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【新人教育】教えるはずが、一番学んでいた話

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Last updated at Posted at 2026-05-13

はじめに

誰しも仕事をしていれば、業界や職種を問わず、いつか必ず向き合う役割の一つ。
それが 『教育』 だと思います。

知識を教えることなのか、手順を覚えてもらうことなのか、ミスを減らすことなのか。あるいは「自分と同じように動ける人」を育てることなのか。
実際に担当する立場になると、「教育って、結局何をすれば正解なんだろう」とかなり悩むのではないでしょうか。
特にIT業界は、現場独自の運用や、長年積み重なった"暗黙知"も存在するように感じます。だからこそ、ただ知識を渡すだけでは不十分。きっと明確な正解はなく、毎回相手にしっかり向き合って構築していくしかないのだと思います。

今回は、私が初めての新人教育で感じたことを共有いたします。


私は30代前半で、年齢だけを見ると「教育側でもおかしくない年齢」です。ただ実際のところ、当時の会社や現場の特性上、業務を教えたり引き継ぐことは多くても、「まっさらな新人を教育する」 という経験はありませんでした。

相手は専門学校を出てすぐの新入社員。会社が大切に育てるべき「期待の星」です。そんな彼が、私が参画している案件に配属されました。

正直、「私が担当で本当に大丈夫なのか?」という不安はかなりありました。ただ一方で、「これは自分自身の成長にも繋がるチャンスかもしれない」とも感じていました。だからこそ、腹を括って向き合うことにしました。

しかし、ここで一つ問題が。

私自身、その案件に入ってまだ数ヶ月の状態……でした。

案件独自の運用・独特な文化・長年積み上がった暗黙知などは、まだまだ勉強中の身。

そして私自身、スキルアップを目的に、社内ではかなり珍しい「現場移動」を自ら希望していたため、経験の無い分野の案件に足を踏み入れた直後のことでした。
当時掲げていた個人的テーマは 「新しい現場に、新しい風を吹かせる」 こと。

男性だけでどこかピリピリした空気もある現場で、潤滑油のような存在になる・新しい視点を持ち込む・自分自身も成長する、ということを目標としていました。

ただ現実は、初めて触るOS環境、莫大なデータを扱う責任、独特な運用、ミスできない緊張感……それらに慣れるために毎日かなり必死。「新しい風」どころか、まず自分が吹き飛ばされないようにするので精一杯……。
「教育担当になった自分自身も、まだ案件理解の途中段階」 という状態です。長期契約前提の案件でしたので、ゆっくりと皆さんの業務を巻き取らせていただいていた真っ最中。しかも相手は社会人経験もないため、業務だけではない教育も同時に進めていく必要がある。

「……大丈夫かこれ」と、漠然とした疑問と不安が巡りました。


「私だからこそできる教育」を考える

とはいえ、任命された以上は「私だからこそできる教育」を模索しなければなりません。

ベテランのように、経験だけで判断する・過去事例を即座に引き出す・阿吽の呼吸で解決する、という動きはまだできません。だからこそ今回は、知識不足を「共に成長する機会」に変換する ことを強く意識しました。

「完成された教育」をするのではなく、一緒に調べる・一緒に整理する・一緒に理解を深める、というスタイルです。

結果として、新人教育をしていたはずなのに、一番勉強をさせてもらっていたのは自分でした。


「新人が分からないこと」は、大抵私も分からない

まず大前提として、「新人が分からないことは、大抵私もまだ曖昧」です。

ITという点では多少業務経験がありますが、案件特有の運用や「なぜそうなっているのか分からないけど続いている文化」は別問題です。そのため、分からないことを"知っている風"に流すことは避けるようにしました。

「ごめん、そこは私も少し怪しい」
「一緒に確認しよう」

そういった言葉を素直に言う。
最初は「教育担当として大丈夫か?」とも思いました。不安にさせてしまうのではないかと。ただ、途中から考え方が変わりました。

ベテランの背中を見せることはできなくても、
「最短ルートで正解に辿り着くプロセス」や「根拠をもとに自信を持って取り組む姿勢」を隣で見せることはできる。

それは新人教育において、かなり大切なことだと思いました。

例えば、

  • 誰に聞けば確実なのか
  • どの資料を確認するべきか
  • 何を根拠に判断するのか

そういった「現場での動き方」そのものをきちんと共有する。
「こうかもしれない」ではなく「こうである」をきちんと明確にしてあげる。

特に当時は、大規模データを扱う業務でした。「なんとなくやる」「多分これで合ってる」「前もこうだった気がする」は普通に地雷になります。曖昧な理解のまま進めると、あとから大きな事故になりかねない。
分からないことを曖昧にした瞬間、事故の種になるということは、きちんと共有しました。
「分かったつもり」が一番危ない のは、ご存じの通りです。


社会人基礎スキルの難しさ

――「当たり前」は当たり前じゃない

教育をしていて改めて感じたのは、"当たり前"の難しさでした。

例えば電話対応。慣れている側からすると日常業務ですが、新人さんにとっては誰から来るか分からない・何を聞かれるか分からない・失敗できない緊張感がある・周囲に聞きながら対応する余裕もない……そんなかなり負荷の高い作業です。

また「メモを取らない」「後から振り返らない」という部分も、かなり難しかった点のひとつです。もちろん覚え方は人それぞれです。ただ実際の現場では、一度聞いただけで完璧に覚えることは難しいですし、覚えられなかったら毎回誰かが隣で教えてくれる、という状況ばかりでもありません。業務は数時間後・翌日・数週間後に突然対応するケースもあり、そういうものは大概忘れています。

だからこそ、「今理解した」より 「後から一人で再現できる」 ことの方が大切だと感じていました。私が作った手順を共有するだけではなく、本人もきちんと理解して業務をこなせるようにしてもらうために、日頃の気付きや作業をメモする大切さはよく話をしていました。

そして小さく見える成長を、小さいまま扱わない。「まず電話に出られた」これだけでも十分前進だと伝えるようにしていました。 『褒めて伸ばす』 を大切に。
当たり前のことは、全員の当たり前ではない。相手を過小評価も過大評価もせず、同じ目線で素直に成長を喜ぶ。
これは常に意識をすべきだと感じました。


「分からないことがあったら聞いて」はやっぱりよくない

――でも、「聞く練習」は必要

教育をしていて感じたのが、「何でも聞いてね」は実はかなり難しい言葉だということです。

新人側からすると、何を聞けばいいか分からない・どこまで自分で調べるべきか分からない・今聞いていい空気なのか分からない・そもそも質問の整理ができていない、という状態になりやすいからです。

つまり「何でも聞いてね」は優しさのようで、実はかなり高度。
最近ではコミュニケーションやマネジメント関連の書籍でも、皆さん同じようなことを仰っていますよね。

そのため私は「今どこまで分かった?」「どこで止まった?」「何を確認した?」を一緒に整理するようにしていました。
相手からではなく、できるだけこちらから、の意識です。
何をどうしても最初の内は質問するという行為に勇気がいるので、こちらから歩み寄ることは絶対条件であると感じていました。

ただ一方で、"聞くこと"自体にも練習が必要だと思っています。現場では、状況を整理して伝える・どこで困っているか説明する・相手に必要な情報を渡す、という力もかなり重要だからです。そのため、すぐ答えを渡すだけではなく「どう聞けば伝わりやすいか」も含めて、一緒に考えるようにしていました。


まずは「一つの得意」を作る

教育をする中で意識していたのが、まずは一つ、自信を持てる担当を作ってもらう ということです。

最初から何でもできる必要はありません。むしろ「これは自分が分かる」「これは自分の担当です」と言えるものを一つ作ることで、新人の表情や動きはかなり変わると感じました。まず一つを徹底的に理解する・小さくても成功体験を作る・周囲から頼られる経験を作る、これらを意識していました。

教育というと、つい「自分のコピー」を作ろうとしてしまいがちです。自分と同じように出来て欲しい、何故出来ないんだ、と思いがちです。
ただ実際には、それぞれ得意な分野も、理解しやすいポイントも違う。だからこそ「苦手を平均化する」より、「良いところを伸ばす」ことを大切にしたいと考えていました。本人がやりたいことをヒアリングして、できるだけそちらの方向に進めてあげられるように。今後「自信を持って挑戦してもらう」ための一歩として、得意を作ってもらいました。


何度でもやる。出来るまで一緒に。

教育をしていて改めて感じたのは、一回で覚えられないのは普通、ということです。これは新人側だけではなく、自分自身も同じでした。

そのため、操作しているところを見せる→一緒に操作する(一部任せる)→実際に一連をやってもらう→数日後にもう一度やる→別の場面でも繰り返す、という流れを前提に、焦らず一つ一つを着実に覚えてもらいました。分からなければいつでも戻っていい。

教育というより、"安心して挑戦できる状態を作る" ことに近かったのかもしれません。
わからないことは、伸びしろ
そう伝え続けることで、挑戦することへの怖さが少し和らぐといいなと思っていました。


「担当」という垣根を越える

――みんなで業務する。「折角のチーム」なのだから。

私がいた現場は、「この業務はこの人が担当」という暗黙の境界線がありました。ただ、新人さんが入るこのタイミングは "担当の壁"を越えるチャンス でもあると感じました。

そこでまず、ベテランの方には勉強会の開催をしていただきました。役職・担当範囲、そして元請けなどといった会社の垣根を一旦超えて、全員で学ぶ。少人数の現場でしたので、みんながある程度分かっていれば、それぞれが補い・フォローし合えて断然楽になります。自分の担当があるにしても、誰かが困ったら全員でフォローできるくらいの知識は、それぞれ持っていてもいいはずです。

これは教育を私一人だけの閉じた作業にせず、組織全体で知識を循環させる・誰でもある程度フォローできる状態を作る・属人化を減らしていく……そんな機会にしたいという、私の勝手な目論見でもありました。
実際は、私一人で抱えきれずに周囲を巻き込んでしまっただけなのかもしれませんが……(小声)
ただ、既存メンバー側も知識を再整理する機会になるので、これは実際にかなり大きかったと思います。
たくさんの勉強会をしてくださった当時の担当の方々には、本当に感謝しています。

そしてもう一つ意識したのが、質問を"個人間だけで終わらせない"ことです。

これもチーム全体を巻き込みました。
新人さんからの質問は、実は他の人も分かっていないケースが意外と多くあります。そこで、誰でも見られる場所に質問コーナーを作り、質問内容・回答・対応方法を残していくようにしました。新人さんにわからないことを書いてもらい、メンバーの誰かしらが回答する形です(そこから勉強会に派生することもありました)

これにより、業務時間内で聞けなかったことをそのままにしないで済む・同じ質問を減らせる・過去の対応を見返せる・他の人もフォローしやすくなる、という効果が得られたと思います。
一番しんどいのって、結局はわからないことがわからないままになることだと思うので、そこは絶対に解消するための対策をしたいと思っていた次第です。


最後に

――「新人教育」という名の「チームビルディング」

今回の経験を通して感じたのは、教育は単なる教育ではない、ということです。
気付けば、新人教育を入口に、チーム全体が少しずつ変わっていった感覚がありました。

新人さんが入ることで、教える側も知識を整理する・属人化していた部分が見える・チーム内の連携が増える・質問や共有の文化が生まれる。つまり 「新人教育」という名の「チームビルディング」 に繋がる可能性があるということです。
新人さんが育って、ついでにチームの団結力も上がったら、それはもう最高ですよね!

正直、最初は「教えなきゃ」という意識が強くありました。ただ振り返ると、教育そのものよりも「チーム全体で成長するきっかけ」になっていた感覚の方が強く残っています。これは少人数チームだったからこそ、より強く感じられたのかもしれません。

私自身、まだまだ学ぶことばかりです。それでも今回、「みんなで育て、みんなで成長する」という空気を少しでも作れたのであれば、それは非常に大きな経験だったと感じています。
そしてそんな状態にもっていけたとすれば、それは他のメンバーのおかげでもあります。チーム力の大切さを改めて認識した、そんな経験でした。

教育って、奥が深いですね。

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