はじめに
日々スキルを磨くエンジニアの皆さん。
技術力は確実に上がっている。
新しいフレームワークも使いこなせるようになった。
設計の引き出しも増えた。
でも、ふと「この技術力、本当にキャリアや収入に繋がっているのだろうか?」と不安になることはありませんか?
技術の探求は楽しい。コードの品質を高めることに喜びを感じる。しかし、その技術をいかにして「事業価値」や「市場価値」に転換するか——この問いに明確な答えを持つエンジニアは、まだ多くありません。
今回インタビューしたのは、個人開発100個の経験を持ち、株式会社LangCoreを共同創業後わずか16ヶ月で上場企業への売却を実現した、エンジニア兼起業家のちぇん氏です。
技術を磨くだけでなく、その先のキャリアや価値創造を考えるすべてのエンジニアに向けた、実践的な思考法をお届けします。
対談者プロフィール
ちぇん
株式会社LangCore 共同代表取締役CEO兼CTO。
技術情報共有サイトQiitaで発表した「個人開発・スタートアップで採用すべき最強のアーキテクチャ」などの記事で開発者コミュニティから絶大な支持を得る。東京大学大学院修了後、フリーランス、デロイト トーマツ コンサルティングを経て、2023年に生成AI特化の開発・コンサルティング会社LangCoreを共同創業。創業からわずか16ヶ月で東証グロース上場企業による買収を実現し、大きな注目を集めた。
佐藤 貴子
「物作りを楽しむ才能を、多くの人に届ける」をミッションに、エンジニアやデザイナーといったクリエイターが輝くためのプロジェクトを多数企画・推進。たった一人のユーザーのためにプロダクトを開発する「N1エンジニアリング」を提唱し、ハッカソンの開催や、日本の伝統工芸を世界に届けるプロダクト開発など、社内外のクリエイターを巻き込みながら新しい価値創造に挑戦している。
対談本編
顧客理解の極意。「ホールケーキ」を作らず、「ジョブ」を見つける
佐藤:
本日はありがとうございます。ちぇんさんのキャリアを通じて一貫している「顧客理解力」というテーマについて、ぜひ深掘りさせてください。
ちぇんさんはコンサル、エンジニア、起業家と様々な経験をされていますが、この「顧客理解力」が最も鍛えられたと感じるフェーズはどこでしたか?
ちぇん:
結論から言うと、すべてのフェーズでそれぞれ違うことを学べましたね。中でもエンジニアのフェーズで言うと、間違いなくアジャイル開発の経験が大きかったです。
佐藤:
開発手法ですか!
私も今進めている伝統工芸プロジェクトでもアジャイル開発を行っています。
ちぇん:
僕が好きなアジャイルの考え方に、「ホールケーキをいきなり作らない」というのがあるんです。
従来のウォーターフォール開発だと、最初に全ての機能要件を決めて、数ヶ月かけて開発し、最後に「ケーキの完成です!」と見せる。でも、5ヶ月後に「本当に欲しかったのはこれだっけ?」となってしまうことが往々にしてあるんです。
佐藤:
すごく分かります。それを防ぐために、職人さんに徹底的にヒアリングをして、いきなり完成品を作るのではなく、小さなプロトタイプを見せながら方向性を探るアプローチをとっています。
ちぇん:
まさにですね。まずケーキの一切れだけ作って、お客さんに試食してもらう。「美味しいですね、じゃあ次はこっちを作りましょう」「ちょっと違いますね、じゃあ作り直しましょう」と。この対話しながら少しずつ進めていくプロセスを通じて、顧客への理解が自然と深まっていく。この経験が、僕の顧客理解の原点です。
佐藤:
その対話の中で、ちぇんさんが顧客を理解するために最も重視している「視点」は何ですか?
ちぇん:
顧客の「ジョブ」は何かを理解することです。
有名な例え話ですが、アメリカで朝の時間帯にミルクシェイクがすごく売れる理由を調べたら、通勤で車が渋滞している間の「暇つぶし」というジョブを解決していた、という話があります。顧客はミルクシェイクが飲みたいのではなく、暇を潰したい。そのジョブを解決しているのが、たまたまミルクシェイクだった、と。
佐藤:
なるほど!私たちのプロジェクトでも、職人さんの「世界に向けて何を作ればいいのか分からない」という深い悩み(ジョブ)を解決するために、「海外の需要データ」をアプリに組み込んでいたりします。
ちぇん:
それが本質ですよね。顧客が本当に達成したいことは何なのか。 その理解があれば、クライアントとのコミュニケーションも変わります。技術的なレイヤーで「Reactを使います」と話すのではなく、「あなたのやりたいこと(ジョブ)を実現するために、コストを抑えるならA案、拡張性を取るならB案があります」と選択肢を提示できる。ここまでできて初めて、信頼されるエンジニアになれると思います。
AIでプロトタイプは7割完成。でも、残る「3割の壁」
佐藤:
アジャイル開発でプロトタイプで会話するなかで、AIの登場で開発スピードが劇的に上がりましたよね?
ちぇん:
まさに。今では1週間もあれば、7割くらいの完成度のプロトタイプは作れてしまいます。ただ、ここに新たな課題も生まれていて。
佐藤:
新たな課題ですか?
ちぇん:
残りの3割を、セキュリティなどを担保した製品レベルに仕上げる作業です。ここはどうしても人の手が必要で、時間がかかる。すると、お客さん側は「7割できてるのになんでこんなにかかるの?」となり、僕らエンジニアは「いやいや、ここからが大変なんです!」となる。この期待値のズレによるコミュニケーションミスが起きやすくなっていると感じます。
佐藤:
ああ、それは痛いほど分かります!
私が今進めている伝統工芸のプロジェクトでも、方向性が決まった後の「本番化」のフェーズで、見た目は変わらないのに内部の作り込みに時間がかかることを理解していただくのに苦労しました。そこのコミュニケーションは本当に重要ですよね。ちぇんさんは具体にどのような期待値調整をしているのでしょうか?
ちぇん:
「PoC(検証)期間」と「本番開発期間」を明確に分けることですね。例えば、プロトタイプ自体は1週間でできても、あえて検証期間として2ヶ月確保し、その後に本番開発を3ヶ月設けるといった形です。「見た目はできていても、あくまで検証用。製品として仕上げるにはフェーズが全く違う」ということを、スケジュールを区切ることで可視化して伝えています。
エンジニアが「稼ぐ」ための2つの道筋
佐藤:
少し話は変わりますが、私たちGIFTechは「モノ創りを楽しむ」ことを起点に、エンジニアが幸せなキャリアを歩んでほしいという思いで活動しています。その中で、ちぇんさんがおっしゃっていた「お金を稼ぎたい」という原動力は、すごく健全で大事なことだと感じています。エンジニアが技術的な探求心や楽しさを、正当な評価、つまり「稼ぐ力」に変えていくために、何が一番重要だとお考えですか?
ちぇん:
エンジニアの稼ぎ方には、大きく2つあると思っています。1つはクライアントワークで技術力を提供してお金をいただく道。もう1つは自分でプロダクトを作って稼ぐ道です。
ちぇん:
クライアントワークで単価を上げるには、「他の人が3ヶ月かかることを1ヶ月でできる」といった技術力や、「この人になら任せられる」という信頼感が重要です。そして、その信頼感は、技術的な探求心や楽しさから何かに没頭した経験、つまり一つのことをやり切った経験から生まれるものだと思います。
佐藤:
ちぇんさんご自身が、何かに没頭した経験というと?
ちぇん:
やはり個人開発ですね。大好きで、これまでに多分100個くらいアプリを作りました。
佐藤:
100個!
ちぇん:
はい(笑)。個人開発をやると、インフラからデザイン、マーケティング、営業まで、ビジネスの全体像を一人で経験することになるんです。浅い知識かもしれませんが、この一連の流れを自分でやってみた経験が、結果的に人としての価値を高めてくれたと感じています。
1日で開発、3日で収益化。アイデアの源泉は「N1の悩み」か「海外トレンドの輸入」。
佐藤:
私たちはプロダクトを作る際、たった一人のユーザーの課題を掘り下げる「N1エンジニアリング」を大切にしています。今回のプロジェクトでも、特定の職人さんの「自分の作品を世界でどう見せるか分からない」という悩みが起点でした。
数多くのちぇんさんのアイデアの着想はどこから得ているのでしょうか?
ちぇん:
僕の場合は大きく2パターンあります。1つは佐藤さんと同じで、自分が本当に欲しいものや、深いドメイン知識がある領域で作るパターン。もう1つが、海外で流行っているけどまだ日本にないものを、いち早くローカライズして導入するパターンです。
佐藤:
海外トレンドの輸入ですね。その中でも特に印象的だった成功事例はありますか?
ちぇん:
画像生成AIが出始めた頃に作った、犬の似顔絵アプリですね。あれは本当に1日で作って、3日目には売上が立ちました。当時、海外では「自分の写真をアバター化する」アプリが流行っていたんです。でも、日本人は自分の顔をアップするのに抵抗がある人が多い。そこで「ペットの犬ならやるんじゃないか?」と仮説を立てて、開発しました。
佐藤:
1日で開発して3日で収益化…!そのスピード感と、日本市場に合わせたアレンジ力はすごいです。市場全体を見て「トレンドを輸入する」という視点は新鮮ですし、ビジネスとしての強さを感じます。
「メディア」が突破口になる。互いの強みを分析する
佐藤:
ちぇんさんが開発者として成功するために、『絶対にこれだけは外せない』と気付いた仕組みはございますか?
ちぇん:
絶対に外せないのはメディアです。人の目に触れることです。僕はQiitaなどでテキストでの発信はずっとやってきました。とにかく多くの人の目に触れてフィードバックを得ることが何よりも大切なことです。
佐藤:
実は今回の伝統工芸プロジェクトで、一つ面白い発見があったんです。開発プロセス自体をドキュメンタリー動画にしてYouTubeで発信するのですが、職人さんの想いを込めたメディア(動画)を作成しており、それを見た浅草の組合の方から「こんなプロジェクトがあるなら協力したい」と声をかけていただいて。
ちぇん:
えっ、動画からですか?それはすごいですね。
佐藤:
はい。「作っている過程」や「職人のリアルな声」自体がコンテンツになり、それが共感を生んで協力者を引き寄せるという体験をしました。
ちぇん:
まさしく発信による戦略ですね。動画というメディアを通して可視化するのはポテンシャルしかないと思います。
信頼を勝ち取り、スケールさせるための「仕組み化」
佐藤:
最後に、LangCoreさんの価値基準についてお伺いしたいのですが、「ハードワーク」や「英雄的な行動」を評価しない、という方針が興味深くなぜそのような基準としたかお伺いさせて下さい。
ちぇん:
まず、「ハードワーク」している、つまり「忙しい」状態だと、いざチャンスが来た時に動けないからです。人生で大事なのは、たまに来る「やるべき瞬間」に最大のパフォーマンスを出せるかどうか。そのために、常に余白を作っておくことを重視しています。
ちぇん:
「英雄的な行動」を評価しないのは、スケールしないからです。一人のすごい人がプロジェクトを抱え込んでいると、その事業はそこで止まってしまう。でも、その人が自分のやり方を言語化・仕組み化して他の人に任せることができれば、3つのプロジェクトを同時に進められるかもしれない。1を100にするためには、誰でも引き継げる状況を常に作っておくことが必須なんです。
佐藤:
属人化(自分にしかできない仕事)をなくしていく仕組みですね。
ちぇん:
そうです。僕らの仕事はクライアントに満足してもらうことですが、どうすれば高い評価を得られるのかを分析して、「評価ハックシート」のようなものにまとめています。それを他のメンバーに共有して実践してもらうことで、組織全体で価値を提供できるようにしています。
佐藤:
その「評価ハックシート」、すごく気になります!具体的にはどのような項目が並んでいるのでしょうか?
ちぇん:
例えば信頼につながる「元気に挨拶をする」とか「レスポンスを即座にする」といった基本的なコミュニケーションから、技術的には「1日で機能を作成するなどのスピード感ある開発」「言われる前に気を利かせて必要な機能を作っておく」など実際のフィードバックをもとに設計しています。
佐藤:
エンジニアが直接ユーザーヒアリングをするというなかなか慣れない機会が多い私たちのチームでこそ、すぐにそのシートを取り入れたいです。技術力を磨くだけでなく、それをどう信頼に変えるか。その視点こそが、エンジニアの市場価値を高める鍵となりますね。本日は多くの学びをありがとうございました!
技術力×顧客視点= 代替不可能なエンジニアへ
今回の対談を通して見えてきたのは、「エンジニアリングを価値に変えるための姿勢」でした。
あなたの技術は、誰のどんな「ジョブ」を解決できるでしょうか?目の前のコードの向こう側にいる「人」や「市場」を想像することから、エンジニアとしての次のステージが始まります。
私も今、社会課題をGIFTech事業で取り組んでいる中で、伝統工芸の職人さんのジョブから、浅草との共創へと思いもよらぬ出会いや発展を目の当たりにしています。
ひとつひとつに向き合い続ける姿勢を今後もモノ創り、エンジニアリングを通して学び続けていきます。
私たちの挑戦の裏側は、今後ドキュメント映像として公開予定です。ぜひ、GIFTechのXアカウント(@GifTech_ch)をフォローして、私たちの冒険の続きを見守ってください。




