この記事は、こんな方に向けて書きました
- 自身の「好奇心」を、市場価値の高い「専門性」へと繋げたいと考えているエンジニア
- チームを率い、周囲を巻き込みながら、より大きなインパクトを生み出したいリーダー
- 自身の学びを加速させ、コミュニティと共に成長していきたいと考えている方
対談者プロフィール
iwashi（岩瀬 義昌）氏
NTTドコモビジネス株式会社 エバンジェリスト / 早稲田大学 非常勤講師
東京大学大学院修了後、NTTグループに入社。大規模システム開発から人事部での組織開発、アジャイル開発支援まで幅広く経験し、現在は生成AI分野のエバンジェリストとして活動。技術ポッドキャスト『fukabori.fm』のホストや、『エレガントパズル』『エンジニアのためのドキュメントライティング』など数々の技術書翻訳も手掛ける、テクノロジー界のポリマス（博学者）。
佐藤 貴子
株式会社レアゾン・ホールディングス GIFTech所属。2022年に新卒でサーバーサイドエンジニアとしてキャリアをスタート。かつては自身のキャリアに悩んだ時期もあったが、開発以外の領域へ挑戦し「発信」を始めたことで世界が大きく変わった経験を持つ。現在は、日本の伝統工芸士と共創するプロジェクト「GIFTech Japan Next Craft」で開発リーダーを務め、自身もテクノロジーと伝統文化の「越境」を実践中。今回の対談は、そんな自身の経験から「トップランナーの話を聞き、その情熱と知識を広く届けたい」という想いで企画した。
はじめに：それぞれの挑戦
佐藤：
本日はありがとうございます。まず、私たちの取り組みを簡単にご説明させてください。
現在、GIFTechでは「伝統工芸×テクノロジー」という新たな挑戦に取り組んでいます。『GIF Techcraft』という新しい工芸品ブランドを立ち上げるプロジェクトです。
これは、日本の伝統工芸士が抱える「世界で売れる工芸品を作りたいが、何を作ればいいか分からない」という悩みを、AIの力で解決する試みです。AIが世界中の人々の「声」を職人に届け、その声を伝統の「技」で形にする――職人と世界を隔てる距離をゼロにすることを目指しています。
iwashi：
面白い取り組みですね。
佐藤：
私は現在、このプロジェクトで開発リーダーを務めています。社内外から集まった計6名のチームで、3ヶ月という短期間での開発に挑戦中です。専門性も背景も異なるメンバーをどうまとめるか、日々試行錯誤しています。
iwashi：
なるほど。僕もNTTグループという大きな組織の中で、内製開発組織の立ち上げやアジャイル開発支援を通じて、常に「どうすれば組織が良い方向に変わるか」を考えてきました。チームや組織を動かすというテーマは、まさに共通の挑戦ですね。
佐藤：
そうなんです。iwashiさんが組織変革や技術コミュニティで実践されてきたことから、ヒントをいただければと思い、今日は対談をお願いしました。まず、『fukabori.fm』はどのようなきっかけで始められたのでしょうか？
好奇心が出発点―『fukabori.fm』誕生の裏側
研究開発組織でL1からL7まで全レイヤーの専門家に囲まれ、技術の面白さを外に広げたいという好奇心から『fukabori.fm』は誕生した。継続の秘訣は「諦めずに続けること」と「期待値を下げておくこと」の2つだ。
佐藤：
『fukabori.fm』は多くのエンジニアが聴くメディアになっていますが、そもそも、どういったきっかけで始められたのでしょうか？
iwashi：
根底にあるのは、僕自身の強い「好奇心」ですね。技術の世界って、どのレイヤーもすごく面白いんです。当時所属していたのが研究開発系の組織で、ワンフロアにネットワークのL1（物理層）からL7（アプリケーション層）までの専門家が全員いるような、すごい環境だったんです。インターネットの標準規格（RFC）の著者が近くにいたりして、「ここはヤバい場所だな」と（笑）。この面白さを自分だけに閉じておくのはもったいない、外に広げたいと思ったのが直接のきっかけです。
佐藤：
その「好奇心」というキーワードは、iwashiさんの活動全体を貫くテーマのように感じます。その観点から、AIの進化でエンジニアに求められるスキルも変わってきていると思いますが、iwashiさんは、AI時代に本当に求められるスキルはなんだと思いますか？
iwashi：
2つあります。1つは普遍的なスキルとして、コンピュータサイエンスの基礎知識。CPUやOSの仕組みといった基礎を抑えておくと、応用が効き、自分の判断軸が身につきます。もう1つは特性ですが、やはり「好奇心の強さ」ですね。採用マネージャーをすることもありますが、何かにドハマりして夢中で勉強した経験は本当に強い。今だったら、好奇心が強い人は明らかにAIコーディングで遊びまくっていますしね。
佐藤：
なるほど、普遍的な「基礎知識」と、突き詰める「好奇心」が重要なんですね。ただ、私がいま直面しているのは、そうしたスキルを持つ多様なメンバーと、どうやってチームとして成果を出すかという課題です。
制約だらけのチームを動かす、2つの処方箋
非同期中心・短期間という制約の多いチームでは「書く文化」と「何を作らないかを決めること」が鍵。ドキュメントで意思決定を残し、MVPに集中することで成功確率が高まる。
佐藤：
今、開発体制が少し特殊で、GIFTechのエンジニアとデータサイエンティストに、外部から公募した副業のエンジニア・デザイナー4名を加えた計6名のチームで、非同期コミュニケーションが中心なんです。こうした制約の多いチームで成果を出すために、何が重要になるでしょうか？
iwashi：
非常に面白いテーマですね。まず、非同期が中心なら、僕が翻訳した『エンジニアのためのドキュメントライティング』で述べられているような「書く文化」が生命線になります。意思決定の背景や経緯を、誰が読んでも誤解がないようにテキストで残すことが不可欠です。
佐藤：
ドキュメントですね。確かに重要です。
iwashi：
次に、3ヶ月という短期間ですから、完璧を目指すのではなく「何を作らないか」を決めること。これは『リーン・スタートアップ』の考え方で、最初に最小限の価値（MVP）を定義し、そこに集中することが成功の鍵です。
「なぜやるのか」を伝え続ける―チームのベクトルを合わせる技術
組織は放置するとエントロピーのようにバラバラになる。リーダーは目的やビジョンをメディアを変えて何度も発信し、「あいつまた言ってる」と思われるくらいが、ようやく届いているサインだ。
佐藤：
チームの一体感をどう生み出すか、という点でも悩んでいます。専門性も背景も異なるメンバーが集まっているので、どうしても遠心力が働きがちで…。
iwashi：
組織は何もしないとエントロピーの法則のように、個々のベクトルがバラバラになっていきます。それを防ぎ、求心力を生むために効果的なのは、リーダーが「なぜこれをやるのか」「自分はこう思っている」という目的やビジョンを、メディアを変えて何度も話すことです。Slackでもいいし、定例ミーティングでも、チーム向けのポッドキャストでもいい。人間は驚くほどすぐに忘れるので、「あいつまた言ってるよ」とメンバーに思われるくらいが、ようやく届いているサインです。
大組織の情報格差を埋める「TGIF」という仕組み
100人規模以上になると顔と名前が一致せず遠心力が強まる。Googleの「TGIF」のように経営陣と社員が直接対話する場を設けることで、情報格差を解消し納得感が生まれる。
佐藤：
チームレベルではそうやってベクトルを合わせるのですね。組織がもっと大きくなると、さらに難しくなりそうです。
iwashi：
おっしゃる通りです。100人、200人規模になると、もう全員の顔と名前が一致しなくなり、遠心力はさらに強まります。そこで有効なのが、Googleがやっていた「TGIF（Thank God It's Friday）」のような、経営陣と社員が直接対話する場を設けることです。「ファイアサイドチャット」とも呼ばれますね。経営層と現場の情報格差を解消してあげることで、「会社が今こういう状況だから、このプロジェクトに注力しているんだ」という納得感が生まれます。
GIFTechの挑戦と未来―日本版「Product Hunt」構想
伝統工芸×AIプロジェクトを第一弾に、社会課題を抱える事業者と解決したい開発者を繋ぐエコシステム構想。リクルートの「リボンモデル」に近く、AIエージェントで仮説検証を高速化できる可能性がある。
佐藤：
これまで伺ってきた「好奇心」や「伝達力」は、エンジニアが輝くための環境があってこそ活きるものだと感じます。私たちGIFTechの活動も、伝統工芸プロジェクトに留まりません。「ものづくりを楽しむ才能」を解放したいという想いから、今、次の構想として日本版の「Product Hunt」のようなプラットフォームを考えています。
iwashi：
日本版Product Hunt、いいですね。
佐藤：
ただ、これは単に個人開発者が作ったものを発表する場ではありません。今回の伝統工芸がそうであったように、『解決したい社会課題を持つ事業者』と『その課題を解決したい開発者』を繋ぎ、新しい事業を共創するエコシステムを目指しています。この構想について、率直にどう思われますか？
iwashi：
なるほど、面白いですね。抽象化すると、リクルート社の「リボンモデル」に非常に近いと感じました。課題を持つ人と解決する人をプラットフォームがマッチングさせる構造ですね。
佐藤：
まさにそのイメージです。
iwashi：
これは特に、エンジニアにとって価値が高いと思います。多くのエンジニアは『何かを解決したい』という想いはあっても、『解くべき課題の解像度が低すぎて、何から手をつけていいか分からない』という悩みを抱えています。皆さんの構想は、その最も難しい『課題設定』の部分をクリアにした上で、開発者が熱量を注げる場を提供するものですよね。素晴らしいアプローチだと思います。加えて、そのマッチングや初期のアイデア出しにAIエージェントの力を活用すれば、仮説検証のサイクルを高速に回せるので、非常に可能性を感じます。
エンジニアへのラストメッセージ
AI時代の情報の速さに「FOMO（取り残される恐怖）」を感じる人は多い。しかし技術はすぐ変わるので、怖がりすぎず自分の好きなことから勉強を始めることが大切だ。
佐藤：
最後に、キャリアをデザインしたいと願うエンジニアに向けて、明日から踏み出せる一歩についてメッセージをいただけますか。
iwashi：
最近のAIの進化はものすごく速くて、情報に取り残されることを怖がる「FOMO（Fear of Missing Out）」を感じる人も多いと思います。でも、どうせすぐ技術は変わるので、怖がりすぎずに、まずは自分の「好きなこと」から勉強を始めたらいいんじゃないでしょうか。FOMOにビビりすぎない。それが一番伝えたいことです。
まとめ
今回のiwashi氏との対談から見えてきたのは、不確実な時代を乗りこなすための、しなやかで力強いキャリア戦略でした。
それは、一つの専門性を深めるだけでなく、勇気を持って境界を越え、異なる領域の知見を繋ぎ合わせる「越境」の姿勢。そして、日々の小さな発信を継続することで、チャンスを引き寄せる力。さらに、物事を俯瞰し、最適な構造を設計する「システム思考」。
これらは、AIの進化によって役割が変化していくエンジニアにとって、ますます重要なスキルとなるでしょう。
この記事を読んで、少しでも心が動いたなら、まずはiwashi氏が提言する「はじめの一歩」を踏み出してみませんか？
あなたの「はじめの一歩」
- いつもと違う分野の技術ポッドキャストを1エピソード聞いてみる。
- 今日学んだことを、140文字でまとめてSNSに投稿してみる。
その小さな一歩が、あなたのキャリアを、そしてあなたが見る世界を、きっと面白く変えてくれるはずです。
私たちの挑戦の裏側は、今後ドキュメント映像として公開予定です。ぜひ、GIFTechのXアカウント（@GifTech_ch）をフォローして、私たちの冒険の続きを見守ってください。
📚対談で紹介された参考文献
今回の対談では、iwashi氏の知見の源泉となっている書籍や文献がいくつか紹介されました。チームビルディングやプロジェクト推進に悩むエンジニアにとって、きっと新たな視点を与えてくれるはずです。
計画通りに進める「知の深化」と、変化に対応する「知の探索」という2つのモードを使い分けることで、硬直化した組織でもイノベーションを起こすための手法を解説しています。
非同期コミュニケーションが中心となる現代の開発チームにおいて、誤解なく意図を伝える「書く文化」の重要性を説く一冊。iwashi氏が翻訳を手掛けています。
期間が限られたプロジェクトで成果を出すために、「何を作らないか」を決め、最小限の価値（MVP）に集中するという考え方の原典。
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『エレガントパズル』
iwashi氏が翻訳を手掛けたエンジニアリングマネジメントの名著。LT会などで参加者の学びを深めるための、ブレイクアウトセッションを活用したディスカッション手法などが紹介されています。
Googleなどで行われている、経営陣と社員が直接対話する文化。組織が大きくなることで生まれる情報の非対称性を解消し、メンバーの納得感を高める効果があります。iwashi氏の所属するNTTドコモビジネスでは「KURUMAZA.exe」という名前で実践されている。