データ分析を始めれていない、もしくは少しはやっていても自分たちのビジネスの意思決定に活かせていない日本の企業は今も多くあるのではないでしょうか。現在のようにシリコンバレーの多くの企業がデータ分析を彼らのビジネスの成長にうまく結びつけることができている現状では、どうしてもそれを日本とアメリカの文化の違いということのせいにしてしまいがちです。つまり、アメリカ人は物事を数値化し、データを使ってビジネスを行う文化があって、日本人はもっと直感と経験を重んじる文化であると、日本を訪れたときに聞いたりもします。
そこで、今回はアメリカの野球チームでもともとデータを使うという文化がなかったヒューストン・アストロズというチームを、データ分析をチームの運営、試合の進め方、選手の採用と育成などに取り入れることで、昨年のワールシリーズチャンピオンシップで優勝するほどのチームに変革することに成功したJeff Luhnowへのインタビュー記事がMcKinseyから出ていたのでそちらを紹介したいと思います。
アメリカでも、こうしたスポーツのチーム、特にベースボールは昔から勘と経験を重視してやってきた選手とスタッフが多いですから、データを使って意思決定をしていくということに対してもともと懐疑的です。そういった’文化’の中でどうやってデータ分析をあらゆる側面に取り入れていったのかというのは現在データ分析をビジネスに結びつけることがなかなかできていないという企業にとってはいい参考になるのではないかと思います。
皆さんの中にはマネーボールという映画を見たことある人がいるかも知れません。これはアスレチックスという、私が住むところから近いカリフォルニアのオークランドを本拠地とするチームが今から20年ほど前にBilly Beaneというジェネラル・マネージャーの元、データを使って選手をスカウト、もしくはトレードして行くことでチームを強くしていったという物語です。そして、このオークランドの当時のデータ分析を使った躍進を見ていたカージナルスのオーナー、William DeWitt Jr.が雇ったのが、当時マッキンゼーで働いていたJeff Luhnowでした。そこで彼はさっそくデータ分析を選手のスカウトに持ち込みそれなりの成果を出していくのですが、その彼に目をつけたヒューストン・アストロズのオーナー、Jim CraneがJeffをジェネラルマネージャーとして招聘します。ジェネラルマネージャーとはベースボールチームの世界ではいわゆる普通の会社のCEOにあたります。
前置きはここまでにして、それではさっそく本文に入りましょう。
以下、要約
ヒューストン・アストロズが昨年ワールド・シリーズを制した時、それは長く、辛い道のりの終わりを意味するものでした。それはチームにとってその56年の歴史の中での初のワールドシリーズでの優勝を意味するだけではなく、それは162試合中111試合に負けるという4年前の悪夢をくつがえすものでもありました。去年のアストロズの給料のランクは30チーム中18位、ワールドシリーズの対戦相手の金持ちチーム、ロサンゼルス・ドジャースの半分レベル、そんな条件の中での勝利でもあったのです。
勝利とはプロセスです。何年もかけて作り上げられるものです。そしてその大きな要因はアドバンスド・データ・アナリティクスです。ヒューストン・アストロズのジェネラル・マネージャーであるJeff Luhnowは2011年の就任時よりデータドリブン・トランスフォーメーションを行ってきました。アナリティクスのインサイトは選手の選択、選手のフィールドでの判断、ゲーム中の選手の配置などあらゆる意思決定の原動力となりました。大きな変革を起こすようなケースでは共通していることですが、これはただの数値のゲームではありません。Luhnowと彼のチームにとってこの変革とは、データを積極的に活用する組織と文化を築き上げ、選手とコーチにとって意味のある情報へと翻訳し、データの持つ真価を発揮するために組織の中にある壁を壊すということを意味しました。
2018年の2月にアストロズのジェネラル・マネージャーであるJeff Luhnowが私達とのインタビューで、アストロズがどのようにデータを使って最下位からチャンピオンに駆け上がっていったのか、これからもっと多くのチームが統計やデータマイニングだけでなくAIも使ってアナリティクスのレベルを上げてくるであろう中で、どうやって競争優位を保っていくのかについて語ってくれました。
McKinsey: 2011年にあなたが参加した当時のアストロズのアナリティクスの強さと弱さは何でしたか?
Jeff Luhnow: アナリティクスなんてものはそもそも当時全くありませんでした。典型的な昔からあるスカウト組織だったのです。アストロズは選手のスカウトや育成に関しては大変素晴らしい仕事をしていたと思います。しかし、アナリティクスの能力に関しては、当時のアストロズは下から数えて5番以内であったことは間違いないです。
McKinsey: もともといた人たちはあなたが持ち込んだ変化を受け入れましたか?
Jeff Luhnow: ノー!ベースボールの組織では何百人もの人が働いています。コーチたち、スカウトする人たち、何百人もの選手たちです。彼らはすぐには受け入れませんでした。あるタイプのアナリティクスは受け入れられるまでに辛抱強く待つ必要がありました。結局の所、コーチと選手たちが受け入れなければ、何も変化など起きないのです。
McKinsey: どのように組織にアナリティクスを受け入れさせたのですか。
Jeff Luhnow: まず最初に手を付けたのは、スカウトチームの意思決定者たちです。トレードやドラフトでの選手の獲得に対しての意思決定を行っている彼らにアナリティクスの情報を使って正しい判断をさせることです。
難しいのはメジャーリーグやマイナーリーグを含めたコーチや選手達に今までのやり方を変えさせるということです。それはアナリティクスの情報を使って、その日のゲームの戦略、打順、守備位置、さらには、どの選手を昇給させるか、といった意思決定をしていくということを意味するのです。
この変革は大変なことで、納得行くレベルに到達するのに3,4年ほどかかりました。私のボス、つまりこのチームのオーナーですが、彼が私たちを全力でサポートし、さらにはこのアナリティクスを使うという戦略にかけ続けてくれたのは幸運でした。
サッカー、アメリカンフットボール、バスケットボールなどでもみられることですが、多くのチームが最初はこうしたアナリティクスを使ってチームを変革するという戦略を取ろうとするのですが、その際いろいろと出てくる問題にうまく対応することができず、結局は2,3年の内にやめてしまうということがよくあります。
McKinsey: どのような変化が組織を特に不快にさせましたか。
Jeff Luhnow: いい例があります。ピッチャーがマウンドに立ち、ボールを投げます。そのボールは打たれ、ショートを守る選手がいるはず場所に飛んでいきます。しかし、突然、そのショートの野手がそこにいないのです。そんなことはそのピッチャーにとっては彼のキャリアで初めてのことです。なぜそこにショートの野手がいないかというと、アナリティクスがショートの野手は別のポジションに居るべきだというのです。そしてそのせいで、今までならアウトになってたはずのものがヒットになってしまうことがあります。これはピッチャーにとっては大きな失敗で、彼の記録にも残ってしまいます。
人はいつもこうしたネガティブな出来事を覚え続けるものです。ピッチャーにとっては、いつもなら2遊間を抜けたボールはシングル・ヒットだったのですが、今年はそこに2塁手がちょうどいて、2塁をそのまま踏んで、さらにダブルプレイを取ることができたのです。私達はこうしたポジティブな結果を出したことに対して称賛をいただくことはあまりありませんが、かわりにネガティブな結果に対してはよく批判を受けるものなのです。
こうした動きが正しいことだとピッチャーを説得するのは大変難しいことでした。というのもそれが今までのやり方と全く違うからです。何か間違っているように感じるのです。内野手が立っているはずの場所に立っていないのです。彼らにとってはリトルリーグ時代からずっと慣れ親しんでいたことなのです。そこでピッチャーはダグアウトを睨み、コーチを睨みつけ、内野手がいつもの場所にもどるように求めるか、もしくはその内野手を直接睨みつけます。そうこうしているうちに、みんなそれまでやってきたやり方に戻っていってしまったのです。これが最初の1年目でした。
2年目、これは2013年のことですが、私達はもう少し強く変化を押し付けることにし、コーチたちは最初の数カ月はいい仕事をしていました。
しかし、今度は内野手が不満を言い始めました。彼らはその新しいポジションからのダブルプレーに慣れていなかったのです。そしてピッチャーも不満を言い始めました。そうして、私達は最初はリーグのトップの方の順位にいたのですが、その後中間あたりに落ちていくことになってしまいました。
コーチたちはそれ以上アナリティクスを使い続ける意欲を失いました。不満を言う選手たちに無理やり押し付け続けたくなかったのです。
次の年、2014年、私達は全てのメジャーリーグのピッチャーと内野手を集めてデータを彼らと共有することにしました。これはリスクのあることでした。というのも彼らは別のチームに行ってしまう可能性があるからです。しかし、もし私達が本当に彼らが行動を変えることを期待しているのであれば、彼ら自身がそこから得られる利益を理解する必要があり、その根拠がどこから来ているのかを理解する必要があります。
ある素晴らしい変化の起点となるターニングポイントがありました。ある若いピッチャーがこの新しいやり方に馴染めず、不満を言い続けていました。「こういう場合はだめだ。ああいう場合はだめだ。」といった具合です。そんなときに、一人のベテランのピッチャーがその若いピッチャーに対して、「これは君がよりよい防御率をとるのに役立つんだ、より良いキャリアを築くチャンスを大きくしてくれるんだ、だからこのアドバイスをもっと真剣に聞くべきだ。」と言ってくれたのです。一度、選手たちがこうしたアナリティクスのツールを使うのを自ら擁護してくれ始めると全てのバランスが変わります。もう強制しているのではなく、選手たち自らが欲しているのですから。こうなると、こうしたテクノロジーやアナリティクスが選手たちに及ぼす効果は無限大となります。
McKinsey: 私達もふだんから、アナリティクスが分かってそれを現場の人達との架け橋になってくれるトランスレーターとよばれる人たちがビジネスでは必要だと言っていますが、それに共通しますね。
Jeff Luhnow: まったくです。マイナーリーグでは、それぞれのレベルに一人ずつ追加のコーチを雇うことにしました。この人たちの採用に関する条件は、ボールを打つことができて、バッティングのトレーニングを行うことができて、SQLが書けることです。こういう人を探すのは大変ですが、十分なだけ見つけることができました。大学時代やマイナーリーグで野球をやったことがあり、テクノロジーのバックグランドがありアナリティクスを理解できるような人たちです。
彼らはユニフォームを着て、選手たちの信頼を獲得し、ゲームの前や後に選手と一緒にコンピューターの前に座って、選手たちのピッチングやスウィングに関する情報をチャートを使って見せ、なぜ私達がスウィングする前に手を上げろと要求しているのか、なぜピッチャーの立ち位置を変えろと言っているのか、なぜボールの投げ方を変えろと言っているのかを詳細に渡って説明します。ユニフォームを着ている人がこのアナリティクスのチームに入ると、あとは彼らと一緒に移動のバスに乗って、一緒の釜の飯を食って、同じモーテルに泊まり信頼関係を築き始めるだけです。彼らを全力でサポートするのです。
こうした移行期間は2年ほどありました。ちょうどそのころトランスレーターは必要なくなったと気付きました。というのも、そのころまでには打撃コーチ、ピッチングコーチ、監督たちがすっかりテクノロジーを使いこなすことができるようになったのです。彼らはトランスレータがそれまで行っていたことを自分たちでできるようになったのです。ここで重要なのは、彼らはコーチや選手としてのキャリアを持つ本物のベースボールプレーヤーということです。
その後トランスレーター達はコーチそのものになりました。毎年彼らをヒューストンでの会議に呼びます。打撃の会議は3日間ほど続きますがそこでは打撃に関することをディスカッションし、分析結果や新しいテクノロジー、手法を発表します。そして同じことをピッチングの選手、守備の選手、監督たちに対しても同様に行います。そして、医療スタッフとも同じことをやります。ほんとうにこれは継続的な教育プログラムなのです。前の年に、何が選手たちには受け入れられなかったのかを見つけだし、どうやったら彼らにとって受け入れやすくなるのかと問い続けることでプログラムを改善していくのです。
McKinsey: これは競争優位のもととなりますか?
Jeff Luhnow: これはゼロサム(勝つか負けるか)の世界です。こういった業界は他にも多くあります。誰かの得る優位は他の誰かにとっては不利となるのです。私達の世界では、私達が勝つと誰かが負けます。私達にとっては、競争の舞台はアナリティクスから得られるインサイトをどうやって試合に持ち込むことができるかに移りました。そして、これは組織にとっては最も難しいことです。なぜなら、少なくとも最初は選手はやりたがらないからです。コーチたちもやりたがりません。150人の人たちがベースボールの組織で働いていて、200人ほどの選手がいます。彼らの中には高校レベルの教育すら受けていない人たちがいます。英語をしゃべれない人達もいるのです。彼らにとっては普通じゃない新しいことを導入しようとしているわけですから、こうした人達を相手にプロジェクトを進めるのはとても大変です。その上、何か今までのやり方と違うことを見ると「これはだめだ」と決めつけ、批判をしてくるメディアや他の組織、そして昔からのベースボールのファンともうまくやっていかなくてはいけないのです。
こちらから人を送り込み、打撃やピッチングのコーチや監督の大半をもっと心を開いて先進的な人たちに変えていくことで、このプログラムが効果を発揮し始めました。そして、この変化が次の5年から10年の間の競争優位を与えてくれるのです。フィールドでの人々の行動を変え、彼らが新しい情報を理解し新しいテクノロジーを使いこなすというのは、とても難しいことです。私達にとっても痛みを伴うもので、長い時間を要するものでした。しかし、それゆえに他の球団にとってこれを真似するというのは難しいことなのです。
McKinsey: これから何か大きく変わっていくものはありますか?
Jeff Luhnow: ビッグデータとAIを混ぜるのがベースボール界では次の大きな波となるでしょう。まだまだこれからです。これに関しては、競争相手がこの記事を読むことになるかもしれないのでここではお話することはできません。しかしこの分野では私達は大きな投資を行っています。他の球団もそうでしょう。ベースボールでは全ての施設でレーダーやビデオカメラがデータを集めています。これはメジャーリーグだけでなく、マイナーリーグ、大学、そしていくつかの高校でも始まっています。
私達は全ての選手がフィールドで何をやっているのかがいつでもわかります。数年前には想像することすらできなかったようなデータが今では当たり前のように手に入るのです。こうした情報をもとに予測モデルを作っていくことはチームがこの先成功していくためには大変重要なことです。これは競争のためのエッジを得ることができるということを意味します。最初にこうしたテクノロジーに触れることが重要なのではなく、それを他のどのチームより早く意思決定のシステムに組み入れることが重要です。どんな優位であれ、いづれはどのチームも追いつくことができるのですから、前に進み続ける必要があるのです。
McKinsey: どうやって一歩先に出続けるのですか?
Jeff Luhnow: スピードです。評価と導入のスピードです。これは私達にとってのキー・サクセス・ファクターです。私達はいつも最先端であることがいかに重要かをよく話します。そのためには、痛い思いもするでしょうし、金銭的な損もするでしょう。時には、ひどいやけどを負うことにもなるかもしれません。しかしもしそういうことがなければ、それは結局、ベース・ランニングといっしょなのです。選手が一塁にいたとして、ライト方向へのシングルヒットが出たときに三塁まで走っていかないのであれば彼は十分にアグレッシブではないのです。三塁まで走っていってアウトになったことがないという選手は、取れるかもしれなかったチャンスを逃しているということなのです。私は新しいテクノロジーを導入するときも同じように考えます。もしそうした過程で失敗をしていないのだとしたら、私達は十分にアグレッシブではないということです。
もしあなたが明らかになるまで待っているのだとしたら、気付いたときにはすでに手遅れとなっていることでしょう。一番でなくてはいけないのです。競争優位というものは自分自身で作り出す必要があります。テクノロジーにしろデータにしろ、もしあなたがこれからやってくるものを見ていないのなら誰かが先に行います。そしてあとになって、自分たちがやっておくべきだった、自分たちにもできていたはずだ、などと後になって泣き言を言うハメになるのです。そしてそこで待ち受けているのは害だけです。結局その後、リーダーとなる人達を追いかけていくはめになるのです。
McKinsey: よりよい意思決定を行うために組織の中でアナリティクスとともに、人の経験や直感なども一緒に使ったりするものですか?
Jeff Luhnow: 選手を評価するに当たって人間の経験、直感、知恵が必要になるときがいつもあります。選手を素晴らしい選手とするにはたくさんのソフトなコンポーネントがあります。リーダーシップ、やる気、意思、障害を克服する力などです。心理的な部分ではサイエンスの力を借りることもできますが、やはり難しいです。選手と多くの時間を過ごすコーチやスカウトの人たちが持ってきてくれる意見はいつも重要です。そして、こうした意見とテクノロジーとアナリティクスからの情報を一緒に使うことで最高の結果が得られるということは私達の経験上、証明されています。どちらか一方だけでは、中途半端な結果となるのです。
そうすると、重要なのはどうやって混ぜるかということになります。これは言うのは簡単なのですが、実際に行うのは難しいです。高校生の選手たちには専門家の意見をもっと重視します。というのもそもそも彼らに関する情報があまりまだないからです。それに比べて大学の野球チームで3年もやっている選手ならすでにたくさんのデータがあるのでこの選手がこれからどんな選手になるのかをデータから予測することができます。
こうしたものをシステマティックな形で混ぜ合わせることが重要です。さらに、どうやってこうした情報を使っているかということをコミュニケートし続けることも重要です。なぜ私達がレコメンデーションを使ったのかをみんなが理解するべきです。アナリティクスのインサイトを使って人間に指示を出すだけでなく、そのインサイトが実際には人間にとってどれだけ役に立ったのかというフィードバック・ループがたくさん必要です。時間が経つとともにプロセスと結果をもっと彼らと共有していくのです。
McKinsey: そうすると、プロセスがクオリティの高い結果を生み出すのですね。
Jeff Luhnow: 正しい答えは、本当に自分たちにとって重要なものを計測し続けることが大事です。将来あなたが成功するためのキーとは何ですか。それらは期待されているようにしっかりと計測されていますか。それをさらに良くする方法はありますか。もしあなたが素早い決断をしていくのなら、何が障害になるのか、それらをどう乗り越えていくのかを理解する必要があります。必要とされる人を配置し、異なる視点から反対し合う意見を集めた上で意思決定を行っていくことが重要なのです。
これは、今まで行って来たことや、やりかけのことでも、もはや価値を生み出すことがないのであれば中止する必要があるということを意味します。こうしたものは人や時間、金を浪費することになるので、これからやろうとするプロジェクトほどの価値を産まないのであれば潔く中止にするという決断をすることが重要です。ただ今までうまくいっていたからと言って、これからも同じやり方がうまくいくという保証はないのです。意思決定を行う人達同士の頻繁なコミュニケーションは、正確な情報が与えられているならば、意思決定のスピードを上げるのに役立ちます。そして私達の経験からすると、個人が行っていた意思決定よりも組織として行う意思決定のほうがよりよい結果を生み出し始めた時に、ようやく作り上げてきたシステムが効果を発揮し始めたと言うことができるのです。
要約、終わり
以前にも紹介したトランスレーターの話が途中にでてきましたね。
こうした人達、つまりドメイン知識をある程度持った人たちが旗を振ってデータ分析のプロジェクトをリードしていくことがやはり重要だと私も思います。ただ、このトランスレーターも一時的に必要なだけで、やはり最終的にはビジネスの現場の人間がデータもテクノロジーも使いこなせるようになっていくべきだと思います。アストロズではこの移行期間に2年ほどかかったとのことです。
ところで冒頭にも言いましたが、アストロズがデータ分析を使って組織を変革し、最終的にはワールドシリーズのチャンピオンになっていったという話は、もともとデータ分析の文化のない組織がこれからデータ分析を使ってビジネスを改善していこうというときに大いに参考になるのではないでしょうか。
アストロズの場合は、もともとデータ分析の文化がなかったというのもきついですが、それ以前にデータ分析を行っていくための環境も普通の企業と比べて恵まれていなかったといえるのではないでしょうか。
選手やスタッフ、つまりデータ分析の結果を使って意思決定を行い、アクションを起こす側の人間は、高校すら出ていない場合が多くあったようです。さらに言葉も通じにくい、コミュニケーションがとりにくい人たちも普通にいます。(アメリカのベースボールチームはスペイン語圏の中南米の人たちが結構います。)そして、そもそもコンピューターのテクノロジーに詳しい人は限られているわけです。ですので、データに関する知識ということで、データリテラシーとか言ったりしますが、それが低いどころか、テクノロジーのリテラシーも高いとは言えない人たちだったわけです。これが最初の環境のハンディキャップです。
そして、実行に移すときには、どの企業でも、組織でも直面するような様々な問題が出てきますが、彼らはアメリカ中の多くの人からの熱狂的な視線が毎日降り注がれる、ベースボールのチームです。そして彼らの結果は毎日の試合が終わったとたんにたちまちのうちに全ての人に明らかになるのです。これは、こうしたリスクを伴う、大きな変革を行っている時、つまりまったく新しいやり方への移行中は大変だったと思います。外から見ているだけの人はいつでも、うまくいっていない間は絶え間ない批判を繰り返すものです。
こうした環境に比べれば多くの企業でデータ分析をもっとビジネスの意思決定に結びつけていく、業務の改善に活かしていくというのは、多くの日本企業にとっては比較的やりやすいはずではないでしょうか。なんといっても、日本の多くの企業で意思決定を行っている人たちのほとんどは大学を出ているでしょうし、日本人の学生の算数、数学のレベルは世界でもトップクラスです。
ただアストロズでこのような変革が可能であった原因の大きな点はオーナーのコミットメントであったと思います。このオーナーのJim Craneはまずアナリティクスが彼のチームには必要である、それこそが強いチームになるための戦略だとし、当時カージナルスという別のチームでデータを使って特に選手のスカウトの分野で成果を出し始めていたJeff Luhnowを招聘してきました。
このときに、ジェネラル・マネージャーとして連れてきた、つまりチームのいわゆるCEOとして、全権を任せたのです。多くの企業の社長や経営者でもアナリティクスが自分たちのビジネスに重要であると気づき、それに必要な人材を中から見つける、もしくは外から連れてくるというところまではできると思います。しかし、それを任せる人材を自分の直下に置き、組織を任せることができる人がどれだけいるでしょうか。
インタビューの中でJeffが言っているように、こうしたデータ分析の文化がないところに、データ分析を意思決定の仕組みとして持ち込むような変革はなかなかやり遂げることが難しいものです。2011年にJeffが赴任してから本格的にデータ分析を始めたといいますから、昨年の優勝まで、実に6年越しの苦労です。そしてその間の道のりは上がり調子というよりは、以前よりも悪くなり、162試合中111試合に負けるという悪夢のようなシーズンを経験することにもなっています。しかし、その間もぶれることなく、(内心はそんなに平穏でなかったと思いますが。)オーナーのJim CraneはJeff Luhnowを支え続けるのですが、これこそがリーダーシップだと思います。戦略を立て、人を揃えたなら、やらせきる腹積もりということです。
データサイエンス、アナリティクス、データ分析など言葉はいろいろありますが、こうしたものはついつい今までのITプロジェクトとして捉えられがちです。つまり、これまでのデータベースや会計システムの導入といった感じで、データを集めるためのデータレークのプロジェクトや機械学習のシステムの導入といった具合です。
しかし、データ分析に関するプロジェクトがITプロジェクトと決定的に違うのは、人の意思決定に直結するということです。つまり、ITプロジェクトのように何か今までやっていたことの効率が良くなる、コストが下がるといったことではなく、今まで人間がやっていた意思決定の仕方、もしくは仕組みを変えるということなのですから、今までやっていたやり方そのものが変わっていきます。そして成功するデータ分析というのは、最終的には経営そのものの変革となるはずなのです。
それだけのインパクトがある変革を起こそうというのですから、それは大変だと思います。何かのツールを入れれば何とかなるというものではありませんし、誰か有名な人を雇えば何とかなるという類のものでもありません。こうした変革を起こすには、長期的で、強力なリーダーシップのもとに、全社的なコミットメントが求められます。そして、実はこうしたことができるのは経営者しかいないのです。これが、日本に統計的品質管理というものを50年代に持ち込んだエドワード・デミングがよくデータ分析とは経営の問題であると言っていた所以です。
こうしたチャレンジを理解し、ほんとうの変化、見せかけでない、企業の文化と経営の変化を起こすことができるビジネスこそが次の5年、10年とグローバルなステージでも成長し続けることができるのだと思います。
なぜなら、それだけ難しいことをやりとげたからこそ、これからの5年、10年で競争相手に対して優位でい続けることができるのです。これは、Jeffがインタビューの中でも言っていましたが、なかなか他の企業には簡単にまねができないことなのです。
この10月の中旬に、Exploratory社がシリコンバレーで行っているトレーニングプログラムを日本向けにした、データサイエンス・ブートキャンプを東京で開催します。データサイエンスの手法を基礎から体系的に、プログラミングなしで学んでみたい方、そういった手法を日々のビジネスに活かしてみたい方はぜひこの機会に参加を検討してみてください。詳しい情報はこちらのホームページにあります!