こんにちは、株式会社CureAppデザイナーの小林です。精神科の医師ですがデザインが好きすぎてデザイナーとして働いています。
この記事ではすべての脊椎動物が持つ「注意」という認知機能と、デザインへの応用についてお話しします。
この記事でわかること
- 「注意」という認知機能が日常生活のほぼすべてを制御している
- トップダウンの注意、ボトムアップの注意、ワーキングメモリなど様々な脳の活動が関わっており、注意機能の個体差は大きい
- 注意の特徴や限界を知ることで、プロダクトデザインに認知科学的な視点がもたらされる
注意がすべてを制御する
「注意する」と聞くとどのような行為を思い浮かべるでしょうか?「ミーティングに遅刻しないよう後輩に注意する」「上司の機嫌を損ねないよう注意する」「電車とホームのすきまに注意する」など、日本語の「注意」には複数の意味があります。
基本的に「対象に自分の意識を向けること」を指しますが、認知科学ではもう少し解釈を広げ「複数の情報の中から、情報を選択する心の機能」を注意のひとつの定義としています(文献1)。
情報を選択する機能となると、生活のあらゆる場面で注意は大活躍しています。文章を読むときはひとつひとつの文字に注意を向けており、突然大きな音が鳴ればそちらに注意が向きます。外で起きている現象だけでなく、体の痛みや心の状態など、自分の内で起きる現象にも注意を向けることができます。
つまり私たちは何にでも注意を向けることができ、注意による細かな意思決定を連続させることで行動や思考、意識をコントロールしているのです。
注意を向けることは簡単ですが、「注意とはなにか?」は考えるほどに複雑になり、そのメカニズムも解明されていません。注意に関する研究も多岐に渡りますが、まずは視覚的な注意における定説をざっくりと紹介し、その特徴を把握してみましょう。
トップダウンの注意とボトムアップの注意
まずは注意の基本的な機能を二つに大別します。ひとつは対象に自発的に意識を向ける注意。たとえば「このりんごを見てください」と言われてりんごに向ける注意です。これを脳の働きから対象に向けるトップダウンの注意といいます。
もうひとつは自分の意識とは無関係に対象に向けてしまう注意。たとえば歩いていて誰かが突然大声を出したときに向けてしまう注意です。これを刺激が先行して脳が反応するボトムアップの注意と呼びます(文献3)。
このふたつの注意はどちらも脳の頭頂葉と前頭葉が関わっていることが実験で示されています。それぞれに関連する脳のネットワークが異なっており、トップダウンの注意は背側注意ネットワーク(Dorsal Attention Network, DAN)という頭頂間溝と前頭眼野をカバーする領域、ボトムアップの注意は腹側注意ネットワーク(Ventral Attention Network, VAN)という側頭頭頂接合部と腹部前頭前野を含む領域が活動するとされています。
背側注意ネットワークと腹側注意ネットワーク(文献3)
脳の話はとっつきにくいので、とりあえず注意には大きく2種類あると理解していただければ大丈夫です。
注意の一時保存
注意を行動に結びつけるためには、記憶の働きが欠かせません。たとえば今この文章を読むときにも、ひとつ前の文字を覚えていなければいくら注意を向けても「読む」という行為が成立しないのです。
記憶には長期の記憶と短期の記憶がありますが、注意と関連する非常に短い記憶はワーキングメモリ(Working Memory)と呼ばれ、注意を一度向けた情報を一時保存することで次の注意に情報をつなげることができると考えられています。ワーキングメモリの働きには外側前頭前野や後頭頂葉といった領域が関わっています。(文献1)
注意の容量制限
見落とし、は誰にでもあります。何度も確認したはずなのにデータの誤りに気がつかない、さんざん探したハサミが普通に引き出しの中に入っていたなど、日常の中で私たちは注意を完璧には制御できていないことがわかります。
この見落としを検証した有名な「ゴリラ実験」というものがあります(文献4)。実験の被験者はバスケットボールのパス回しの映像をみて、映っている人たちが何回ボールをパスしたか数えてください、と指示されます。この映像の途中に明らかに目立つゴリラの着ぐるみが登場し、画面の端から端まで横断し、ゴリラらしく胸まで叩いてくれるのですが、パスを数えることに夢中になっている被験者の多くはゴリラの存在に気づけませんでした。
この現象は非注意盲と呼ばれ、特定の情報に強く注意が向いている際に他の情報に注意を向けることができなくなることを示しています。注意の機能は不完全なものであり、私たちはすべての情報にくまなく注意を向けることはできません。しかしそれは脳の限られたリソースを最大限活用するために、情報をフィルタリングしているとも考えられます。
注意のスペック
その他にも複数の注意を選択する機能や、注意刺激が出現する前に現れる脳の活動など興味深いトピックはありますがそれはまた別の機会にゆずりましょう(文献5)。このように注意には様々な機能が関係していますが、人によってそのスペックに差があることは大切な事実です。たとえば注意欠如多動症(ADHD)という疾患は注意の機能不全が大きく関わっており、生活にさまざまな支障をきたします。もちろんADHDの診断がされていない健常な人でも注意の機能は異なっており、体調や時間帯にも影響されます。
さらに機能に分解するとそのスペックは複雑になります。たとえば「私は集中力がない」といっても、それがボトムアップの注意が強すぎるのか、ワーキングメモリがうまくはたらかないのか、注意の維持機能がはたらかないのか、などによってメカニズムは異なり、定量的に測ることもできません。
注意とデザイン
ここまで注意という認知機能の概要についてお話してきました。最後に、注意を理解することがどのようにプロダクトデザインに応用できるかを考えていきます。
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ボトムアップの注意を抑える
注意には自発的なトップダウンと勝手に反応するボトムアップがあることをお話ししました。UIデザインは主にトップダウンの注意による使用を想定していますが、ボトムアップの刺激が多くならないようにすることは大切です。たとえばユーザーにある程度長い文を読ませたいときに、画面の端にアニメーションする画像があり続けると、常にボトムアップの注意が刺激されてしまいます。ユーザーが自覚していなくても脳は確実に負荷を感じており「なんとなく疲れる」という感情を抱かせてしまうのです。
トップダウンの注意をしっかりと使ってもらいたいときは、なるべく余計な刺激を排除しましょう。 -
記憶に頼らせすぎない
私たちは注意を向けた情報をいったん記憶することで情報をつなげることができます。SMSで届いた6桁のコードをブラウザの入力フォームに打ちこむ、などはまさに記憶を活用していますが、単純な画面遷移でも記憶への負荷はかかります。
複数の項目を記憶していないと先に進めないような体験はできるだけ避け、少ない回数の注意でアクションが完結できるよう工夫しましょう。 -
目に入らない情報はたくさんある
すべての情報に注意を向けることはできません。情報を書けば完璧に理解してもらえると思うのは大きな間違いです。情報の量が多くなるほど見落としは多くなり、スクロールやアニメーションなどの動きが加わるとさらに見落としやすくなります。ボタンを目立たせようとするとそのボタンに注意が引き付けられ、その周辺の情報に気づかれにくくなってしまうこともありますまずは情報に優先度をつけましょう。必ず見てほしい情報、見なくても問題がない情報、のように優先づけをし、不要な情報はできるだけ排除したデザインにすることが大切です。
また、どの情報が目に入らないかは個人差が大きいため、情報の理解度を確かめるユーザーテストを複数の人に行うことで、より理解がしやすいデザインが可能になります。
まとめ
認知科学的な注意について概観し、デザインとの関係についてふれてみました。ポイントをまとめます。
- 「注意」という認知機能が日常生活のほぼすべてを制御している
- トップダウンの注意、ボトムアップの注意、ワーキングメモリなど様々な脳の活動が関わっており、注意機能の個体差は大きい
- 注意の特徴や限界を知ることで、プロダクトデザインに認知科学的な視点がもたらされる
認知科学とデザインは密接に関わっているので、今後も考え続けていきたいです。
参考文献
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苧阪 直行 編. 注意をコントロールする脳 -神経注意学からみた情報の選択と統合-. 新曜社. 2013. https://www.shin-yo-sha.co.jp/book/b455654.html
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越野 英哉, 苧阪 満里子, 苧阪 直行. 脳内ネットワークの競合と協調 -デフォルトモードネットワークとワーキングメモリネットワークの相互作用-. 心理学評論, 56 巻 3 号 p. 376-391, 2013. https://doi.org/10.24602/sjpr.56.3_376
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Simone Vosse, Joy J Genl g, Gereon R Fink. Dorsal and ventral attention systems: distinct neural circuits but collaborative roles. Neuroscientist. 2014 Apr;20(2):150-9. https://doi.org10.1177/1073858413494269
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Daniel J Simons, Christopher F Chabris. Gorillas in Our Midst: Sustained Inattentional Blindness for Dynamic Events. SAGE Journals, Volume 28, Issue 9, 1999. https://doi.org10.1068/p281059
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Suzanne T Witt, Helene van Ettinger-Veenstra, Taylor Salo, Michael C Riedel, Angela R Laird. What Executive Function Network is that? An Image-Based Meta-Analysis of Network Labels. Brain Topogr, 2021 Sep;34(5):598-607. https://doi.10.1007/s10548-021-00847-z