はじめに
「AIに仕事が奪われる」――そんな不安がエンジニアの間で囁かれる昨今。
しかし、AIを「奪う敵」ではなく「相棒」として迎え入れ、伝統工芸というデジタルではない領域にテクノロジーで挑戦をするGIFTechの新プロジェクトがあります。
GIFTechが取り組む「N1エンジニアリング」は、たった一人の職人の「なんとなくこんな感じ(Vibe)」という曖昧な要望を、AI駆動開発によって具体的なプロダクトへと昇華させました。
今回は、Cursorアンバサダーとしても知られるきのぴー(Kinopee)氏をゲストに迎え、プロジェクトの裏側を徹底解剖。「職人の感覚をどうコードに翻訳するか」「最新AIモデルをどう評価するか」、そして「AI時代にエンジニアはどうキャリアを築くべきか」。
明日からの開発に即役立つプロンプト術から、エンジニアとしての生き方まで。濃密な技術対談をお届けします。
対談者プロフィール
Kinopee
Cursor Ambassador / Devin Expert / Windsurf Ambassador / Sponsored by CodeRabbit。
日本におけるAI駆動開発の第一人者。著書『AIエディタCursor完全ガイド』や技術誌での連載に加え、6000人規模の「Cursor Meetup Tokyo」を主催するなど、最先端AIの技術発信者。日本のエンジニアと米国開発元を繋ぐ架け橋としても奔走している。
佐藤 貴子
「物作りを楽しむクリエイターの才能を社会価値に繋げる」を掲げるGIFTechにて、開発リーダーを務める。現在は伝統工芸の職人と共に「世界で売れるプロダクト」を開発するプロジェクトを牽引。元サーバーサイドエンジニアの経験を活かし、エンジニアがユーザーの課題(N1)の最前線に立つ「N1エンジニアリング」を実践している。
対談本編
職人の「Vibe(感覚)」をAIで翻訳する
佐藤:
本日はありがとうございます。きのぴーさんはAI技術が大好きで、AI駆動開発の最前線を走られていますよね。私たちが今取り組んでいる「伝統工芸プロジェクト」も、まさにAI技術で課題解決を目指しています。ぜひ技術的な視点からフィードバックをいただきたいです。
きのぴー:
よろしくお願いします。伝統工芸という領域にAIを持ち込むのは非常に面白いアプローチですね。具体的にどんな課題があったんですか?
佐藤:
職人さんは素晴らしい技術を持っていますが、「世界で何が売れるか分からない」という悩みがありました。そこで私たちは、エンジニアが直接職人さんにヒアリングを行い、AIを活用してデザインや価格を提案するアプリを開発しました。
ただ、職人さんの要望ってすごく感覚的で。「もっとシュッとさせて」とか「こういう雰囲気で」といった、いわゆる "Vibe"(バイブス/感覚) な言葉が多いんです。これをコードや仕様に落とし込むのが本当に難しくて……。
きのぴー:
なるほど、まさに「Vibe Coding」の世界ですね。AI開発の面白いところは、そういう「曖昧さ」を受け入れてくれる点です。従来のプログラムなら厳密な仕様が必要ですが、AIならコンテキスト(文脈)さえしっかり与えれば、その "Vibe" を汲み取ってくれますから。
佐藤:
実際、私たちもAIモデル(Nanobananaなど)を使って、職人さんの好みを学習させた「弟子AI」という機能を実装しました。職人さんが「これじゃない」と言えば、即座に別のバリエーションを提案する。これを繰り返すことで、職人さんの頭の中にあるイメージを具現化していきました。
きのぴー:
それこそがAIの強みですね。人間が100通りのデザイン案を手書きで作るのはコスト的に不可能ですが、AIなら一瞬です。「偶然性」と「創造性」を低コストで大量生産し、そこから人間が選ぶ(キュレーションする) というプロセスは、今の時代の勝ちパターンだと思います。
「インベーダーゲーム」でモデルの実力を測る
佐藤:
開発中、AIモデルの進化が速すぎて、どのモデルを採用するか常に悩んでいました。私たちは今回、画像生成には「Nanobanana(Gemini 2.5 Flash Image)」、価格算出や推論には「Gemini」を採用したのですが、きのぴーさんは普段、新しいモデルが出た時にどうやって評価されていますか?
きのぴー:
とにかく「出たらすぐ使う」が鉄則ですが、僕なりのベンチマーク方法があります。それは、「簡単なゲームを一発で作らせてみること」 です。
佐藤:
ゲームですか?
きのぴー:
ええ。「三目並べ」や「インベーダーゲーム」を作らせます。特にインベーダーゲームはおすすめです。推論能力が低いモデルだと、インベーダーが動かなかったり、ゲームとして破綻していたりするんですよ。
以前、あるモデルで試したら、インベーダーが画面中を走り回って即ゲームオーバーになるものができました(笑)。でも、1年後の最新モデルで試したら、完璧に遊べるものができた。少ないプロンプト数(ショット数)でどこまで動くものを作れるかを見ることで、そのモデルの「推論力」や「コーディング能力」を客観的に測ることができます。
佐藤:
面白いですね!
私は昔、Reactのチュートリアルで三目並べをやった記憶がありますが、確かにAIの基礎体力を測るには最適ですね。今度試してみます。
きのぴー:
あと、オセロはやめたほうがいいです。デバッグのために自分で打つのが大変で、勝ち負けが決まるまで時間がかかりすぎるので(笑)。
AI開発の肝は「実装計画書」によるコンテキスト管理
佐藤:
実装フェーズの話も聞かせてください。私たちは開発期間が3ヶ月しかなく、AIツール(CursorやClaude Codeなど)をフル活用しました。実際、コードのほぼ100%をAIに書かせたメンバーもいたくらいです。
ただ、AIエージェントに長く指示を出していると、だんだん最初の指示を忘れてしまったり、迷走したりすることがありました。きのぴーさんはどう対策されていますか?
きのぴー:
僕は「チェックリスト式実装計画書」という手法を使っています。
佐藤:
Cursorで備わっているTODO機能とは違いますか?
きのぴー:
違います。それはあくまで実行リストで、仕様全体の実行リストとなります。
AIと壁打ちをして仕様が決まったら、まずAIに「実装計画書」を作らせます。そして、それを僕にもあなた(AI)にも進捗が理解できるチェックリストにするよう指示するんです。
佐藤:
なるほど、進捗を見える化するんですね。
きのぴー:
ポイントはここからです。実装を進めるたびに、「チェックリストを更新して書き戻せ(反映しろ)」と指示します。
AIは長く自走していると前の文脈が薄れていきますが、毎回チェックリストを確認させることで「プロンプトの再注入(リフレッシュ)」が起きます。「今ここが終わって、次はこれをやるんだな」とAI自身が再認識するので、最後まで集中力を切らさずに完走できるんです。
佐藤:
それはすごいです!
私たちも「プランモード」を使っていましたが、AIが「やりました」と言って終わってしまうことが多くて、検証まで戻ってこないのが悩みでした。
きのぴー:
デバッグの時は逆にチェックリストを使わない方がいいです。デバッグログを読ませて、「反復修復サイクル」を回す方が正確です。
AIは基本的に「指示を完璧には守れない」生き物です。だからこそ、最後にテストコードを走らせて検証するというフィードバックループを設計してあげることが、AI駆動開発を成功させる鍵になります。
「面白い」と思えるかどうかが、唯一の生存条件
佐藤:
最後に、キャリアについてもお伺いしたいです。きのぴーさんは「Cursor Meetup Tokyo」で6000人を集めるなど、コミュニティの中心にいらっしゃいます。エンジニアとして、そして発信者として、何を原動力にされていますか?
きのぴー:
難しく考えず、シンプルに面白いからですね。
AIの進化は速すぎて、昨日覚えた技術が明日には陳腐化することもあります。それを「辛い」と感じるなら、この業界は厳しいかもしれない。でも、新しいモデルが出るたびに「今までできなかったことができるようになった!」とワクワクできるなら、こんなに楽しい時代はありません。
佐藤:
共感します。私たちGIFTechも「物作りを楽しむ」を原点にしています。今回のプロジェクトも、職人さんが「自分の技術がAIで拡張されるのが面白い」と言ってくれたことが一番の成果でした。
きのぴー:
それが一番大事です。仕事だから、勉強しなきゃいけないから、ではなく「関わらずにはいられない」。その熱量がコミュニティを作り、良いプロダクトを生みます。
佐藤さんたちのプロジェクト、Googleなどにもっとアピールすべきですよ。「Nanobanana」をここまで実務で使い倒している事例は世界でも稀有ですから。
佐藤:
ありがとうございます!早速アプローチしてみます。本日は具体的な技術論からマインドセットまで、本当にありがとうございました。
まとめ
伝統工芸という「レガシー」な領域にAIを持ち込んだGIFTechの事例は、AI駆動開発の可能性を明確に示しています。
- Vibeの実装: 職人の曖昧な感覚(Vibe)は、AIによる「多量生成×人間による選択」のプロセスで具現化できる。
- モデル評価: 「インベーダーゲーム」のようなシンプルな課題を一発で作らせることで、モデルの推論力を客観的にベンチマークできる。
- 実装のコツ: AIエージェントには「チェックリスト」を持たせ、常に進捗を書き戻させることで、コンテキストの喪失を防ぎ、完走率を高められる。
- 生存戦略: 技術の陳腐化を恐れず、変化そのものを「面白い」と感じられる好奇心こそが、AI時代のエンジニアにとって最大の武器になる。
「AIに使われる」のではなく、「AIを使い倒して、自分のVibeを形にする」。そんなエンジニアリングの新しい形が、ここに見えました。
🌟 きのぴー氏が立ち上げたAIAU(AIエージェントユーザ会)のDiscordはこちら!
先日はオンライントークも開催していたりと、AIエージェントに関する情報交換、学習、交流を目的としたコミュニティで、ユーザ同士で交流しているのでぜひご参加ください!
私たちの挑戦の裏側は、今後ドキュメント映像として公開予定です。ぜひ、GIFTechのXアカウント(@GifTech_ch)をフォローして、私たちの冒険の続きを見守ってください。





