0 + \sum _{i=1}^N w _i r _i $$
に代入して、$\lambda$に関して整理すると
$$\begin{align}
\lambda &= \frac{2(E[r]-r _0)}{\sum _{i=1}^N \sum _{j=1}^N (E[r _i] - r _0) C^{-1} _{ij} (E[r _j] - r _0)} \\
&= \frac{2(E[r]-r _0)}{\eta}
\end{align}$$
ただしここで、この後の式を簡単にするために、次の式で表される実数
$$ \sum _{i=1}^N \sum _{j=1}^N (E[r _i] - r _0) C^{-1} _{ij} (E[r _j] - r _0) $$
を$\eta$と書きました。これを使って、ある期待利益率$E[r]$を得ることができる、最小の分散を持ったポートフォリオを
$$
w _j = \frac{E[r] - r _0}{\eta} (\sum _{k=1}^N C^{-1} _{jk} (E[r _k] - r _0))
$$
と書くことができることがわかります。
ちなみに、このポートフォリオにおける分散は、上式を$V_w[r]$に代入することによって得られ、
$$
V[r] = \frac{(E[r] - r _0)^2}{\eta}
$$
という形になり、分散のルートである標準偏差が期待利益率と線形の関係になることがわかります。
$$
E[r] = r _0 + \sqrt{\eta} \sqrt{V[r]}
$$
CAPMの主張
市場にいる全ての投資家が全員上記の理論に従って投資を行っていて、かつ全員の期待利益率$E[r]$に対する予測やその利益率に関する共分散$C_{ij}$が一致している場合、彼らのポートフォリオは
$$ w_j \propto \sum_{k=1}^N C_{ij}^{-1} (E[r_k] - r_0) $$
と定まり、彼らそれぞれが得たい期待利益率とは無関係に同じ比率で危険資産$j$に投資をすることになります。よって、市場で需要と供給が一致している場合を考えれば、市場全体における各危険資産$i$の割合は、このポートフォリオ$\{w_j\}$に従うことになります。これを市場ポートフォリオと呼び、改めて$\{w_j^M\}$と書くことにします。
この市場ポートフォリオは各投資家個人それぞれに対して最適なポートフォリオであるため、この市場ポートフォリオから離れたポートフォリオを自分で組み上げたとしても、この理論のもとでは、より低いリスクでより良い利益率を得ることができません。よってこの理論が実際に成立していると仮定した場合、それぞれの投資家は単に市場ポートフォリをと全く同じ比率で資産に投資するのが最も良い投資手法であるという結論になります。この原則に従って投資を行うのがインデックスファンドと呼ばれるものであり、パッシブ運用と呼ばれるものです。
CAPMの実際とベータ
CAPMに従えば市場ポートフォリオ$\{w_j^M\}$に従って投資するのが最も良い投資方法だということになりますが、実際市場には無数の種類の資産があり、市場ポートフォリオ通りのポートフォリオを組むことは実際には難しいです。そこで、市場ポートフォリオ以外のポートフォリオ$\{w_j\}$を市場ポートフォリオのパフォーマンスと比較することを考えます。
適当に選んだポートフォリオ$\{w_j\}$の利益率を$r$と書けば、市場ポートフォリオとの共分散は
$$\begin{align}
Cov(r, r^M) &= Cov((1-\sum_{i=1}^N w_i)r_0 + \sum_{i=1}^N w_i r_i, (1-\sum_{i=1}^N w_i^M)r_0 + \sum_{i=1}^N w_i^M r_i) \\
&= \sum_{i=1}^N \sum_{j=1}^N w_i w_j^M C_{ij} \\
&= \frac{E[r^M] - r_0}{\eta} \sum_{i=1}^N \sum_{j=1}^N w_i C_{ij} \sum_{k=1}^N C_{jk}^{-1} (E[r_k^M] - r_0) \\
&= \frac{E[r^M] - r_0}{\eta} \sum_{i=1}^N w_i (E[r_i^M] - r_0) \\
&= \frac{(E[r^M] - r_0)(E[r] - r_0)}{\eta}
\end{align}$$
となるので、市場ポートフォリオに関する分散$V[r^M]$の表式を使えば
$$ \frac{Cov(r, r^M)}{V[r]} = \frac{E[r] - r_0}{E[r^M] - r_0} = \beta$$
とかくことができます。よって、
$$ E[r] - r_0 = \beta (E[r^M] - r_0) $$
となり、適当に選んだポートフォリオが市場ポートフォリオと比べてどれだけ良いパフォーマンスを持っているかを示す値として$\beta$と呼ばれる係数が定義できます。この$\beta$がよくみるベータの意味で、市場ポートフォリオとくらべたときのパフォーマンスを示す係数となっています。
また、市場が全ての資産に対して適切に価格を設定している場合には上記の等式は成り立つはずですが、実際はすこしずれるので、その差をアルファ$\alpha$
$$ E[r] - r_0 = \alpha + \beta (E[r^M] - r_0) $$
と呼んでいます。このアルファが存在する場合には市場ポートフォリオよりもさらによいポートフォリオを見つけることができることがしられています。