はじめに
クラウドやコンテナが第一選択になった現代において、インフラの知識と経験が手薄になっていると感じるITエンジニアも多いのではないでしょうか。今後、システムやサービスの足回りを担うインフラの知識を持ったITエンジニアはオンプレ現場の人間くらいとなり、業界の中でも絶滅危惧種になってしまうのかもしれません。
そんなことを思いながら改めて周囲を見渡してみると、一足お先に「過去に一世風靡し現代でも利活用している人は多いのに衰退した」技術ジャンルがあります。そう、『無線通信』です。かつて少年たちの憧れであったアマチュア無線やベリカード収集も今や風前の灯火。にもかかわらず今や老若男女が薄い板を触って無意識に無線通信している時代です。
さて皆さん、そんな無線通信のこと知ってますか?私も全然知りません(そもそも無線少年世代ではない)。
話は変わりますが自宅を片付けていたとき、これを発掘しました。
『小さいキットから始まる無限の可能性』『先端技術への第一歩はDIYから』。熱く、そして素敵な言葉です。我々がどこかに置いてきてしまったマインドが、この言葉に込められているように思います。
これはゲルマニウムラジオのキットなのですが、電池なしでAMラジオを聴くことができる代物です。かなり昔に秋月電子通商で購入したものだと思います(すでに販売終了。類似品はAmazon等にあり)。あのときは無線に興味があるわけでもなく「ゲルマニウムラジオの音、一度聞いてみたいんだよね」と思い、カゴに放り込んだような気がします。それから買ったことすら忘れて何年も経過し、今さら片付けで出てきたわけです。
いつしか仕事でハードウェアやIoT関連を扱うようになり、その流れで少しは無線通信の体系的な知識を持っておいた方がいいよねと思うことがあります。今回は『思うだけ』から脱却して自身の勉強も兼ね、無線通信の入り口となる振幅変調とゲルマニウムラジオについて書きたいと思います。
電波と振幅変調
電波とは
無線通信で使われるのは電波ですが、そもそも電波とは何者なのでしょうか。電波とは『電磁波の一種で、電界と磁界が交互に作用して伝わるエネルギーの波』のことです。下手くそな絵で恐縮ですが、電磁波は以下のようなものになります。
電線に電流を流すと、その周囲に磁界が発生します。中学校の理科で出てくる『右ねじの法則』ですね。このとき習うのは『電流は磁界を発生させる』『磁界は電界を発生させる』ということです。この法則に従うと電線の周りに磁界が発生したら次に空気中に電界、電界の次は磁界……という形で交互に発生することになります。この要領で空気中に波が伝わっていくのが電磁波であり、電波も同じ要領で発生して飛んで行くことになります。
ちなみに『電波は電磁波の一種』といいましたが、電波以外には何があるかというとX線、紫外線、可視光線、赤外線。なんと光も電磁波の一種なわけです。電磁波は『波』ですので周波数があるのですが、電磁波を周波数順に並べてみたのが以下の表です。電波は3T~3kHzの範囲、赤外線の下に位置します。
| 電磁波 | 周波数 |
|---|---|
| γ線 | 300万THz〜 |
| X線 | 300万THz〜3万THz |
| 紫外線 | 3万THz〜3千THz |
| 可視光線 | 3千THz〜300THz |
| 赤外線 | 300THz〜3THz |
| 電波 | 3THz〜3kHz |
| 超低周波 | 〜3kHz |
音声を電波で送信すると…
今回のテーマのひとつであるラジオは人間の耳で聴くものですから、無線通信するとしたら可聴域である20〜20kHzの音を電波に変換して送受信すればいいはずです。しかしこの周波数帯の電波をそのまま送受信するのは非現実的です。
まず送信アンテナの長さが現実的ではないです。電波の波長は『光速÷周波数』(光速$=0.3\times10^9$ m/s)で算出され、必要な送信アンテナの長さは理論値で波長の半分とされています。仮に2kHzの音声を電波として送信するとなると、送信アンテナの長さは
\frac{0.3\times10^9}{2\times10^3} \times\frac{1}{2} = 75km
という、想像を絶する長さとなってしまいます。そのためアンテナを短くするための工夫が必要です。
またラジオの多チャンネルを実現しようとすると、皆が一斉に音声周波数帯の電波を送信したら混信が発生します。居酒屋で大勢のお客様が大声で喋ってるような状態です。よって複数の放送局の電波を混信させないように飛ばす工夫も必要です。
この工夫が『変調』です。
変調とは
変調とは、『情報を電波に乗せるために、電波の性質(振幅・周波数・位相)を変えること』。です。送信したい周波数帯の電波に対し、電波を運ぶための高い周波数の『搬送波』を組み合わせて送信用の電波を作り出します。
搬送波を使って送信用の電波を作る際に振幅を変えるのが振幅変調(Amplitude Modulation(AM))、周波数を変えるのが周波数変調(Frequency Modulation(FM))、位相を変えるのが位相変調(Phase Modulation(PM))になります。振幅変調(AM)と周波数変調(FM)はそれぞれラジオで使われていますが、今回はゲルマニウムラジオで扱う振幅変調(AM)を取り上げます。
振幅変調とは
これは波形を見ていただくほうが早いです。
例としてテレビ等の番組における自主規制音(ピー)でおなじみ、1kHzの正弦波の音を振幅変調してみます。元の1kHzの波形はこのような形です。
次に1kHzの正弦波を運ぶのに使うテスト用搬送波ですが、ここでは可視化しやすい50kHzとします。波形はこのような形になります。
この2つを振幅変調で合体させると、このような波形になります。
お気付きかと思いますが、分かりやすいように搬送波の頂点を線で結んでみましょう。1kHzの正弦波が上下対称に現れているのが分かります。
このように振幅変調を使うと、送信したい波(1kHz)の振幅に合わせて搬送波(50kHz)の振幅を増減させることで、元の1kHzの波を50kHzまで上げることができるわけです。
ラジオを聴いていると送信局の周波数案内が流れることがあり、例えばニッポン放送(首都圏)は1242kHzですが、これが搬送波の周波数です。ちなみに1242kHzの送信アンテナ長の理論値は約121mですので、振幅変調によりまあまあ現実的な長さとなり、アンテナの長さ問題が解決します。
また搬送波の周波数はAMラジオでは約530〜1600kHzと定められています。元の電波の周波数が同じであっても各局が個別の周波数の搬送波(例:文化放送は1134kHz、NHK東京第1は594kHz)を使えば、同じ空間中で混信させることもなく音声の送信ができるようになります。これで混信問題も解決です。
ゲルマニウムラジオで電波を音に戻す
電波をどう使うか
これまでは振幅変調で電波を飛ばすための話でしたが、次はその電波を受信して音を出す側の話になります。
今度は実際の放送波に合わせてニッポン放送の1242kHzで波形を書いてみます。グラフが密になりましたが、青い部分は1242kHzの正弦波が密に詰まってます。
この電波を音に変換するには上半分を切りとり、1.0を中心に上下するエッジの正弦波の部分を使えばよさそうです。このように変調された波形から、元の波形を取り出すことを『検波』と呼びます。
ゲルマニウムラジオの回路
今回のゲルマニウムラジオキットの回路図は以下になります。見ての通り、電源はどこにもありません。これでラジオが聴けるというのは信じがたいところ。
空間中には複数のラジオ局の電波が飛び交ってますので、受信機側で聞きたい局の周波数を選択する必要があります。安いダイヤル式のラジオではダイヤルを回して音声が聞こえるところで止めますが、それがVC1の可変コンデンサになります。可変コンデンサのつまみを回してうまく合わせられると、その局の電波が抽出できます。
これはコイルとコンデンサを利用した共振回路によるものです。
コイルは周波数が高いほど電流が流れにくく、コンデンサは周波数が低いほど流れにくくなり、電流はもう片方の流れやすい方に流れてアースに抜けていきます。この『流れにくさ』がぶつかる点が共振周波数となります。このとき電流はコイルとコンデンサに流れることができないため、後段のダイオードに電流が流れていくことになります。
よくブランコに例えられますが、ブランコを漕いでいる人をタイミング良く押せばより高い位置まで漕げます。共振回路ではブランコにおけるタイミングを可変コンデンサで調整します。そしてタイミングが合ったところの周波数が共振周波数で、聴こうとしているラジオ局の周波数です。このときアンテナで拾った空間中の微弱な信号は、ブランコと同じように電圧が底上げされ高くなります。
さて次に、上半分を切り取って元の音声波形を取り出してみましょう。元の波形を取り出すことを『検波』と呼びますが、この部分の回路を『検波回路』と呼びます。
ダイオードはアノードからカソード、左から右(正)に電流が流れますが逆方向(負)には流れません。この性質を利用して波形の負の部分をバッサリ切り落とします。
現代のダイオードはゲルマニウムではなくシリコンでできています。今回なぜゲルマニウムである必要があるかというと、シリコンダイオードは電流を流すために約0.6Vほどの電圧が必要です。対してゲルマニウムダイオードは約0.2Vと、低電圧でも利用が可能です。空間中の極小電波を拾い共振回路で底上げしても微々たる電圧の信号を増幅せずに検波しようとすると、低電圧で動作するゲルマニウムダイオードの利用が必須となります。
最後にアースですが、この回路をご家庭にあるアースに接続したり庭にアース棒を打ち込んで接続するのも面倒だと思いますので、回路のアース部を指でつまんで代用します。要は電流が人体を介し足から色々な場所を経由して地球に流れるわけですが、大丈夫です安心してください。この程度では感電しません。
ゲルマニウムラジオに必要な回路はここまでですが、秋月のキットには後続に抵抗(R2)とコンデンサ(C2/C3)が追加されています。R2とC2は高周波の除去、C3は直流バイアスの除去のために入れたと思われます。
最後にイヤホンへの入力です。市販されているイヤホンはアンプで増幅された信号が入力されることを前提に作られていますので、信号が微弱なゲルマニウムラジオでは使うことができません。そこで微弱な信号でも音が鳴る『クリスタルイヤホン』(付属品)を使用します。
この色のイヤホンは懐かしい昭和の香りが漂いますね。クリスタルと名が付いていますが、当時クリスタルとして使用していたロッシェル塩が潮解で劣化しやすいことから、現代ではセラミックが使われています。
ゲルマニウムラジオを作って鳴らす
「抵抗400本の仕分け」という地獄から始まった前回のエントリ(リンクはこちら)とは異なり、今回はパーツ数も少なくプリント基板にハンダ付けするだけで余裕の完成です。注意するのはC3の電解コンデンサの向きと、コイルの細い線を切らないようにするくらいでしょうか。パーツの点数も少ないのであっという間に完成します。そしてこのキット、コイルを固定するタイラップ(呼び方について異論は認めない)もしっかり付属しているので親切です。
左の白い線は受信アンテナ線ですが、単線の銅線なのでまっすぐ伸ばしたり曲げたりすることができます。また右側の黒い線は回路のアース部から延ばした線で、テスターやオシロスコープのマイナス線を繋ぐために増設しました。
さて、半田付けも終わりあとは鳴らすだけですが…何も聞こえません。アンテナ線をフェンスやら色々なものに接続してもダメ。そして目に付いたカーテンレールに接続してみると、ほんの少しだけAMラジオ特有の「ジー……」という音が辛うじて聞こえてきました。おそらく回路に問題はなく、自宅では電波が弱すぎるのでしょう。
自宅より強い電波に会いに行く
電波が弱い場合、我々がとれる手段は2つあります。ひとつはより大きなアンテナの作成。もうひとつは送信局の近くに行くことです。
…というわけでやってきました。ニッポン放送 木更津送信所です。
送信所には3本のアンテナがあり、真ん中の主アンテナの高さは1242kHzに対するほぼ理論値の約120m。そして出力はなんと100kW。電気代なんて想像したくないですね…。なお左側は副アンテナ(約60m)、右側は放送局からの電波の受信アンテナだそうです。
「部材を揃えて試行錯誤しながらアンテナを作るより、現地に行ってしまった方が圧倒的に早い」という脳筋パワープレイ的な発想で木更津まで来ましたが、アンテナ線がついた謎の裸基板を持ってうろつく姿はどう見ても不審者。得た時間の分だけ『何か』を失うことを許容できる、鋼のメンタルが必要です。
さてクリスタルイヤホンを装着し適当にアンテナの角度や位置を探ると…人体アースも繋げず可変コンデンサも回してないのにいきなりラジオ放送が聞こえてきました。未調整ですので、共振回路で底上げする必要もないくらい強い電波を受信しているようです。
そして最も大きな音が出るようアンテナの角度や位置、可変コンデンサの全てを最適化すると、耳が痛いくらいの音が出ます。このラジオ、ボリューム調整がないのが痛いところです。
音質はというと…ハイファイ(Hi-Fi)とは真逆のまさにローファイ。肝心の人の声も聴き取りにくいですのですが、信号の電圧が高すぎて(後述)音割れしてる可能性があります。送信所から適度に離れた環境ではけっこういい音で聴くことができるらしいので、何事もほどほどが肝心なようです。
しかし電池なしでラジオが聴けるというのは、とてつもない感動があります。
より不審者感が増しますが、モバイルオシロスコープを繋いで波形を見てみましょう。こちらは同調回路を通過してゲルマニウムダイオード直前で取得した波形です。
オシロスコープのスペックが低いため、AM波っぽい波形ではなく普通の正弦波しか拾えなかったのですが、正弦波が波長を維持したまま振幅だけが上下にビヨンビヨンと動き続けています。これが振幅変調たる所以です。
またオシロスコープ上では周波数1.24MHzと表示されていますが、ニッポン放送の周波数は1242kHzですので搬送波がきちんと拾えていることが分かります。
しかし上下に2.5V以上振れているのは強すぎますね…出力100kWで至近距離だと、何もない空間中から共振回路を経由してこんなに強い電圧の信号が拾えてしまうのは驚きです。ここに立ってるだけで肩こりが治りそうですね(治りません)。
さて、検波回路で取り出された音声の波形を見てみましょう。
音声は様々な周波数の波が混ざったものですのでオシロスコープで見ても綺麗な波形にはならないのですが、上下に3.7V振れてるのが音声の波です。この3.7Vの上下によりクリスタルイヤホンを振動させてラジオの音を鳴らしています。しかしバイアスがやたらと高いですね…クリスタルイヤホンの前に挟んだC3の電解コンデンサでバイアスは3V程度しか下げられておらず焼け石に水。とりあえずイヤホンも壊れなかったので問題ないのでしょう。
さいごに
今回、ゲルマニウムラジオを作ってAMラジオの音を聞くことを目標として、無線通信の基礎である振幅変調について勉強しました。IoTやハードウェアを扱う上で『無線通信について勉強したい』とは思っていたものの、重い腰がなかなか上げられませんでしたが、今回の件で無線通信と少し仲良くなれたと感じています。
LTEや5G、Wi-Fiなどの現代生活に欠かせない技術の元となったのは、過去に先人たちが発明したAMラジオです。現代の技術を理解・習得するには、AMラジオのような基礎まで遡るのが遠回りなようで近道ではないかと思います。それはクラウドやコンテナやAIその他技術的なことにおいても共通しているのかもしれません。
We Are Hiring!
