前書き
私のこれまで経験と思っていることについて記載しております。
本記事は、品質保証やQAについて考える中で生まれた疑問を整理している連載の一つです。
この連載について
品質保証プロセスの改善やQAの役割について考える中で、いくつかの疑問を持つようになりました。
記事一覧
- QAは品質を保証しているのか?
- レビューは品質を保証しているのか?
- AI時代にQAが保証するものは何か?
- レビューの価値は学習ではないか?
- プロセスは思考を設計しているのか?
- 良い思考はどのように伝わるのか?
- 良い思考はどのように組織知になるのか? ← 今回
前回の記事では、良い思考を伝えるためには、前提を揃え、共通基盤を作ることが重要ではないかということについて考えました。
今回は、その先の問いについて考えてみたいと思います。
個人に伝わった思考は、どのように組織へ残っていくのでしょうか。
はじめに
レビューや育成を行っていると、「以前説明したことが伝わった」と感じる瞬間があります。
例えばレビューの際、私が指摘しようと思った内容について、
相手から
「ここはこのように考えたので、この結論にしました」
と説明されたことがありました。
成果物自体も問題ありませんでしたが、それ以上に嬉しかったのは、その人が考え方を理解し、自分なりに判断していたことでした。
一方で、そのような人が別案件へ異動し、その考え方が元のチームに残らなかった経験もあります。
この経験から、「個人に伝わること」と「組織に残ること」は別なのではないかと思うようになりました。
思考は人には伝わる
前回の記事でも書きましたが、思考の伝承には時間がかかります。
レビューで修正内容だけを伝えるのであれば短時間で終わります。
しかし、
- なぜそう考えたのか
- どのような観点で見たのか
- 何をリスクとして考えたのか
まで共有しようとすると、何倍もの時間がかかります。
実際に数時間かけて議論したこともありました。
それでも、その後に考え方を理解し、自ら説明できるようになった人がいました。
つまり、良い思考は人に伝わることはあるのだと思います。
しかし組織には残らないことがある
ところが、その人が別案件へ異動すると状況が変わります。
本人は考え方を活用し続けていました。
しかし、それが新しいチーム全体へ広がることはありませんでした。
理由はいくつかあったと思います。
- 案件期間が短かった
- 同じ前提を持つメンバーが少なかった
- 継続的なレビューの機会がなかった
つまり、
「伝わった人がいる」
ことと、
「組織に残った」
ことは別の話だったのです。
思考を残す仕組みを作ったことがある
以前私は、設計判断や検討過程を中間成果物として残す仕組みを作ったことがあります。
最終成果物だけではなく、
- なぜその判断をしたのか
- どの案を比較したのか
- どのリスクを考慮したのか
といった思考過程も記録するようにしました。
しかし課題もありました。
- 作成コストが高い
- 読むのに時間がかかる
- 前提知識がないと理解できない
つまり、
「残すこと」
と
「活用できること」
は違うということです。
文書があるだけでは組織知にはならないのかもしれません。
組織知には段階があるのかもしれない
ここまで考えてきて、組織知には段階があるのではないかと思うようになりました。
例えば、
レベル1:記録されている
- 文書が存在する
- 過去の判断を確認できる
レベル2:複数人が説明できる
- 特定個人だけでなく複数人が理解している
- 考え方を説明できる
レベル3:新人にも伝わる
- 教育やレビューの仕組みがある
- 経験の少ない人でも学べる
レベル4:文化として残る
- 誰かに言われなくても実践される
- 共通の品質観や価値観として浸透している
このような段階があるように感じています。
私自身の経験では、レベル2までは到達できたことがあります。
しかしレベル3、特にレベル4は急に壁が高くなるように思います。
組織知は文書ではなく文化なのかもしれない
以前、私の考え方を共有していたメンバー達のことを、冗談で「派閥」と呼んでいました。
もちろん囲い込みたいわけではありません。
むしろ会社の内外に広がってほしいと思っていました。
振り返ると、その人達に共通していたのは、
- 品質観
- 考え方
- レビューの視点
だったように思います。
これは文書ではありません。
人と人の間で共有されていた価値観に近いものです。
組織知とは、手順書や成果物として残るものだけではなく、人と人の間で共有される文化なのかもしれません。
組織知化はコストなのか投資なのか
組織知について考える時によく聞くのが、
「教えるより自分でやった方が早い」
という言葉です。
確かに短期的にはその通りかもしれません。
しかし私は少し違う方向で考えていました。
自分ができることを他の人もできるようになれば、自分は次の課題へ進むことができます。
そして、新しくできるようになったことを展開すれば、他の人もできることが増える、
というサイクルを回すことができる、と考えていました。
つまり、教育やレビューはコストではなく投資だと考えていました。
もちろん短期的には工数がかかります。
しかし長期的には組織全体の能力向上につながる可能性があります。
組織知化とは、知識を残す活動ではなく、未来への投資なのかもしれません。
おわりに
今回の記事では、
「良い思考はどのように組織知になるのか?」
について考えてみました。
考えていく中で、
- 思考は人には伝わる
- しかし組織に残るとは限らない
- 残すことと活用できることは違う
- 組織知には段階があるかもしれない
ということが見えてきました。
そして組織知とは、単なる文書ではなく、人と人の間で共有される価値観や文化に近いものなのかもしれません。
ただし、仮に組織知として残せたとしても、それだけで活用されるわけではありません。
人は模倣し、理解し、応用できるようになって初めて、その知識を使いこなせるようになります。
では、良い思考はどのように身につくのでしょうか。
次回は、そのことについて考えてみたいと思います。