この記事で扱う問題
ソフトウェア開発チームで、以下のような状況に心当たりはないでしょうか。
- 仕様を決める会議で、全員が納得するまで先に進めない
- 「自分はよくわからないけど、本当にこれで大丈夫?」という確認が繰り返される
- 決められる人がいるのに、全員の合意を取ろうとして時間がかかる
- どこまで理解すれば先に進んでいいのか、基準がわからない
これらは「Consensus(全員合意)」を暗黙の意思決定方法として採用しているチームで起きやすい問題です。
Consensus(合意)とConsent(同意)の違い
意思決定の方法には複数のモデルがあります。ここでは2つを比較します。
Consensus(合意)
- 定義: 全員が「Yes」と言う
- 問い: 「これが正しいか?」「全員が納得しているか?」
- メリット: 全員の当事者意識が高まる。後から「聞いてない」が起きにくい
- デメリット: 時間がかかる。1人でも納得しなければ進めない。基準が「全員の完全な理解」になりがち
Consent(同意)
- 定義: 誰も「致命的な反対」を言わない
- 問い: 「これは試しても安全か?(Safe to try?)」
- メリット: 速い。完璧でなくても前に進める。反対の根拠が明確になる
- デメリット: 「よくわからないから黙っている」が同意と見なされるリスクがある
「Safe to Try」とは
Consent型意思決定の核心にある問いは「Is it safe to try?(試しても安全か?)」です。
これは「正しいか?」「最適か?」「全員が納得しているか?」とは異なる問いです。
| 問い | 基準 | 速度 |
|---|---|---|
| これは正しいか? | 正解を求める | 遅い(正解がわからないと進めない) |
| 全員が納得しているか? | 全員の理解を求める | 遅い(1人でも不明点があると止まる) |
| 試しても安全か? | 致命的な害がないことを確認する | 速い(害がなければ進む) |
「Safe to try」の前提は以下です:
- 完璧な判断は不可能である
- 間違えても後で修正できる(不可逆でない限り)
- 実際に試してみないとわからないことがある
どのような場面で使えるか
向いている場面
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 後で修正可能な判断 | 間違えても致命的でないなら、速く進めて学ぶ方が効率的 |
| 情報が分散しているチーム | 全員が全てを理解するのは非現実的。致命的な問題だけ検出できればよい |
| 時間制約がある | 完璧な合意を待つ余裕がない |
| 判断の数が多い | 1つ1つにConsensusを取っていると全体が遅くなる |
向いていない場面
| 場面 | 理由 |
|---|---|
| 不可逆な判断(根本方針、契約、人事) | 間違えた時のコストが高すぎる |
| 安全性に関わる判断 | 「たぶん大丈夫」では済まない |
| チーム内の信頼関係が低い | 「黙っている=同意」が機能しない |
「よくわからない人」はどうするか
Consent型で最も難しいのは「情報を持っていない人がどう振る舞うか」です。
3つの正当な応答
| 応答 | 意味 | 結果 |
|---|---|---|
| 「反対する理由がない」 | 自分の知識の範囲で致命的な問題は見当たらない | 進む |
| 「確認したい」 | 判断に必要な情報が足りない。質問する | 情報を得てから判断 |
| 「致命的な問題がある」 | 根拠のある懸念がある | 議論して解消する |
重要なのは「わからない=反対」ではないということです。
「わからないが、反対する根拠もない」は正当な同意です。全てを理解している必要はありません。自分の知識の範囲で「致命的な問題があるか」だけを判断します。
導入する際の注意点
1. 「反対」の定義を明確にする
「個人的に好みじゃない」は反対ではありません。反対(objection)は「この提案を実行すると、チームや組織に害を与える」という根拠のある懸念に限ります。
2. 「後で修正できる」ことを可視化する
「Safe to try」が機能するためには、「間違えても後で直せる」という安全ネットが見えている必要があります。修正の機会がいつあるのか(次のスプリント、次のフェーズ等)を明示します。
3. 沈黙を同意と見なすルールを事前に合意する
「黙っている=反対がない=同意」というルールを、チーム全員が理解している必要があります。「よくわからないから黙っていたら、勝手に決まっていた」という不満を防ぐために、事前にルールを明示します。
4. 最初は小さい判断から試す
いきなり重要な判断にConsentを適用すると不安が大きいです。まずは影響の小さい判断(実装方式、UIの細部等)から試して、チームが慣れてから範囲を広げます。
まとめ
| Consensus | Consent | |
|---|---|---|
| 問い | 全員がYesか? | 誰かがNoか? |
| 基準 | 全員の理解と納得 | 致命的な反対の不在 |
| 速度 | 遅い | 速い |
| 前提 | 正解がわかる | 正解はわからない。試して学ぶ |
チームの意思決定が遅いと感じたら、「全員がYesと言っているか?」ではなく「誰かが根拠のあるNoを言っているか?」に問いを変えてみてください。
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