8. Financial Institutions, Markets, and Central Clearing
27 銀行
27.1:銀行
銀行の種類
| 種類 | 主な役割 |
|---|---|
| Commercial Bank(商業銀行) | 預金の受け入れ・融資を行う |
| Retail Bank | 個人・中小企業向けサービス |
| Wholesale Bank | 大企業・機関投資家向けサービス |
| Investment Bank(投資銀行) | 証券発行支援、IPO、M&A、企業再編などを支援 |
銀行が直面する3大リスク
| リスク | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| Credit Risk(信用リスク) | 借り手・取引相手が債務を履行できないリスク | 貸倒れ、デリバティブ取引相手のデフォルト |
| Market Risk(市場リスク) | 市場価格変動による損失リスク | 金利・為替・株価変動 |
| Operational Risk(オペレーショナルリスク) | 業務上の失敗や外部要因による損失 | サイバー攻撃、システム障害、不正、人的ミス |
FRMでは Credit・Market・Operational Risk が銀行リスクの基本3分類である。
自己資本(Capital)
| 項目 | Economic Capital | Regulatory Capital |
|---|---|---|
| 決定者 | 銀行自身 | 規制当局(バーゼル規制) |
| 目的 | 銀行が必要と考える自己資本 | 法令上必要な最低自己資本 |
資本の役割
- 想定外の損失を吸収する
- 銀行の健全性・支払能力を維持する
また、
- Equity Capital:銀行が営業を継続する前提(Going Concern Capital)
- Debt Capital(劣後債など):破綻後の損失吸収(Gone Concern Capital)
として利用される。
バーゼル規制(Basel Committee)
目的
- 銀行の健全性維持
- 金融システムの安定化
現在の自己資本規制では
- Credit Risk
- Market Risk
- Operational Risk
を対象とする。
また、金融危機を受けて流動性規制も導入された。
| 指標 | 内容 |
|---|---|
| LCR(Liquidity Coverage Ratio) | 30日間の資金流出に耐えられる流動性を確保する指標 |
| NSFR(Net Stable Funding Ratio) | 長期資産を安定的な資金で調達できているかを測る指標 |
預金保険(Deposit Insurance)とモラルハザード
預金保険の目的
- 預金者保護
- 取り付け騒ぎ(Bank Run)の防止
一方で、
預金者が銀行の健全性を気にしなくなるため、
- 高金利で預金を集める
- 高リスク融資を行う
という モラルハザード が発生する可能性がある。
対策として、
リスクの高い銀行ほど保険料を高くする(Risk-Based Premium) 仕組みが採用されている。
投資銀行の資金調達支援
| 手法 | 内容 |
|---|---|
| Private Placement(私募) | 限られた機関投資家へ販売 |
| Public Offering(公募) | 一般投資家へ販売 |
| Firm Commitment | 投資銀行が全額買い取り販売する |
| Best Efforts | 投資銀行は販売のみ支援し、売れ残りリスクは負わない |
| IPO | 初めて株式を公開すること |
| Dutch Auction | 入札により公開価格を決定する方式 |
利益相反(Conflict of Interest)
銀行グループでは
- 商業銀行
- 投資銀行
- 証券部門
- トレーディング部門
など複数部門が存在するため、
- アナリストの独立性
- 顧客利益
- インサイダー情報
などの利益相反が発生する可能性がある。
そのため、
Chinese Wall(情報遮断措置)
によって部署間の情報共有を制限する。
Banking Book と Trading Book
| Banking Book | Trading Book |
|---|---|
| 満期保有目的 | 売買目的 |
| 主に融資 | 債券・株式・デリバティブ |
| Credit Risk中心 | Market Risk中心 |
| 原則として時価評価しない | 毎日時価評価(Mark-to-Market) |
Originate-to-Distribute Model
銀行が
- 融資を実行し(Originate)
- 証券化して売却する(Distribute)
ビジネスモデル。
メリット
- 自己資本を効率的に活用できる
- 流動性が向上する
- 新たな融資を実施しやすくなる
デメリット
- 融資審査が甘くなりやすい
- サブプライムローン問題や2007~2009年金融危機の一因となった
FRMで押さえるポイント
- 銀行は Commercial Bank と Investment Bank に分類される。
- 銀行の主要リスクは Credit Risk・Market Risk・Operational Risk の3つ。
- Economic Capital は銀行内部、Regulatory Capital は規制当局が決定する。
- バーゼル規制では自己資本規制に加え、LCR と NSFR による流動性規制も導入されている。
- 預金保険は銀行取り付けを防ぐ一方で、モラルハザード を生む可能性がある。
- 利益相反を防ぐために Chinese Wall が設けられる。
- Banking Book は満期保有資産、Trading Book は売買目的資産として区別される。
- Originate-to-Distribute Model は流動性向上に寄与する一方、融資基準の緩和を招く可能性がある。
28 保険会社と年金制度
28.1:保険会社と年金制度
保険会社は、契約者から保険料(Premium)を受け取り、事故・死亡・病気などの損失が発生した際に保険金を支払う金融機関である。主な収益源は保険料収入と、その保険料を運用して得る投資収益である。
保険会社の種類
| 種類 | 補償対象 | 特徴 |
|---|---|---|
| 生命保険(Life Insurance) | 死亡・生存 | 長期契約が中心 |
| 損害保険(Property & Casualty) | 火災・事故・賠償責任 | 通常1年契約・更新型 |
| 医療保険(Health Insurance) | 医療費・入院費 | 医療サービスを補償 |
生命保険(Life Insurance)
定期保険(Term Life Insurance)
- 一定期間のみ保障
- 契約期間中に死亡した場合のみ保険金を支払う
- 満期まで生存した場合は支払いなし
終身保険(Whole Life Insurance)
- 一生涯保障
- 死亡時には必ず保険金が支払われる
- 若年期は必要以上の保険料を支払い、その余剰分を運用し、高齢期の不足分を補う仕組み
その他の生命保険
- 養老保険(Endowment):死亡時または満期時のどちらでも支払い
- Variable Life:運用成績に応じて保険金が変動
- Universal Life:保険料や保障額を柔軟に変更可能
- 団体生命保険:企業が従業員向けに加入し、多人数でリスクを分散
年金(Annuity)
生命保険とは逆の商品である。
- 一括または積立で保険会社へ資金を支払う
- 生存している限り年金を受け取る
- 長生きするほど受給額が増える
損害保険(Property & Casualty Insurance)
Property Insurance
建物・自動車・火災・盗難など物的損害を補償する。
Casualty Insurance
第三者への賠償責任(自動車事故・施設内事故など)を補償する。
特徴
- 毎年更新される契約が多い
- 巨大災害による保険金支払いは予測が難しい
- 地震・台風などによるカタストロフィリスクが存在する
医療保険(Health Insurance)
- 医療費・薬代などを補償
- 医療費全体の上昇により保険料は上昇する可能性がある
- 契約者の健康悪化だけで保険料が急上昇するとは限らない
保険会社が直面する主なリスク
| リスク | 内容 |
|---|---|
| 保険金支払リスク | 保険金支払いが予想以上に増加する |
| 市場リスク | 運用資産の価格下落・金利変動 |
| 信用リスク | 再保険会社・金融機関の破綻 |
| オペレーショナルリスク | システム障害・人的ミスなど |
Mortality Risk と Longevity Risk
Mortality Risk(死亡率リスク)
契約者が予想より早く死亡するリスク。
- 生命保険会社には不利
- 年金会社には有利
Longevity Risk(長寿リスク)
契約者が予想より長生きするリスク。
- 年金会社には不利
- 生命保険会社には有利
両方の商品を扱う保険会社では、これらのリスクが自然に相殺(Natural Hedge)される。
死亡率表(Mortality Table)
死亡率表は年齢ごとの
- 1年以内死亡確率
- 生存確率
- 平均余命
をまとめた統計表である。
用途
- 保険料(Premium)の算定
- 保険会社の将来支払額の予測
損害保険会社の主要指標
| 指標 | 内容 | 良い状態 |
|---|---|---|
| Loss Ratio | 保険金支払額 ÷ 保険料収入 | 低いほど良い |
| Expense Ratio | 事業費 ÷ 保険料収入 | 低いほど良い |
| Combined Ratio | Loss Ratio + Expense Ratio | 100%未満が望ましい |
| Operating Ratio | Combined Ratio − 投資収益率 | 低いほど収益性が高い |
モラルハザード(Moral Hazard)
保険加入後に契約者がより危険な行動を取ること。
例
- 無謀運転
- 必要以上の医療サービス利用
対策
- Deductible(免責額)
- Coinsurance(自己負担)
- Policy Limit(支払上限)
逆選択(Adverse Selection)
保険会社が高リスク・低リスク契約者を区別できない問題。
例
- 病気の人ばかり加入する
- 危険運転者ばかり加入する
対策
- 健康診断
- 運転履歴調査
- リスクに応じた保険料設定
保険会社の自己資本規制(Solvency II)
EUでは Solvency II が採用されている。
- SCR(Solvency Capital Requirement)
- 通常時に必要な自己資本
- MCR(Minimum Capital Requirement)
- 最低限維持すべき自己資本
資本が
- SCR未満:資本増強が必要
- MCR未満:業務制限の対象
P&C保険会社は巨大災害リスクを抱えるため、生命保険会社より多くの自己資本が求められる。
保険会社と銀行の保証制度
| 保険会社 | 銀行 |
|---|---|
| 州単位の保証制度 | 恒久的な預金保険制度 |
| 保険会社破綻時に他社が拠出 | 銀行が平常時から保険料を積立(FDIC等) |
年金制度(Pension Plans)
確定給付型年金(Defined Benefit:DB)
- 将来受け取る年金額が決まっている
- 運用不足は企業が負担
- 企業がリスクを負う
確定拠出型年金(Defined Contribution:DC)
- 掛金のみ決まっている
- 将来の受取額は運用成績で決まる
- 従業員が運用リスクを負う
FRM試験で重要なポイント
- 保険会社は「生命保険・損害保険・医療保険」の3種類
- 定期保険・終身保険・年金(Annuity)の違い
- Mortality Risk と Longevity Risk の違い
- 死亡率表の利用目的
- Loss Ratio・Expense Ratio・Combined Ratio・Operating Ratio
- Moral Hazard と Adverse Selection の違いと対策
- Solvency II(SCR・MCR)の概要
- Defined Benefit と Defined Contribution の違い(誰がリスクを負うか)
29 ファンドマネジメント
29.1:投資信託と上場投資信託(ETF)
投資信託(Mutual Fund)の概要
投資信託とは、多数の投資家から資金を集め、一つのポートフォリオとして運用する金融商品である。
主なメリット
- 少額で分散投資ができる
- 専門家による運用
- 個人では難しい資産分散が容易
投資信託は以下の3種類に分類される。
- オープンエンド型投資信託(Open-End Mutual Fund)
- クローズドエンド型投資信託(Closed-End Mutual Fund)
- 上場投資信託(ETF:Exchange-Traded Fund)
オープンエンド型投資信託(Open-End Mutual Fund)
特徴
- 投資家が購入すると新しい口数(Shares)が発行される
- 解約すると口数が減少する
- 投資家は運用会社と直接売買する
- 売買価格は純資産価額(NAV)のみ
- NAVは市場終了後(通常1日1回)に計算される
- 注文時には価格が分からない(Poor Price Visibility)
- 成行注文のみ利用可能(指値注文・逆指値注文は不可)
主な種類
| 種類 | 投資対象 |
|---|---|
| Money Market Fund | 短期金融商品(T-Bill、CPなど) |
| Equity Fund | 株式 |
| Bond Fund | 債券 |
| Hybrid Fund | 株式+債券 |
費用
- Management Fee(運用報酬)
- **Expense Ratio(経費率)**=運用報酬 ÷ 運用資産
- Front-end Load:購入時手数料
- Back-end Load:売却時手数料
クローズドエンド型投資信託(Closed-End Fund)
オープンエンド型との違い
- 発行済口数は固定
- 投資家同士が証券取引所で売買する
- 株式と同様にリアルタイム取引が可能
- 指値注文・逆指値注文・空売りが可能
- 市場価格で取引されるため、NAVより高値(プレミアム)または安値(ディスカウント)で売買されることがある
ETF(Exchange-Traded Fund)
ETFは、オープンエンド型投資信託の分散投資機能と、株式のような市場取引を組み合わせた商品である。
特徴
- 分散投資が可能
- 証券取引所でリアルタイム売買
- 指値注文・逆指値注文・空売りが可能
- 市場価格はNAVに非常に近い(裁定取引により乖離が小さい)
- 保有資産の開示頻度が高く、透明性が高い
オープンエンド・クローズドエンド・ETFの比較
| 項目 | Open-End | Closed-End | ETF |
|---|---|---|---|
| 売買相手 | 運用会社 | 投資家 | 投資家 |
| 発行口数 | 増減する | 固定 | 設定・解約により調整される |
| 売買価格 | NAV | 市場価格 | 市場価格(NAVに近い) |
| リアルタイム取引 | × | ○ | ○ |
| 指値注文 | × | ○ | ○ |
| 空売り | × | ○ | ○ |
| NAVとの乖離 | なし | 大きいことがある | 小さい |
望ましくない取引行為(Undesirable Trading Behaviors)
| 行為 | 内容 | 違法性 |
|---|---|---|
| Late Trading | 締切後(通常16時以降)の注文を当日NAVで受け付ける | 違法 |
| Market Timing | NAVの価格遅延(Stale Pricing)を利用した短期売買 | 合法(問題視される) |
| Front Running | ファンドの売買を事前に知って先回り売買する | 違法 |
| Directed Brokerage | 売買委託と引き換えに販売を依頼する利益供与 | 合法(望ましくない) |
純資産価額(NAV:Net Asset Value)
投資信託1口当たりの理論価格。
計算式
$$
NAV=
\frac{\text{総資産}-\text{総負債}}
{\text{発行済口数}}
$$
オープンエンド型投資信託では、投資家は必ず次回算出されるNAVで売買する。
FRM試験で重要なポイント
- オープンエンド型は運用会社と直接売買し、価格はNAVのみで決定する。
- クローズドエンド型は市場で売買され、市場価格はNAVから乖離することがある。
- ETFはリアルタイム取引が可能で、市場価格は通常NAVに近い。
- NAVは**(総資産−総負債)÷発行済口数**で計算する。
- Late TradingとFront Runningは違法。
- Market TimingとDirected Brokerageは合法だが、投資家保護の観点から問題視される。
29.2:ヘッジファンド(Hedge Funds)
ヘッジファンドは、富裕層・機関投資家向けに運用される私募ファンドであり、投資信託より規制が少なく、レバレッジや空売りなど柔軟な運用が可能なオルタナティブ投資である。
ヘッジファンドの特徴
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 投資対象 | 富裕層・機関投資家 |
| 規制 | 投資信託より緩い |
| レバレッジ | 利用可能 |
| 空売り | 利用可能 |
| 換金 | Lock-up期間がある |
| NAV公表 | 毎日公表する義務なし |
| 報酬体系 | 管理報酬+成功報酬(2 and 20が代表例) |
Lock-up Period(ロックアップ期間)
一定期間(通常1年程度)は資金を引き出せない仕組み。
目的
- 非流動性資産を安定して運用するため
- 裁定取引など長期間必要な投資戦略を維持するため
報酬体系(2 and 20)
代表的な報酬体系
- 管理報酬:運用資産(AUM)の2%
- 成功報酬:利益の20%
管理報酬は利益に関係なく徴収され、成功報酬は一定条件を満たした場合のみ発生する。
成功報酬に関する重要な仕組み
Hurdle Rate(ハードルレート)
成功報酬が発生する最低目標利回り。
- ベンチマークを上回った利益に対してのみ成功報酬を支払う。
High-Water Mark(ハイウォーターマーク)
過去最高のファンド価値を更新するまで成功報酬を支払わない制度。
- 一度損失が出た場合、その損失を回復してから成功報酬が発生する。
Clawback(クローバック)
過去に支払われた成功報酬の一部を留保し、その後損失が発生した場合には投資家へ返還する仕組み。
成功報酬制度の問題点
成功報酬は利益のみを共有するため、
- 利益が大きいほど運用者の報酬が増える
- 損失時の負担は限定的
このため、
ヘッジファンド運用者は高リスク・高リターンの投資を選択しやすい(リスクテイクのインセンティブが働く)。
主なヘッジファンド戦略
ロング・ショート株式(Long/Short Equity)
- 割安株を買い(Long)
- 割高株を空売り(Short)
企業間の価格差から利益を狙う。
専門ショート(Dedicated Short)
- 空売りのみを行う戦略
- 株式市場上昇局面では不利
ディストレスト証券(Distressed Securities)
- 経営危機企業の社債や証券へ投資
- 企業再建による価格回復を狙う
マージャー・アービトラージ(Merger Arbitrage)
- M&A発表後から成立までの価格差を利用する裁定取引
- 主なリスクは買収破談
コンバーティブル・アービトラージ(Convertible Arbitrage)
- 転換社債の理論価格と市場価格の乖離を利用する
債券アービトラージ(Fixed Income Arbitrage)
- 割安債券を買い、割高債券を空売り
- 利益幅が小さいため高いレバレッジを利用することが多い
新興国投資(Emerging Markets)
新興国の株式・債券へ投資する。
主なリスク
- デフォルトリスク
- 為替リスク
- 政治リスク
グローバル・マクロ(Global Macro)
世界経済全体の動向を予測して投資する。
対象例
- 金利
- 為替
- インフレ
- 景気循環
マネージド・フューチャーズ(Managed Futures)
商品先物などを対象にシステムトレードやルールベースで運用する。
バックテストでは過学習(Overfitting)に注意が必要。
パフォーマンス評価上のバイアス
Survivorship Bias(生存者バイアス)
成績の悪いファンドがデータベースから消えるため、平均成績が実際より良く見える。
Backfill Bias(バックフィル・バイアス)
成績が良かった後で過去の運用実績を登録するため、指数や平均リターンが過大評価される。
FRMで重要なポイント
- ヘッジファンドは富裕層・機関投資家向けのオルタナティブ投資である。
- 投資信託と異なり、レバレッジ・空売り・Lock-up期間を利用できる。
- 「2 and 20」が代表的な報酬体系である。
- Hurdle Rate・High-Water Mark・Clawbackの役割を理解する。
- 成功報酬制度は運用者のリスクテイクを促進する可能性がある。
- 各ヘッジファンド戦略(Long/Short、Merger Arbitrage、Global Macroなど)の特徴とリスクを整理する。
- Survivorship BiasとBackfill Biasはヘッジファンドのパフォーマンス評価における重要なバイアスである。
30 微分入門
30.1:デリバティブ市場と証券
デリバティブの定義
デリバティブとは、価値が他の資産や変数から派生する金融商品である。
価値の元になる資産を**原資産(Underlying Asset)**という。
原資産の例:
| 原資産 | デリバティブの例 |
|---|---|
| 株式 | 株式オプション |
| 通貨 | 為替フォワード |
| 金利 | 金利スワップ |
| 商品 | 原油先物、金先物 |
デリバティブは、株価・為替・金利・商品価格などの変動に応じて価値が変化する。
デリバティブの主な用途
デリバティブは、投機だけでなく、リスク管理や企業金融でも利用される。
| 用途 | 内容 |
|---|---|
| ヘッジ | 為替・金利・価格変動リスクを減らす |
| 投機 | 価格変動を予想して利益を狙う |
| エクスポージャー調整 | 特定の市場・資産への感応度を調整する |
| 債券への付加機能 | 転換社債、コーラブル債など |
| 従業員報酬 | ストックオプション |
| 実物投資の意思決定 | リアルオプション、撤退オプションなど |
ポイントは、デリバティブはリスクを消す道具ではなく、リスクを移転・調整する道具であること。
線形デリバティブと非線形デリバティブ
デリバティブは、原資産価格に対する損益の形によって、線形デリバティブと非線形デリバティブに分けられる。
| 種類 | 代表例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 線形デリバティブ | フォワード、先物 | 原資産価格に対して損益が一直線に変化する |
| 非線形デリバティブ | オプション | 権利行使の有無により損益が折れ曲がる |
フォワードや先物は、原資産価格が上がればロング側が利益を得て、ショート側が同額の損失を負う。
そのため、基本的にゼロサムゲームである。
一方、オプションは、買い手に権利はあるが義務はないため、損益の形が非線形になる。
取引所取引とOTC取引
デリバティブは、主に取引所取引とOTC取引で取引される。
| 市場 | 内容 |
|---|---|
| 取引所取引 | 取引所で標準化された契約を売買する |
| OTC取引 | 当事者同士が相対で契約条件を決める |
取引所取引
取引所取引では、契約条件が標準化されている。
標準化される主な項目:
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原資産 | 何を取引するか |
| 数量 | どれだけ取引するか |
| 品質 | 商品の場合の品質条件 |
| 満期 | いつ決済するか |
| 受渡場所 | どこで受け渡すか |
取引所取引では、清算機関が間に入るため、相手方が契約を履行できないリスク、つまり信用リスクが小さい。
OTC取引
OTC取引は、取引所を通さず、当事者同士またはディーラーを通じて行う相対取引である。
OTC取引では、ディーラーが買値と売値を提示し、顧客や他のディーラーと取引を行う。
取引所取引よりも大口取引が多く、特に金融機関や事業会社によるリスクヘッジで利用される。
OTC取引のメリット
| メリット | 内容 |
|---|---|
| カスタマイズ可能 | 契約条件を自由に設計できる |
| 大口取引に向く | 企業や金融機関の大規模取引に使いやすい |
| 匿名性が高い | ブローカーを通じて取引相手を伏せられる場合がある |
OTC取引のデメリット
| デメリット | 内容 |
|---|---|
| 信用リスクが高い | 相手方が契約を履行できない可能性がある |
| 流動性が低い場合がある | 標準化されていないため転売しにくい |
| 価格透明性が低い | 取引所ほど価格情報が公開されない |
OTC取引は、自由度が高い一方で信用リスクが大きい点が重要である。
オプション・フォワード・先物の違い
| 商品 | 取引場所 | 標準化 | 権利・義務 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| オプション | 取引所またはOTC | 商品による | 買い手は権利、売り手は義務 | 非線形の損益 |
| フォワード | OTC | 非標準化 | 双方に義務 | 契約条件を自由に設定できる |
| 先物 | 取引所 | 標準化 | 双方に義務 | 信用リスクが小さく流動性が高い |
オプション
オプションは、買い手がプレミアムを支払うことで、原資産を将来の一定価格で買う、または売る権利を得る契約である。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| コール・オプション | 原資産を買う権利 |
| プット・オプション | 原資産を売る権利 |
オプションの買い手は、権利を行使するかどうかを選べる。
一方、オプションの売り手は、買い手が権利を行使した場合に応じる義務を負う。
アメリカン・オプションとヨーロピアン・オプション
| 種類 | 行使できるタイミング |
|---|---|
| アメリカン・オプション | 満期までいつでも行使できる |
| ヨーロピアン・オプション | 満期日にのみ行使できる |
アメリカン・オプションは早期行使できるため、早期行使に価値がある場合、ヨーロピアン・オプションより価値が高くなる。
早期行使に価値がない場合は、両者の価値は等しくなる。
フォワード契約
フォワード契約は、将来の特定日に、あらかじめ決めた価格で原資産を売買する契約である。
| ポジション | 内容 |
|---|---|
| ロング | 将来、原資産を買う側 |
| ショート | 将来、原資産を売る側 |
フォワードはOTCで取引され、契約条件は標準化されていない。
そのため、為替リスクのヘッジなど、個別条件に合わせた取引に利用される。
先物契約
先物契約は、将来の特定月に、あらかじめ決めた価格で商品や金融商品を売買する標準化された契約である。
フォワードと似ているが、先物は取引所で取引され、品質・数量・受渡時期・受渡場所などが標準化されている。
そのため、フォワードよりも信用リスクが小さく、流動性も高いことが多い。
オプションのペイオフと利益
オプションでは、ペイオフと利益を区別する必要がある。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| ペイオフ | 満期時点で権利から得られる価値 |
| 利益 | ペイオフからプレミアムを差し引いたもの |
コール・オプションのペイオフ
コール・オプションは、原資産を行使価格で買う権利である。
買い手のペイオフ:
$$
C_T = \max(0, S_T - X)
$$
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $C_T$ | 満期時のコールのペイオフ |
| $S_T$ | 満期時の原資産価格 |
| $X$ | 行使価格 |
コール買い手の利益:
$$
\text{Profit} = C_T - C_0
$$
コール売り手の利益:
$$
\text{Profit} = C_0 - C_T
$$
コール買い手は、原資産価格が行使価格を上回るほど有利になる。
ただし、最初にプレミアムを支払っているため、利益計算ではプレミアムを差し引く。
プット・オプションのペイオフ
プット・オプションは、原資産を行使価格で売る権利である。
買い手のペイオフ:
$$
P_T = \max(0, X - S_T)
$$
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $P_T$ | 満期時のプットのペイオフ |
| $S_T$ | 満期時の原資産価格 |
| $X$ | 行使価格 |
プット買い手の利益:
$$
\text{Profit} = P_T - P_0
$$
プット売り手の利益:
$$
\text{Profit} = P_0 - P_T
$$
プット買い手は、原資産価格が下がるほど有利になる。
ただし、最初にプレミアムを支払っているため、利益計算ではプレミアムを差し引く。
オプションの損益イメージ
| ポジション | 有利になる局面 | 最大損失 |
|---|---|---|
| コール買い | 原資産価格が上がると有利 | プレミアム |
| コール売り | 原資産価格が下がる、または上がらないと有利 | 理論上無限大 |
| プット買い | 原資産価格が下がると有利 | プレミアム |
| プット売り | 原資産価格が上がる、または下がらないと有利 | 大きいが有限 |
オプション買い手の最大損失は、支払ったプレミアムに限定される。
一方、オプション売り手はプレミアムを受け取る代わりに、大きな損失リスクを負う。
フォワード契約のペイオフ
フォワード契約では、満期時のスポット価格と契約価格の差がペイオフになる。
ロング・フォワードのペイオフ:
$$
\text{Payoff} = S_T - K
$$
ショート・フォワードのペイオフ:
$$
\text{Payoff} = K - S_T
$$
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| $S_T$ | 満期時のスポット価格 |
| $K$ | 契約上の受渡価格 |
ロングは、満期時の市場価格が契約価格より高いほど利益を得る。
ショートは、満期時の市場価格が契約価格より低いほど利益を得る。
フォワード契約では、ロングの利益はショートの損失になり、基本的にゼロサムである。
例:オプションのペイオフと利益
条件:
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 行使価格 $X$ | 45ドル |
| 満期時株価 $S_T$ | 50ドル |
| コール・プレミアム $C_0$ | 3.50ドル |
| プット・プレミアム $P_0$ | 2.50ドル |
コール買い手
$$
C_T = \max(0, 50 - 45) = 5
$$
$$
\text{Profit} = 5 - 3.50 = 1.50
$$
コール買い手は45ドルで買う権利を持っており、市場価格が50ドルなので5ドル分有利である。
ただし、3.50ドルのプレミアムを支払っているため、利益は1.50ドルとなる。
コール売り手
$$
\text{Payoff} = -5
$$
$$
\text{Profit} = 3.50 - 5 = -1.50
$$
コール売り手は、買い手に有利な条件で売る義務を負う。
プレミアムを受け取っているため、最終損失は1.50ドルとなる。
プット買い手
$$
P_T = \max(0, 45 - 50) = 0
$$
$$
\text{Profit} = 0 - 2.50 = -2.50
$$
プット買い手は45ドルで売る権利を持っているが、市場価格が50ドルなので行使する意味がない。
したがって、プレミアム分の2.50ドルが損失となる。
プット売り手
$$
\text{Payoff} = 0
$$
$$
\text{Profit} = 2.50 - 0 = 2.50
$$
プットが行使されないため、プット売り手は受け取ったプレミアムをそのまま利益にできる。
例:フォワード契約のペイオフ
条件:
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 契約価格 $K$ | 25ドル |
| 満期時スポット価格 $S_T$ | 30ドル |
ロングのペイオフ:
$$
S_T - K = 30 - 25 = 5
$$
ショートのペイオフ:
$$
K - S_T = 25 - 30 = -5
$$
ロングは25ドルで買える契約を持っており、市場価格が30ドルなので5ドル得をする。
一方、ショートは25ドルで売らなければならないため、5ドル損をする。
試験対策上のポイント
| 論点 | 覚えること |
|---|---|
| デリバティブ | 原資産の価値から価格が派生する金融商品 |
| 原資産 | 株式、債券、通貨、金利、商品など |
| 線形デリバティブ | フォワード、先物 |
| 非線形デリバティブ | オプション |
| 取引所取引 | 標準化され、信用リスクが小さい |
| OTC取引 | カスタマイズ可能だが、信用リスクが高い |
| コール | 買う権利 |
| プット | 売る権利 |
| フォワード | OTCで取引される非標準化契約 |
| 先物 | 取引所で取引される標準化契約 |
| オプション買い手 | 権利を持つが義務はない |
| オプション売り手 | 義務を負うがプレミアムを受け取る |
| ペイオフ | 満期時の価値 |
| 利益 | ペイオフからプレミアムを差し引いたもの |
特に、以下の4点を押さえる。
- オプションは権利、フォワード・先物は義務である。
- コール買いは価格上昇に強く、プット買いは価格下落に強い。
- オプションでは、ペイオフと利益を混同しない。
- フォワードでは、ロングとショートの損益は対称である。
30.2:デリバティブトレーダー
デリバティブ取引者の分類
デリバティブを利用する取引者は、大きく ヘッジャー、投機家、裁定取引者 の3種類に分類される。
| 分類 | 主な目的 | デリバティブの使い方 |
|---|---|---|
| ヘッジャー | リスクを減らす | フォワード、先物、オプションで価格変動リスクを抑える |
| 投機家 | 利益を狙う | 先物やオプションを使って価格変動に賭ける |
| 裁定取引者 | 無リスク利益を狙う | 市場間の価格差を利用して利益を得る |
ヘッジャー(Hedgers)
ヘッジャーは、将来の価格変動による損失を避けるためにデリバティブを利用する。
代表的なヘッジ方法は以下の通り。
| 保有しているリスク | ヘッジ方法 |
|---|---|
| ロング・エクスポージャー | ショート先物、またはプットオプションの購入 |
| ショート・エクスポージャー | ロング先物、またはコールオプションの購入 |
ロング・エクスポージャーとは、資産価格が下落すると損失を受ける状態である。
一方、ショート・エクスポージャーとは、資産価格が上昇すると損失を受ける状態である。
フォワードによるヘッジ
フォワード契約を使うと、将来の売買価格をあらかじめ固定できる。
メリットは、価格変動リスクをほぼ中立化できることである。
一方で、将来の価格変動が自分に有利に働いた場合でも、その利益を得ることはできない。
たとえば、将来ユーロを受け取る企業がユーロ安を心配している場合、フォワード契約で将来の為替レートを固定することで、ドル換算の受取額を確定できる。
オプションによるヘッジ
オプションは、保険のような役割を持つ。
プットオプションを買えば、保有資産の価格下落リスクを抑えられる。
コールオプションを買えば、将来買わなければならない資産の価格上昇リスクを抑えられる。
オプションの特徴は、損失を限定しつつ、有利な価格変動による利益の可能性を残せる点である。
ただし、オプションを購入するにはプレミアムを支払う必要がある。
フォワードとオプションの違い
| 項目 | フォワード | オプション |
|---|---|---|
| 初期費用 | 通常なし | プレミアムが必要 |
| 価格変動リスク | 固定できる | 不利な方向だけを保護できる |
| 有利な価格変動 | 享受できない | 享受できる |
| イメージ | 将来価格の固定 | 保険 |
フォワードは価格を完全に固定する手段であり、オプションは保険料を支払って不利な価格変動に備える手段である。
投機家(Speculators)
投機家は、価格変動から利益を得ることを目的としてデリバティブを利用する。
ヘッジャーがリスクを減らすためにデリバティブを使うのに対し、投機家はあえてリスクを取る。
特に、先物やオプションは少ない元手で大きなポジションを取れるため、レバレッジ効果が大きい。
先物による投機
先物取引では、証拠金を差し入れることで、実際の投資額よりも大きな取引ができる。
そのため、価格が予想通りに動けば大きな利益を得られるが、予想に反して動けば大きな損失を被る。
先物の損益は対称的である。
つまり、価格が有利に動いた場合の利益と、不利に動いた場合の損失が、同じように拡大する。
オプションによる投機
オプションもレバレッジを利用した投機に使われる。
たとえば、株式を直接買う代わりにコールオプションを買えば、同じ投資額でより大きな値上がり益を狙うことができる。
オプションの損益は非対称である。
ロング・オプションの場合、最大損失は支払ったプレミアムに限定される。
一方で、原資産価格が大きく有利に動けば、利益は大きくなる可能性がある。
ただし、予想が外れた場合には、支払ったプレミアム全額を失う可能性がある。
裁定取引者(Arbitrageurs)
裁定取引者は、同じ資産が異なる市場で異なる価格で取引されている場合に、その価格差を利用して利益を得る。
基本的な考え方は、安い市場で買い、高い市場で売ることである。
たとえば、同じ株式が東京市場ではドル換算で25.92ドル、ニューヨーク市場では27ドルで取引されている場合、東京で買ってニューヨークで売れば、1株あたり1.08ドルの裁定利益が得られる。
裁定取引は理論上リスクが小さいが、こうした機会は多くの取引者によってすぐに利用されるため、長くは続かない。
デリバティブ利用のリスク
デリバティブは、ヘッジ、投機、裁定など幅広い目的で利用できる便利な金融商品である。
しかし、使い方を誤ると大きな損失につながる。
特に、レバレッジを伴う取引では、少ない元手で大きなポジションを取れるため、損失も大きくなりやすい。
また、本来はヘッジ目的で取引を行うべき担当者が、無断で投機的な取引を行うリスクもある。
これはオペレーショナルリスクの一種である。
そのため、デリバティブ取引では以下のような管理が重要になる。
- リスク限度額を設定する
- 取引が限度額内に収まっているか監視する
- 権限のない投機的取引を防ぐ
- 内部統制を整備する
要点整理
- デリバティブ取引者は、ヘッジャー、投機家、裁定取引者に分けられる。
- ヘッジャーは、価格変動リスクを減らすためにデリバティブを使う。
- フォワードは将来価格を固定する手段である。
- オプションは保険のように機能し、損失を限定しつつ利益機会を残せる。
- 投機家は、価格変動に賭けて利益を狙う。
- 先物は損益が対称的で、利益も損失も大きくなり得る。
- オプションは損益が非対称で、ロングの場合は最大損失がプレミアムに限定される。
- 裁定取引者は、市場間の価格差を利用して無リスクに近い利益を狙う。
- デリバティブは便利な一方で、レバレッジや無断取引による大きな損失リスクがある。
- デリバティブ取引では、リスク限度額や内部統制による管理が重要である。
31 取引所と店頭市場
31.1:取引所上場デリバティブ
取引所上場デリバティブでは、取引所と中央清算機関(CCP)が取引の中央に入り、清算、ネッティング、証拠金管理などを通じて、カウンターパーティ・リスクを軽減する。
取引所の役割
取引所は、先物やオプションなどの標準化されたデリバティブ契約を売買する中央市場である。
現在の取引所は、単に売買の場を提供するだけでなく、以下の機能を担う。
- 契約条件の標準化
- 取引内容の照合
- 決済の管理
- 証拠金の管理
- カウンターパーティ・リスクの軽減
- ポジション解消の支援
中央清算機関(CCP)
取引所取引では、CCPが買い手と売り手の間に入り、双方の取引相手となる。
$$
買い手
\longleftrightarrow
CCP
\longleftrightarrow
売り手
$$
例えば、X社とY社が取引を成立させた場合、実際には以下の2つの契約に置き換えられる。
- X社とCCPの契約
- CCPとY社の契約
これにより、X社とY社は相手方の信用力を直接確認する必要がなくなる。
また、取引相手と直接交渉しなくても、反対売買によってポジションを解消しやすくなる。
ただし、信用リスクそのものが消滅するわけではなく、CCPに集約され、一元的に管理される。
清算(Clearing)
清算とは、取引成立後から最終決済までの間に、契約内容を照合し、債権・債務を確定・管理する手続きである。
カウンターパーティ・リスクを軽減する主な仕組みは以下のとおり。
- CCPによる取引の仲介
- ネッティングによる債権・債務の相殺
- 当初証拠金の徴収
- 変動証拠金による日々の損益精算
ネッティング(Netting)
ネッティングとは、複数の反対方向の債権・債務を相殺し、差額だけを決済する仕組みである。
例えば、同じ12月決済で以下の取引があるとする。
- X社がY社から50万ドル分の金を購入
- Y社がX社から47万5,000ドル分の金を購入
両方の金額を個別に支払うのではなく、差額のみを決済する。
$$
500{,}000 - 475{,}000 = 25{,}000
$$
したがって、Y社がX社へ2万5,000ドルを支払えばよい。
ネッティングには主に以下の種類がある。
ネッティングなし
すべての取引を総額で個別に決済する。
取引件数と決済額が多くなり、デフォルト時のリスク・エクスポージャーも大きくなる。
バイラテラル・ネッティング
2者間の取引を相殺し、2者間の純額だけを残す。
これにより、一方がデフォルトした場合の損失額を削減できる。
マルチラテラル・ネッティング
CCPを通じて、複数の市場参加者間の取引をまとめて相殺する。
各参加者は、個々の相手方ではなく、CCPに対する単一の純ポジションを持つ。
マルチラテラル・ネッティングにより、市場全体の決済額、資金移動、信用リスクを大幅に削減できる。
変動証拠金(Variation Margin)
変動証拠金とは、先物価格の変動によって日々発生した実際の損益を精算するための資金である。
先物取引では、満期時にまとめて損益を精算するのではなく、原則として毎日、時価評価を行う。
この仕組みを日次決済または値洗いという。
例えば、X社が金100単位を1単位当たり2,550ドルで買う先物のロング・ポジションを保有しているとする。
翌日の価格が2,540ドルに下落した場合、X社の損失は以下となる。
$$
100 \times (2{,}550 - 2{,}540) = 1{,}000
$$
X社はCCPへ1,000ドルを支払い、CCPはその1,000ドルをショート側のY社へ支払う。
反対に、価格が2,570ドルに上昇した場合、X社の利益は以下となる。
$$
\text{利益} = 100 \times (2{,}570 - 2{,}550) = 2{,}000
$$
この場合、Y社がCCPへ2,000ドルを支払い、CCPがX社へ2,000ドルを支払う。
CCPには同数のロングとショートが存在するため、通常、CCPの純キャッシュフローはゼロとなる。
日次決済により、損失が満期まで累積することを防ぎ、未回収額を小さくできる。
また、前日までの損益がすでに精算されているため、ポジションの途中解消も容易になる。
当初証拠金(Initial Margin)
当初証拠金とは、取引開始時にあらかじめ差し入れる担保である。
これは契約代金の前払いではなく、取引参加者がデフォルトした場合に備えるための資金である。
参加者が変動証拠金を支払えなくなった場合、CCPはその参加者のポジションを市場で解消する必要がある。
ポジションを解消するまでの間に価格がさらに不利な方向へ動くと、CCPに追加損失が発生する。
当初証拠金は、主にこのポジション解消までの潜在的損失を補填する。
一般に、原資産の価格変動性が高いほど、必要な当初証拠金も大きくなる。
$$
価格変動性の上昇
\Rightarrow
当初証拠金の増加
$$
当初証拠金は、市場環境に応じて取引所やCCPが変更することがある。
デフォルト時の損失補填
参加者がデフォルトした場合、一般に以下の順序で損失を補填する。
- デフォルトした参加者の当初証拠金
- デフォルトした参加者のデフォルト・ファンド拠出金
- 他の参加者のデフォルト・ファンド拠出金
このように、複数の財源を順番に使用する仕組みをデフォルト・ウォーターフォールという。
まずデフォルトを起こした参加者自身の資金を使用し、それでも不足する場合に共同基金を使用する。
現金以外の担保とヘアカット
当初証拠金は、現金だけでなく、国債や財務省短期証券などの有価証券で差し入れることもできる。
ただし、有価証券は価格が変動するため、市場価値の全額が担保価値として認められるとは限らない。
市場価値を一定割合割り引いて評価する。この割引をヘアカットという。
$$
\text{担保価値} = \text{証券の市場価値} \times (1-\text{ヘアカット率})
$$
例えば、時価100万ドルの証券に5%のヘアカットが適用される場合、担保価値は以下となる。
$$
\text{担保価値} = 1{,}000{,}000 \times (1-0.05) = 950{,}000
$$
担保証券の価格変動性が高いほど、通常、ヘアカット率も高くなる。
当初証拠金と変動証拠金の違い
| 項目 | 当初証拠金 | 変動証拠金 |
|---|---|---|
| 目的 | 将来発生する可能性のある損失に備える | 日々実際に発生した損益を精算する |
| タイミング | 取引開始時および保有期間中 | 原則として毎日 |
| 性質 | 担保 | 損益の支払い |
| 主な決定要因 | 価格変動性やポジション解消期間 | 当日の価格変化 |
| 利息 | 通常、利息が支払われる | 通常、利息は支払われない |
複数契約における証拠金の相殺
同じ原資産について、反対方向の複数契約を保有している場合、リスクの一部が相殺される。
例えば、同一参加者が以下のポジションを持っているとする。
- 8月限先物をショート
- 11月限先物をロング
この場合、以下の調整が行われることがある。
- 8月限で受け取る変動証拠金と、11月限で支払う変動証拠金を相殺する
- ポートフォリオ全体のリスクを考慮し、当初証拠金を個別計算の合計より小さくする
$$
ポートフォリオ全体の当初証拠金
<
各契約の当初証拠金の単純合計
$$
ただし、満期が異なる契約の価格は完全には連動しないため、リスクや証拠金がゼロになるわけではない。
要点
取引所上場デリバティブでは、以下の仕組みを組み合わせてカウンターパーティ・リスクを管理する。
$$
CCP
+
ネッティング
+
変動証拠金
+
当初証拠金
+
デフォルト・ファンド
$$
- CCP:取引の中央に入り、信用リスクを一元管理する
- ネッティング:反対方向の債権・債務を相殺する
- 変動証拠金:日々発生した実際の損益を精算する
- 当初証拠金:デフォルト後の潜在的損失に備える
- デフォルト・ファンド:当初証拠金で不足する損失を補填する
取引所取引の安全性は、CCPだけで実現するのではなく、ネッティング、日次決済、証拠金、デフォルト・ファンドを重層的に組み合わせることで確保されている。
31.2:店頭デリバティブ
店頭デリバティブの概要
店頭デリバティブ(OTCデリバティブ)とは、取引所を介さず、金融機関や企業などの当事者間で個別に交渉して締結されるデリバティブ契約である。
契約金額、満期、決済条件などを取引当事者のニーズに合わせて設計できる一方、取引相手が契約を履行できなくなるカウンターパーティ信用リスクが大きい。
取引所取引とOTC取引の比較
| 項目 | 取引所取引デリバティブ | OTCデリバティブ |
|---|---|---|
| 契約条件 | 標準化 | 個別交渉・カスタマイズ可能 |
| 満期 | 標準化 | 自由に設定可能 |
| 流動性 | 高い | 一般に低い |
| 信用リスク | CCPにより小さい | 相対取引では大きい |
| 清算 | CCPによる中央清算 | 伝統的には当事者間の相対清算 |
| 主な用途 | 一般的なヘッジ・投機 | 個別のリスクに合わせたヘッジ |
取引所取引では、中央清算機関(CCP)が売り手と買い手の間に入り、取引の履行を保証する。
一方、OTC取引では、伝統的に当事者間で直接清算・決済が行われてきた。ただし、近年では標準化されたOTCデリバティブを中心に、CCPを利用した中央清算が広がっている。
OTCデリバティブの主な種類
OTCデリバティブは、主に以下の5種類に分類される。
- 金利デリバティブ
- 外国為替デリバティブ
- 株式デリバティブ
- 商品デリバティブ
- クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)
このうち、想定元本ベースでは金利デリバティブが最大の市場を構成している。
記事では、2017年12月時点において、金利デリバティブの想定元本がOTCデリバティブ全体の約80%を占めていたとされている。
想定元本と実際のリスク
OTCデリバティブの市場規模は、想定元本によって示されることが多い。
しかし、想定元本は、実際に交換される金額や損失額を表すものではない。
例えば、一般的な金利スワップでは、想定元本そのものは交換されず、想定元本を基準に計算された固定金利と変動金利の差額だけが決済される。
固定金利の支払額が2億円、変動金利の支払額が1億8,000万円であれば、実際の決済額は次のとおりである。
$$
2億円-1億8{,}000万円
2{,}000万円
$$
したがって、OTCデリバティブの信用リスクを測定する際には、想定元本よりも契約の現在の市場価値や再調達コストの方が有用である。
OTC市場の主なリスク
OTC市場で最も重要なリスクは、カウンターパーティ信用リスクである。
これは、自分にとって契約価値がプラスになっているときに、取引相手がデフォルトし、本来受け取るはずの金額を受け取れなくなるリスクを指す。
主なリスク軽減方法には、以下がある。
- ネッティング
- 証拠金の差し入れ
- 担保の設定
- デフォルト・ファンドへの拠出
- CCPによる中央清算
- マスター契約およびCSAの締結
株式オプション売りの証拠金
オプションの買い手の最大損失は、通常、支払ったプレミアムに限定される。
一方、オプションの売り手は、権利行使を受けた場合に契約を履行する義務があるため、大きな損失が発生する可能性がある。そのため、オプションの売り手には証拠金が要求される。
プットオプション売りの例では、以下の条件を考える。
- 売却数:200
- オプション価格:3ドル
- 株価:40ドル
- 行使価格:35ドル
プットオプションは5ドルのアウト・オブ・ザ・マネー(OTM)である。
$$
OTM額
40-35
5
$$
必要証拠金は、以下の2つの計算結果のうち大きい方となる。
$$
\left[
3
+
0.20\times40
5
\right]
\times200
1{,}200
$$
$$
\left[
3
+
0.10\times35
\right]
\times200
1{,}300
$$
したがって、必要証拠金は次のとおりである。
$$
\max(1{,}200,\ 1{,}300)
1{,}300
$$
株価やオプション価格が変化すると、必要証拠金も変化し、追加証拠金を求められることがある。
空売りの証拠金
空売りでは、株式を借りて売却し、将来その株式を買い戻して返却する。
株価が上昇すると買戻しコストが増加するため、空売りの損失は大きくなる可能性がある。
一般に、空売りでは株式時価の150%に相当する証拠金が必要となる。このうち100%は空売りによる売却代金、残り50%は投資家が追加で差し入れる証拠金である。
100株を1株25ドルで空売りした場合、売却代金は次のとおりである。
$$
100\times25
2{,}500
$$
追加証拠金は次のとおりである。
$$
0.50\times2{,}500
1{,}250
$$
証拠金口座の合計残高は次のとおりである。
$$
2{,}500+1{,}250
3{,}750
$$
維持証拠金率が125%で、株価が32ドルに上昇した場合、必要な維持証拠金は次のとおりである。
$$
1.25\times32\times100
4{,}000
$$
既存の口座残高は3,750ドルであるため、追加証拠金は次のとおりである。
$$
4{,}000-3{,}750
250
$$
したがって、250ドルのマージンコールが発生する。
空売りでは、マージンコール後に口座残高を維持証拠金水準まで回復させる。これは、一般に当初証拠金水準まで回復させる先物取引とは異なる。
信用取引による株式購入
信用買いでは、投資家が自己資金に加えてブローカーから資金を借り、自己資金を上回る金額の株式を購入する。
これによりレバレッジが生じ、株価上昇時の利益が拡大する一方、株価下落時の自己資本の減少も拡大する。
500株を1株40ドルで購入する場合、購入総額は次のとおりである。
$$
500\times40
20{,}000
$$
当初証拠金率が50%の場合、投資家の自己資金は10,000ドル、ブローカーからの借入金も10,000ドルとなる。
投資家の持分は、次の式で求める。
$$
投資家の持分
株式の市場価値
借入金
$$
株価が25ドルまで下落した場合、株式の市場価値は次のとおりである。
$$
500\times25
12{,}500
$$
投資家の持分は次のとおりである。
$$
12{,}500-10{,}000
2{,}500
$$
証拠金率は次のようになる。
$$
\frac{2{,}500}{12{,}500}
20%
$$
維持証拠金率25%を下回るため、マージンコールが発生する。
必要な持分は次のとおりである。
$$
0.25\times12{,}500
3{,}125
$$
したがって、必要な追加証拠金は次のとおりである。
$$
3{,}125-2{,}500
625
$$
信用取引では、株価の下落率よりも自己資本の減少率が大きくなることがある。
この例では、株式価値は20,000ドルから12,500ドルへ37.5%下落している。
$$
\frac{20{,}000-12{,}500}{20{,}000}
37.5%
$$
一方、投資家の持分は10,000ドルから2,500ドルへ75%減少している。
$$
\frac{10{,}000-2{,}500}{10{,}000}
75%
$$
これが、レバレッジによって損失率が拡大する仕組みである。
OTC市場における担保
OTC取引では、当事者間でマスター契約を締結し、担保条件についてはCredit Support Annex(CSA)で定めることが一般的である。
CSAでは、以下のような事項が定められる。
- 担保として認められる資産
- 担保の差入基準
- 担保の評価方法
- 最低移転額
- ヘアカット率
- 担保の返還条件
OTCデリバティブは日々時価評価され、契約価値がマイナスとなった当事者が、プラスとなった当事者へ担保を差し入れる。
これにより、取引相手がデフォルトした場合の損失を軽減できる。
OTC取引の担保制度は、日々の時価変動に応じて資金を差し入れる点で、先物取引の証拠金制度に似ている。
ただし、OTC担保の条件は当事者間の契約によって決定されるのに対し、取引所取引の証拠金条件はCCPの規則によって標準化されている。
特別目的事業体(SPV)
特別目的事業体(SPV)は、特定の資産の保有や資金調達を目的として設立される法人であり、Special Purpose Entity(SPE)とも呼ばれる。
SPVは、親会社から法的・財務的に切り離された、倒産隔離された法人として設計される。
基本的な仕組みは以下のとおりである。
- 親会社が住宅ローンなどの資産をSPVへ移転する
- SPVがその資産を裏付けとして証券を発行する
- 投資家がその証券を購入する
- 裏付資産から生じるキャッシュフローを投資家へ支払う
SPVを利用する主なメリットは、親会社よりも高い信用格付けを得られる可能性があることである。
高い格付けで証券を発行できれば、親会社が直接資金調達する場合よりも、低い金利で資金を調達できる可能性がある。
ただし、投資家が受け取るキャッシュフローは裏付資産の実績に依存するため、住宅ローンなどのデフォルトが増加すると、投資家への支払いが減少する可能性がある。
要点
- OTCデリバティブは、当事者間で個別に条件を交渉するカスタマイズ性の高い契約である。
- 取引所取引に比べて流動性が低く、カウンターパーティ信用リスクが大きい。
- 標準化されたOTCデリバティブでは、CCPによる中央清算の利用が拡大している。
- OTCデリバティブでは、金利デリバティブが最大の取引分野である。
- 想定元本は実際の損失額を表さず、市場価値や再調達コストの方が信用リスクの把握に適している。
- オプション売り、空売り、信用買いでは、損失拡大に備えて証拠金が要求される。
- OTC取引では、ネッティング、担保、CSA、CCPなどによって信用リスクを軽減する。
- SPVは資産を親会社から切り離し、その資産を裏付けとする証券を発行するために利用される。