はじめに
本稿は、あるオンラインゲームの課金データ分析プロジェクトに関する報告である。
ユーザーの購買行動を分析し、5つのセグメントに分類。それに基づき、ビジネスモデル(BM)の最適化戦略を策定した過程を記録する。
※ 本稿に関する注記
本稿で紹介するデータと分析結果は、実際の業務内容を基にしているが、守秘義務を遵守するため、具体的なゲーム名、数値、商品名などは全てマスキングし、抽象化・再構成している。プロジェクトの本質的な問題解決プロセスと、データからインサイトを導き出す思考過程の共有に焦点を当てているため、その点を了承されたい。
1. 分析の設計
- プロジェクト名: 課金ユーザーの購買行動分析と、セグメント別BM最適化戦略の策定
- 目的: ユーザー数減少下で売上が維持される構造をデータに基づき解明し、持続可能な成長戦略を提言する。
- 使用技術: Power BI, Excel
2. 全体の課金構造:高課金ユーザーへの高い依存度
まず、全体の売上構造を把握するため、「累計課金額」を基準にユーザーを5つのセグメントに分類した。その結果、以下のような構造が確認された。
セグメント(課金額上位) | 人員構成比 | 売上貢献度 | 一人当たり平均支出(相対数値) |
---|---|---|---|
A. 上位1% | 約 1.0% | 17.5% | 95.8x |
B. 上位1~5% | 約 4.0% | 28.9% | 37.7x |
C. 上位5~10% | 約 5.0% | 15.9% | 16.8x |
D. 上位10~25% | 約 15.0% | 23.4% | 8.2x |
E. 上位25~100% | 約 75.0% | 14.2% | 1.0x |
このデータから、以下の2点が明らかになった。
-
売上の集中度:
- 全課金ユーザーの上位5%(A, Bグループ)が、全体の売上の46.4%を占める。これは、少数のコアユーザーが売上の半分近くを創出する、典型的な高課金ユーザー中心のBM構造である。
- 上位25%のユーザーまで対象を広げると、全売上の85.8%を占有しており、彼らが核心的な収益源であることが確認できる。
-
一人当たりの支出格差:
- 最下位層のEグループを「1」とした場合、最上位のAグループは一人当たり約96倍の支出を行っており、極端な格差が存在する。
このデータ構造こそが、「ユーザー数が減少傾向にあるのに、売上は維持される」という現象の直接的な原因である。
結論として、ゲーム全体の売上は、DAUのような全体ユーザー数よりも、ごく少数(約5%)の最上位層の課金動向に圧倒的に強く依存している。全体のユーザー数が多少減少しても、全売上の46.4%を占める上位5%のコアユーザーが離脱しない限り、売上は致命的な影響を受けない。したがって、このサービスにおける売上変動の主要因は、最上位層の満足度、彼らをターゲットにした新商品の成否、そして彼らの離脱率にあると結論付けられる。
この初期結論に基づき、各セグメントの具体的な購買行動を深掘りした。
3. セグメント別詳細分析:購買行動の主要パターン
各セグメントの購買データを分析した結果、課金額の階層に応じて明確な購買パターンの差異が観測された。
A. 上位1%
- 購買特徴: 購入率100%を記録した商品は「1+1ボーナス付き財貨パック」や「期間限定パッケージ」に限定され、全ての高額商品を購入するわけではない選択的な消費行動が見られる。特定の「ステップアップ商品」に対しては、最終段階まで購入する高い完走率を示した。
- 行動パターン: 商品の価値を個別に判断し、最高の効率または希少性を持つと判断した商品にのみ集中的に支出する傾向がある。
B. 上位1~5%
- 購買特徴: 「シーズンパス」の購入率は100%に達し、基本的なプレイ体験の向上には必ず投資する。「ボーナス付き財貨パック」など、コストパフォーマンスを考慮したプレミアム商品への選好が強い。
- 行動パターン: 持続的な成長を支援する月間・定期商品を重視し、効率的な課金を通じてゲーム内での競争力を維持する。
C. 上位5~10%
- 購買特徴: 特定の「月間パッケージ」が、このセグメントの売上貢献度において最も高い割合を占めた。「ボーナス付き財貨パック」の購入率は依然として高い水準を維持しており、必要に応じた高額支出も行う。
- 行動パターン: 予測可能で安定した成長を提供する月間商品への依存度が非常に高い。
D. 上位10~25%
- 購買特徴: 「シーズンパス」の購入率が初めて100%を下回り、価格への抵抗が見られ始める。「高額財貨パック」の購入率は急落し、代わりに「低価格デイリー商品」の購入率が上昇する。
- 行動パターン: 明確な価格の壁が存在し、それを超える高額商品よりも、コストパフォーマンスの高い低価格帯の商品を好む消費スタイルへ移行する。
E. 上位25~100%
- 購買特徴: 消費は「シーズンパス(基本版)」と「低価格デイリー商品」にほぼ集中し、ほとんどのパッケージ商品の購入率は10%未満である。
- 行動パターン: ゲーム体験を維持するための最低限の投資のみを行う、価格に非常に敏感な行動パターンを示す。
4. 結論と戦略提言
データ分析の結果に基づき、商品ポートフォリオを最適化するための具体的なアクションプランを以下のように提案する。
提言1: 上位5%向けの「高効率ステップアップ拡張」戦略
- 根拠: 上位5%(A, Bグループ)は全売上の46.4%を占める収益源であり、価値ある商品を見極めて完走する傾向が強い。
- 課題: 一部の商品は高課金ユーザーに選択されておらず、購買力を十分に吸収できていない。
- 戦略: 低効率商品を整理またはリニューアルし、ステップアップ商品の後半報酬を強化することで上限購買金額を引き上げる。
提言2: 10~25%層向けの「月間商品の多角化とステップアップの参入障壁緩和」戦略
- 根拠: 人数比で高い売上貢献度(23.4%)を持つ一方、価格感度が高く、初期ステップで離脱する傾向がある。
- 課題: 現在の月間商品は種類が限定的で、ステップアップ商品は初期段階の魅力が乏しい。
- 戦略: 外見・利便性向上など多様な月間商品を設計する。また、ステップアップ商品の初期報酬を強化し、参入を促進する。
提言3: 下位75%の初回購入体験とリテンション最大化戦略
- 根拠: ゲームエコシステムの基盤であり、潜在的な課金顧客層である。「シーズンパス」と「低価格デイリー商品」への選好が明確。
- 戦略: 参入障壁の低いこれらの商品の体験価値を向上させ、ポジティブな初回購入体験を提供することで、継続プレイと将来的な課金定着を促進する。
おわりに
本分析により、売上の維持構造が特定され、各ユーザーセグメントの特性に基づいた具体的なBM最適化戦略が策定された。
今後の課題としては、本提言の実行と効果測定、さらに非課金・離脱ユーザー層の分析が挙げられる。