こんにちは!前回の記事で、LLM(大規模言語モデル)が「賢い脳」であることを学びましたね。
LLMは非常に強力な技術ですが、実はいくつかの「弱点」も持っています。
- ハルシネーション(幻覚): まるで事実のように、もっともらしい嘘やデタラメな情報を生成してしまうことがある。
- 知識の限界: 学習した時点までの情報しか知らないため、最新の出来事や、学習データに含まれていない専門的な知識(例えば、あなたの会社の内部資料など)については答えることができない。
これらの弱点を克服し、LLMをより実用的で信頼性の高いものにするために登場したのが、今回のテーマである RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成) という技術です。
この記事を読めば、RAGがどのような仕組みでLLMを強化し、私たちの知りたい情報に正確に答えることを可能にするのかを理解できるでしょう。
目次
- はじめに:LLMの「弱点」とRAGの必要性
- RAGって、具体的に何をするの?
- 「Retrieval(検索)」って?
- 「Augmented(拡張/補強)」って?
- 「Generation(生成)」って?
- RAGの仕組み:ステップ・バイ・ステップ
- RAGのここがすごい!メリットを解説
- RAGにも課題はある?考慮すべき点
- まとめ:RAGが拓くLLM活用の新時代
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1. はじめに:LLMの「弱点」とRAGの必要性
前回の記事で触れたように、LLMは膨大なデータから言語のパターンを学習し、非常に流暢で自然な文章を生成できます。しかし、その「賢さ」には限界があります。
- 事実を「知らない」ことによるハルシネーション: LLMは事実を記憶しているのではなく、あくまで学習したデータから「次に続く可能性の高い単語」を予測しているため、時には事実に基づかない「もっともらしい文章」を作り出してしまうことがあります。これがハルシネーションと呼ばれる現象です。
- 知識の「鮮度」と「専門性」の不足: LLMの知識は、トレーニングされた時点のデータに限定されます。そのため、最新のニュースや、特定の企業・組織の内部資料といった専門的・固有の情報については答えることができません。
これらの問題を解決し、LLMの回答の 正確性と信頼性を高めるために考案されたのがRAGです。RAGは、LLMが回答を生成する前に、外部の知識ベースから関連性の高い情報を「検索(Retrieval)」し、その情報をLLMに「補強(Augmented)」して回答を「生成(Generation)」させる 手法です。
2. RAGって、具体的に何をするの?
RAGは、その名の通り3つの要素から成り立っています。
「Retrieval(検索)」って?
ユーザーから質問があったとき、RAGはまず 「関連性の高い情報」 を外部のデータベースやドキュメント、ウェブサイトなどから探し出してきます。
例えるなら、あなたが「〇〇について教えて」と質問したときに、LLMが直接回答するのではなく、 まず図書館(=外部データベース)に行って、質問に関連する本をいくつか探し出してくる ようなイメージです。
この「探し出す」プロセスには、最近注目されている 「ベクトル検索」 という技術がよく使われます。これは、文章の意味を数値のベクトル(埋め込みベクトル)に変換し、質問のベクトルと意味的に最も近い文章を高速に探し出す技術です。
「Augmented(拡張/補強)」って?
検索で見つけ出した関連情報を、ユーザーの質問と一緒にLLMに渡すことで、LLMが回答を生成する際の 「材料」 として提供します。
これは、LLMという「賢い脳」に、事前に図書館で探し出した「参考資料」を渡して、「これらの資料を参考にして、質問に答えてね」と指示するようなものです。
LLMは、自分自身の学習済みの知識に加えて、この「補強された情報」を基に回答を生成するため、より正確で信頼性の高い答えを出せるようになります。
「Generation(生成)」って?
最後に、補強された情報を受け取ったLLMが、その情報を参照しながら、ユーザーの質問に対する 自然で適切な回答を生成 します。
これにより、LLMは単に学習データに基づいて「推測」するのではなく、 確かな「根拠」に基づいて回答する ことができるようになるのです。
3. RAGの仕組み:ステップ・バイ・ステップ
RAGが具体的にどのように動作するのかを、ステップごとに見ていきましょう。
【ステップ1:知識ベースの準備(データのインデックス化)】
- まず、LLMに回答させたい 「独自の知識ベース」 (例:企業の社内マニュアル、製品仕様書、WebサイトのFAQ、ニュース記事など)を用意します。
- これらの長い文書を、意味的に区切りの良い 「小さなチャンク(塊)」 に分割します。
- 各チャンクの内容を、 「埋め込みベクトル(Embedding Vector)」 と呼ばれる数値の羅列に変換します。このベクトルは、そのチャンクの意味や内容を表しています。
- これらの埋め込みベクトルを、 「ベクトルデータベース」 や専用のインデックスに保存します。これにより、高速に類似する情報を検索できるようになります。
【ステップ2:ユーザーからの質問の受け取り】
- ユーザーがLLMに質問を投げかけます。(例:「弊社の2024年Q1の売上は?」)
【ステップ3:関連情報の検索(Retrieval)】
- ユーザーの質問も同様に埋め込みベクトルに変換されます。
- その質問ベクトルと、ステップ1で準備したベクトルデータベース内のチャンクのベクトルを比較し、 意味的に最も関連性の高いチャンク(情報) を複数件探し出します。
【ステップ4:LLMへの情報入力(Augmentation)】
- 探し出された関連情報(チャンク)が、ユーザーの元の質問とともに、LLMへの プロンプト(指示文) として組み込まれます。
- 例: 「以下の情報に基づいて、質問に答えてください。 [情報A: 2024年Q1の売上は〇〇です。] [情報B: 2024年Q1の製品Xの販売数は△△です。] 質問: 弊社の2024年Q1の売上は?」
【ステップ5:LLMによる回答生成(Generation)】
- LLMは、この「プロンプト」を受け取ります。LLMは、自身の持つ一般的な言語知識と、プロンプトに含まれる 具体的な関連情報 を組み合わせて、質問に対する最適な回答を生成します。
この一連のプロセスにより、LLMは 「外部の最新情報や特定の情報源を参照しながら」 、正確な回答を生成することが可能になります。
4. RAGのここがすごい!メリットを解説
RAGを導入することで、LLMの活用において以下のような大きなメリットが得られます。
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回答の正確性・信頼性の向上:
- LLMが「知っている」情報だけでなく、 提供された確かな根拠 に基づいて回答するため、ハルシネーションを大幅に抑制し、信頼性の高い答えを提供できます。
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最新情報の活用:
- 知識ベースを更新するだけで、LLMの再学習(ファインチューニング)をすることなく、 常に最新の情報を回答に反映 させることができます。
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特定のドメイン知識の利用:
- 企業内部の非公開情報や、特定の専門分野の文書など、LLMの学習データには含まれていない 固有の知識 を回答に活用できるようになります。
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コスト効率の良さ:
- LLM全体を再学習させる「ファインチューニング」は非常に高いコストと専門知識が必要ですが、RAGは既存のLLMをそのまま利用し、知識ベースの管理・更新で対応できるため、比較的 低コストで柔軟 に運用できます。
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情報の透明性:
- 回答の根拠となった情報源(例:どのドキュメントのどの部分を参照したか)を示すことで、ユーザーが回答の 信頼性を確認 しやすくなります。
5. RAGにも課題はある?考慮すべき点
RAGは非常に強力な技術ですが、もちろん万能ではありません。
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検索の精度:
- ユーザーの質問に対して、適切な関連情報を正確に探し出せるかが回答の品質を大きく左右します。検索精度が低いと、不正確な回答につながります。
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チャンクの分割方法:
- 元となる文書をどのように小さなチャンクに分割するか(サイズ、オーバーラップなど)が重要です。これが不適切だと、必要な情報が欠けたり、文脈が失われたりすることがあります。
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知識ベースの管理:
- 利用する情報源が多岐にわたる場合、その更新や管理(情報の鮮度維持、重複排除など)が複雑になることがあります。
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レイテンシ(応答時間):
- 質問のたびに検索処理が入るため、LLM単体で回答するよりも応答時間がわずかに長くなる可能性があります。
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プロンプトの設計:
- 検索結果とユーザーの質問をLLMに効果的に伝えるプロンプトの設計が重要です。
これらの課題を解決するため、RAGの技術は日々進化を続けています。
6. まとめ:RAGが拓くLLM活用の新時代
RAGは、LLMの「賢い脳」に 「正確な情報源を参照する能力」 を与えることで、ハルシネーションを抑制し、最新情報や専門的な知識を回答に反映させる画期的な技術です。
これにより、LLMは単なる便利な文章生成ツールから、 ビジネスや研究、教育など、より高い信頼性が求められる様々な領域で活用できる「根拠に基づいた情報提供者」 へと進化しました。
RAGは、LLMの実用化を大きく推進する上で不可欠な技術であり、私たちの情報アクセスや意思決定の方法を大きく変える可能性を秘めています。ぜひ、皆さんもRAGの仕組みを理解し、その進化と可能性に注目してみてください。