0
0

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

信用を失う社会、信用を外部化する社会 ――SNS農家詐欺と西宮冷蔵から考える日本の「減点法」――

0
Last updated at Posted at 2026-08-18

SNSで農家になりすました詐欺が起きている。

実在する農家の写真、所在地、商品情報などを利用し、SNS上では本物の農家に見せながら、連絡先と決済先だけを詐欺師のものにする。

ここには、現代の「信用」の大きな問題が隠れている。

詐欺師は、農家としての信用をゼロから作っているわけではない。

本物の信用を借り、最後の金銭経路だけを自分に接続している。

1. 「農家らしい」は信用なのか

日本では、見知らぬ相手であっても、最初から一定の信用を与えることがある。

農家の写真がある。

畑の写真がある。

商品について詳しく説明している。

所在地も書いてある。

その全体を見て、

「この人は本物の農家なのだろう」

と判断する。

これは、個々の証拠を一つずつ検証するというより、全体の整合性から信用を作る方法である。

しかしSNSでは、この「森」を丸ごとコピーできる。

そして詐欺師は、「農家であること」を偽造する必要すらない。

農家の信用を借りればよい。

2. 信用の入口と、お金の出口

今回の問題で特に重要なのはここだ。

本物の農家の情報。
↓
SNS上の農家アカウント。
↓
詐欺師の連絡先。
↓
詐欺師の決済先。

つまり、

信用の入口は本物なのに、お金の出口だけが偽物になっている。

「農家が本物か」を確認するだけでは不十分なのである。

本当に必要なのは、

「今、自分が連絡している相手と、実際にお金を受け取る相手は、本当にその農家なのか?」

という確認だ。

これは、従来の「本人確認」だけではなく、信用の連鎖そのものを確認する問題である。

3. 西洋で進む「信用の外部化」

Low Trustを前提とする取引環境では、知らない相手を最初から信用することは難しい。

そこで、

  • 身元
  • 過去の取引
  • レビュー
  • 認証
  • 登記情報
  • 決済情報

などを利用して、信用を外部化する。

ここで重要なのが、決済口座まで含めたトレーサビリティ である。

米国では2022年12月29日にINFORM Consumers Actが成立し、2023年6月27日に施行された。

この法律は、一定の高頻度第三者販売者について、オンラインマーケットプレイスに本人情報を収集・確認させ、銀行口座情報なども扱わせることで、販売者を追跡可能にする。

つまり、

販売者の身元
+
販売者の連絡先
+
販売者の銀行口座

をバラバラの情報として扱うのではなく、私はこれを、「一つの販売主体として結びつける仕組み」と捉えている。

EUでも2022年10月19日に成立したDigital Services Act(DSA)が、オンラインマーケットプレイスについて「Traceability of traders(販売者の追跡可能性)」を制度化した。

販売者の氏名、住所、電話番号、メールアドレス、本人確認情報に加え、 決済口座情報 などを取得する仕組みである。

「信用を国家が保証する」のではなく、「信用を検証可能な情報へ分解し、プラットフォームに接続させる」

  • 「誰が販売者なのか」
  • 「どの口座に代金が流れるのか」
  • 「その販売者を後から追跡できるのか」

を制度的に接続する。

私はこれを「信用の外部化」と考えている

国・地域 法律・制度 成立・制定 施行・適用 何を制度化したのか
米国 INFORM Consumers Act 2022/12/29 2023/6/27 高頻度第三者販売者について、本人情報・連絡先・銀行口座・Tax ID等を収集・確認。不提供・虚偽の場合は販売停止。
EU Digital Services Act 2022/10/19 2024/2/17 原則適用 マーケットプレイスに販売者の本人情報・本人確認・決済口座等を取得させ、「販売者の追跡可能性」を制度化。
英国 Online Safety Act 2023 2023/10/26 Royal Assent 段階施行 オンラインサービスに安全義務を課し、詐欺広告についてもプラットフォーム側の義務を設定。
豪州 Scams Prevention Framework Act 2025 2025/2/20成立 2025/2/20発効 銀行・通信・SNS等を対象に、Prevent / Detect / Respond / Disrupt / Reportという詐欺対策の枠組みを制度化。

米国についてはFTCが銀行口座情報等の収集・確認を明記しています。
EUについてはDSA第30条に決済口座情報が明記されています。
英国はOnline Safety Actの詐欺広告規定があります。
豪州は2025年2月20日発効の法律で、指定事業者に詐欺をPrevent(防止)、Detect(検知)、Respond(対応)、Disrupt(遮断)、Report(報告)する枠組みを設けています。

4. なぜ「口座」が重要なのか

今回の農家詐欺を考えると、口座情報の意味がよく分かる。

SNSのプロフィールはコピーできる。

農家の写真もコピーできる。

商品説明もコピーできる。

しかし、取引の最後には、

「誰が金を受け取ったのか」

という事実が残る。

したがって、

信用の入口から金銭の出口までを追跡可能にする

ことは、詐欺対策として非常に強い。

詐欺師が本物の農家の信用を借りても、

農家の情報 → 詐欺師の連絡先 → 詐欺師の口座

という不整合をシステムで検出できればよい。

人間に「もっと疑え」と要求するのではなく、 システムに不整合を発見させる のである。

5. 日本に必要なのは「疑う文化」ではない

日本にも銀行口座開設時の本人確認制度は存在する。

しかし、

銀行が口座名義人を確認すること

と、

SNS上の販売者と、その販売に使用される決済口座を一つの取引主体として確認すること

は別の問題である。

ここに、SNS上の信用と実際の取引主体を接続するうえでの制度上の課題がある。

「銀行口座は本人確認されているから安全」という話ではない。

重要なのは、

SNS上の信用と、実際の取引主体を接続する仕組みがあるか

である。

6. 日本の「減点法」が生む問題

まず、詐欺には徹底して対応しなければならない。

私は、日本社会の信用形成には「減点法」的な側面が強いと考えている。

問題を起こさない。

周囲に迷惑をかけない。

空気を壊さない。

組織に傷をつけない。

一度大きな問題を起こすと、それまで積み上げてきた信用が一気に失われる。

私はこれを「減点法」と呼びたい。

この仕組みには、別の問題もある。

失敗した人間を、社会へ戻す仕組みが弱くなる。

そして、失敗者を社会から排除するだけでは、社会は強くならない。

7. 西宮冷蔵が示した問題

2002年、雪印食品の牛肉偽装が発覚した。

告発後、西宮冷蔵は国土交通省から倉庫業法違反(在庫証明の不実記載)を理由とする営業停止処分を受け、さらに取引先の撤退などが重なり、経営危機に陥った。

公益的な不正発見と、その過程で法令違反に関与した組織の法的責任を、社会がどう切り分けるかを考える必要がある。

この事件から考えるべきなのは、

「誰が悪かったのか」

だけではない。

むしろ、

不正を発見した人間や企業が、社会的にどのように扱われるべきなのか

という問題である。

本来なら、

不正を発見する
→ 告発する
→ 調査する
→ 不正を止める
→ 制度を改善する

という循環が必要だ。

しかし「問題に関係した」というだけで信用が失われ、社会から排除されるなら、

正しい行動をした人まで、次の被害を防ぐための行動を取れなくなる。

だから公益通報者を保護する制度が必要になる。

これは「減点法」に対する制度的な補正とも考えられる。

8. 詐欺と戦うシステムは「討伐」ではない

ここがSNS時代には特に重要だと思う。

詐欺が発生したとき、

「誰が悪いのか」

だけを探してはいけない。

必要なのは、

「どうすれば次の詐欺を成立させないか」

である。

そのためには、

本人確認

だけでは足りない。

販売者
↓
連絡先
↓
販売商品
↓
決済口座

という信用の連鎖を追跡できなければならない。

そして不正が見つかった場合には、

検知
→ 一時停止
→ 調査
→ 被害拡大防止
→ 原因分析
→ 制度修正

という循環を作る。

これは「詐欺師を討伐するシステム」ではない。

詐欺が成立しにくいシステムである。

9. また同じことを繰り返すのか

西宮冷蔵の事件から私たちは、

問題を発見した人間を守らなければ、問題を発見できなくなる

という教訓を得た。

SNS詐欺からは、

信用の入口と金銭の出口を接続しなければ、信用そのものが詐欺に利用される

という教訓を得るべきだろう。

そして、失敗した人間を永久に排除するだけではなく、

補正して社会へ戻す仕組み

も必要である。

信用とは、単に「減点されないこと」ではない。

失敗したときにどうするか。

不正を発見したときにどうするか。

詐欺を発見したときにどうするか。

そして、同じことを二度起こさないために、システムをどう変えるか。

そこまで含めて、社会の信用システムなのである。

日本に必要なのは、国民に「もっと疑え」と教えることではない。

人間の善意や注意力だけに依存しなくても、詐欺を検出し、追跡し、被害を止められるシステムを作ること。

そして、失敗した人間を永遠に討伐するのではなく、補正して社会へ戻すこと。

信用を失わせる制度だけではなく、信用を検証する制度、信用を回復する制度、そして詐欺を防御する制度が必要なのではないか。

そうしなければ、私たちはまた同じことを繰り返す。

リチャード・E・ニスベット『木を見る西洋人、森を見る東洋人』鈴木主税訳, ダイヤモンド社, 2004年

0
0
0

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
0
0

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?