工場ラインでの現場DXの一環として、Raspberry Pi(以下、ラズパイ)を使い始めて5年以上が経ちました。
安くて、小さくて、Pythonが動いて、カメラも使えて、センサーもつながる。現場で小さく試すには、これ以上ない強力な道具です。
ただ、実際に工場ラインの最前線で運用してみると、ラズパイは「安いから楽」とは決して言い切れませんでした。
購入ルート、ケースの選定、カメラの固定、電源の奪い合い、消耗するSDカード、そして何より「現場の理解」。机の上では完璧に動いても、現場へ置いた瞬間に別の難しさが顕在化します。
この記事では、Raspberry Piの技術解説というより、工場ラインで実際に使ってみて感じた「便利だけど、現場運用は甘くない」という実感を書いてみます。
ラズパイでやったこと
自分が実際に現場でやった、試したことは次のようなものでした。
エッジAIを使った品質確認
物体検出モデルや画像認識モデルを軽量化・量子化し、ラズパイ上で実際に動作させました。部品の状態を検出し、それをもとに分類や成否判定を行うような
簡易的なエッジAI機能を持たせて運用していました。
PLCとの連携
MCプロトコルやSLMPなどの通信規格を活用してラズパイと連携。
Node-REDというローコードツールを使えば、数分で通信が可能になります。
設備側の信号をトリガーにラズパイの動作を制御する、といったことを実装していました。
小型ゲートウェイ化
現場にあるBluetooth端末や小型センサーの情報をRaspberry Piで集約し、Wi-Fi経由で上位側に送るような構成を設計。
現場側のデータを中継するゲートウェイとして試験的な運用をしていました。
生産技術職と兼任で、専門家のように隅々まで使い倒せたわけではないものの、
幅広い用途に活用でき、やりたいことをいくつも実現でき、非常に救われました。
が、現場で使い続けるとなると、話はそこまで単純ではありませんでした。
購入ルートの問題
個人ならネットで買えばいい。
しかし、企業だと、決められた商社、購買ルート、セキュリティ上の制約があります。
Amazonで買えたとしても、タイミングによってはかなり高い。
ラズパイは他の産業用機器に比べれば安いのは事実です。
ただ、現場で使う道具として見るなら、価格だけでなく
「同じものを、必要なときに、同じルートで買えるか」が重要になります。
試作で1台動かすだけなら、最適な道具です。
でも、故障したときにすぐ交換できないなら、現場運用としてはかなり不安が残ります。
ケースと固定で詰まる
ラズパイを現場で使うとき、最初に思いつきやすい用途の一つが
スマートカメラ的な使い方だと思います。
画像を撮る。
AIや画像処理で判定する。
結果をログに残す。
PLCや上位システムと連携してデータを活用する。
小型で汎用性の高いラズパイを使うとしたら、自然な発想です。
実際にラズパイ専用のカメラモジュールが存在し、安価に手に入ります。
ただ、その取り付けたカメラを固定する、そのカメラを保護する、ここで地味に詰まります。
ラズパイ本体を守るケースはたくさんあります。
しかし、カメラモジュールまで含めて、現場で使いやすい形に固定できるケースは意外と少ない。
カメラの向き、焦点距離、配線、熱、取り付け位置、メンテナンス性。
そういうことを考え始めると、「とりあえずケースに入れればいい」では済まなくなります。
自分はカメラ取付可能なアルミ製GEARケースを使っていました。
放熱面では安心感があり、専用のカメラケースもある。
ただ、そのケースはPi 4専用で、Pi 5にはそのまま使えません。
当たり前といえば当たり前ですが、現場で運用する側からすると、
こういう世代間の違いが地味に痛い。
本体が新しくなった。
性能も上がった。
でも、既存のケースや固定方法が使えない。
そうなると、単に本体を交換するだけでは終わりません。
取り付け、配線、放熱、固定方法まで再検討になる。
ラズパイ本体は安くても、現場に置くための周辺条件まで含めると、決して気軽では
ありませんでした。
SDカードは消耗品。でも、交換できる場所に付いているとは限らない
ラズパイの弱点として、よくSDカードの寿命が挙げられます。
実際、自分もそこは不安でした。
ラズパイ本体も、SDカードも、現場で使うなら消耗品として考えるべきです。
ただ、ここで難しいのは「壊れること」そのものよりも、壊れたときに、交換できる設計になっているかどうかです。
これはラズパイに限らず、現場保全や部品交換でよくある話だと思います。
消耗品なのに、交換しづらい場所に付いている。
壊れる前提で取り付け位置を考えていない。
だから、壊れるまで放置される。
ラズパイをAIカメラにして画像認識したい場合、この問題がでます。
作業者の邪魔をしない場所に置きたい。
でも、ワークが見える位置は限られている。
配線も必要。固定もしなければならない。
まずは動かすことを優先すると、交換性やメンテナンス性は後回しになりがちです。
その結果、ラズパイやカメラを外したくても外せない状態になります。
カメラは、わずかに位置がずれただけで、認識精度が変わる可能性があります。
外してSDカードを交換しただけなのに、元の位置から少しずれて、判定が不安定になる。
そうなると、再調整や、場合によっては再学習が必要になります。
ラインを止めて、カメラ位置を調整して、認識状態を確認して、必要ならモデルも見直す。理屈では分かっていても、実際の現場では簡単ではありません。
「正しく認識すればいい」で放置したカメラ判定用のラズパイが、
想定以上に長く稼働し続けているケースもあります。
動いていることと、保守できることは違います。
壊れたときにすぐ復旧できるか。
同じ構成を再現できるか。
SDカードのバックアップはあるか。
カメラ位置を再現できる治具や目印はあるか。
誰が復旧手順を知っているか。
そこまで含めて考えないと、本当の意味で現場運用とは言えません。
ラズパイは安くて小さいので、つい「とりあえずここに置こう」となりがちです。
でも、現場で使うなら、壊れたときに外せるか、交換できるか、元の状態に戻せるかまで考えておく必要があります。
最初に設置したあのラズパイカメラは、いつまでもつのだろうか。
そう思いながらも、今日もまだ現場で動いています。
何よりも重要なのは現場の理解
ラズパイを現場に置くうえで、電源やケース、SDカードはとても大事です。
しかし、それ以上に大事だと感じたのが、現場の理解と関心でした。
これは自分の職場だけかもしれませんが、現場の100V電源は意外と貴重です。
インパクトドライバーのバッテリー充電、工具、測定器、仮設の機器などで、コンセントは普通に取り合いになります。
以前、実験的にラズパイを動かすため、
ライン監督者の許可を得て、
空いている100V電源を見つけて接続したことがありました。
最初は問題なく動いていました。
ところが、しばらくすると、いつの間にかラズパイが止まっていました。
原因を確認すると、電源が抜かれていました。
悪意があったわけではありません。緊急の作業で工具のバッテリーを充電するため、現場の作業員さんが「使ってなさそうな、よく分からない小さな箱のコンセントを空けた」だけだったのです。
現場から見れば、ラズパイは「得体の知れないプラスチックの箱」。
「動いているPythonコード」や「AIモデル」よりも、目の前の「作業の進捗」が優先されるのは当然です。
ラズパイを現場に置くなら、技術だけでは絶対に足りません。
- 何のために置いているのか(止まると何が困るのか)
- 絶対に抜いてはいけないという明示(テプラや専用の配線)
- 異常時に現場が誰に連絡すればいいのか
現場の人に「止めてはいけないもの」として認識されて初めて、装置は運用に乗ります。
小さくて、簡単に置けるからこそ、簡単に忘れられ、簡単に抜かれる。これが現場の地味な現実です。
(他にも、バーコードスキャナ等のUSB機器を安易に増設したことによる電流容量不足での突然死など、電源周りのトラブルも数知れず経験しました。)
ラズパイは試作には強い。でも現場での運用は甘くない
ラズパイは本当に面白いし、便利です。
現場の困りごとを小さく試し、デジタルで拡張するための「入口」としては、これ以上の道具はありません。私自身、この小さな機械に何度も救われてきました。
だからこそ、現場DXを推進する側に立つなら、
「安いから、なんとなく流行りだから(流行っていたから)ラズパイでいい」
と安易に決めるべきではないと考えます。
- 購入ルートは安定しているか
- 交換品をすぐ用意できるか
- ケースや固定方法は現場に合っているか
- カメラを安定して取り付けられるか
- 電源は分けるべきか
- SDカードのバックアップはあるか
- 壊れたときに誰が復旧できるか
- 世代変更時にケースや周辺部品は流用できるか
こういう泥臭く地味な条件こそが、システムが生き残るかどうかの分岐点になります。
ラズパイを万能の産業機器として扱うのではなく、その限界を知った上で、「動く」の先にある「交換できる」「固定できる」「復旧できる」までデザインすること。
そこまで含めて付き合うなら、ラズパイは現場DXのかなり面白い道具だと感じています。