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【解説】ビジネス現場で陥りがちなよくある誤謬の具体例と対策

Last updated at Posted at 2025-06-12

はじめに

「誤謬(ごびゅう)」 とは、正しそうに見えるけれど、実は間違っている考え方や推論のことです。
有名なものでいうと「真のスコットランド人論法」や「ストローマン論法」があります。

誤謬は人間の自然な発想から出てくるものが多いです。

なので、使われた時に騙されないように、また、自分の思考や主張が誤謬に陥らないように知っておく必要があります。

今回は、統計データや様々な立場の人が出てくる製造業を例にして解説します。

元ネタ

以下の構造で解説します。

  • 名前
  • 解説
  • 使用例
  • 対策

形式的誤謬

形式的誤謬は、議論の構造や形式そのものに欠陥があるために生じる誤りです。前提が正しくても、結論を導き出すプロセスに論理的な飛躍があるため、結論は正当化されません。

蓋然性への訴え

(Appeal to probability)

解説

「おそらくこうだろう」「こうなる可能性が高い」という確率的な話を、「絶対にこうだ」「間違いなくこうなる」と断定的な結論にすり替えてしまう誤りです。可能性と確実性を混同しています。

使用例

部長:「この新しい生産方式を導入すれば、生産性が10%向上する可能性が高いという試算が出ている。だから、導入すれば確実に会社の利益は上がるんだ。」

担当者:「部長、それはあくまでシミュレーション上の『可能性』ですよね?予期せぬトラブルで、逆にコストが増加するリスクも考慮すべきでは…」

部長:「可能性が高いと言っているんだから、成功するに決まっているじゃないか!」

対策

「可能性が高い」ことと「確実である」ことは全く違うと認識することが重要です。議論の際には、「どの程度の確率なのか?」「確実でないなら、どのようなリスクがあるのか?」と問いかけ、不確実性を具体的に評価する姿勢が求められます。

誤謬に基づく論証

(Argument from fallacy / Fallacy fallacy)

解説

相手の主張の「理由づけ」が間違っていることを指摘し、「だから、その主張の『結論』自体も間違っている」と決めつけてしまう誤りです。理由が下手でも、結論は偶然正しいというケースもあり得ます。

使用例

ベテラン社員A:「新しい機械を導入すべきだ。なぜなら、俺の長年の勘がそう言っているからだ。」

若手社員B:「(Aさんの理由は『勘』というだけで論理的じゃないな…)Aさんの主張には根拠がありません。したがって、新しい機械を導入すべきではない、という結論でよろしいですね。」

対策

相手の議論のプロセス(理由づけ)と結論を分けて評価しましょう。「その理由は確かに不適切ですが、結論の正しさについては、別の角度から検討しませんか?」と提案することで、建設的な議論を続けることができます。

基本比率の誤謬

(Base rate fallacy)

解説

全体の状況(基本比率)を無視して、目の前の目立つ情報だけで判断してしまう誤りです。例えば、非常に珍しい病気の検査で「陽性」と出ても、検査の誤診率を考えれば、本当に病気である確率は意外と低い、といったケースがこれにあたります。

使用例

品質管理者:「この新しい検査装置は、不良品を99%の精度で検出できます。今、この装置が製品Xを『不良品』と判定しました。したがって、この製品Xは99%の確率で不良品です。」

(しかし、この工場での不良品発生率(基本比率)はもともと0.1%しかないため、良品を誤って不良品と判定している可能性の方が高いかもしれない、という視点が抜けている。)

対策

判断を下す前に、「そもそも、このような事象はどのくらいの頻度で起こるのか?」という基本比率(ベースレート)を確認する癖をつけましょう。特に統計データや確率を扱う際には、この視点が不可欠です。

連言錯誤

(Conjunction fallacy)

解説

二つの条件が同時に起こる(AかつB)確率よりも、一つの条件だけが起こる(A)確率の方が高いはずなのに、話が具体的で「ありそう」に聞こえるため、前者の確率の方が高いと錯覚してしまう誤りです。

使用例

マネージャー:「次のプロジェクトリーダーは、A案『優秀なエンジニア』よりも、B案『優秀なエンジニアで、かつコミュニケーション能力も高い人物』の方が成功確率が高そうだ。」

(実際には、「優秀なエンジニア」という集合の中に「優秀でコミュ力も高いエンジニア」が含まれるため、B案に当てはまる人物の方が少なく、確率は低くなる。)

対策

条件が増えれば増えるほど、それに該当する人やモノの数は減り、確率は低くなる、という論理の基本を忘れないようにしましょう。話が具体的でイメージしやすいほど、この罠に陥りやすいため注意が必要です。

非連関の誤謬

(Non sequitur)

解説

「前提」と「結論」の間に論理的なつながりが全くない、話が飛躍している議論のことです。「風が吹けば桶屋が儲かる」を、途中の説明なしに結論づけてしまうようなものです。

使用例

工場長:「最近、社員食堂のメニューが改善されて評判が良い。だから、今月の生産目標も達成できるだろう。」

(食堂の評判と生産目標の達成には、直接的な論理関係がない。)

対策

相手の主張に対して「なぜ、その前提からその結論が導かれるのですか?」と、前提と結論の間の「論理的な橋渡し」を説明してもらうことが有効です。自分が主張する際も、両者がきちんと繋がっているかセルフチェックしましょう。

仮面の男の誤謬

(Masked-man fallacy)

解説

「私が知っているAはXという性質を持っている。BはXという性質を持っていない(と私は思っている)。したがって、AとBは同一のものではない」と結論づける誤りです。自分の知識の範囲だけで、対象の同一性を判断してしまいます。

使用例

担当者A:「私が知っている『高強度特殊鋼』は、磁石につくはずだ。今、目の前にあるこの金属は磁石につかない。だから、これは『高強度特殊鋼』ではない。」

(実際には、その担当者が知らないだけで、磁石につかないタイプの『高強度特殊鋼』も存在するかもしれない。)

対策

「自分が知らないだけかもしれない」「自分の知識は完全ではない」という謙虚な姿勢が重要です。知らない性質があったからといって、すぐに「別物だ」と断定せず、「他にどのような可能性があるか」を調査・確認するべきです。


命題的誤謬

複合的な命題(「AかつB」「AまたはB」「もしAならばB」など)の扱い方を間違えることで生じる誤りです。

選言肯定

(Affirming a disjunct)

解説

「AかBのどちらかが正しい。そしてAは正しい。だからBは間違っている」と結論づけてしまう誤りです。「AかBか」という言葉が、「両方正しい」という可能性を排除しているとは限りません。

使用例

リーダー:「今回の納期遅れの原因は、『設計部の遅れ』か『製造部の作業ミス』のどちらかだ。調査の結果、設計部に遅れがあったことが判明した。これで原因は特定できたので、製造部には問題がなかったということだな。」

(実際には、設計部が遅れた上に、製造部もミスをしていた、という複合的な原因の可能性を無視している。)

対策

「AまたはB」という表現が出てきたとき、それが「AとBのどちらか一方のみ」を意味するのか、それとも「少なくとも一方は正しい(両方も含む)」を意味するのかを明確にしましょう。安易に他の可能性を排除しないことが重要です。

後件肯定

(Affirming the consequent)

解説

「もしAならばBが起こる」というルールがあるとき、「Bが起こった。だから原因はAに違いない」と決めつけてしまう誤りです。Bが起こる原因は、A以外にも存在するかもしれません。

使用例

現場監督:「もし機械が故障したら、警告ランプが点灯する。今、警告ランプが点灯している。だから、機械が故障したに違いない!」

(実際には、センサーの誤作動や配線の問題でランプが点灯しただけで、機械自体は故障していないかもしれない。)

対策

ある結果(B)が起きたとき、その原因(A)を一つに決めつけず、「他に同じ結果を引き起こす原因はないか?」と多角的に可能性を探る姿勢が大切です。

前件否定

(Denying the antecedent)

解説

「もしAならばBが起こる」というルールがあるとき、「Aではなかった。だからBも起こらないはずだ」と決めつけてしまう誤りです。A以外の原因によってBが起こる可能性を無視しています。

使用例

生産管理者:「もしA部品の供給が止まれば、生産ラインは停止する。A部品は問題なく供給されている。だから、今日ラインが停止することはないだろう。」

(実際には、B部品の欠品や、作業員の急病など、他の原因でラインが停止する可能性はある。)

対策

これも後件肯定と同様に、原因と結果の関係が「一対一」であるとは限らないことを理解するのが重要です。「AがなくてもBが起こる可能性はないか?」と自問することで、この誤りを避けられます。


量化の誤謬

「すべての」「ある(一部の)」といった量を示す言葉(量化子)の扱いを間違えることで生じる誤りです。

存在的誤謬

(Existential fallacy)

解説

「すべてのAはBである」という一般的なルール(前提)から、「だから、Aであるようなものが現実に存在する」という特称の結論を導き出してしまう誤りです。前提が単なる定義や規則を述べているだけで、該当するものが実在するとは限りません。

使用例

安全規則:「すべての『レベル5』の緊急事態においては、全従業員は直ちに避難しなければならない。」

新人:「なるほど。ということは、過去に『レベル5』の緊急事態が実際に発生したことがあるんですね?」

(この規則は、万が一の場合に備えたものであり、実際に過去に発生したことを意味するわけではない。)

対策

一般的なルールや定義と、具体的な存在を区別して考えましょう。「すべてのAはB」という主張が、単なる仮定やルールなのか、それとも実在するAについて述べているのかを確認することが重要です。


形式的三段論法の誤謬

三段論法(例:AはBである。BはCである。ゆえにAはCである。)の形式を踏んでいるように見えて、論理的に破綻している議論のパターンです。

否定的前提からの肯定的結論

(Affirmative conclusion from a negative premise)

解説

前提に「~ではない」という否定的なものが一つでもあるのに、「~である」という肯定的な結論を導き出してしまう誤りです。

使用例

「うちの部署の人間は、誰も競合のX社出身ではない。そして、X社出身者は、このプロジェクトのリーダーにはなれない。したがって、うちの部署の人間は、全員がこのプロジェクトのリーダーになれる。」

(前提が否定的であるため、誰がリーダーになれるかという肯定的な結論は導けない。)

対策

三段論法において、前提に一つでも否定形(~ではない)があれば、結論も否定形(~ではない)になるか、あるいは何も結論できない、と覚えておきましょう。

排他的前提の誤謬

(Exclusive premises)

解説

二つの前提が両方とも「~ではない」という否定的なものである場合、そこからは何も有効な結論は導き出せません。

使用例

「営業部の人間は、誰も技術的な設計はできない。そして、技術的な設計ができない人は、この新製品開発チームには参加できない。」

(この二つの前提から、「営業部の人間がどうなるか」について、何も確かなことは言えない。)

対策

否定的な前提が二つ続いたら、そこから論理的な結論を導き出すことはできない、と判断しましょう。

四個概念の虚偽

(Fallacy of four terms)

解説

三段論法は、A、B、Cの三つの概念(言葉)を使って結論を導きます。しかし、一見三つのように見えて、実は四つの概念が使われているために、議論が成立しなくなっている状態です。特に、同じ言葉が異なる意味で使われる「曖昧な媒概念」が原因で起こることが多いです。

使用例

「優れたリーダーは、『カネ』の問題を解決できる。この新プロジェクトには多くの『カネ』が必要だ。したがって、優れたリーダーがいれば、このプロジェクトは成功する。」

(一つ目の『カネ』は「資金繰りや財務管理のスキル」を指し、二つ目の『カネ』は「単純な予算や資金そのもの」を指している。意味が違うため、論理がつながらない。)

対策

議論で使われているキーワードが、すべての文脈で同じ意味で使われているかを確認しましょう。もし意味がズレている可能性があるなら、その定義を明確にするよう求めることが重要です。

不正な大概念 / 不正な小概念

(Illicit major / Illicit minor)

解説

三段論法において、前提では一部分についてしか語られていない概念(非分配)が、結論では全体について語られる概念(分配)にすり替わってしまう誤りです。

使用例(不正な大概念)

「すべての製造部の社員(A)は、当社の従業員(B)である。営業部の社員(C)は、誰も製造部の社員(A)ではない。したがって、営業部の社員(C)は、誰も当社の従業員(B)ではない。」

(前提では「当社の従業員」の一部として製造部が語られているだけなのに、結論では「当社の従業員」全体から営業部を排除してしまっている。)

対策

この誤謬は非常に専門的で、日常会話で見抜くのは困難です。しかし、「部分の話が、いつの間にか全体の話にすり替わっていないか?」という視点を持つことで、似たような論理の飛躍に気づくことができます。

肯定的前提からの否定的結論

(Negative conclusion from affirmative premises)

解説

前提が二つとも「~である」という肯定的なのに、「~ではない」という否定的な結論を導き出してしまう誤りです。

使用例

「すべての熟練工は、高い技術を持っている。うちのチームのメンバーは、全員が熟練工だ。したがって、うちのチームのメンバーは、誰もミスをしない。」

(「ミスをしない」という否定的な結論は、肯定的な前提からは導き出せない。)

対策

肯定的な情報だけから、何かを否定する結論を導こうとしている議論には注意が必要です。「なぜ、そうでないと言えるのか?」と根拠を問いましょう。

非分配中概念の誤謬

(Fallacy of the undistributed middle)

解説

「AはCである。BもCである。だからAはBである」という形式の、よくある間違いです。AとBが、Cという共通のグループに属しているというだけで、AとBが同じものだと結論づけています。

使用例

「優秀なチームは、朝礼を毎日行っている。我々のチームも、朝礼を毎日行っている。したがって、我々のチームは優秀なチームだ。」

(朝礼を行うチームがすべて優秀とは限らない。)

対策

「AとBに共通点Cがある」からといって、「AとBは同じだ」と安易に結論づけないことです。「他にもCを持つものがたくさんあるのではないか?」と考えることで、この誤りを防げます。

様相の誤謬

(Modal fallacy)

解説

「必要条件(それがないと始まらない)」と「十分条件(それさえあればOK)」を混同してしまう誤りです。

使用例

上司:「プロジェクトを成功させるには、十分な予算が必要だ。今回、十分な予算を確保した。だから、このプロジェクトは成功するに違いない。」

(予算は成功のための「必要条件」かもしれないが、それだけで成功が保証される「十分条件」ではない。優れた人材や計画など、他の要素も必要。)

対策

「~が必要だ」という言葉が出てきたら、それが「最低限必要な条件(必要条件)」なのか、それとも「それさえあれば十分な条件(十分条件)」なのかを区別して考えることが重要です。「それ以外に必要なものはないか?」と問いかける習慣をつけましょう。

様相スコープの誤謬

(Modal scope fallacy)

解説

「可能性がある」という話が、いつの間にか「必然である(絶対にそうなる)」という話にすり替わってしまう誤りです。

使用例

「この部品は、高い負荷がかかると破損する可能性がある。」

(解釈がすり替わる)

「この部品は、必然的に破損する運命にある。」

対策

「可能性がある」という言葉と「必然である」という言葉を明確に区別しましょう。可能性の議論をしているときに、誰かが「つまり、絶対にこうなるということですね?」と話を飛躍させようとしたら、「いえ、あくまで可能性の話です」と訂正することが重要です。



非形式的誤謬

非形式的誤謬は、議論の形式ではなく、その内容(前提の信頼性、言葉の使い方、感情への訴えかけなど)に問題があるために生じる誤りです。論理的には正しく見えても、前提が間違っていたり、論点がずれていたりします。

信じがたさに基づく議論

(Argument from incredulity)

解説

自分が理解できない、あるいは信じられないという理由だけで、「その主張は間違っているに違いない」と結論づける誤りです。自分の想像力の限界を、世界の限界と混同しています。

使用例

ベテラン技術者:「AIが自動で製品設計を行うなんて、信じられるか。そんな複雑なことができるわけがない。だから、AI設計システムへの投資は無駄だ。」

対策

「自分には信じられない」という感情と、「その主張が客観的に間違っている」という事実を区別しましょう。未知の技術や複雑な事象に対しては、安易に否定せず、「どうすればそれが可能になるのか」という視点で情報を集めることが重要です。

中庸に訴える論証

(Argument to moderation)

解説

二つの対立する意見があるとき、その中間を取れば最も良い解決策になるだろう、と安易に考えてしまう誤りです。どちらか一方が完全に正しく、もう一方が完全に間違っている可能性を無視しています。

使用例

営業部:「納期は1週間でお願いしたい!」
製造部:「いや、どう頑張っても3週間はかかります!」
マネージャー:「わかった。じゃあ、間を取って2週間にしよう。これで公平だろう。」
(2週間で品質を保って製造できるのか、という客観的な根拠が無視されている。)

対策

中間の選択肢が常に最適とは限りません。それぞれの主張の根拠となる事実やデータに基づいて、最も合理的な解決策を議論すべきです。「なぜその期間が必要なのか」「短縮するとどんなリスクがあるのか」といった本質的な問いかけが重要です。

連続性の誤謬

(Continuum fallacy / Sorites paradox)

解説

明確な境界線が引けないことを理由に、「そもそも違いなんて存在しない」と主張する誤りです。「どこからが『不良品』なのか」という明確な線引きが難しいからといって、「不良品と良品に差はない」と結論づけるような論法です。

使用例

「この製品の傷、長さ1mmなら許容範囲だ。じゃあ1.1mmも大差ないだろう。なら1.2mmも…。だから、この程度の傷は問題ないと見なすべきだ。」

対策

程度の差が、積み重なることで本質的な差になることを認識しましょう。境界線が曖昧な場合でも、実用上の基準(規格やルール)を設けて合意することが現実的な対策となります。「どこかで線を引く必要がある」という前提で議論を進めることが重要です。

相関関係に基づく誤謬

抑圧された相関関係

(Suppressed correlative)

解説

比較対象を自分に都合よく再定義することで、自分を正当化する誤りです。

使用例

「うちの部署の残業時間は、業界トップのA社よりは短い。だから、うちの部署は『働きすぎ』ではない。」
(業界平均や他の多くの会社と比較すれば「働きすぎ」かもしれないのに、A社という極端な例だけを比較対象にしている。)

対策

比較対象が公正に選ばれているかを確認しましょう。一つの例だけでなく、複数の適切な比較対象(業界平均、過去のデータなど)と照らし合わせることで、より客観的な評価が可能になります。

定義者の誤謬

(Definist fallacy)

解説

議論で使われる言葉を、自分に有利なように、あるいは感情的に偏った形で定義して、相手の反論を封じようとする誤りです。

使用例

「本当の『チームワーク』とは、上司の指示に黙って従うことだ。だから、君のように異議を唱える人間はチームワークを乱している。」
(『チームワーク』という言葉を、一方的に都合よく定義している。)

対策

議論で使われている重要なキーワードの定義が、一般的かつ中立的かを確認しましょう。もし相手が特殊な定義を使っている場合は、「その定義の根拠は何ですか?」と問いかけ、共有できる定義から議論を再開することが有効です。

神の誤謬

(Divine fallacy)

解説

ある事象が非常に複雑で驚くべきものであるため、「これは人間の力では不可能だ。きっと神のような超越的な存在が作ったに違いない」と結論づけてしまう誤りです。「信じがたさに基づく議論」の一種です。

使用例

「この超精密な部品の構造を見てみろ。まるで芸術品だ。これは偶然や計算だけで作れるものではない。熟練工の『神の領域』の技があったからこそ完成したんだ。」
(実際には、高度な計算、シミュレーション、最新の加工技術の賜物かもしれないのに、それを神秘的な力に帰している。)

対策

未知や驚異に対して、安易に超自然的な説明や神秘的な説明に飛びつかないようにしましょう。科学的、論理的な説明が可能かどうかを、粘り強く探求する姿勢が重要です。

二重計算

(Double counting)

解説

確率やリスクなどを評価する際に、同じ項目を別物として複数回カウントしてしまい、結果を不当に大きく見せてしまう誤りです。

使用例

プロジェクトのリスク評価会議にて:
「このプロジェクトのリスクは大きい。まず『①部品の納期遅延リスク』が20%。それに伴う『②生産計画の変更リスク』が15%。さらに『③顧客への納品遅延リスク』が25%。合計すると60%ものリスクがある!」
(①、②、③は互いに強く関連しており、独立したリスクとして単純に足し合わせるのは二重(三重)計算である。)

対策

評価項目が互いに独立しているか、それとも従属関係にあるかを確認することが重要です。特に確率やリスクを足し合わせる際には、重複してカウントしていないかを慎重にチェックする必要があります。

曖昧さ

(Equivocation)

曖昧な媒概念

(Ambiguous middle term)

解説

三段論法の中で、中心となる言葉(媒概念)が複数の意味で使われることで、論理が破綻する誤りです。「四個概念の虚偽」と同じです。

使用例

「『良い仕事』は、人を幸せにする。我が社は社会に『良い仕事』を提供している。したがって、我が社の社員は皆幸せなはずだ。」
(最初の『良い仕事』は「やりがいのある労働」を、二番目の『良い仕事』は「質の高い製品やサービス」を指しており、意味が違う。)

対策

キーワードが一貫して同じ意味で使われているかを確認しましょう。少しでも曖昧さを感じたら、「ここでの『〇〇』とは、具体的にどういう意味ですか?」と定義を明確にすることが有効です。

定義の後退

(Retreating definition)

解説

自分の主張が反論されたときに、言葉の定義を後から変えて(後退させて)批判をかわそうとする誤りです。一種の「ゴールポストの移動」です。

使用例

A:「うちの製品は絶対に壊れない『頑丈さ』が売りだ。」
B:「でも、この前のテストで壊れましたよね?」
A:「いや、私が言った『頑丈さ』とは、通常の使用環境での話だ。あのような過酷なテスト環境は想定していない。だから私の主張は間違っていない。」

対策

最初に使われた言葉の定義を記録しておくか、記憶しておくことが重要です。相手が定義を変えようとしたら、「先ほどはこういう意味で使っていませんでしたか?」と指摘し、議論の一貫性を保つよう促しましょう。

塁と城郭の誤謬

(Motte-and-bailey fallacy)

解説

まず主張しやすく論争的な意見(城郭)を述べ、それが攻撃されたら、誰もが受け入れやすい安全な意見(塁)に後退して、「私はずっとこちらのことを言っていた」と主張する誤りです。

使用例

A:「我が社は『世界を変える革新的な技術』を開発すべきだ!(城郭)」
B:「そんなの、リスクが高すぎて非現実的ですよ。」
A:「いやいや、私が言いたいのは、常に『改善意識を持つことが重要だ』ということだよ。(塁)」
(論点を、過激なものから当たり障りのないものにすり替えている。)

対策

相手が主張をすり替えたことを明確に指摘しましょう。「最初にあなたが主張していたのは、もっと具体的な『革新的技術の開発』についてでしたよね? なぜ話が一般的な『改善意識』に変わったのですか?」と問いかけ、元の論点に戻すことが重要です。

強調の虚偽

(Fallacy of accent)

解説

文章のどの部分を強調するかによって、聞き手の印象を操作し、本来の意図とは違う意味に解釈させてしまう誤りです。

使用例

上司からのメール:「明日の会議には、絶対に遅れないように。」
(普通に読めば「時間厳守」の指示。)

悪意のある解釈をする同僚:「『絶対に』を強調しているってことは、俺たちがいつも遅刻すると思ってるってことか?信用されてないな。」

対策

文脈全体から意図を読み取ることが重要です。一部分の強調だけに注目して、全体の意味を歪めて解釈しないように注意しましょう。自分が発信する際も、誤解を招くような不必要な強調は避けるべきです。

説得的定義

(Persuasive definition)

解説

中立的なふりをしながら、実際には感情的・主観的に偏った定義を用いることで、聞き手を自分の結論に誘導しようとする誤りです。「定義者の誤謬」と似ています。

使用例

「真の『イノベーション』とは、破壊と創造を伴う痛みを乗り越えて初めて達成されるものである。したがって、現在の安定志向の経営方針は、イノベーションとは呼べない。」
(『イノベーション』に「痛み」という感情的な要素を付け加えることで、現状を否定している。)

対策

提示された定義に、感情的な言葉や価値判断を含む言葉が使われていないか注意しましょう。「それはあなたの主観的な定義ではありませんか?もっと中立的な定義で話しましょう」と提案することが有効です。

生態学的誤謬

(Ecological fallacy)

解説

ある集団全体のデータや傾向を、その集団に属する個々のメンバーにもそのまま当てはめてしまう誤りです。「集団の平均」が「個人の性質」と同じとは限りません。

使用例

「統計によると、A工場はB工場よりも従業員の平均年齢が高い。だから、今A工場で会った山田さんは、B工場で働く佐藤さんよりも年上に違いない。」
(集団の平均はそうでも、個々の山田さんと佐藤さんの年齢は逆かもしれない。)

対策

集団に関するデータと個人に関する事実を混同しないようにしましょう。「平均ではこうですが、個人レベルでは様々です」と、集団の傾向と個人の特性を分けて考えることが重要です。

語源的誤謬

(Etymological fallacy)

解説

言葉の語源や本来の意味が、現在の意味と同じであるはずだと考えてしまう誤りです。言葉の意味は時代と共に変化します。

使用例

「『管理(manage)』という言葉の語源は、『(馬などを)手で扱う』という意味だ。だから、部下を管理するということは、手足のように意のままに動かすことなのだ。」
(現代における『管理』は、動機付けや育成など、より複雑な意味合いを含んでいる。)

対策

言葉の現在の使われ方や文脈を重視しましょう。語源は知識としては面白いかもしれませんが、それが現在の意味を決定づけるわけではありません。「現在、この言葉は一般的にどういう意味で使われていますか?」と問いかけることが有効です。

合成の誤謬

(Fallacy of composition)

解説

「部分にとって正しいことは、全体にとっても正しいはずだ」と考えてしまう誤りです。ミクロの視点では正しくても、マクロの視点では成り立たないことがあります。

使用例

「うちの部署のAさんが残業すれば、Aさんの仕事は片付く。Bさんが残業すればBさんの仕事が片付く。だから、部署の全員が残業すれば、部署全体の仕事がすべて片付くに違いない。」
(全員が残業すると、かえって連携が悪くなったり、疲労でミスが増えたりして、全体の効率は下がるかもしれない。)

対策

部分の合計が、必ずしも全体の最適解になるとは限らないことを理解しましょう。「個々の視点では正しいですが、全体として見たときに何か問題は起きませんか?」と、視点を切り替えて問いかけることが重要です。

分割の誤謬

(Fallacy of division)

解説

「合成の誤謬」の逆で、「全体にとって正しいことは、その部分にとっても正しいはずだ」と考えてしまう誤りです。

使用例

「我が社は、業界でもトップクラスの利益を上げている優良企業だ。だから、我が社に所属している社員は、全員が優秀で裕福なはずだ。」
(会社全体が優良でも、個々の社員の能力や待遇は様々である。)

対策

全体の性質が、その構成要素すべてに当てはまるわけではないことを理解しましょう。「会社全体としてはそうですが、個々の部署や社員の状況は異なります」と、全体と部分を区別して考えることが重要です。

虚偽の帰属

(False attribution)

解説

自分の主張を正当化するために、無関係な権威や、不確かな情報源、あるいは捏造した情報源を引用する誤りです。

使用例

「この新しいマーケティング手法は絶対に成功する。かの有名な経営学者ドラッカーも、『これからの時代はこれだ』と言っていたらしい。」
(「~らしい」という伝聞で、出典が不明確。)

対策

引用された情報源が信頼できるものか、具体的に誰が、いつ、どこで述べたのかを確認するよう求めましょう。「その情報の正確な出典を教えていただけますか?」と問いかけることが有効です。

文脈を無視した引用

(Quoting out of context / Contextomy)

解説

相手の発言の一部だけを切り取って、本来の意図とは全く違う意味であるかのように見せかける誤りです。

使用例

品質会議での発言:「この製品は、通常の使用条件下では全く問題ありませんが、極端な高温下では性能が低下する可能性があります。」

報告書での引用:「担当者も『性能が低下する可能性』を認めた。」
(条件を無視して、問題がある部分だけを切り取っている。)

対策

発言や文章の一部だけでなく、その前後の文脈を含めた全体を確認することが重要です。「その発言は、どういう文脈でなされたものですか?」と問いかけ、全体の意図を正しく理解するよう努めましょう。

偽りの権威

(False authority)

解説

専門外の分野であるにもかかわらず、ある人物が有名人や権威者であるという理由だけで、その人の主張を正しいと見なしてしまう誤りです。

使用例

「有名な物理学者の〇〇先生が、この健康食品を『素晴らしい』と推薦している。だから、これは体に良いに違いない。」
(物理学者は健康食品の専門家ではない。)

対策

主張している人物が、その分野の専門家であるかどうかを確認しましょう。専門家の意見であっても、その根拠となるデータや論理を重視する姿勢が大切です。

誤った二分法

(False dilemma / False dichotomy)

解説

実際には他にも多くの選択肢があるのに、「AかBかのどちらかしかない」と、二者択一を強要する誤りです。

使用例

上司:「このプロジェクトを成功させるか、それとも失敗して会社の落ちこぼれになるか、君には二つに一つの道しかないんだぞ!」
(実際には、計画を見直す、応援を頼む、期限を延ばすなど、他の選択肢も存在するはず。)

対策

「本当にその二つしか選択肢はないのでしょうか?」「第三の選択肢はありませんか?」と問いかけ、視野を広げるよう促しましょう。白か黒かではなく、多様な選択肢を検討する姿勢が重要です。

誤った等価関係

(False equivalence)

解説

二つの事柄が、表面的な類似点があるというだけで、本質的にも同等であるかのように論じる誤りです。

使用例

「新人が小さなミスで報告書を書き直すのも、部長が判断を誤って会社に数億円の損害を与えるのも、どちらも同じ『失敗』だ。だから、新人のミスも厳しく追及すべきだ。」
(影響の大きさが全く異なる二つの『失敗』を、同等であるかのように扱っている。)

対策

比較されている二つの事柄の、類似点だけでなく相違点にも目を向けましょう。特に、その重要性や影響度の違いを指摘し、「これらを同等に扱うのは適切ではありません」と反論することが有効です。

フィードバック誤謬

(Feedback fallacy)

解説

フィードバック(評価)をしてくれる人が、本当に公平で客観的な立場なのかを確認せずに、その内容を鵜呑みにしてしまう誤りです。

使用例

Aさん(自分の企画に反対された)が、Bさん(Aさんの友人)に相談する。
Bさん:「君の企画は素晴らしいよ。反対した部長は見る目がないだけさ。」
Aさん:「(友人が言うのだから間違いない)やはり私の企画は正しかったんだ。部長の評価は無視しよう。」
(友人はAさんを慰めるために、客観的ではないフィードバックをしている可能性がある。)

対策

フィードバックを受ける際には、相手の立場や意図(利害関係、個人的な感情など)を考慮に入れることが重要です。複数の、異なる立場の人から意見を求めることで、より客観的な評価を得ることができます。

歴史家の誤謬

(Historian's fallacy)

解説

後から結果を知っている現代の視点で過去の出来事を振り返り、「なぜあの時、こうしなかったのか」と、当時の人々が知り得なかった情報に基づいて批判してしまう誤りです。

使用例

「1980年代の経営陣は、なぜインターネットの可能性に気づいて投資しなかったのか。判断ミスも甚だしい。」
(1980年代当時に、現代と同じレベルでインターネットの将来性を予測することは不可能だった。)

対策

歴史的な出来事や過去の判断を評価する際には、当時の人々が持っていた情報や価値観の範囲内で考えるように努めましょう。「もし自分がその時代、その立場にいたら、どう判断しただろうか?」と想像することが、この誤りを避ける助けになります。

歴史的誤謬

(Historical fallacy)

解説

あるプロセス(手順)を踏んだから、その結果が生まれたのだ、と短絡的に結びつける誤りです。そのプロセスは、結果とは無関係だったかもしれません。

使用例

「我が社は、毎朝全員で社訓を唱和する伝統を続けてきたからこそ、業界トップの地位を築けたのだ。だから、この伝統は絶対にやめてはならない。」
(会社の成功は、技術力やマーケティング戦略など、他の要因によるもので、社訓の唱和は無関係かもしれない。)

対策

相関関係と因果関係を混同しないことが重要です。「そのプロセスが、本当にその結果を引き起こしたという証拠はありますか?」「他に考えられる原因はありませんか?」と問いかけ、真の原因を探求する姿勢が必要です。

ベーコン主義の誤謬

(Baconian fallacy)

解説

個々の細かな事実やデータを大量に集めれば、それだけで「全体の真実」が自動的に見えてくるはずだ、という思い込みです。データを解釈するための仮説や理論の重要性を軽視しています。

使用例

「市場に関するありとあらゆるデータを集めよう。顧客の年齢、性別、購買履歴、ウェブサイトの閲覧履歴…。それらを全部集めて眺めていれば、必ず次のヒット商品のアイデアが浮かぶはずだ。」
(何の目的も仮説もなくデータを集めるだけでは、情報の海に溺れてしまう。)

対策

データを集める前に、「何を明らかにしたいのか?」という目的や仮説を立てることが重要です。仮説に基づいて必要なデータを収集し、分析することで、初めて有益な知見が得られます。

ホムンクルスの誤謬

(Homunculus fallacy)

解説

何かを説明する際に、説明すべき事柄を内包した小さな存在(ホムンクルス=小人)を仮定してしまい、結局何も説明したことにならない循環論法の一種です。

使用例

A:「なぜ、この検査ロボットは不良品を見分けられるのですか?」
B:「それは、ロボット内部の『判断ユニット』が、不良品かどうかを判断しているからです。」
(『判断ユニット』がどうやって判断しているのか、という肝心な部分が説明されていない。)

対策

説明の中に、説明すべき概念そのものが含まれていないかを確認しましょう。「その『〇〇ユニット』は、具体的にどのような仕組みで機能するのですか?」と、さらに掘り下げて質問することで、説明になっていない説明を回避できます。

紛争のインフレ

(Inflation of conflict)

解説

専門家たちの間で、ある些細な点について意見の対立があることを理由に、「その分野全体が信頼できない」「結論は出せない」と主張する誤りです。

使用例

「経済学者たちの間でも、来年の景気予測については意見が分かれている。だから、経済学なんてものは当てにならないし、我々は経営計画を立てること自体が無意味だ。」
(細部で意見が異なっていても、多くの専門家が合意している大きな方向性や原則は存在するかもしれない。)

対策

専門家間の論争が、分野の根本に関わるものなのか、それとも些細な解釈の違いなのかを見極めることが重要です。意見が一致している点と、相違している点を分けて考えることで、過度に悲観的な結論を避けることができます。

ウィスキーがもし

(If-by-whiskey)

解説

あるテーマについて、立場を明確にせず、聞く人によってどちらとも取れるような玉虫色の表現を使って、全ての方面から支持を得ようとするごまかしの論法です。

使用例

新しい人事制度についての社長のスピーチ:
「この制度は、言うなればウィスキーのようなものです。これを活力の源と捉える勤勉な社員にとっては、素晴らしい報酬となるでしょう。一方で、規律の緩みを懸念する人々にとっては、身を引き締める良い機会となるはずです。このように、我々はあらゆる側面を考慮しているのです。」
(結局、この制度が成果主義なのか、年功序列を重視するのか、全く分からない。)

対策

曖昧で感情に訴えるだけの言葉に惑わされず、「具体的にどういうことですか?」「この制度は、AとBのどちらの状況で、どう機能するのですか?」と、具体的な内容や定義を明確にするよう求めましょう。

不完全な比較

(Incomplete comparison)

解説

「AはBより優れている」と主張するだけで、どのような点で、どのくらい優れているのかという重要な情報が欠けている議論です。

使用例

営業トーク:「この新しい工作機械は、従来機よりも『高性能』ですよ!」
客:「具体的に、どの性能が、どのくらい向上したのですか?」
(『高性能』という言葉だけでは、何も伝わらない。)

対策

比較の主張が出てきたら、必ず「比較の基準」と「比較の程度」を問いましょう。「何と比べて?」「どの点で?」「どのくらい?」という3つの質問が有効です。

意図性の誤謬

(Intentionality fallacy)

解説

作者や発言者の「意図」こそが、その作品や発言の唯一絶対の正しい意味である、と主張する誤りです。受け手がどう解釈するかは、意図とは別に存在します。

使用例

部長:「私の指示の意図は、コスト削減だったんだ。君のやり方は、結果的にコストが増えているじゃないか。私の指示を全く理解していない。」
部下:「しかし、部長の指示通りに動いた結果、品質は格段に向上しました。これも一つの成果ではないでしょうか?」
部長:「意図と違うのだから、それは失敗だ。」
(発言者の意図だけが絶対的な評価基準とされている。)

対策

発信者の意図を尊重しつつも、その結果や受け手の解釈にも価値があることを認めましょう。意図と結果が異なった場合には、なぜそうなったのかを分析することが、次の成功につながります。

やかん論法

(Kettle logic)

解説

ある主張を擁護するために、互いに矛盾する複数の理由を、平気で同時に持ち出す誤りです。

使用例

欠陥製品について顧客に言い訳する担当者:
「まず、我々がお貸しした製品は、最初から壊れてなどいませんでした。それに、お貸しした時にはすでに壊れていました。さらに言えば、壊れたのはあなたの使い方が悪かったからです。」
(「壊れていなかった」「すでに壊れていた」「あなたが壊した」という3つの主張は、互いに矛盾している。)

対策

相手が挙げている複数の理由が、互いに両立するものかを確認しましょう。矛盾を指摘し、「一体、どの主張が本当なのですか?」と一つに絞るよう求めることが有効です。

遊戯的誤謬

(Ludic fallacy)

解説

確率論のモデルやゲームのように、ルールが明確で閉じられた世界での考え方を、予測不可能な現実世界にそのまま当てはめてしまう誤りです。現実には「未知の未知」が存在します。

使用例

「過去10年間のデータによれば、この市場で大きなトラブルが起きたことは一度もない。したがって、今後10年間も安泰だろう。」
(過去のデータにはない、全く新しいリスク(例:パンデミック、大規模な技術革新)が出現する可能性を無視している。)

対策

統計データや過去の経験は重要ですが、それが全てではないと認識しましょう。「これまで想定してこなかった、どのようなリスクが考えられるか?」と、常に不確実性や未知の要因について考える姿勢が重要です。

労働塊の誤謬

(Lump of labour fallacy)

解説

社会全体の仕事の量は固定されている(パイが決まっている)という誤った思い込みです。このため、誰かが仕事をすると他の誰かの仕事が奪われる、あるいは効率化を進めると失業者が増える、と考えてしまいます。

使用例

「AIやロボットによる自動化を進めると、その分人間の仕事が奪われて、多くの人が失業してしまう。だから、自動化は慎重に進めるべきだ。」
(自動化によって新しい産業や職業が生まれる可能性を無視している。)

対策

技術革新や効率化が、既存の仕事をなくす一方で、新しい需要や雇用を生み出す可能性があるという、経済のダイナミックな側面を理解することが重要です。短期的な視点だけでなく、長期的な視点で変化を捉えましょう。

マクナマラの誤謬

(McNamara fallacy)

解説

数値化できる定量的な情報(売上、生産数など)だけを重視し、数値化しにくい定性的な情報(従業員の士気、顧客満足度、ブランドイメージなど)を無視して意思決定を行う誤りです。

使用例

経営者:「今期はコストカットを徹底し、利益率が5%向上した。素晴らしい成果だ。」
現場:「しかし、そのせいで現場は疲弊し、優秀な人材が何人も辞めていきました。顧客からのクレームも増えています…。」
経営者:「そんな数字に出ない話はいい。とにかく利益が上がったのだから、私の判断は正しかったのだ。」

対策

定量的なデータ(数字)と定性的な情報(言葉で語られる事実)の両方をバランス良く評価することが重要です。「数字には表れていないが、何か重要な変化はありませんか?」と問いかけ、見えないコストやリスクにも目を向ける必要があります。

心理的投影の誤謬

(Mind projection fallacy)

解説

自分の考えや感じ方(主観)が、あたかもその対象物が元々持っている客観的な性質であるかのように思い込んでしまう誤りです。

使用例

「この製品デザインは、どう見ても『安っぽい』。こんなものを市場に出せるわけがない。」
(自分が『安っぽい』と感じているだけで、他の人は『シンプルで良い』と感じるかもしれない。自分の主観を、製品の客観的な欠点であるかのように語っている。)

対策

自分の意見や感想を述べるときは、「私は~と感じます」「私の考えでは~です」と、主観であることを明確にしましょう。他の人が違う見方をする可能性を常に念頭に置くことが重要です。

道徳主義的誤謬

(Moralistic fallacy)

解説

「~であるべきだ」という道徳的な願望から、「だから、現実は~であるに違いない」と事実を捻じ曲げてしまう誤りです。「である(is)」と「べき(ought)」の混同です。

使用例

「全ての従業員は、平等に扱われるべきだ。だから、うちの会社で部署による待遇の差など存在するはずがない。」
(「平等であるべき」という願望と、「実際に平等である」という現実は別問題。)

対策

「~であるべき」という理想や道徳観と、「実際にどうなっているか」という客観的な事実を、明確に分けて考えることが重要です。願望が事実認識を歪めていないか、常に自問しましょう。

ゴールポストの移動

(Moving the goalposts)

解説

相手が反論や証拠を提示してきた途端に、論点をずらしたり、より厳しい条件を後付けしたりして、決して相手の勝利を認めない不誠実な態度です。

使用例

A:「この新素材は、100kgの荷重に耐えられます。」
B:「では、テストしてみましょう。(テスト成功)ほら、耐えられましたね。」
A:「いや、私が言いたかったのは、100kgの荷重に10時間連続で耐えられるという意味だ。そのテストもやってもらわないと、性能を認めるわけにはいかない。」

対策

議論を始める前に、何を証明すればゴール(合意)なのか、その基準を明確にしておくことが有効です。相手がゴールポストを動かそうとしたら、「当初の論点はこれでしたよね?」と、元の議論に引き戻すことが重要です。

ニルヴァーナの誤謬

(Nirvana fallacy / Perfect solution fallacy)

解説

「完璧な解決策でない」という理由で、ある提案を却下してしまう誤りです。現実的な改善案を、非現実的な理想論と比較して否定する論法です。

使用例

A:「従業員の負担を減らすために、新しい勤怠管理システムを導入しませんか?」
B:「そのシステムを導入しても、全ての従業員の不満がゼロになるわけではないだろう?完璧じゃないなら、導入する意味はない。」
(現状より少しでも改善される可能性を無視している。)

対策

完璧な解決策は存在しない、という現実的な視点を持ちましょう。「現状と比較して、この提案は改善と言えるか?」という基準で評価することが重要です。「完璧ではないが、現状よりはマシ」という選択を評価する姿勢が求められます。

パッケージ・ディール

(Package-deal fallacy)

解説

本来は別々であるべき複数の事柄を、無理やり一つのパッケージとして扱い、「Aを受け入れるなら、BもCもセットで受け入れろ」と強要する誤りです。

使用例

「我が社の『改革』を受け入れるということは、この厳しい成果主義と、リストラ計画の両方を認めるということだ。改革に賛成なら、文句を言うな。」
(成果主義の導入とリストラは、本来別々に議論されるべき問題かもしれない。)

対策

パッケージ化されている事柄を、「これとこれは別の問題として考えませんか?」と分解して議論するよう提案しましょう。一つ一つを個別に評価することで、不当な抱き合わせを避けることができます。

主張による証明

(Proof by assertion)

解説

何の根拠も示さずに、同じ主張を何度も繰り返すことで、それが正しいことであるかのように思い込ませようとする誤りです。「アド・ノージアム」と非常に似ています。

使用例

会議で:「だから、このプロジェクトは失敗するんだ!何度言ったら分かるんだ、絶対に失敗する!」
(なぜ失敗するのか、という根拠は一切示さず、同じ主張を繰り返すだけ。)

対策

「何度も同じ主張をされていますが、その根拠を具体的に説明していただけますか?」と、主張の裏付けとなる証拠や論理を求めましょう。繰り返しの回数に惑わされず、内容を吟味する姿勢が重要です。

検察官の誤謬

(Prosecutor's fallacy)

解説

非常に珍しい事象が起きたとき、「こんな偶然はあり得ない。だから、これは偶然ではなく、誰かの意図的な行為に違いない」と結論づけてしまう誤りです。確率の低い偶然の一致を、誤って解釈します。

使用例

「工場で立て続けに3件の小さな事故が起きた。こんなことが偶然重なる確率は天文学的に低い。これは誰かが意図的にサボタージュしているに違いない。」
(確率は低くても、ゼロでなければ偶然起こることはある。また、共通の潜在的な原因(例:設備の老朽化)があるかもしれない。)

対策

確率の低さだけで、安易に意図や陰謀に結びつけないようにしましょう。他に考えられる偶然の要因や、まだ見つかっていない共通の原因がないか、冷静に分析することが重要です。

過剰な証明

(Proving too much)

解説

ある主張を支持するために持ち出した論理が、あまりに強力すぎるため、本来主張したかったこと以上の、受け入れがたい結論まで導いてしまう状態です。

使用例

「この薬品は、使い方を誤ると健康被害を引き起こす可能性がある。だから、この薬品の製造・販売は全面的に禁止すべきだ。」
(この論理を適用すると、包丁や自動車など、使い方を誤れば危険なものは全て禁止すべき、という結論になってしまう。)

対策

その議論の論理を、他の事例に当てはめてみましょう。もし、それによって極端で受け入れがたい結論が導かれるなら、元の議論の論理そのものに問題があると指摘できます。

心理学者の誤謬

(Psychologist's fallacy)

解説

観察者である自分が客観的な視点を持っていると信じ込み、自分が分析している対象(他人)も、自分と同じように客観的に状況を理解しているはずだと仮定してしまう誤りです。

使用例

コンサルタント:「この業務フローの無駄は、誰が見ても一目瞭然です。なぜ現場の担当者たちは、自分たちで改善しようとしないのでしょうか?怠慢なのでは?」
(現場の担当者は、日々の業務に追われ、全体を客観的に見る余裕がないのかもしれない。その主観的な状況を無視している。)

対策

分析対象の人物の主観的な視点や、置かれている状況を想像することが重要です。「なぜ、彼らはそのように行動するのだろうか?」と、相手の立場に立って考えることで、この誤りを避けられます。

指示的誤謬

(Referential fallacy)

解説

全ての言葉は、現実に存在する何かを指し示しているはずだ、という思い込みです。

使用例

「会議で『理想的な生産体制』について議論があったが、そんなものは現実には存在しない。したがって、その議論は無意味だ。」
(『理想』のような抽象的な概念や、まだ存在しない目標について語ることにも意味がある。)

対策

言葉が指し示すものは、具体的なモノだけではないと理解しましょう。抽象的な概念、仮説、目標などについて議論することの重要性を認識することが大切です。

物象化

(Reification / Hypostatization)

解説

「社会」や「市場」、「進化」といった抽象的な概念を、あたかも意思を持った具体的な実体(生き物)であるかのように扱ってしまう誤りです。

使用例

「市場が、我が社の新製品を求めている。」
(『市場』は意思を持つ主体ではなく、多くの消費者の行動の結果を抽象的に表現した言葉にすぎない。)

対策

抽象的な概念が主語になっている文章に出会ったら、注意しましょう。「具体的に、誰が、何を求めているのですか?」と、その背後にある具体的な人や事象に焦点を当てることで、議論がより明確になります。

回顧的決定論

(Retrospective determinism)

解説

ある出来事が起こった後で、「こうなったのは、そうなるべくしてなったのだ」「この結果は避けられなかった」と、全てが必然であったかのように考えてしまう誤りです。「歴史家の誤謬」に似ています。

使用例

「あのプロジェクトが失敗したのは、最初から無謀な計画だったからだ。今思えば、失敗は運命づけられていたんだ。」
(当時は成功の可能性もあったかもしれないのに、結果を知っている今から見ると、失敗が必然だったように感じてしまう。)

対策

過去を振り返る際には、「もし、別の選択をしていたら、どうなっていた可能性があるか?」と、当時に存在した他の可能性(偶然性)も考慮に入れることが重要です。結果論だけで全てを判断しないようにしましょう。

滑り坂論法

(Slippery slope)

解説

ある小さな行動を認めると、それが引き金となって、次々と良くない出来事が連鎖的に起こり、最終的にはとんでもなく破滅的な結果に至る、と主張する論法です。最初の小さな一歩と最終結果の間の、必然的なつながりが証明されていません。

使用例

「もし、社員に在宅勤務を一度でも許可したら、皆がオフィスに来なくなり、コミュニケーションは崩壊し、やがて会社は倒産してしまうだろう。だから、在宅勤務は絶対に認めてはならない。」

対策

主張されている連鎖反応が、本当に必然的に起こるのかを問いましょう。「Aが起きたら、なぜ『必ず』Bが起きるのですか?」「途中で食い止めることはできないのですか?」と、一つ一つのステップの因果関係を検証することが有効です。

特別な嘆願

(Special pleading)

解説

自分や自分の属するグループにだけ、正当な理由なく一般的なルールや基準の例外を認めさせようとする誤りです。一種の「ご都合主義」です。

使用例

「納期を守ることは、社会人として当然のルールだ。しかし、我々の部署は今、非常に困難な状況にあるのだから、今回の納期遅れは大目に見てほしい。」
(どの部署も何かしらの困難を抱えているかもしれないのに、自分の部署だけを特別扱いするよう求めている。)

対策

「なぜ、あなた(の部署)だけが例外として扱われるべきなのですか?」「そのルールを他の人にも適用しないのは、なぜですか?」と、例外を求める客観的で正当な理由を説明するよう求めましょう。公平な基準を適用する姿勢が重要です。



(以下、記事の構成に従い、残りの項目を続けて作成します)

不適切な前提

議論の出発点となる前提そのものが、証明されていない、あるいは結論を内包してしまっているタイプの誤りです。

論点先取

(Begging the question / Petitio principii)

解説

証明しようとしている結論を、あたかも真実であるかのように前提の中に含めてしまう誤りです。議論が前に進まず、同じ場所をぐるぐる回るだけになります。

使用例

A:「この新しい業務マニュアルは、非常に分かりやすい。」
B:「なぜそう言えるのですか?」
A:「なぜなら、誰が読んでも理解できるように書かれているからだ。」
(「分かりやすい」と「誰が読んでも理解できる」はほぼ同じ意味であり、理由になっていない。)

対策

相手の主張の「前提」と「結論」が、実質的に同じことを言い換えているだけではないかを確認しましょう。「その前提自体は、なぜ正しいと言えるのですか?」と、前提の根拠を問うことで、この循環から抜け出すことができます。

先入観のあるラベル

(Prejudicial language)

解説

中立であるべき事柄に対して、意図的に感情的・肯定(否定)的なレッテルを貼ることで、聞く人の判断を誘導し、議論の結論を先取りしようとする誤りです。

使用例

改革に反対する人:「役員会が提案している、あの『冷酷な』リストラ計画には断固反対だ。」
(『リストラ計画』という中立な言葉の代わりに、『冷酷な』という否定的なラベルを貼ることで、計画そのものが悪いものであるという印象を植え付けている。)

対策

議論で使われている言葉が、中立的か、それとも感情的なレッテル貼りになっていないか注意しましょう。レッテルを剥がして、「この計画の具体的な内容は何ですか?」「そのメリットとデメリットを客観的に評価しましょう」と、本質的な議論に戻すことが重要です。

循環論法

(Circular reasoning)

解説

「Aが正しいのはBが正しいからだ。そしてBが正しいのはAが正しいからだ」というように、二つ以上の命題が互いを証明の根拠にし合って、堂々巡りになってしまう誤りです。「論点先取」とほぼ同義で使われます。

使用例

上司:「我が社の方針は常に正しい。」
部下:「なぜ正しいと言えるのですか?」
上司:「なぜなら、全知全能である社長がお決めになったことだからだ。」
部下:「なぜ社長が全知全能だと分かるのですか?」
上司:「我が社の正しい方針を打ち出せるからに決まっているだろう。」

対策

議論の根拠をたどっていったときに、出発点に戻ってきていないかを確認しましょう。外部の客観的な事実や証拠に基づかない、閉じた論理の輪に気づくことが重要です。「その主張を裏付ける、この議論の外部にある客観的なデータはありますか?」と問うことが有効です。

多重質問の誤謬

(Loaded question / Complex question fallacy)

解説

質問の中に、相手がまだ同意していない、あるいは証明されていない前提を巧妙に埋め込むことで、「はい」か「いいえ」で答えさせ、その前提を認めさせようとする罠のような質問です。

使用例

上司が部下に:「君は、自分の怠慢が原因で起きた今回のトラブルを、もう反省したのかね?」
(この質問に「はい」と答えれば「怠慢が原因だった」と認めたことになり、「いいえ」と答えれば「反省していない」ということになる。どちらにせよ、部下にとって不利な状況に追い込まれる。)

対策

質問に埋め込まれた前提に気づくことが第一歩です。そして、「はい/いいえ」で答えずに、まずその前提を否定しましょう。「お待ちください。今回のトラブルの原因が私の怠慢であるとは、まだ決まっていません。まず、原因の調査から始めさせてください」というように、質問を分解して答えることが有効です。


誤った一般化

少数の事例や偏ったサンプルから、全体に当てはまるかのような、性急で不適切な結論を導き出してしまうタイプの誤りです。

偶発性

(Accident / A dicto simpliciter ad dictum secundum quid)

解説

「一般的には正しいルール」を、例外的な状況や特殊なケースを考慮せずに、そのまま当てはめてしまう誤りです。

使用例

「嘘をつくのは悪いことだ。だから、工場の機械が暴走していることを知ったが、パニックを起こさせないために『大丈夫だ』と嘘をついた警備員は、悪いことをした。」
(人命に関わる緊急時という、例外的な状況を無視している。)

対策

一般的な原則やルールを適用する際には、「この状況に、何か特殊な事情や例外はないか?」と自問する習慣をつけましょう。文脈を無視して、ルールを機械的に適用しないことが重要です。

真のスコットランド人論法

(No true Scotsman)

解説

自分の主張(一般化)に対して都合の悪い反例が示されたときに、「それは『本物の〇〇』ではない」と、定義を後から変更して反例を排除し、自分の主張を守ろうとする誤りです。

使用例

課長A:「うちの現場の検査担当は、誰でも工程内で不具合を見つけたら必ず報告する。だから、品質上の見落としなんて起こるわけがないよ。」
若手社員B:「でも、先週のロットで出たクレーム、不良品がラインを通過してましたよね?検査担当のCさんも気づいてたのに報告してなかったって…」
課長A:「いや、それはCさんが“真の検査担当者”じゃなかっただけだよ。本当にプロ意識のある検査担当者なら、そんなことはしないはずだ。」

対策

まず自分や他人の主張に対して、一貫した基準を用いて評価する姿勢が大切です。この詭弁は、反証が出たときに「それは本物ではない」と恣意的に定義を変えることで反論を回避するものなので、「定義を最初に明確にし、例外が出たときには定義の見直しや議論の再評価を行う」という柔軟性と誠実さを持つことが有効です。また、感情や所属意識によって判断が曖昧になっていないか、冷静に自問する習慣も重要です。

チェリー・ピッキング

(Cherry picking / Suppressed evidence)

解説

自分の主張に都合の良いデータや事例(美味しいサクランボ)だけを選び出して提示し、都合の悪いものを意図的に無視することで、全体の見方を歪める誤りです。

使用例

A製品の営業担当:「このA製品を購入したお客様のうち、90%が『満足した』と回答しています!素晴らしい製品だと思いませんか?」
(実は、アンケートに答えたのが製品のファンばかりで、多くの不満を持った顧客はアンケートを無視していた、という事実を隠している。)

対策

提示されたデータや事例の全体像を確認するよう努めましょう。「このデータは、どのような集団から、どのような方法で集められたのですか?」「これとは逆の結果を示すデータはありませんか?」と問いかけることが有効です。

ナッツ・ピッキング

(Nut picking)

解説

「チェリー・ピッキング」の逆で、相手の主張や集団について、最も極端で馬鹿げた事例(ナッツ=狂人)だけを取り上げて、「だから、この主張(集団)全体が馬鹿げている」と攻撃する誤りです。「ストローマン」の一種です。

使用例

「現場の作業改善案なんて聞く価値はない。前にA君が『作業台を金色に塗れば士気が上がる』なんて突拍子もないことを言っていたじゃないか。現場の意見なんて、みんなあんなレベルなんだ。」
(一人の極端な意見を、現場全体の意見であるかのように扱っている。)

対策

一つの極端な例だけで、全体を評価しないようにしましょう。「それはあくまで個人の意見であって、全員がそう考えているわけではありませんよね?」「もっと代表的な意見を聞かせてください」と、公正な評価を促すことが重要です。

生存者バイアス

(Survivorship bias)

解説

成功した事例(生き残ったもの)だけを分析して、失敗した多くの事例(生き残れなかったもの)を無視してしまうことで、成功の要因を誤って分析してしまう誤りです。

使用例

「成功した起業家たちは、皆大学を中退している!だから、成功するためには大学を辞めるべきだ!」
(大学を中退して、成功できずに消えていった無数の人々のことを完全に無視している。)

対策

成功事例だけでなく、失敗事例にも目を向けることが極めて重要です。「同じようなことをして、失敗したケースはありませんか?」「成功した人としなかった人の違いは何ですか?」と問いかけることで、より本質的な成功要因に近づくことができます。

不当な類推

(Faulty analogy)

解説

二つの事柄が、ある点で似ているからといって、他の点でも同じように似ているはずだ、と結論づけてしまう誤りです。その類推(アナロジー)が、議論の本質と関係ない場合に起こります。

使用例

「会社は、精密な機械のようなものだ。だから、一つの部品(社員)でも性能が悪ければ、すぐに交換すべきだ。」
(会社と機械は、組織である点で似ているかもしれないが、社員は感情を持つ人間であり、交換可能な部品とは本質的に異なる。この類推は不適切である。)

対策

使われている類推が、議論の核心部分において妥当かどうかを吟味しましょう。「その例えは面白いですが、議論している問題の本質的な部分で、両者は本当に同じだと言えますか?」「違う点は何ですか?」と問いかけることが有効です。

早まった一般化

(Hasty generalization)

解説

ごく少数、あるいは偏ったサンプルだけを見て、それが全体に当てはまるかのような結論に飛びついてしまう誤りです。

使用例

「先日、うちの工場に見学に来た学生の一人が、挨拶もしない無礼な奴だった。だから、最近の若者はみんな礼儀がなっていないんだ。」
(たった一人の学生の態度から、若者全体について結論づけている。)

対策

結論を出す前に、「サンプル数は十分か?」「そのサンプルは、全体を代表するものか?」と自問しましょう。十分なデータが集まるまでは、断定的な結論を保留する慎重な姿勢が重要です。

逸話に基づく論証

(Anecdotal evidence)

解説

個人的な経験や伝聞(逸話)といった、客観性に乏しい話を根拠として、一般的な結論を主張する誤りです。

使用例

「俺の知り合いが、このサプリを飲んだら持病が治ったと言っていた。だから、このサプリは効果があるに違いない。」
(その話が本当だとしても、それは個人的な体験であり、他の人にも同じ効果があるという証拠にはならない。)

対策

個人的な逸話は、あくまで参考情報として捉え、それだけで結論を出すのは避けましょう。主張を裏付けるためには、より客観的で大規模なデータ(統計、科学的実験など)を求めることが重要です。

帰納的誤謬

(Inductive fallacy)

解説

「早まった一般化」やその関連の誤謬を含む、より広いカテゴリー名です。帰納法(個別の事例から一般的な法則を見出す推論)を用いる際に、前提となる事例が結論を支持するにはあまりに弱い場合に生じます。

使用例

(上記「早まった一般化」や「逸話に基づく論証」などの例がすべてこれに該当します。)

対策

帰納的な推論を行う際には、その根拠となる事例の「質」と「量」を常に意識することが重要です。反証となる事例がないか、意図的に探す姿勢も有効です。

誤解を招く鮮明さ

(Misleading vividness)

解説

統計的なデータなどの客観的な事実よりも、一件の鮮明で感情に訴えかけるような話の方を、人々が重視してしまう傾向を利用した誤りです。「逸話に基づく論証」と関連が深いです。

使用例

A:「データによれば、この新しい安全装置の導入で、工場での事故率は50%も減少しました。」
B:「しかし、私の友人は、その安全装置が作動したせいで、逆に機械に腕を挟まれそうになったと、血相を変えて語っていました!あんな危険な装置、すぐに撤去すべきだ!」
(多くの人々を救っている統計データよりも、一件の鮮明な(そしておそらく誤解に基づいた)話に強く影響されている。)

対策

感情に訴えかける鮮烈な話と、地味だが客観的な統計データを、冷静に天秤にかける意識が必要です。「その個人的な話は非常に印象的ですが、全体的な傾向を示すデータと比べて、どちらを重視すべきでしょうか?」と自問・他問することが重要です。

圧倒的な例外

(Overwhelming exception)

解説

最初に一般的な主張をした後で、非常に多くの、あるいは重要な例外を付け加えることで、最初の主張がほとんど意味をなさなくなってしまう誤りです。

使用例

「我が社は、全社員に対して平等な昇進の機会を提供しています。ただし、総合職以外の社員、勤続5年未満の社員、そして過去3年間の評価がA未満だった社員は除きます。」
(例外が多すぎて、「全社員に平等」という最初の主張が空虚になっている。)

対策

主張とその例外を比較し、例外が多すぎたり重要すぎたりしないかを確認しましょう。もし例外が本質的な部分を損なっているなら、「それはもはや『原則』とは言えないのではないでしょうか?」と指摘することが有効です。

思考停止のクリシェ

(Thought-terminating cliché)

解説

「ケースバイケースだ」「人それぞれだ」「それが現実だ」といった、ありきたりな決まり文句(クリシェ)を使って、それ以上の深い思考や議論を打ち切ってしまう行為です。

使用例

A:「このままでは、我が社の将来は危うい。何か新しい事業を始めるべきでは?」
B:「まあ、色々あるけど、『なるようにしか、ならない』さ。考えても仕方ないよ。」
(クリシェを使って、重要な問題について考えることを放棄している。)

対策

その決まり文句が、本当に議論の結論として適切なのか、それとも単なる思考停止のために使われているのかを見極めましょう。「『なるようにしか、ならない』とのことですが、我々の行動で少しでも良い方向に変えることはできないのでしょうか?」と、議論を続ける意志を示すことが重要です。


疑わしい原因

二つの事象が関連しているように見えるとき、その因果関係を誤って推論してしまうタイプの誤りです。

相関即因果の誤謬

(Cum hoc ergo propter hoc)

解説

「AとBが同時に起きている(相関関係がある)。だから、AがBの原因だ(あるいはBがAの原因だ)」と短絡的に結論づけてしまう誤りです。

使用例

「優秀な社員は、皆、高価な腕時計をしている。だから、高価な腕時計をすれば、仕事ができるようになるに違いない。」
(実際には、「仕事ができて給料が高い」という共通の原因(C)が、「優秀であること」と「高価な腕時計を持つこと」の両方を引き起こしているのかもしれない。)

対策

相関関係が見つかったら、すぐに因果関係と決めつけず、以下の可能性を検討しましょう。

  1. AがBの原因か?
  2. BがAの原因か?(原因と結果の混同)
  3. 第三の要因Cが、AとB両方の原因か?(共通する原因の無視)
  4. それは単なる偶然の一致か?

前後即因果の誤謬

(Post hoc ergo propter hoc)

解説

「Aが起きた後で、Bが起きた。だから、AがBの原因だ」と、時間的な前後関係だけを理由に因果関係を結論づけてしまう誤りです。

使用例

「新しい工場長が就任してから、工場の生産性が上がった。だから、生産性が上がったのは新工場長のおかげだ。」
(同時期に導入された新しい機械や、市場の好転など、他の要因が原因かもしれない。)

対策

時間的な順序は、因果関係を考える上でのヒントにはなりますが、それだけでは証拠になりません。「AがなくてもBは起きたのではないか?」「他に考えられる原因はないか?」と、他の要因を慎重に検討することが重要です。

原因と結果の混同

(Wrong direction / Reverse causation)

解説

原因と結果を取り違えてしまう誤りです。「相関即因果の誤謬」の一種です。

使用例

「調査の結果、病気がちな人ほど、定期的に病院に行っていることが分かった。だから、病院に行くと病気になるのだ。」
(実際は、「病気がちだから、病院に行く」というのが正しい因果関係。)

対策

二つの事象のどちらが原因で、どちらが結果かを慎重に検討しましょう。常識に照らし合わせたり、時間的な流れを詳しく分析したりすることで、方向性の間違いに気づくことができます。

共通する原因の無視

(Ignoring a common cause)

解説

AとBの間に相関関係があるとき、AがBの原因でも、BがAの原因でもなく、見えない第三の要因CがAとBの両方を引き起こしている可能性を無視してしまう誤りです。

使用例

「アイスクリームの売上が伸びると、水難事故も増える。だから、アイスクリームは水難事故を誘発する危険な食べ物だ。」
(実際には、「気温の上昇」という共通の原因が、「アイスを食べたい」という気持ちと「水遊びをしたい」という行動の両方を引き起こしている。)

対策

相関関係を見つけたら、常に「これらの背後に、共通の原因となるような隠れた要因はないだろうか?」と考える癖をつけましょう。

単一原因の誤謬

(Fallacy of the single cause / Causal oversimplification)

解説

複雑な事象が起きたときに、その原因は数多くあるはずなのに、「原因はこれだ」と、たった一つの原因に押し込めて単純化してしまう誤りです。

使用例

「今回のプロジェクトが失敗したのは、全てリーダーである彼の能力が低かったからだ。」
(実際には、不十分な予算、厳しい納期、チームメンバーの不和、市場の変化など、多くの要因が絡み合っていたのかもしれない。)

対策

複雑な問題に対しては、「原因は一つだけ」という考えを捨てましょう。「他に考えられる原因は?」「それぞれの原因は、どの程度影響したのか?」と、多角的・多層的に原因を分析する姿勢が重要です。

隠密の誤謬

(Furtive fallacy)

解説

何かの結果について、それが誰かの意図的な不正行為や陰謀によって引き起こされたのだ、と証拠もなく決めつけてしまう誤りです。

使用例

「競合他社が、我が社とほぼ同時に類似の新製品を発表した。これは偶然のはずがない。我が社の情報が、スパイによって盗まれたに違いない!」
(偶然の一致や、市場のトレンドを分析すれば同じ結論に至った、という可能性を無視している。)

対策

陰謀論や不正行為を疑う前に、まずは偶然や、他の合理的な説明が可能かどうかを徹底的に検証しましょう。証拠がない限り、安易に他者の悪意を結論にすべきではありません。

呪術的思考

(Magical thinking)

解説

自分の思考や、無関係な行動(儀式、おまじないなど)が、現実の出来事に影響を与えるはずだ、という非合理的な信念です。

使用例

「今日は大事なプレゼンがあるから、朝にカツ丼を食べてきた。これで絶対にうまくいくはずだ。」
(カツ丼を食べることと、プレゼンの成功には、科学的な因果関係はない。)

対策

ゲン担ぎや儀式を精神的な支えとすることは個人の自由ですが、それ自体が結果を保証するものではないと、客観的に認識することが重要です。成功のためには、現実的な準備と努力が不可欠であることを忘れないようにしましょう。


統計的誤謬

統計データを扱う際に陥りやすい、特定の誤謬のパターンです。

観察による解釈の誤謬

(Fallacy of interpretation by observation)

解説

観察研究(実験のように条件を統制しない研究)で見つかった相関関係を、安易に因果関係として解釈してしまう誤りです。「相関即因果の誤謬」とほぼ同じ意味で使われます。

使用例

「調査の結果、コーヒーをよく飲む人ほど、長生きする傾向があることが分かった。だから、長生きしたければコーヒーを飲むべきだ。」
(実際には、コーヒーを飲むような生活習慣(例:社交的、経済的余裕があるなど)が、長寿の原因かもしれない。)

対策

観察研究の結果は、あくまで「関連性」を示唆するものであり、「因果関係」を証明するものではないと理解することが重要です。「この結果を説明できる、他の要因はありませんか?」と問いかける姿勢が求められます。

回帰の誤謬

(Regression fallacy)

解説

物事のパフォーマンスには、実力だけでなく偶然による「ゆらぎ」も含まれます。非常に良い(または悪い)結果が出た後、次は平均に近い結果に戻りやすい(平均への回帰)のですが、この自然な変動を、何か特別な原因のせいに帰してしまう誤りです。

使用例

ある営業マンが、今月記録的な売上を達成した。上司が彼を褒めちぎったところ、翌月の売上は平均的なレベルに戻ってしまった。
上司:「彼を褒めたのは間違いだった。褒めるとすぐに天狗になってダメになるんだ。」
(実際には、記録的な売上という極端な結果から、自然に平均値へ回帰しただけかもしれない。)

対策

非常に良い、あるいは非常に悪い結果が出たときには、それが実力だけでなく、偶然の要素も大きかった可能性を考慮に入れましょう。一度の極端な結果だけで、その後の変化の原因を決めつけないことが重要です。

ギャンブラーの誤謬

(Gambler's fallacy)

解説

コイントスのように、それぞれの試行が独立している確率的な事象において、「最近〇〇が出ていないから、次はそろそろ〇〇が出るはずだ」と考えてしまう誤りです。コインには過去の記憶はありません。

使用例

生産ラインで、良品が10個連続で流れてきた。
検査員:「そろそろ不良品が出る頃だろうな。いつもより注意して見ないと。」
(不良品の発生確率が常に一定(独立)である場合、過去の結果は未来の確率に影響しない。)

対策

それぞれの事象が、互いに独立しているかどうかを確認しましょう。独立した事象であれば、過去の結果は未来の確率に何の影響も与えない、という確率論の基本を思い出すことが重要です。

逆ギャンブラーの誤謬

(Inverse gambler's fallacy)

解説

非常に珍しい結果が起きたときに、「こんな珍しいことが起きるからには、この試行はこれまで何度も何度も繰り返されてきたに違いない」と推測してしまう誤りです。

使用例

新人が、初めて製造した特殊な部品で、一発で完璧な超高精度品を作り上げた。
ベテラン:「信じられない…。こんな奇跡が起きるなんて。お前、隠れて夜中に何百回も練習しただろう?」
(非常に低い確率でも、一度の試行で起こる可能性はゼロではない。)

対策

確率が低いからといって、必ずしも試行回数が多いとは限りません。単なる幸運である可能性も受け入れる必要があります。

P値ハッキング

(p-hacking)

解説

統計分析において、有意な結果(p値が低いなど)が出るまで、分析方法やデータの範囲を都合よく調整し、その結果だけを報告する不正な行為です。

使用例

研究者:「新薬Aの効果を検証したが、全体のデータでは有意な差が出なかった…。そうだ、対象者を『30代の男性』だけに絞って再分析してみよう。お、これなら有意差が出た!この結果で論文を書こう。」
(都合の良い結果が出るまでデータを「ハッキング」している。)

対策

統計的な分析結果を見る際には、その分析がどのような計画のもとに行われたのか(事前登録など)を確認することが重要です。特に、予想外の驚くべき結果については、再現性があるか、他の研究でも支持されているかを確認する慎重な姿勢が求められます。

仕掛け庭園の小径

(Garden of forking paths)

解説

一つのデータセットに対して、研究者の意思決定(どの変数を分析するか、どのデータを除くかなど)の分岐点が多数存在するため、意図せずとも何らかの「統計的に有意な」結果が見つかってしまう可能性を指摘する概念です。「P値ハッキング」と関連が深いです。

使用例

「この工場の膨大な生産データを見てみよう。月曜日と生産性の関係は…有意差なし。気温との関係は…なし。湿度との関係は…お、湿度とAラインの不良率に、わずかに有意な相関が見つかった!これが原因かもしれない!」
(多数の組み合わせを試せば、偶然「有意に見える」相関が見つかることは珍しくない。)

対策

仮説を立てずにデータを探索的に分析して見つかった相関関係は、あくまで「仮説の種」と捉えるべきです。その相関が本物かどうかを検証するためには、別のデータセットを使って、事前に立てた仮説を検証する必要があります。

サンクコストの誤謬

(Sunk cost fallacy)

解説

これまでにつぎ込んできたお金、時間、労力(サンクコスト=埋没費用)を惜しむあまり、このまま続けても成功の見込みがないと分かっているのに、そのプロジェクトや投資から撤退できなくなってしまう誤りです。

使用例

プロジェクトリーダー:「このプロジェクトは、もう3年も続けてきて、1億円も投資したんだ。今さら『失敗でした』なんて言えるか。何としてでも、最後までやり遂げるしかない。」
(これから先にかかるコストと、得られる見込みのあるリターンを比較して判断すべきなのに、過去のコストに縛られている。)

対策

意思決定を行う際には、過去に費やしたサンクコストは「もう戻ってこない費用」として度外視し、これから発生する「未来のコスト」と「未来のリターン」だけを比較して、合理的に判断することが重要です。「もし今日からこのプロジェクトを始めるとしたら、投資する価値はあるか?」と自問することが有効です。


関連性の誤謬

議論されている本筋の問題(論点)とは無関係な事柄を持ち出して、聞き手の注意をそらしたり、論点をすり替えたりするタイプの誤りです。燻製ニシン(Red Herring)の誤謬とも総称されます。

石に訴える論証

(Appeal to the stone / Argumentum ad lapidem)

解説

相手の主張に対して、何の反論も証拠も示さずに、「そんなのは馬鹿げている」「話にならない」と、ただ一方的に切り捨てて議論を終わらせようとする誤りです。

使用例

部下:「現在の生産方法では限界があるので、抜本的な改革案を考えてきました。」
部長:「君の案は、理想論ばかりで全く現実味がない。馬鹿げている。この話は終わりだ。」
(なぜ馬鹿げているのか、という具体的な反論が一切ない。)

対策

「なぜ、そのように判断されたのか、具体的な理由を教えていただけますか?」と、根拠の説明を求めましょう。単なるレッテル貼りで議論を終わらせることに抵抗し、内容に基づいた議論を要求する姿勢が重要です。

無敵の無知

(Invincible ignorance fallacy)

解説

どれだけ反証となる証拠を突きつけられても、それを頑なに無視し、自分の信じたいことを信じ続ける態度です。議論の体をなしていません。

使用例

A:「この製品の欠陥は、データでも明らかです。顧客からも多数のクレームが来ています。」
B:「いや、私はこの製品が完璧だと信じている。君のデータは間違っているし、クレームは競合の陰謀だ。私は自分の信念を変えるつもりはない。」

対策

相手が事実や論理を受け入れる姿勢を完全に放棄している場合、残念ながら議論は成立しません。その相手を説得しようと時間を費やすよりも、意思決定権を持つ他の人々や、より客観的な第三者に働きかける方が賢明な場合があります。

無知に訴える論証

(Argument from ignorance / Argumentum ad ignorantiam)

解説

「〇〇が間違っているという証拠はない。だから、〇〇は正しい」あるいは「〇〇が正しいという証拠はない。だから、〇〇は間違っている」と主張する誤りです。「ないことの証明(悪魔の証明)」を相手に要求する形になりがちです。

使用例

「この新素材に、人体に有害な物質が含まれていないという証拠は、まだ誰も示せていない。したがって、この素材は有害であると見なすべきだ。」
(本来は、「有害である」と主張する側が、その証拠を示すべき。)

対策

「証拠がないこと」が、「存在しないこと」の証明にはならないと理解しましょう。立証責任がどちらにあるのかを明確にすることが重要です。通常、何かを「ある」と主張する側、あるいは現状の変更を求める側が、その証拠を示す責任を負います。

信じがたさに訴える論証

(Argument from incredulity)

解説

(※これは非形式的誤謬の冒頭で出てきたものと同じです)
自分が理解できない、信じられないという主観的な感情を根拠に、「その主張は間違っている」と結論づける誤りです。

使用例

ベテラン職人:「最近の若者は、コンピュータシミュレーションだけで金型の設計をするらしいな。そんな画面上の計算だけで、完璧な金型ができるなんて信じられん。やはり、最後は職人の手作業での調整がなければダメだ。」

対策

自分の知識や経験の範囲が、世界の全てではないと認識することが重要です。「信じられない」と感じたときこそ、「どういう原理でそれが可能になるのか?」と学習する機会と捉える姿勢が、この誤りを防ぎます。

アド・ノージアム

(Argumentum ad nauseam)

解説

聞き手がうんざりして反論する気をなくすまで、同じ主張を何度も何度も執拗に繰り返すことで、自分の主張が受け入れられたかのように見せかける誤りです。「主張による証明」とほぼ同じです。

使用例

会議で、ある提案に反対するAさん:
「だから、この案はダメなんです。コストがかかりすぎる。先ほども言いましたが、コストが問題です。何度でも言います、コスト、コスト、コスト…」
(他の参加者がうんざりして沈黙したのを、「皆も納得した」と解釈する。)

対策

主張が繰り返されるだけで、新しい根拠が示されていないことを指摘しましょう。「その主張は先ほどから何度も伺っています。何か新しい論点やデータはありますか?なければ、次の議題に移りませんか?」と、議論を前に進めるよう促すことが有効です。

沈黙に基づく論証

(Argument from silence)

解説

信頼できる情報源(記録、文書など)に、ある事柄についての記述がないことを理由に、「だから、その事柄は存在しなかった(あるいは真実ではない)」と結論づけてしまう誤りです。単に記録されなかっただけの可能性もあります。

使用例

「過去5年間の議事録をすべて確認したが、Aプロジェクトの中止に関する議論は一行も書かれていなかった。したがって、Aプロジェクトが正式に中止されたという事実はない。」
(公式な議論はなく、当時の部長の口頭での一存で中止になった、という可能性もある。)

対策

記録がないことが、必ずしも不存在の証明にはならないことを理解しましょう。「記録にはありませんが、非公式な形で決定された可能性はありませんか?」「他に確認できる情報源(関係者への聞き取りなど)はありませんか?」と、他の可能性を探ることが重要です。

論点のすり替え

(Irrelevant conclusion / Ignoratio elenchi)

解説

ある論点について議論しているはずが、いつの間にかそれとは別の、関連性の低い論点についての結論を導き、元の論点も解決したかのように見せかける誤りです。「燻製ニシンの虚偽」の包括的な概念です。

使用例

A:「我が社の製品の品質が、競合に比べて低下しているのが問題です。どう対策しますか?」
B:「品質も重要ですが、社員の士気を高めることが、何よりも会社の成長に繋がります。そこで、私は社員旅行の実施を提案します。これで皆のやる気も出て、結果的に品質も上がるでしょう。」
(「品質低下への直接的な対策」という論点から、「社員の士気向上」という別の論点にすり替えている。)

対策

常に「今、我々が議論している本来の論点は何か?」を意識し続けることが重要です。話が逸れそうになったら、「それはまた別の重要な論点ですね。まずは、元の〇〇の問題について結論を出してから、その話をしませんか?」と、議論を本筋に戻すよう促しましょう。


燻製ニシンの誤謬 (Red Herring)

議論の注意を本来の論点からそらすために、意図的に無関係な話題(燻製ニシン)を投げ込む戦術全般を指します。以下は、その具体的なバリエーションです。

燻製ニシンの虚偽

(Red herring)

解説

議論が自分に不利になったとき、全く別の、感情を煽るような、あるいは興味を引きやすい話題を投げ込んで、聞き手の注意をそらし、元の論点を忘れさせようとする誤りです。

使用例

妻:「あなた、またシンクにお皿を置きっぱなしにして!洗ってって言ったじゃない。」
夫:「お皿か…。そういえば、最近会社の人間関係で悩んでてな…。俺、このままでいいんだろうか…。」
(皿洗いの問題から、同情を誘うような全く別の悩み話にすり替えている。)
【製造業での例】
上司:「君の担当ラインで、また不良品が出たそうじゃないか。原因は何だ?」
部下:「不良品の問題も重要ですが、それよりも、隣のラインで使っている新しい工具が、ものすごく使いやすそうなんです!あれをうちのラインにも導入できれば、全体の生産性が上がると思うんですが、どうでしょう?」

対策

投げ込まれた新しい話題に釣られず、「その話も興味深いですが、まずは元の〇〇についての話を片付けましょう」と、毅然として元の論点に議論を引き戻すことが重要です。

対人論証(人身攻撃)

(Ad hominem)

解説

相手の主張の内容そのものではなく、主張している人の人格、経歴、外見、所属グループなどを攻撃することで、その主張の価値を貶めようとする誤りです。

使用例

A:「私は、現在の生産計画には無理があると思います。見直すべきです。」
B:「君は、入社3年目の若造じゃないか。そんな経験の浅い人間に、会社の生産計画の何が分かるんだ。」
(Aさんの主張の内容ではなく、「若くて経験が浅い」という人格・属性を攻撃している。)

対策

「私の個人的な資質と、この主張の正しさは別の問題です。どうか、主張の内容自体を評価してください」と、議論を人格攻撃から内容の検討へと引き戻すよう求めましょう。

状況に基づく対人攻撃

(Circumstantial ad hominem)

解説

「どうせあなたは、その主張をすることで自分に利益があるから、そう言っているだけだろう」と、相手の置かれている状況や利害関係を理由に、その主張を不当だと決めつける誤りです。

使用例

営業担当:「この新しいシステムを導入すれば、全社の業務が効率化されます。」
経理担当:「あなたは営業だから、システムを売れば自分の成績になるからそう言うんだろ。我々には必要ない。」
(主張の内容を検討せず、相手の立場(動機)だけを問題にしている。)

対策

「確かに私に利益があるかもしれませんが、それはそれとして、この提案には客観的に見て〇〇というメリットがあります。私の立場とは切り離して、提案内容の是非を議論しませんか?」と、内容本位の議論を促しましょう。

井戸に毒を盛る

(Poisoning the well)

解説

議論が始まる前に、相手について悪い評判やネガティブな情報を流しておくことで、その相手が何を言っても聞き手が信用しないように仕向ける、卑劣な人身攻撃です。

使用例

会議の前に、AさんがBさんの陰口を同僚に言う:
「今度、Bが新しい企画を提案するらしいけど、あいつは自分の手柄のことしか考えていないからな。どうせ、みんなに面倒を押し付けるだけの計画だろうから、よく注意して聞いた方がいいぞ。」
(Bさんが発言する前から、Bさんの発言全体にネガティブなフィルターをかけている。)

対策

事前に聞かされたネガティブな情報に惑わされず、これから行われる主張そのものを、自分の目で公平に評価する姿勢が重要です。もし自分が毒を盛られた側なら、議論の冒頭で「私の人格に関する噂があるかもしれませんが、どうか、私の提案内容そのものにご注目ください」と、聞き手に公平な判断を呼びかけることも一つの手です。

動機に訴える論証

(Appeal to motive)

解説

「状況に基づく対人攻撃」と非常に似ており、相手の主張の動機を邪推し、「その動機が不純だから、主張も間違っている」と結論づける誤りです。

使用例

「彼が『職場の風通しを良くすべきだ』と主張しているのは、本心では上司である私を批判したいだけなのだ。そんな不純な動機から出る意見に、耳を貸す必要はない。」

対策

動機がどうであれ、主張内容が正当である可能性はあります。「彼の動機はさておき、提案されている『職場の風通しを良くする』という内容自体には、検討すべき点があるのではないでしょうか?」と、動機と内容を切り離して議論するよう促しましょう。

トーン・ポリシング

(Tone policing)

解説

相手の主張の内容ではなく、「言い方」「態度」「感情的な口調」などを問題にし、それを理由に議論を拒否したり、相手の主張を無効化しようとしたりする誤りです。

使用例

女性社員:「この職場では、女性だけがお茶汲みを任されるのは不公平だと思います!」
上司:「そんなに感情的に怒鳴るような言い方をしなくてもいいだろう。もっと冷静に話せないのであれば、君の意見は聞けない。」
(主張の正当性ではなく、伝え方(トーン)を非難して、問題をすり替えている。)

対策

「私の口調が感情的であった点は謝罪します。しかし、それと私が指摘している問題の内容とは別問題です。どうか、内容について議論させてください」と、冷静に本題に戻るよう促すことが重要です。

裏切り者批判の誤謬

(Traitorous critic fallacy / Tu quoque)

解説

(※これは「お前だって論法(Tu quoque)」に近い概念です)
自分の所属するグループ(会社、国など)を批判した人に対して、「お前は我々の仲間でありながら、なぜ内部の恥を晒すのか!裏切り者め!」と、批判の内容を検討せずに、批判した行為自体を非難する誤りです。

使用例

社員A:「我が社の品質管理体制には、重大な欠陥があると思います。」
社員B:「何を言うんだ!お前もこの会社の一員だろうが!会社を良くしようと頑張っている皆の前で、なぜそんな士気を下げるようなことを言うんだ!」

対策

「私がこの問題を指摘するのは、会社を貶めたいからではなく、心から会社を良くしたいと思っているからです。問題を直視しなければ、改善は始まりません」と、批判が忠誠心や愛情の裏返しであることを伝え、建設的な議論を呼びかけましょう。

ブルヴァリズム

(Bulverism)

解説

相手の主張がなぜ間違っているかを論証する代わりに、「相手がなぜそのような(間違った)考えに至ったのか」を、心理分析や生い立ちなどから勝手に説明し、それをもって相手の主張を無効化しようとする誤りです。

使用例

A:「私は、年功序列よりも成果主義を導入すべきだと考えます。」
B:「君は若いから、そう考えたいんだろうね。早く出世したいという欲望が、君にそう言わせているんだ。だから、君の意見は客観的ではない。」
(Aの主張を論理で反駁せず、「若いから」という心理的な理由付けで片付けている。)

対策

「私がなぜそう考えるかは、この際問題ではありません。重要なのは、この提案そのものにメリットがあるかどうかです。内容について議論しましょう」と、個人的な背景の詮索から、客観的な議論へと引き戻すことが重要です。

権威に訴える論証

(Argument from authority / Argumentum ad verecundiam)

解説

主張の根拠として、その分野の専門家ではない権威者の名前を出したり、権威者の意見だからという理由だけで無条件に正しいと見なしたりする誤りです。

使用例

「社長が『これからはAIの時代だ』と言っていた。だから、我が社もすぐにAI関連の事業に投資すべきだ。」
(社長は経営の権威かもしれないが、AI技術の専門家ではないかもしれない。また、権威の意見であっても、その根死拠を吟味する必要がある。)

対策

権威者の意見であっても、鵜呑みにしないことが重要です。「社長がそうおっしゃった背景には、どのようなデータや理由があるのでしょうか?」と、その主張の根拠を尋ねましょう。権威ではなく、根拠に基づいて判断する姿勢が大切です。

業績に訴える論証

(Appeal to accomplishment)

解説

「これだけの実績がある人が言うのだから、間違いない」と、相手の過去の業績を理由に、現在の主張を無批判に受け入れてしまう誤りです。

使用例

「あの伝説的なエンジニアである山田さんが設計したんだ。この製品に欠陥があるはずがない。」
(どんなに優れた人物でも、間違うことはある。)

対策

過去の業績には敬意を払いつつも、現在の主張はそれとは切り離して、客観的な事実や論理に基づいて評価しましょう。「山田さんのご実績は素晴らしいですが、今回の設計については、念のため第三者の視点でダブルチェックしませんか?」と提案することが有効です。

宮廷人の返答

(Courtier's reply)

解説

専門的な主張に対して批判されたときに、「あなたはこの分野の十分な知識を持っていないから、私の主張を批判する資格はない」と、相手の無知を責めることで、批判そのものから逃げようとする誤りです。

使用例

専門家:「この統計分析手法は、最新の理論に基づいています。」
素人:「しかし、その結論は、どうも現場の感覚と合わないのですが…。」
専門家:「あなたは統計学の学位も持っていないのに、私の分析に口を挟むのですか?基礎から勉強し直してきてください。」
(批判の内容に答えず、相手の権威のなさを攻撃している。)

対策

「確かに私は専門家ではありませんが、この結論には素人から見ても〇〇という疑問点があります。専門家でない者にも分かるように、この点についてご説明いただけないでしょうか?」と、謙虚な姿勢で、しかし粘り強く説明を求めることが有効です。

結果に訴える論証

(Appeal to consequences)

解説

ある主張が、良い結果をもたらすから「真実」だ、あるいは、悪い結果をもたらすから「偽り」だと結論づける誤りです。事実の真偽と、それがもたらす結果の良し悪しは、本来無関係です。

使用例

「もし、この工場に構造的な欠陥があると認めれば、莫大な改修費用がかかり、会社は倒産してしまうだろう。だから、この工場に欠陥などあるはずがない。」
(望ましくない結果を避けるために、事実を捻じ曲げようとしている。)

対策

事実の探求と、その結果への対策は、分けて考えるべきだと主張しましょう。「この主張が真実だとすれば、確かに好ましくない結果になります。しかし、まずは事実かどうかを客観的に判断し、その上で、どうすればその悪い結果を回避できるか、対策を考えませんか?」と提案することが重要です。

感情への訴えかけ

(Appeal to emotion)

解説

論理的な議論の代わりに、聞き手の恐怖、同情、希望、怒りなどの感情を煽ることで、自分の主張に同意させようとする誤りです。

例:恐怖に訴える論証 (Appeal to fear)

「この改革案に反対するなら、君は会社での将来を諦めたと見なす。それでもいいんだな?」
(論理ではなく、恐怖心で相手を従わせようとしている。)

例:同情論証 (Appeal to pity)

「このプロジェクトを失敗させるわけにはいかないんです。私はこのために、家族との時間も犠牲にして、寝ずに頑張ってきたんです…。」
(努力したことと、プロジェクトが正しいかどうかは別の問題。)

例:希望的観測 (Wishful thinking)

「この新製品がヒットすれば、我々は巨額のボーナスを手にして、夢のマイホームを建てられるんだ!だから、このプロジェクトは絶対に成功する!」
(そうあってほしいという希望を、成功の根拠にしている。)

対策

自分が感情的に揺さぶられていることに気づくのが第一歩です。そして、「感情は一旦脇に置いて、この主張の論理的な根拠は何ですか?」と、冷静に事実やデータに基づいた議論を求めましょう。

自然に訴える論証

(Appeal to nature)

解説

あるものが「自然的」だから良い・正しく、「非自然的(人工的)」だから悪い・間違っている、と短絡的に結論づける誤りです。

使用例

「昔ながらの、職人の手作業による生産方法が一番だ。機械による大量生産なんて、非人間的で魂がこもっていない。」
(「自然的」であることと、品質や効率が良いことは、必ずしもイコールではない。)

対策

「自然的/非自然的」という区別が、議論しているテーマの価値判断において、本当に関係があるのかを問いましょう。「人工的なものでも、自然のものより優れている点はたくさんあります。それぞれのメリット・デメリットを具体的に比較しませんか?」と提案することが有効です。

新しさに訴える論証

(Appeal to novelty)

解説

あるものが「新しい」「最新だ」という理由だけで、古いものよりも優れている、正しい、と結論づける誤りです。

使用例

「このマーケティング手法は、今年アメリカで流行り始めたばかりの最新の手法だ。だから、従来のやり方よりも効果があるに違いない。」
(新しいことが、必ずしも良いとは限らない。実績のある古い方法の方が優れている場合もある。)

対策

新しさや古さという時間軸だけで価値を判断せず、その内容や実績を客観的に評価しましょう。「新しいという点は分かりましたが、具体的に従来の手法と比べて、どのようなメリットがあるのですか?」と、本質的な価値を問うことが重要です。

伝統に訴える論証

(Appeal to tradition)

解説

「新しさに訴える論証」の逆で、「昔からこうだった」「これが我々の伝統だ」という理由だけで、そのやり方が正しい、あるいは変えるべきではない、と主張する誤りです。

使用例

「我が社では、創業以来ずっとこのやり方でやってきたんだ。今さら、やり方を変える必要などない。」
(過去に有効だったからといって、変化した現代でも有効であるとは限らない。)

対策

伝統には敬意を払いつつも、それが現在の状況にも適合しているのかを問い直すことが重要です。「これまでこの方法で成功してきたのは素晴らしいことです。しかし、現在の市場環境の変化に対応するため、見直すべき点はないでしょうか?」と、建設的な見直しを提案しましょう。

貧困/富裕に訴える論証

(Appeal to poverty / Appeal to wealth)

解説

主張している人が「貧しいから正しい」(貧困への訴え)あるいは「裕福(成功者)だから正しい」(富裕への訴え)と、主張者の経済状況を理由に、主張の真偽を判断する誤りです。

使用例(貧困)

「現場で汗水流して働いている貧しい我々の意見こそが、常に正しいんだ。冷房の効いたオフィスにいる金持ちの役員たちの言うことなんて、聞く必要はない。」

使用例(富裕)

「あの会社のCEOは、一代で巨万の富を築いた成功者だ。その彼が言うのだから、この経営戦略は絶対に正しい。」

対策

主張している人の経済状況と、主張内容の正当性は全く無関係であると認識しましょう。「その方の立場は分かりましたが、主張内容そのものを、客観的なデータで評価しませんか?」と、議論を内容本位に戻すことが重要です。

威力に訴える論証

(Appeal to force / Argumentum ad baculum)

解説

論理ではなく、力(権力、物理的な暴力、脅し)に訴えかけることで、相手を無理やり従わせようとする、最も低レベルな誤りです。

使用例

上司:「私の言う通りにやれ。さもないと、君の次の人事評価がどうなるか、分かっているだろうな?」
(議論ではなく、脅迫である。)

対策

安全が確保できる状況であれば、「それは脅しですか?この問題について、権力ではなく、論理で話し合いましょう」と抵抗すべきです。しかし、身の危険を感じる場合は、その場を離れて、信頼できる第三者(さらに上の上司、人事部、法務部など)に相談することが賢明です。

衆人に訴える論証(バンドワゴン効果)

(Argumentum ad populum / Appeal to the masses)

解説

「みんながそう言っている」「多くの人が支持している」という理由だけで、ある主張が正しい、あるいは良いと結論づける誤りです。多数派が常に正しいとは限りません。

使用例

「世間のアンケートでは、8割の人がこの製品を支持しています。だから、この製品は素晴らしいものに違いありません。」
(かつては、多くの人が「地球は平らだ」と信じていた。)

対策

多数派の意見は参考にはなりますが、それが真実の保証にはならないと理解しましょう。「なぜ、多くの人はそのように考えているのでしょうか?その根拠は何ですか?」と、多数派意見の背景にある理由や証拠を吟味することが重要です。

関連付け誤謬(連座の誤謬)

(Association fallacy / Guilt by association)

解説

ある人や物が、評判の悪い別の何かと少しでも関連があるというだけで、「だから、この人や物も悪いものに違いない」と決めつけてしまう誤りです。

使用例

「A社は、以前に不祥事を起こしたB社と取引がある。だから、A社も信用できない会社に違いない。」
(単に取引があるというだけで、A社自身が悪いとは限らない。)

対策

関連があることと、同じ性質を持っていることは違うと明確に区別しましょう。「B社が不祥事を起こしたことと、A社の信頼性には、直接的な関係があるという証拠はありますか?」と、論理的なつながりを問うことが重要です。

揚げ足取り

(Quibbling / Nitpicking)

解説

相手の主張の本質的な部分ではなく、言葉遣いの些細な間違いや、重要でない細かな部分だけを攻撃して、あたかも議論全体に勝ったかのように見せかける誤りです。

使用例

A:「この計画には、コスト、納期、人員配置の3つの点で重大な欠陥があります。」
B:「君は今『欠陥』と言ったが、辞書によれば『欠陥』とは云々…。この場合は『課題』と言うべきではないかね?そんな言葉の使い方も知らないのか。」
(本質的な3つの問題点から目をそらし、言葉遣いという些細な点だけを問題にしている。)

対策

「言葉遣いの問題は後で議論するとして、まずは私が指摘した3つの本質的な問題について、ご意見をお聞かせください」と、議論を本筋に引き戻しましょう。些細な点に深入りしないことが重要です。

根拠なき断定

(Ipse dixit / Bare assertion fallacy)

解説

「私がそう言うのだから、正しい」というように、何の根拠も示さずに、ただ自分の権威や断定的な口調だけで主張をごり押しする誤りです。

使用例

専門家:「この問題の解決策は、これしかあり得ない。なぜなら、私がそう判断したからだ。」
(理由が「自分がそう言っているから」だけ。)

対策

「なぜ、そのように断定できるのか、客観的な根拠やデータを教えていただけますか?」と、主張の裏付けを粘り強く求めましょう。相手の権威や自信に惑わされず、あくまで証拠に基づいて判断する姿勢が重要です。

時代を蔑視する偏見

(Chronological snobbery)

解説

ある考えや主張が、過去の時代(特に、現代から見て間違っているとされる信念が広まっていた時代)に生まれたものであるという理由だけで、その考え自体も間違っているに違いない、と決めつける誤りです。

使用例

「その経営哲学は、19世紀に提唱されたものだろう?そんな古い時代の考え方が、今の時代に通用するわけがない。」
(古い考えの中にも、時代を超えた普遍的な真理が含まれている可能性を無視している。)

対策

主張が生まれた時代背景ではなく、主張の内容そのものが、現代の状況において妥当性を持つかどうかを評価しましょう。「古い考えですが、この〇〇という部分は、現代にも通じる普遍的な洞察ではないでしょうか?」と、内容本位での再評価を促すことができます。

相対的貧困の誤謬

(Fallacy of relative privation / Appeal to worse problems)

解説

ある問題について、「もっと深刻な問題が他にあるのだから、そんな些細な問題を議論するのは無意味だ」と、問題を比較することで、目の前の問題を軽視したり、議論を打ち切ったりする誤りです。

使用例

A:「私の部署は、人手不足で残業が常態化していて、もう限界です。」
B:「君の部署はまだマシだよ。海外の紛争地帯では、子供たちが飢えに苦しんでいるんだ。それに比べれば、君の悩みなんて贅沢なものだよ。」
(より大きな問題が存在することが、目の前の問題を無視してよい理由にはならない。)

対策

問題の大小を比較することの不毛さを指摘しましょう。「他の場所にもっと大きな問題があることは理解していますが、だからといって、我々が直面しているこの問題が無くなるわけではありません。まずは、我々が解決できるこの問題について話し合いませんか?」と、議論の焦点を戻すことが重要です。

発生論の誤謬

(Genetic fallacy)

解説

ある主張や物事の「出自」や「起源」が悪いから、その主張や物事自体も悪いものである、と決めつける誤りです。人種差別や出身地差別に繋がりやすい危険な考え方です。

使用例

「そのアイデアは、倒産したA社が最初に考えたものだ。そんな縁起の悪い会社のアイデアを、我が社で採用するわけにはいかない。」
(アイデアの出自と、アイデアそのものの価値は無関係である。)

対策

主張や物事の起源と、それ自体の現在の価値を、明確に切り離して評価しましょう。「どこから来たか、ではなく、このアイデア自体に価値があるかどうかで判断しませんか?」と、本質的な価値評価を促すことが重要です。

私は自分の意見を持つ権利がある

(I'm entitled to my opinion)

解説

自分の意見が事実や論理によって反証されたときに、「それでも、私には自分の意見を持つ権利がある」と主張して、議論を打ち切り、自分の間違いを認めない態度です。意見を持つ権利と、その意見が正しいことは別問題です。

使用例

A:「あなたの計算は、この部分で間違っています。正しい答えは100です。」
B:「いや、私は80だと思う。人にはそれぞれの考え方がある。私には、80だと思う権利がある。」
(事実や論理の問題を、個人の権利の問題にすり替えている。)

対策

「意見を持つ権利は、誰にでもあります。それは尊重します。しかし、今議論しているのは、客観的な事実や計算の正しさについてです。権利の話と、事実の正誤は分けて考えましょう」と、議論の土俵を正すことが重要です。

道徳主義的誤謬

(Moralistic fallacy)

解説

(※これは非形式的誤謬のセクション前半で出てきたものと同じです)
「~であるべきだ」という道徳的な願望から、「現実は~である」と事実を推論してしまう誤りです。

使用例

「従業員は皆、会社のことを第一に考えるべきだ。だから、我が社の社員が、会社の悪口を言うはずがない。」

対策

理想(~べき)と現実(~である)を混同しないようにしましょう。願望が事実認識を曇らせていないか、客観的なデータや証拠と照らし合わせることが重要です。

自然主義的誤謬

(Naturalistic fallacy)

解説

「道徳主義的誤謬」の逆で、「現実に~である」という事実の状態から、「だから、~であるべきだ」という道徳的・規範的な結論を導き出してしまう誤りです。「である(is)」から「べき(ought)」は直接導けません。

使用例

「自然界では、弱肉強食が当たり前の事実だ。だから、ビジネスの世界でも、強い者が弱い者を打ち負かすのは当然のことであり、そうあるべきなのだ。」

対策

事実認識と価値判断を明確に分けましょう。「確かに、現実はそうなっているかもしれません。しかし、それが『望ましい状態』であるとは限りません。我々は、どうあるべきかという目標を、事実とは別に議論する必要があります」と、論点を区別することが重要です。

ヒュームの法則(である・べきである誤謬)

(Hume's law / Is–ought problem)

解説

「自然主義的誤謬」とほぼ同じ概念で、事実を記述する命題(~である)から、当為(~すべきである)を導き出すことは論理的に不可能である、という哲学的な指摘です。

自然主義的誤謬の誤謬

(Naturalistic fallacy fallacy)

解説

「『である』から『べき』は導けない」という原則(ヒュームの法則)を過度に適用し、「いかなる事実も、道徳的な判断の根拠にはなり得ない」とまで考えてしまう誤りです。事実が、道徳判断の重要な参考情報になることまで否定するものではありません。

藁人形論法(ストローマン)

(Straw man)

解説

相手の主張を、意図的に歪めたり、単純化したり、より攻撃しやすい架空の主張(藁人形)に置き換えてから、その藁人形を攻撃し、あたかも元の主張を論破したかのように見せかける卑劣な誤りです。

使用例

A:「コスト削減のために、もう少し人員配置を効率化できませんか?」
B:「何だと!君は、今いる従業員を全員クビにしろと、そう言うのか!なんて酷いことを言うんだ!」
(Aは「効率化」を提案しただけなのに、Bはそれを「全員解雇」という極端な藁人形に作り替えて攻撃している。)

対策

「私の主張は、そのような極端なものではありません。私が言ったのは〇〇ということです。どうか、私の主張を正確に引用して、それに対して反論してください」と、自分の主張が歪められたことを明確に指摘し、正しい論点に議論を戻すことが重要です。

テキサスの狙撃兵の誤謬

(Texas sharpshooter fallacy)

解説

多数のデータの中から、偶然一致している部分や、都合の良い部分だけを後から見つけ出し、そこに何か意味のあるパターンや因果関係があるかのように主張する誤りです。壁に向かって無数に弾を撃ち、弾痕が集中した場所に後から的を描くテキサスの狙撃兵に例えられます。

使用例

「調査の結果、我が社のヒット商品を買った顧客は、皆、特定のテレビ番組を見ていて、赤い車に乗っていて、ペットに犬を飼っていることが分かった!これが、次のマーケティングの鍵だ!」
(無数のデータの中から、後付けで共通項を探せば、何かしら見つかるのは当たり前。)

対策

そのパターンが、データを集める前に立てられた仮説によって予測されたものなのか、それともデータを分析した後に後付けで見つけられたものなのかを確認しましょう。後付けで見つかったパターンは、別のデータセットでも再現できるかを検証しない限り、偶然の産物である可能性が高いです。

お前だって論法

(Tu quoque)

解説

相手から批判や指摘をされたときに、その内容に反論するのではなく、「お前だって同じことをやっているじゃないか!」と相手の矛盾や偽善を攻撃することで、論点をそらす誤りです。「人身攻撃」の一種です。

使用例

A:「君は、最近遅刻が多いぞ。改善してくれ。」
B:「課長だって、先週ゴルフで会社を早退したじゃないですか!」
(課長が早退したかどうかと、Aが遅刻しているという事実は別の問題。)

対策

「私のことはさておき、今はあなたの問題について話しています。私の問題については、後で別途議論しましょう」と、論点を自分自身に戻すことが重要です。相手の問題と自分の問題を混同しないようにしましょう。

Two wrongs don't make a right

(二つの誤りは一つの権利にならない)

解説

相手が何か悪いことをしたからといって、自分が同じ悪いことをし返しても正当化される、という考え違いです。「お前だって論法」と密接に関連します。

使用例

「競合のA社が、我が社の製品デザインを真似した。だから、こちらもA社の新技術を真似してやっても、文句は言われないはずだ。」
(相手の不正が、自分の不正を正当化する理由にはならない。)

対策

他者の行動とは独立して、自分たちの行動が倫理的・法的に正しいかどうかを判断する必要があります。「相手がルールを破ったからといって、我々もルールを破って良いことにはなりません。我々は、正々堂々と別の方法で対抗しましょう」と、より高い倫理基準を保つよう促すことが重要です。

空虚な真

(Vacuous truth)

解説

前提となる条件を満たすものが一つも存在しないために、技術的には「真(正しい)」となってしまう命題のことです。内容は無意味ですが、相手を煙に巻くために使われることがあります。

使用例

会議室に誰もいない状況で:
「この会議室にいるユニコーンは、全員ピンク色です。」
(この会議室にユニコーンは一頭もいないので、この命題に反する「ピンク色でないユニコーン」も存在しない。したがって、この命題は論理学的には「真」となるが、全く無意味である。)
【製造業での例】
「この倉庫にある、24金でできたネジは、全てJIS規格に適合しています。」
(そもそも、そんなネジは一本もないので、主張としては正しいが、何の情報も与えていない。)

対策

主張の前提となる対象が、実際に存在するかどうかを確認しましょう。「その主張は、技術的には正しいかもしれませんが、現実には何の意味もありませんよね?」と、その空虚さを指摘することが有効です。

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