はじめに
みなさん、こんにちはBIPROGY アジャイル推進室の本多です。スクラムに関する地域カンファレンスであるスクラムフェス仙台2026に参加してきました。
今回のスクラムフェス仙台を一つの言葉で表すなら、私にとっては「システム思考」でした。
システム思考をテーマにしたセッションがあったことだけが理由ではありません。AI時代の働き方、教育、チェンジマネジメントなど、一見すると異なるテーマのセッションにも、「構造を理解し、より良い変化を生み出す」という共通した視点が流れていました。
私自身もシステム思考をテーマにワークショップを開催しました。本記事では、その内容も含め、特に印象に残ったセッションをご紹介します。システム思考や組織変革に興味のある方にとって、有益な情報となれば幸いです。
※登壇資料については執筆時点で探して見つけられたもののみリンクを貼っています。
【Keynote】Yoshihito Kuranuki - AI時代の仕事技芸論:ソフトウェア開発で『遊ぶように働く』職人的熟達のすすめ
ソニックガーデンの代表取締役社長である倉貫義人の講演。著書に「納品をなくせばうまくいく」「人が増えても速くならない」など。
- AI時代、エンジニアはどう働くのか?この先のキャリアはどうなるのか?
- 「遊ぶように働く」
- 本人は真面目に働いているが、周りから見ると遊んでいるように見える状態
- 2つの要素が必要
- 内発的動機付け
- フロー状態
- その人にとって、簡単すぎず、難しすぎない仕事
- 事業の成り立たせ方
- プログラマー(PG)が対話し、動くソフトウェア(SW)を仕様とし、顧客と一緒に悩み、事業と共に長く付き合う
- 一括請負ではできない
- 月額定額、納品なし、CTOの立場で事業から考える
- 人月ではなく、責任を果たす
- ソニックガーデンにないもの
- 売上目標
- 管理職
- 評価制度
- 指示命令
- オフィス
- 勤務時間
- 代わりにセルフマネジメントを行っている
- 指示命令ではパフォーマンスは下がる
- 属人性を活かす
- 自分の作品であるという感覚が、「もっと良くしたい」を生む
- 自己マスタリー
- 育成
- 上司では無理
- 親方制度を導入した
- 親方の家の近くにオフィスを作り、弟子が近くに住む
- 過程を見ないと育たない
- 最初は親方のやり方に、使用するエディタまですべて合わせる
- AI 対 私ではなく、「問題」対「私+AI」にする(平鍋さんの話)
- AI・テクノロジーは、できることを増やし、分業をなくす
【所感】
「納品をなくせばうまくいく」は、出版当時に読み、大きな衝撃を受けた一冊でした。今回の講演でも、売上目標や管理職、評価制度を置かずに組織を運営し、それでも長期にわたって事業を成立させているという実践には改めて驚かされました。
特に印象に残ったのは、「人月ではなく責任を果たす」という考え方です。これは、スクラムにおける「顧客へ価値を届け続ける」という考え方にも通じるものがあります。成果物を納品することではなく、顧客とともに事業を育て続けるという姿勢が、ソニックガーデンの組織づくりの根底にあるように感じました。
また、親方制度も興味深い取り組みでした。育成は知識を伝えるだけではなく、日々の仕事の進め方や判断の過程を間近で学ぶことが重要であることを改めて認識しました。
Asuka OBAMA / Naoki Kitagawa / Yasunobu Kawaguchi / Yusuke Hirono - 教室を“学習する組織”にする 〜コミュニティが設計した、アジャイルPBL授業〜
PBLは、Project Based Learningの略で、学習者自らが実社会の課題を発見し、解決策の提案や制作に取り組む実践的な学習方法です。第一線で活躍するアジャイルコーチやエンジニアと大学と協力して、アジャイルのプラクティス、マインドを活かし、授業としても成立する学習の場を構築したお話でした。
- 背景 大学は「個人、知識・理論、正しさ」が中心ですが、企業では「チーム開発、不確実性への適応、良い振る舞い」が求められます。授業を開発した4名が、こうありたいと思う「チームの振る舞い」を実践する場を構築しました
- 仕掛け
- ルーブリックを作成 学習の成果を評価する基準をまとめたもので、単位取得に必須としました。「他の人を助ける」「質問をする」など、「良い振る舞い」を定義し、段階をつけました。これにより学生が自己評価できるようになります
- 授業のゴールをクラス全体の成功とした 「自分や自分のチームさえ良ければいい」という考えを避けました
- デイリーレポートを書いてもらった すべてにフィードバックを行うことで、コミュニケーションツールとして活用しました
【所感】
登壇では、「授業の中で、学生が自発的に障害報告レポートを作成し、クラス全体へ共有した」というエピソードが紹介されました。本来であれば教員が指示してもおかしくない行動が、学生自身から自然に生まれたことが印象的でした。
その背景には、自発を促す仕掛けや、「クラス全体の成功」をゴールとして共有すること、そして学生を信頼して任せる姿勢がありました。行動を管理するのではなく、良い振る舞いが自然と生まれる環境を設計していたことが、本事例の本質だと感じます。
企業でも主体性の欠如が課題として挙げられることは少なくありません。しかし、「主体性がない」と個人の問題として捉えるのではなく、主体性が発揮される環境や仕組みを設計できているかという視点を持つことが重要であると改めて感じました。
kakeru sarashino ida - チェンジマネジメントキャンバス –– 綺麗事言っても、まわりが変わらないと無理じゃない?
企業のデジタル変革を支援するMutureの更野さんによる発表です。変化のアプローチを説明してくださいました。
- チームを変えようと一人で頑張っても、どうにもならないことがあります
- センスメイキング(納得)が人間関係のテコになります
- 変化を受け入れられる土壌として、チェンジマネジメントキャンバスを使うことによって、状況の可視化や整理ができます
- チェンジマネジメントキャンバスは、変化が起きない理由を、個人の性格や能力の問題に閉じ込めないための道具です
【所感】
組織変革を支援しているMutureさんが、実際の現場で培った知見を共有いただけた貴重なセッションでした。
講演時間内ではチェンジマネジメントキャンバスを十分に理解するには至りませんでしたが、印象的だったのは、「ツールを埋めれば変革できる」のではなく、現場での対話と状況整理を何度も往復しながら変革を進めていくという考え方です。
また、変革の対象は組織だけではなく、変革をリードする人自身も、組織との関係性を少しずつ築きながら成長していく必要があるという点も重要な示唆でした。組織変革は、一度の施策で完結するものではなく、人と組織が互いに変化し続ける営みなのだと感じました。
背景となる理論や参考文献も多く紹介されており、チェンジマネジメントキャンバスについてさらに学びたいと思えるセッションでした。
Taku Iwamura - ソフトウェア技術者のための「システム思考」再入門〜複雑な状況の中で考え続けるために〜
2026年4月に出版された書籍、「システム思考の世界へ」をガイドにシステム思考の基本を教えていただきました。
- なぜ、今私たちにシステム思考が必要か?
- 線形思考・還元主義でのアプローチでは、良かれと思った行動が逆効果になるなど、直観に反することが起こる
- 見えない構造がシステムを決める
- 直観に反する複雑なシステムには、氷山モデルが助けとなる
- 出来事に反応するのではなく、パターン・構造・メンタルモデルにアプローチする
- 理屈と感情のもっと奥にあるものを探る
- 五百井教授の「四層構造モデル」
- F:見えるもの
- R:理屈や言葉で説明できるもの
- Q:理屈で説明できないもの
- S:根源の領域
- Sの領域は、メンタルモデルの下にあるもの
- 万物をSの領域がつなげている
- 自分と他者を切り離された存在として見るのではなく、「私たちは同じ物語を生きている」
- 五百井教授の「四層構造モデル」
- 組織を変えるレバレッジポイント
- チームが共有している物語を書き換えることなのではないか
【所感】
氷山モデルなどシステム思考の基本に加え、「四層構造モデル」という独自の視点を取り入れた発表でした。
特に印象に残ったのは、「組織を変えるレバレッジポイントとは、チームが共有している物語を書き換えることではないか」という考え方です。システム思考では、自身もシステムの一部であることを前提に、構造やメンタルモデルへ働きかけることを重視します。「物語を書き換える」という表現は、その考え方を非常に分かりやすく表現していると感じました。
組織変革では、制度やプロセスを変えることに目が向きがちですが、その背景にある「私たちはどのような組織なのか」「何を大切にしているのか」という共通認識が変わらなければ、行動は変わり続けません。私自身もシステム思考を説明する際に、この「物語」という表現を取り入れてみたいと思います。
システム思考ワークショップ - 全体最適の観点で組織をレバレッジさせる思考法
ワークショップを開催させていただきました。システム思考のツールである因果ループ図の作図をベースに、システム思考を理解・体験いただけるワークショップです。いくつかポイントをピックアップしてお伝えしました。
システム思考に臨む心構え
3つの心構えをお伝えしました。いずれも重要ですが、3つ目の「未来を予知するものではない。」は、システム思考を検討する際に、最近特に重要だと感じている点です。事実に基づいてシステムを理解することと、改善を仮説として思考することは、意識しないと混ざりやすく、混ざった時点で単なる妄想になってしまいます。
- 「All models are wrong, but some are useful.」すべてのモデルは間違っているが、役に立つものもある
- モデルを作る過程(対話、思考)での気づき、発見、共通理解、学習が大事(みんなと作る)
- 未来を予知するものではない。現時点までの事実から問題を引き起こす、パターンや構造を見出す
4つのStepで氷山モデルを潜る
因果ループ図を作図し、改善の仮説を導出する手順を、大まかに4つのStepで表現しました。
- Step1:ストーリー(事実・出来事)を確認する
- Step2:変数を抽出し、パターンを明らかにする
- Step3:因果関係を見つけ、構造を明らかにする
- Step4:仮説となる改善策を見出す
【所感】
普段、私たちは物事を線形的に捉えがちなため、変数出しやパターン抽出に苦労する参加者が多く、改めてシステム思考を実践する難しさを感じました。一方で、対話を重ねる中で徐々に因果関係を捉えられるようになる様子も見られ、ワークショップという形式の有効性を改めて実感しました。
また、表記揺れによって思考の方向性が変わってしまう場面もあり、ファシリテーションやワーク設計にはまだ改善の余地があることも分かりました。こうした課題を発見できたこと自体が、大きな収穫だったと感じています。
参加者からは多くの前向きなフィードバックをいただき、大変励みになりました。システム思考は知識として理解するだけでは身につかず、実際に因果ループを描き、対話し、試行錯誤することで初めて感覚が養われることを改めて実感しました。今回得られた学びを活かし、今後もワークショップをブラッシュアップしながら、システム思考を実践的に学ぶ場を提供していきたいと思います。
全体所感
今回のスクラムフェス仙台で最も印象的だったのは、システム思考をテーマにしたセッションだけではなく、多くのセッションに共通して「組織をどのように変えていくか」という問いが流れていたことです。
AI時代の働き方、教育、組織変革。それぞれ扱うテーマは異なりますが、「個人の行動だけを見るのではなく、その背景にある構造や関係性を見る」という視点が共通していました。システム思考は、一つの手法ではなく、複雑な組織や社会を理解するための共通言語になりつつあることを実感しました。
生成AIによって、ソフトウェア開発の生産性は大きく向上していくでしょう。一方で、「何が本当の課題なのか」「どこに働きかければシステム全体が良くなるのか」を考え、対話を通じて人と組織を変えていく力は、これまで以上に重要となるはずです。
私自身も、システム思考を現場で実践し、その知見をワークショップやコミュニティ活動を通じて発信していきたいと思います。システム思考に興味のある方や、実践されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ一緒に議論しましょう。
また、ネットワーキングでは、部下の育成に真摯に向き合う方や、壮絶な経験を乗り越えてこられた方、副業へ挑戦されている方など、多くの参加者と交流することができ、大変刺激的な2日間となりました。来年のスクラムフェス仙台では、どのような新しい実践や出会いが待っているのか、今から楽しみです。
このような学びと交流の場をつくってくださった運営スタッフの皆さまに感謝いたします。
※『学習する組織』は、ピーター・センゲ氏が提唱した「五つの規律」をまとめた書籍であり、システム思考を組織変革へ応用する代表的な一冊です。
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