この連載について
品質保証プロセスの改善やQAの役割について考える中で、
いくつかの疑問を持つようになりました。
本連載では、それらの疑問について整理しながら考えていきます。
記事一覧
第1章 品質保証を問い直す
1. QAは品質を保証しているのか?
2. レビューは品質を保証しているのか?
3. AI時代にQAが保証するものは何か?
第2章 品質はどこから生まれるのか
4. レビューの価値は学習ではないか? ← 今回の記事
5. プロセスは思考を設計しているのか?(予定)
前書き
私のこれまでの経験と思っていることについて記載しております。
前回の記事では、
「AI時代にQAが保証するものは何か?」
というテーマについて考えてみました。
その中で、QAが保証しているのは品質そのものではなく、
「品質判断の根拠」
なのではないかという考えに至りました。
今回は少し視点を変えて、レビューについて考えてみたいと思います。
レビューは品質保証活動の代表的な取り組みです。
しかし、レビューの価値とは何なのでしょうか。
不具合を見つけることでしょうか。
それとも別の価値があるのでしょうか。
今回も考察の途中ではありますが、私がこれまでの経験の中で感じてきたことを書いてみたいと思います。
はじめに
レビューという言葉を聞くと、
多くの人は
「不具合を見つける活動」
を思い浮かべると思います。
実際にレビューでは、
- 要求の漏れ
- 設計の問題
- 実装ミス
などを発見します。
そのため、
レビュー
↓
不具合発見
↓
品質向上
という流れで説明されることが多いように思います。
私も長い間、そのように考えていました。
しかし実際にレビューを続けていると、少し違うようにも感じています。
良いレビューとは何だろうか
皆さんは、
「良いレビューだった」
と感じるのはどのような時でしょうか。
- 指摘件数が多かった時でしょうか
- 重大な不具合を見つけた時でしょうか
- レビュー時間が短かった時でしょうか
もちろんそれらも一つの評価軸です。
しかし私自身が振り返ると、
本当に価値があったと思えるレビューは少し違います。
レビューが終わった後に、
「この考え方は次にも使えそうだ」
「こういう観点で見るべきだったのか」
という気付きが得られた時です。
それは作成者だけではありません。
レビュア自身も学ぶことがあります。
要求の背景。
設計の意図。
現場特有の制約。
レビューを通じて新しい知見を得ることがあります。
私がレビューで大切にしていたこと
私はレビューを行う際、
指摘そのものよりも、なぜその指摘をしているのかを伝えることを意識していました。
例えば、「ここを修正してください」だけではなく、
「なぜ問題だと思ったのか」
「どのような観点で見ているのか」
を説明するようにしていました。
また、作成者に対しても、
「なぜそのように考えたのか」
を聞くようにしていました。
そうすると、成果物のレビューというより、
お互いの考え方を共有する場になっていきます。
今振り返ると、私がレビューしたかったのは成果物だけではなく、
その成果物を生み出した思考だったのかもしれません。
レビューの価値は学習にあるのではないか
このように考えると、レビューの流れは次のように表現できるかもしれません。
レビュー
↓
相互学習
↓
認識合わせ
↓
設計改善
↓
品質向上
もちろん不具合発見も重要です。
しかし、本当に価値があるのは、
レビューを通じて参加者全員の理解が深まることではないでしょうか。
レビューで見つけた不具合は、その場で修正されます。
しかしレビューで得た学びは、次の設計や次の開発でも活用できます。
私自身、良いレビューだったと思い出すのは、
指摘件数が多かったレビューではなく、
長期的に活かせる考え方を得られたレビューです。
レビュー品質とレビュー価値
ここで一つ気になることがあります。
私たちはレビュー品質は管理しています。
例えば、
- レビュー実施率
- 指摘件数
- 指摘密度
- レビュー時間
などです。
しかし、これらはレビューという活動の品質を示しているだけです。
レビューによって何が得られたかまでは分かりません。
一方で、レビュー価値を考えると、
本当に見たいのは、
- 理解の差がどれだけ埋まったか
- 認識のズレがどれだけ減ったか
- 新しい知見が得られたか
- 将来活用できる学びが得られたか
なのかもしれません。
ただし、これらを測定することは簡単ではありません。
だからこそ、まずはレビュー品質を管理し、
必要に応じてレビュー価値を見る。
そのような段階的な考え方も必要なのかもしれません。
学習は放置しても価値にならない
もう一つ考えていることがあります。
それは、学習しただけでは価値にならないということです。
レビューで良い気付きが得られたとしても、その場限りで終わってしまえば、
組織としては何も変わりません。
学びを共有し、再利用し、次の開発で活かせて初めて価値になります。
そう考えると、レビューの価値は学習にあるとしても、
その学習を活かす仕組みも同時に必要なのかもしれません。
おわりに
今回の記事では、レビューの価値について考えてみました。
当初は、レビューとは不具合を見つける活動だと思っていました。
しかし振り返ってみると、私自身が価値を感じていたのは、
不具合発見よりも学習だったように思います。
レビューを通じて、新しい観点を知る。
考え方を学ぶ。認識を合わせる。
その積み重ねが品質向上につながっているのではないでしょうか。
もちろん私自身もまだ答えは持っていません。
ただ、レビューの価値は不具合検出だけではなく、
学習にあるのかもしれない。
最近はそのように考えています。
皆さんはレビューの価値をどこに感じていますか。
不具合発見でしょうか。
それとも別のところにあるのでしょうか。
ぜひ皆さんの考えも聞いてみたいと思います。