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はじめに

多様体論は現代社会を支える非常に重要な数学理論です。その応用先は幅広く、例えば物理では一般相対性理論やゲージ理論を勉強するうえで必要不可欠な存在となっています。また機械学習では、多様体論を用いた最適化手法が提案されていますし、情報幾何学では統計モデルを多様体と見なしてその幾何学的構造を明らかにしています。

このように多様体はどの分野にいても必ず一回は耳にするほど重要な分野かと思いますが、いざ勉強しようとすると抽象的な話が多く、なかなか理解が深まらないもの確かかと思います。私もゲージ理論をより正しく理解したいという思いから多様体論の勉強をしましたが、結局何がしたいのかがわからずかなり苦労をしました。

そこで今回はこれから多様体論を勉強方を対象に、多様体論ではどんなことが学べるのか、また学ぶ上で注意しておいた方がいいのはどんなことなのかを紹介できればと思います。なお、私は数学者でも数学科出身の人でもありませんので誤った情報を含んでいるかもしれません。その点についてはどうぞご了承ください。また多様体には有名どころとして位相多様体と可微分多様体がありますが、いわゆる多様体論で扱うのは可微分多様体ですので、今回も可微分多様体を扱います。

多様体論では何が学べるか

まずはじめに多様体論で学ぶ内容をざっとまとめてみます。もちろん内容は教科書によって大きく違うと思いますが、どの教科書も大体以下の5項目がかかれているかと思います。

  • 可微分多様体の定義
  • 接空間・ベクトル場
  • 余接ベクトル場・テンソル場
  • 微分形式・外微分
  • ドラームコホモロジー

ドラームコホモロジーについては教科書によってあったりなかったりすると思いますが、重要だと思うので項目の中に含めさせていただきました。以下ではそれぞれについて詳しく見ていこうと思います。

位相多様体・可微分多様体の定義

多様体論は、可微分多様体と呼ばれる多様体がもつ性質を調べていく分野です。そしてその可微分多様体とは、位相多様体にある性質を加えたものですので、丁寧な教科書の場合は可微分多様体の前に位相多様体の定義が入ります。

このページをご覧いただいている方は、多様体がいくつかのユークリッド空間を張り付けて作られる空間ということをご存じかと思いますが、そのように作られるのが位相多様体になります。そして、この時に張り付けられたユークリッド空間のそれぞれはチャートと呼ばれます。

さて、この位相多様体上のある関数$f$を考えます。各チャートにおいて関数$f$が滑らか(微分可能)である場合、多様体全体でも滑らかであるような気がしますが、これは保証されません。チャートが重なり合っているところでは、ある座標から見ると滑らかなにもう片方の座標から見ると滑らかでない、ということが生じてしまうからです。

これはチャートの貼り付け方により生じる問題であり、そのような問題が起こらないようにある条件をクリアした多様体が可微分多様体になります。つまり多様体上のどの点でも可微分性を保証したものが可微分多様体です。

可微分性は多様体という空間ではなく、多様体上の関数そのものの性質と感じる方もいるかと思いますが、実は空間そのものにも備わった性質である、と気づかせてくれるのがこの多様体論です(ユークリッド空間という単一の空間ではそれが自動的に保証されるのでそれを意識することは少ない)。この可微分多様体は可微分性をチャート(座標)に依らずどの点でも保証した空間という点が今後出てくる接空間を理解する上で非常に重要ですので、頭の片隅に入れておいてください。

接空間・ベクトル場

可微分多様体の次に出てくるのが接空間(接ベクトル空間)の定義です。基本的に多様体論は可微分性を多様体に持たせたことにより自然に生じる構造をひたすら調べる学問です。そのトップバッターが接空間になります。

基本的にこの接空間は微分幾何学などでやる接空間と概念としては同じで、多様体上の各点に張り付いた線形空間なのですが、$\big(\frac{\partial}{\partial x_i}\big)_p$という微分作用素が線形空間の基底であると定義するので非常に気持ち悪く、私は理解に多くの時間を要しました。

この微分作用素が接空間をなしているということをどう理解するべきか、ということなんですが、微分の本質なにかというところに立ち返るのが重要だと考えています。微分の本質は曲線を線形近似するということです。先ほど申し上げたように、可微分多様体とは可微分性をチャート(座標)に依らずどの点でも保証した空間です。つまりこれは多様体上の各点に、座標に依らない線形近似の構造が備わっているということであり、その構造こそが接空間であると考えると比較的すんなり落とし込めるのではないでしょうか。もちろんですが、可微分性を保証していない位相多様体にこの接空間という構造は自然に生じません。

さて、現時点では多様体の各点に線形空間(接空間)が引っ付いている状態で、この状態をベクトル束と言います。この各点の線形空間からベクトルをひとつづつ選び、多様体の各点にベクトルがくっついている状態にしたものをベクトル場と言います(余談ですがこのことをベクトル束の切断といいます)。このベクトル場は各要素が微分作用素であるという事実から、かっこ積に対して閉じているという特殊な構造を持つのですが(これは任意の線形空間で成り立つわけではない)、あまり深く話し過ぎると今回の趣旨から外れてしまうのでこの程度にしておきます。

とにかくすごいのは、位相多様体に可微分性という性質を持たせただけで、その空間に接空間という構造が自然に定まり、その接空間からかっこ積で閉じているベクトル場という構造が自然に定まってしまうということです。ここの冒頭で、多様体論とは可微分性を多様体に持たせたことにより自然に生じる構造をひたすら調べる学問だと申し上げましたが、その意味が少しでも伝われば幸いです。

余接ベクトル場・テンソル場

さて、線形空間をひとつ用意すると、その上の線形汎関数(ざっといえばベクトル空間から実数への関数:$f:V\rightarrow \mathbb{R}$)全体が成す双対空間と呼ばれる空間が自然に生じます(例えばこちらのサイトを参照)。そして、そのような空間の要素は余接ベクトルと呼ばれます。可微分多様体には接空間が各点に自然と備わっているので、各点に双対空間を設けることもでき、多様体の各点の双対空間から余接ベクトルをひとつづつ選んできてつくった場を余接ベクトル場と言います

また、可微分多様体上ではこのように線形空間と双対空間が自然と定まるので、テンソル空間も自然と備わります。ベクトル場や余接ベクトル場と同様、多様体の各点のテンソル空間からテンソルをひとつづつ選んでくることによってテンソル場というのもを構成することが可能です。ただ、この線形空間から双対空間やテンソル空間が生じるという構造は、多様体に可微分性を課したことにより生じる構造というよりは純粋に線形空間が自然に持つ構造になります。可微分多様体ならではの話ではありませんので注意が必要です(もちろんそれらが場を構成するという話は可微分性多様体ならではです)。

微分形式・外微分

諸々の空間の定義が済んだ後に出てくるのがこの微分形式です。この微分形式自体も余接ベクトルやテンソルと同様、線形空間が自然に持つ構造の一つであり、余接ベクトル空間から作られるテンソルに反対称化と呼ばれる操作を課すことにより作られます。この微分形式の座標変換はヤコビアンにより定まるのですが、これが積分の座標変換と一致するため、この微分形式を使うことで積分を多様体上に一般化することができます。

この微分形式は、①余接ベクトル空間から作られる、②反対称性を持つという2つの性質を持っています。①の性質だけだと座標変換はただのヤコビ行列になってしまいますが、②の性質を持つことにより向きの情報が生じ、座標変換がヤコビアンになるというわけです。

さらにこの微分形式には外微分という可微分多様体ならではの構造が自然に導かれます。これは$k$形式を$(k+1)$形式に変換する作用素で、その次元で見えている状態の原因となっている1個上の次元の動きを返します。点に対しては線の動き、線に対しては面の動き、面に対しては体積の動きといった具体です。

微分積分学の基本定理$\int_a^bf(x)=F(b)-F(a)$やガウスの発散定理$\int_V \nabla \cdot AdV=\int_S\mathbf{A \cdot n}dS$にあるように、n次元空間の積分の値は$n-1$次元の境界の状態によって決まるってしまいます。この話は先ほど紹介した外微分と非常に相性がよく、多様体論ではこれらを一般化し、一般化されたストークスの定理として一つの式に集約します。微分積分学の基本定理やガウスの発散定理だけでなくグリーンの定理やストークスの定理もこの中に集約されてしまうというなかなかかなり強力な定理です。

ドラームコホモロジー

先ほど紹介した微分形式は反対称化によって作られるわけですが、この過程で対称成分は失われ、トポロジーを強く反映するねじれなどといった反対称成分のみが残されます。従って、対象の多様体にどんな微分形式があるかを調べることでトポロジーを調べることができると期待されますが、そのような考えから生まれたのがドラームコホモロジーです。

あまり詳しくはここで書きませんが、ドラームコホモロジーで対象となるのは閉形式と呼ばれる微分形式と完全形式と呼ばれる微分形式です。外微分の性質より(閉形式⇐完全形式)が成り立つ一方、(閉形式⇒完全形式)は局所的にしか真にならず(ポアンカレの補題)、大局的に真になるかはトポロジーを反映します。従って、閉形式のうち完全形式となるものがいくつあるかを数えることで可微分多様体を分類することができ、それがドラームコホモロジーと呼ばれます。

ただ注意していただきたいのが、ここで分かることは対称の多様体の大まかなトポロジーだけで、どれくらいの曲がり具合なのかといった詳しい情報は何もわからない、ということです。それを知るには接続という上部構造をしなければいけませんが、これはこちらが手で与えるもので、可微分多様体そのものに付随している物ではありません。

私が抱いていた勘違い

ここからは私が多様体論を勉強するうえで苦労した点や多様体論に抱いていた勘違いをいくつか共有しようと思います。

微分幾何学で習う内容とは全然違う

幾何学的対象を微分を通して解析する分野として微分幾何学と呼ばれる分野があります。たくさんのユークリッド空間を張り付けて幾何学的対象を作る多様体論と違って、微分幾何学の解析対象は高次元のユークリッド空間$\mathbb{R}^n$に埋め込まれています。このような空間では接空間は高次元$\mathbb{R}^n$と同一視することができるため、接空間の存在が自明となります。従って、多様体論のように定義などは一切せず、曲率計算などに重きが置かれます。

私は多様体論でも微分幾何学で習うような曲率等を勉強するものかと思っていましたので、多様体論を勉強し始めたころは非常に混乱しました。多様体上での曲率を本格的に勉強するには接続というが概念が必要なのですが、接続は多様体自体が必ず備えている構造ではないため、多様体論では扱いません。あくまでも多様体論は、可微分性を持たせたことにより自然に生じる構造をひたすら調べる学問である、ということです。

接続などは上部構造

これは先ほど言ったように、接続などは多様体自体が自然に備えている構造ではありません(上部構造)。この接続は多様体上の各接空間をつなぐ役割を果たし、ベクトル場の微分を可能にします(可微分多様体は多様体上の関数の微分を保証する空間であって、ベクトル場の微分については何も言っていない)。ベクトル場の微分が可能になると曲率の計算ができるようになり、空間の曲がり具合等を調べることができるようになるわけです。従ってこの接続という概念が非常に重要で、ゲージ理論もこの接続なしには語れないのですが、あくまでも接続は上部構造で、多様体論を勉強しただけではそこまでたどり着けないので注意してください。

この上部構造をいれないと何も語れないというのはゲージ理論に限ったことではなく、一般相対性理論を支えるリーマン幾何学も、可微分多様体上に計量と呼ばれる上部構造をいれたものですし、情報幾何も、可微分多様体上にα接続と呼ばれる上部構造を導入した学問になります。多様体論はある意味、可微分多様体上において何が内在的に備わっており何が備わっていないのかを区別する学問と言えるかもしれません。

曲がった空間というよりは貼り付けた空間の学問

多様体論の導入として、曲がった空間を扱う学問ですよ、というようなことが言われます。確かに空間が曲がっているからこそ、チャートを張り付ける必要が出てくるわけですが、先ほど申し上げた通り、曲がり具合などは上部構造を導入しないと語りえない領域ですので、多様体論とはあまり関係がありません。その空間が閉じているか閉じていないか、穴があるのか、というトポロジーは微分形式で扱うことができますが、これも曲がり具合の話ではないですね。

ということで非常に些細なことではあるのですが、曲がった曲がってないというよりは、様々なチャートを張り付けてそこに可微分性という性質を課した結果、どのような構造が残るか、という貼り付けた空間に対する学問であると認識した方が、良い気がします(特に接空間の理解などでは)。

線形空間の性質により導かれる構造なのか、可微分性を課したことにより導かれる構造なのかの見極めが重要

なんども申し上げているように、多様体論は可微分性を課したことにより自然に生じる構造を調べる学問なわけですが、その中には可微分性を課したことにより生じるというよりは線形空間の性質から導かれる構造というものも存在します。

例えば余接ベクトル空間や微分形式の存在などは、線形空間に付随する構造で、可微分性は関係ありません(もちろん可微分性を課したからこそ線形空間が生じているので無関係とはいえないのですが)。一方、ベクトル場が括弧積で閉じているという性質や、外微分が微分形式上で定義できるといった話は、線形空間が微分作用素から作られているという性質を強く反映していますので、可微分性から生じる性質です。その見分けをつけに意識するとかなり多様論が分かりやすくなると思います。

一つのチャート上でも多様体論は意味を成す

これまで複数のチャートを常に考えてきましたが、これはあくまでもチャートに依らない構造を引き出すためで、それさえ念頭に入れておけば一つのチャート上でも多様体論を引き出すことはできます。例えば、ユークリッド空間では、内積に由来する接続(レヴィチヴィタ接続)が自然と決まるため、これを接続として用いているわけですが、接続は上部構造なのでユークリッド空間上に別の接続を導入することができます。これは多様体論で、何が本質で何が上部構造を明らかにしたからこそできることで、情報幾何などでは、そのようにひとつのユークリッド空間上に別の接続を導入して理論を展開します。また、マクスウェル方程式を微分形式を用いて書き直す話もよく見かけますが、これもまた、1つの空間上で理論を展開しています。このように複数のチャートを考えなければいけないというわけではなりませんし、応用上は一つのチャートの多様体もよく出てくることは頭に入れておくといいと思います。

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