視覚モデルで見る量子相関
はじめに
私が過去に目にした量子もつれの紹介記事には、次のような説明がありました。
「量子もつれの状態にある2つの量子 a, b を、たとえ何光年離しても、ある時点で a を観測すると、その瞬間に b の結果がわかる。」
さらに、かのアルベルト・アインシュタインさえも、この不思議な現象についてにわかに信じがたく、否定的な見解を示していたと聞きます。
では、なぜそのような不思議なことが起こるのでしょうか。
今回、その謎に対する直観的な可視化モデルを独自にまとめたので共有します。
背景
- 量子ビット(qubit)は、|0⟩ と |1⟩ の重ね合わせで表される。
- 複数のqubitがエンタングルすると、あるqubitの測定結果が他方の結果と強い相関を持つ。
- これが「遠く離れていても結果がリンクする」という量子もつれの不思議さを生んでいる。
しかし従来の説明は、「相関がある」と抽象的に語られることが多く、なぜ相関が成り立つのか が直感的に分かりにくい。
新しい解釈:周期性による同期
私が提案する理解の軸はシンプルです。
- 複数のqubitは、位相的に同期した一つの「波」として観測される
- 観測は「同じタイミング(または同じ位相、同じ測定基底(測定軸))」で実施されるため、
あるqubitで「1」が出る確率分布が、他のqubitの確率分布と必然的に関係している。
つまり、「量子もつれ(エンタングルメント)とは、測定軸を揃えた計測によって現れる確率の相関現象」 だと考えられます。
※ただしこれは直感モデルであり、厳密な量子力学の定式化ではありません。
具体例:波としての量子状態を考える
単純な2量子の例
同じ周期をもつ量子 a, b があり、
- a は位相 0° に波のピークがあるパルス
- b は位相 180° に波のピークがあるパルス
を持つとします。
横軸 0°〜360°、縦軸 -1〜+1 の 2 次元グラフを円柱に貼り付けて回転させると、こう見えます。
- 正面から見ると a が 1 のとき b は必ず 0
- 180° 回転させると a が 0 のとき b は必ず 1
※いずれの図も直観のための可視化モデルです。実験装置・信号波形を写実したものではなく、エンタングル相関を比喩的に示しています。
つまり、同じ測定基底(測定軸)で観測すると「a が 0 なら b は 1、a が 1 なら b は 0」という強い相関関係が見えてきます。これがエンタングル状態の一つの直感的な表現です。
※この相関は a と b を同じ測定基底で測る場合に現れます。実際のエンタングル状態は確率分布として現れます。
QFT(Quantum Fourier Transform: 量子フーリエ変換)の例
ここから少し専門的な例を見てみましょう。
量子コンピュータが持つすごさや可能性を説明する時によく、「現在使われている暗号(RSA-2048)がすぐに解読されてしまうようになる」というような表現で説明されることがあります。
これは量子コンピュータが量子もつれ(エンタングルメント)を利用すると、Shorのアルゴリズムにより暗号解読に必要な素因数分解を効率的に行えるからです。
量子コンピュータで素因数分解を行う際に使われる QFT (Quantum Fourier Transform) というアルゴリズムでは、位相レジスタと呼ばれる複数の量子ビットに「周期を示す手がかり」が現れます。
例えば 21 を素因数分解する場合、8 量子ビットの位相レジスタを観測すると次の値が高頻度で出てきます。
abcd efgh
0 = 0000 0000b
43 = 0010 1011b
85 = 0101 0101b
128 = 1000 0000b
171 = 1010 1011b
213 = 1101 0101b
これらの値は繰り返し実験したときに特に出やすい値です。
なぜこんな不思議なことが起きるのでしょう?
これは量子と量子がエンタングル(量子もつれ)を起こしているためだと言われます。
では実際それは具体的にどのような状態なのでしょうか?
ビットごとの波に変換して考える
各ビットを左から順に a b c d e f g h と名付け、出現パターンを並べてみます。
(先ほどのa列〜h列までを「縦読み」して横に並べたのが下記です。)
a=[0,0,0,1,1,1]
b=[0,0,1,0,0,1]
c=[0,1,0,0,1,0]
d=[0,0,1,0,0,1]
e=[0,1,0,0,1,0]
f=[0,0,1,0,0,1]
g=[0,1,0,0,1,0]
h=[0,1,1,0,1,1]
「6 回の観測結果」を 360°周期に対応させるため、1 ステップ = 60° として 1 が出る位置を「パルスのピーク」と見なします。
- a = [0,0,0,1,1,1] → ピーク: 180°, 240°, 300°(3本)
- b = [0,0,1,0,0,1] → ピーク: 120°, 300°(2本)
- c = [0,1,0,0,1,0] → ピーク: 60°, 240°(2本)
- d = [0,0,1,0,0,1] → ピーク: 120°, 300°(2本)
- e = [0,1,0,0,1,0] → ピーク: 60°, 240°(2本)
- f = [0,0,1,0,0,1] → ピーク: 120°, 300°(2本)
- g = [0,1,0,0,1,0] → ピーク: 60°, 240°(2本)
- h = [0,1,1,0,1,1] → ピーク: 60°, 120°, 240°, 300°(4本)
量子コンピュータの仕組み上ノイズや周期のばらつきがあるので、確実に0,43,85,128,171,213が必ず出るというわけではないのですが、統計を取ると明らかにこの値になる確率が突出している様子が見えるのだそうです。
これにより、6回で繰り返す:つまり周期r=6 ということが推定され、このrの値を利用すると素因数分解が容易に解けるのです。
なので、巨大な素数同士の掛け算であるRSA-2048の巨大な値の公開鍵からrを知ることができると、秘密鍵を容易に計算することができ、暗号が解読可能になってしまうのです。
※RSA-2048の現実的な解読には、大規模な誤り訂正と多数の論理量子ビットが必要で、現時点では量子コンピュータでも未達です。本節はアルゴリズム原理の解説です。
可視化のイメージ
この結果を先ほどのように円柱グラフ上にプロットしてみると、各量子ビットがそれぞれ「異なる位相の波の重なり」として表せることがわかります。
そして、複数の量子ビットを同じ測定基底(測定軸)で観測すると、a がこのピークなら b は必ずこのピークという相関が現れます。(だから、決まった組み合わせ(特定の数値)で観測される確率が高くなる)
これこそが、数式の背後にある「エンタングル状態の直感的イメージ」として捉えられるのです。
※いずれの図も直観のための可視化モデルです。実験装置・信号波形を写実したものではなく、エンタングル相関を比喩的に示しています。
測定基底の整合
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各量子は波として揺らいでいるが、同じ測定基底(測定軸)を選ぶことでエンタングル特有の確率的相関が現れる。
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観測のタイミングは必須条件ではなく、同じ基底なら相関は保たれる一方、異なる基底では相関が弱まったり消えたりする。
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これが「遠隔でも同じ結果が出る」ように見える理由であり、超光速通信を許すものではない(非通信定理)。
まとめ
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量子もつれ(エンタングルメント)は「同周期のリズムが生み出すシンクロナイズ(同期)」と解釈できる。
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直感的には、「2つの波を同じタイミング(または同じ位相、同じ測定基底(測定軸))で測定したとき、波の山と谷の関係が一致する」イメージに近い。
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この視点を持つと、量子計算における並列性や相関の強さを理解しやすくなる。
- 様々な量子、測定方式に一般化した言い方をすると、量子もつれ(エンタングルメント)は「測定基底の整合とエンタングル状態の構造」に由来する強い相関として理解できる
- ここでいう“位相”はTransmon qubitの様相を直観的にイメージするための比喩で、厳密には同じ測定軸を選んだときに相関が最も明瞭になる、という意味
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最後に強調すると、本稿の“位相とリズム”は直感の足場です。通常、量子力学ではヒルベルト空間・測定理論・Bell不等式などで量子もつれが説明されますが、本記事ではそれらとは別の切り口で量子もつれを考察しました。読者が数式に入る前のイメージ作りとして役立てば幸いです。
今後の展望
- この解釈が量子アルゴリズムの教育や直感的理解に役立つ可能性がある。
- より厳密には量子測定理論の枠組みと突き合わせる必要があるが、初学者がイメージする上で有効な「思考モデル」となるかもしれない。
- 波の比喩を使ったアルゴリズム研究の可能性
- この波形モデルが新しいアルゴリズム(例: 素因数分解の r 推定)のヒントとなる可能性もありますが、現時点では未開拓の領域です。
- できた方がいらっしゃいましたらぜひコメントなどで教えてください
注釈
アインシュタインは「量子もつれ」の奇妙さを受け入れず、
「観測前から結果は決まっている(隠れた変数があるはずだ)」と主張しました。
1964年、ジョン・ベルが「もし隠れた変数があって、しかも局所的(離れた場所には瞬時に影響しない)なら、観測結果の相関は必ずある上限を超えない」という数学的不等式を導きました。
→ これが Bell不等式 です。
→ Bell不等式とは「もし結果が観測前から決まっているなら、統計的相関はこの上限を超えない」という制約です。量子実験はこれを破る(違反する)ため、古典的説明では不可能なことが確認されています。
量子には色々な種類があり、当記事の考察はTransmon qubitの仕組みに着想を得て考察した結果です。
当記事での考察は「隠れた周期性で相関を説明する」という直感に基づいています。
これはあくまで思考モデルであり、Bell不等式違反「局所的な隠れた変数による古典的説明では不可能な相関を、実験が実際に示した」という実験結果がいくつも見つかってきています。
Bell不等式違反の確認実験では、光子(フォトン)の偏光状態が最初に使われました。
1982年、アラン・アスペの実験(フランス)は、偏光子を用いた光子のエンタングル状態で Bell不等式違反 を確認しました。
その後も多くの光子ベース実験(偏光・時間ビン・エネルギー時間エンタングルメントなど)が行われ、相関が「古典的位相同期モデル」を超えることが示されました。
近年は光子以外の物理系でもBell不等式違反が観測されています。
当記事の考察は全ての「量子」に当てはまるわけではない可能性があります。
おわりに
私は今回、量子もつれ(エンタングルメント)を「同周期のリズムが生み出すシンクロナイズ(同期)」として解釈するアイデアをまとめました。
この視点が読者の理解に新しい切り口を提供できれば幸いです。
補足
「量子」とは具体的に何でしょうか?
一言で量子と言っても、具体的には色々あります。光子だったり、電子だったり。
量子コンピューティングには複数方式があり、その方式毎に利用する「量子」が異なります。
しかしどの方式も量子がもつ多様な特性のうち、何を利用するかを絞ってコンピューティングに利用します。
たとえば、光子だったら「偏光の角度」を用いる方式、電子であれば波の周期の「位相」を用いる方式など。
今回は、現在一番実用化に近づいているTransmon qubitという量子コンピューティングの仕組みを考察して、量子もつれ(エンタングルメント)について考察を行いました。
Transmon qubitでは、超伝導島という2つの薄い長方形の超伝導物質をジョセフソン接合と呼ばれる1本の細い絶縁膜で接合させた構造になっており、この超伝導物質の中に電子が膨大に存在する状態です。絶縁膜の箇所で励起状態が行き来するようになっており、この励起状態の波が2つの島を行ったり来たりすることで波の位相を持ち、位相・電荷の揺らぎの量子状態を保持します。
そう、「量子」というとたった一つの粒のようなものをイメージしてしまいますが、実は、Transmon qubitでは、膨大な数の電子を含む超伝導構造そのものを量子ビットと呼んでいるのです。
この構造から私は、2つの大きなプールを行き来する波の様子をイメージしました。
そのイメージだと、波はプールの端で折り返して反対側の端まで進み、また折り返して戻ってくるということを繰り返します。
そして、波は1つだけではなく、何度も波を作ると、その波が追加され、一定周期でリズムを打つように繰り返します。
このようなことがTransmon qubitの電子のプールの中で、励起状態の波が周期的に打ち寄せてくるものだとイメージしました。
今回の考察を踏まえると、量子コンピューティングに利用可能な量子とは、
同じ周期で、それぞれ独自のタイミングでリズムを打つ楽器のようなものだと例えることもできます。
複数の量子が同じ周期で合奏し、各量子がそれぞれの譜面でリズムを叩いている状態です。
譜面上で同じタイミングでリズムを叩く量子同士は、同じタイミングで観測すると同じ結果。
これが「量子もつれ」「エンタングル」の真実だと私は推測します。
今回例に挙げたのは、360°を60°ずつで割った6拍子のリズムでしたが、
もっと細かく角度を刻むと、交響曲のような長い長い譜面をギュッと一瞬で演奏し切るような状態になります。
なので、音楽の数が無数にあるように、量子の状態も譜面の分解能(=量子操作の分解能)に応じて非常に多様なリズムを持つことができ多様な状態を取れるわけです。
この考察が量子コンピューティングを学ぶ方々の理解の一助になれば幸いです。
また、万が一この予測が誤っていた場合、皆様の学習を阻害する結果にならないことを祈るばかりです。
参考文献