はじめに
前々回の記事で、AIエージェントの能力はモデルだけでなく、Harness EngineeringとLoop Engineeringという2つの視点で決まる、という話をしました。前回はそのうちのHarness Engineeringを深掘りしました。
今回はもう一方の柱、Loop Engineeringについて掘り下げていきます。
「Loop Engineeringとは何なのか」「なぜAIエージェントにとって重要なのか」「実際どう設計すればいいのか」。この3点を中心に整理していきます。
1. Loop Engineeringとは何か
Loop Engineeringとは、AIエージェントが実行、観測、評価、修正、再実行というサイクルを継続的に回せるように設計・改善することを指します。
ポイントは、AIに一発で正解を出させることを目指すのではなく、間違えることを前提に、間違いを検出して直せる仕組みを作る、という発想にあります。
実行 → 観測 → 評価 → 修正 → 再実行 ↺
このループが機能するかどうかで、AIエージェントが複雑な仕事をこなせるかどうかが大きく変わってきます。
2. なぜ「失敗しないAI」より「失敗から戻れるAI」が重要なのか
AIは間違えます。これはモデルの性能がどれだけ上がっても、完全にはなくならないと考えたほうが現実的です。
コード生成であれば、構文エラー、型エラー、テストの失敗、API呼び出しのミス、依存関係の不整合、ロジックの誤りなど、さまざまな失敗が起こり得ます。
ここで「絶対に間違えないAIを作ろう」とすると、プロンプトや制約がどんどん複雑になり、かえって扱いにくくなっていきます。それよりも、間違えても自分で気づいて直せるAIを作ろう、と考えたほうが、エージェント設計としては現実的です。
これは人間のエンジニアの働き方にも近い発想です。優秀なエンジニアは、一度も間違えない人ではなく、間違いを早く見つけて早く直せる人です。AIエージェントにも同じ性質を持たせたい、というのがLoop Engineeringの根っこにある考え方です。
3. GenerateからVerifyへ
Loop Engineeringを考えるうえで欠かせないのが、GenerateだけでなくVerifyを重視するという視点です。
AIが「コードを書きました」と報告しただけでは、まだ仕事は終わっていません。必要なのは、
Generate → Execute → Verify → Repair → Repeat
という流れです。コードを生成し、実際に実行し、テストで検証し、問題があれば修正し、また検証する。この構造があってはじめて、AIは単なる生成器から、実際に成果物を仕上げるエージェントに変わります。
Verifyの工程を省略してしまうと、AIが「もっともらしいけれど間違っている」出力をそのまま提出してしまうリスクが高くなります。
4. Evaluationがループの中心になる
ループを回すためには、何をもって成功とするのかをあらかじめ決めておく必要があります。これがEvaluationです。
ソフトウェア開発であれば、テストがすべて通る、ビルドが成功する、型チェックが通る、Lintエラーがない、といった基準が考えられます。
リサーチであれば、情報源が実在する、複数のソースで裏付けが取れる、引用が正確である、矛盾が解消されている、といった基準になります。
ここで大事なのは、評価できない仕事は自律的なループにしにくい、という点です。何が成功で何が失敗なのかが曖昧なままでは、AIは自分の出力を検証しようがありません。逆に言えば、評価基準を明確にすることが、ループを機能させる最初の一歩になります。
5. 「もっと注意させる」ではなく「検出できる仕組みを作る」
AIが間違えたとき、プロンプトに「もっと注意してください」と書き足すだけでは、根本的な解決にならないことがよくあります。
そうではなく、コードを生成させて、自動テストにかけて、失敗した内容をAIに返し、AIが修正して、再度テストする。この仕組みを作れば、AIの注意力に頼らず、システムそのものが改善方向へ導いてくれます。
これは実際に手を動かしていて感じることですが、プロンプトを磨き込む労力より、この検証と修正のループを整える労力のほうが、最終的な成果物の質に効いてくる印象があります。
6. ループを構成する要素
Loop Engineeringを実際に設計するとき、押さえておきたい要素を整理してみます。
Executeは、AIが実際に行動を起こす部分です。コードを書く、APIを呼ぶ、ファイルを操作するなど、具体的なアクションがここに含まれます。
Observeは、その行動の結果を確認する部分です。何が起きたのか、AIが把握できなければ、次の判断ができません。
Evaluateは、その結果が期待通りだったかを判定する部分です。テストの合否や出力の妥当性など、明確な基準に基づいて判断します。
Repairは、問題が見つかった場合に修正を行う部分です。エラーの内容をもとに、コードや出力を調整します。
Repeatは、修正した内容をもう一度実行し、評価するところに戻る部分です。この繰り返しがループそのものになります。
これらが一通り揃ってはじめて、AIエージェントは「一度の出力で終わり」ではなく、「成果物が仕上がるまで改善し続ける」動き方ができるようになります。
7. Human-in-the-loopとAgent-in-the-loop
従来のAIシステムでは、AIが出した結果を人間が確認し、修正して、また戻すというHuman-in-the-loopが中心でした。
Loop Engineeringが進んでいくと、AIが実行し、評価し、AI自身が修正し、再実行し、評価し、最後に人間が確認する、という構造に変わっていきます。
これはHuman-in-the-loopをなくすという意味ではありません。人間がすべての中間処理を逐一見る必要をなくし、人間は重要な判断や最終承認に集中できるようにする、という方向の変化だと捉えています。
8. ループを支える観測可能性
Loop Engineeringを考えるうえで、意外と見落とされがちなのがObservabilityです。
AIが何を実行し、どのツールを使い、どんな引数を渡し、何が返ってきて、どこで失敗したのか。これらを追跡できなければ、失敗しても原因を特定できず、修正のしようがありません。
AIエージェントのログは、人間が後から確認するためだけのものではなく、AI自身が次の行動を判断するためのフィードバック情報としても機能します。ここが整っていないと、どれだけループの構造だけ整えても、実際には機能しづらくなります。
9. 領域による違い
Loop Engineeringは、コード生成に限った話ではありません。
リサーチエージェントであれば、調査、情報収集、情報源の評価、矛盾の発見、追加調査、レポート作成、ファクトチェック、修正という流れがループになります。
営業支援のエージェントであれば、顧客分析、提案作成、顧客の反応、分析、提案の改善、再アプローチという流れが該当します。
コンテンツ制作であれば、企画、執筆、SEO分析、読者の反応、修正、公開、アクセス解析、改善という流れになります。
どの領域でも共通しているのは、「一度の出力で終わらせず、結果を見ながら改善し続ける」という構造そのものです。中身は業務ごとに変わりますが、ループという設計思想は共通しています。
10. まとめ
Loop Engineeringは、AIに正しい答えを一発で出させることを目指す話ではありません。AIが間違いを発見し、自分で修正し、より良い結果にたどり着けるループを設計することが本質だと考えています。
Execute、Observe、Evaluate、Repair、Repeat。この5つの要素が噛み合ってはじめて、AIエージェントは「答えを出すAI」から「改善し続けるAI」に変わっていきます。
前回取り上げたHarnessが、このループを回すための土台だとすれば、Loop Engineeringはその土台の上で、実際に成果物の質を高めていくための仕組みです。両方が揃ってはじめて、AIエージェントは複雑な仕事を任せられる存在になっていくのだと思います。
次回は、このループの中心にあるEvaluationについて、もう少し掘り下げていきます。
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