第1章「それ、ルンバにできるか?」
── 物語
颯の自由研究発表から3ヶ月後。秋。
母・恵子が腰を痛めた。ヘルニアではないが、重いものを持って階段を上がると痛む。
広瀬家は築35年の木造2階建て。洗濯機は1階の洗面所。物干し竿は2階のベランダ。毎日、濡れた洗濯物をカゴに入れて階段を13段上がり、ベランダに干す。カゴの重さは約7kg。
「おとん、これロボットにやらせられへんの?」
剛はため息をついた。
「声は出せたやろ。顔も動いたやろ。でもな、あの人形は40センチで500グラムや。7キロのカゴを持って13段の階段を上がるんは、全く別の話やぞ」
颯は考えた。ルンバは掃除をする。食洗機は皿を洗う。洗濯乾燥機は洗って乾かす。でも——
「洗濯物を2階に運んで干す機械は、ない」
ないのだ。洗濯乾燥機は「干す」工程を乾燥で代替する。だが日本の多くの家庭は、外干し・天日干しを好む。電気代の問題もあるし、日光による殺菌効果を重視する人も多い。
つまり「2階に運んで干す」は、家事の中で最も自動化が遅れている物理タスクのひとつだ。
颯はノートに書いた。
タスク分解:
- 洗濯機から濡れた衣類をカゴに取り出す
- カゴ(約7kg)を持つ
- 1階から2階へ階段(13段、蹴上200mm、踏面250mm)を上がる
- ベランダに出る(サッシの段差約30mm)
- 洗濯物を1枚ずつ取り出す
- 広げる/しわを伸ばす
- ハンガーに掛ける or 物干し竿にかける or 洗濯ばさみで留める
- 全部干し終わったら空のカゴを持って1階に戻る
8ステップ。どれひとつとして、いまの自分のからくり人形にはできない。
「声もいらん。顔もいらん。しゃべらんでいい。身体だけでいい。でもその身体が、いちばん難しいんや」
── 技術コラム:タスク分析
| ステップ | 物理要件 | 難易度 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1. 洗濯機から取り出す | 片手でドラム内に手を入れ、衣類を掴む | ★★★ | 湿った布のグリップ。衣類同士が絡む |
| 2. カゴを持つ | 7kgを両手で把持。重心は不安定(中身が偏る) | ★★ | 産業用なら容易。人型の手で持つのが課題 |
| 3. 階段を上がる | 13段×200mm。7kgを保持したまま二足歩行で登坂 | ★★★★★ | 最難関。Atlas/Digitレベル |
| 4. サッシ段差越え | 30mmの段差(レール)を跨ぐ | ★★★ | バランス崩しやすい |
| 5. 1枚取り出す | 濡れた布の塊から1枚を分離 | ★★★★ | 変形物体の分離。研究最前線 |
| 6. 広げる | 丸まった衣類を両手で広げ、形を整える | ★★★★★ | 最難関タイ。UC Berkeleyで研究中 |
| 7. 干す | ハンガーに通す or 竿に掛ける or ピンチで留める | ★★★★ | 双腕協調+精密把持 |
| 8. 階段を下りる | 空カゴを持って13段下りる | ★★★★ | 下りは上りより制御が難しい |
正直な結論:★5が2つある。階段登坂と衣類展開。どちらもロボティクスの未解決問題に近い。
第2章「足」
── 物語
颯は階段を測った。巻き尺で。
- 蹴上(1段の高さ):200mm
- 踏面(足を載せる奥行き):250mm
- 幅:780mm(壁から手すりまで)
- 勾配:約38.7°
- 段数:13段(途中に踊り場なし、直線階段)
「人間の足のサイズ、26cmくらいやろ。踏面250mmやから、足がギリギリ載る程度。7kgのカゴ持ってここを上がるんか」
颯はYouTubeでBoston DynamicsのAtlasが階段を上がる映像を見た。軽やかだ。だがAtlasは身長150cm・体重89kgで、推定コストは数百万ドル。関節ごとの油圧アクチュエータの出力トルクは100Nm以上。
次にAgility RoboticsのDigitを見た。電動アクチュエータ、倉庫で箱を運ぶ。階段は上れるが、デモでは手ぶらだった。
Tesla Optimusの映像。階段は上っていない。
「人型で階段を上がって荷物を運ぶやつ、まだ製品としてはゼロなんや」
剛が工房から声をかけた。
「人型にこだわる理由は何や?」
「家が人型に合わせて作られてるから。階段の幅も、ドアの高さも、手すりの位置も。人のサイズで動けるロボットじゃないと、家を改造せなあかん」
剛は黙った。それは正しい。
颯は脚の要件を整理した。
■ 脚の最低要件
- 自重 + 7kg(カゴ)を持って200mmの段差を登る
- 片足立ちで全体重を支える(遊脚を振り出す瞬間)
- 足裏サイズ:250mm以下(踏面に収まる)
- 股関節トルク(ピッチ):最低50Nm(体重20kg想定)
- 膝関節トルク:最低40Nm
- 足首関節トルク:最低30Nm
- 自由度:片脚6DoF(股関節3軸、膝1軸、足首2軸)× 両脚 = 12DoF
ここで壁にぶつかった。
ホビー用サーボの最大トルク。MG996Rで1.1Nm。50Nmには45倍足りない。
Dynamixelの大型モデルPH54-200-S500-Rで44.7Nm。1個約15万円。脚だけで12個、180万円。
「おとん、脚だけで軽自動車買える」
剛は工具箱を見た。
「……ワシが作るか」
「は?」
「アクチュエータ。ギアボックス込みで。ワシは金属プレスのプロや。ハウジングはアルミの削り出しでいける。モーターはブラシレスDCを中国から買う。減速機はハーモニックドライブの原理で——いや、遊星歯車のほうが町工場向きか」
剛は旋盤を見た。20年使っている旋盤。からくり人形の歯車を木で削ったじいちゃんと、金属で歯車を削る自分。
「歯車はワシの専門や」
── 技術コラム:階段昇降に必要なアクチュエータ
必要トルクの概算
対象:全備重量20kg(ロボット13kg+カゴ7kg)、身長120cm程度(小柄な人型)
階段1段(200mm)を上がるとき、片足で全重量を持ち上げる瞬間:
$$\tau_{hip} = m \cdot g \cdot l_{thigh} \cdot \sin\theta \approx 20 \times 9.8 \times 0.25 \times \sin(60°) \approx 42.4 \text{ Nm}$$
安全率1.5を掛けて約64Nm。これが股関節ピッチ軸に必要な最低トルク。
アクチュエータ選択肢
| 方式 | 出力トルク | 重量 | 単価(目安) | DIY適性 |
|---|---|---|---|---|
| ホビーサーボ(MG996R) | 1.1Nm | 55g | ¥500 | ◎だが出力不足 |
| Dynamixel PH54 | 44.7Nm | 855g | ¥150,000 | ○だが高価 |
| BLDC + 遊星歯車減速(自作) | 50-80Nm(設計次第) | 500-800g | ¥5,000-15,000 | △(加工技術要) |
| QDD(準直駆動)方式 | 30-60Nm | 400-600g | ¥20,000-50,000 | ○(Tモーター等) |
| 油圧 | 100Nm+ | 高い | 高い | ✕(町工場では困難) |
颯と剛の選択:Tモーター社のAK80-64(ピークトルク64Nm、重量485g、約$300≒¥45,000)を候補に。MITが準直駆動ロボット「Mini Cheetah」で使った系統のモーター。これに自作のアルミハウジングと遊星歯車を組み合わせる。
脚12軸 × ¥45,000 = ¥540,000。高いが、Dynamixelの1/3。
🔍 調査メモ:未解決の問い
- Tモーター AK80-64は個人で買えるか? → AliExpressで購入可能だが、リードタイム4-8週。ドライバー(ODrive等)が別途必要
- 遊星歯車の自作は現実的か? → 剛の旋盤でモジュール1.0の鋼歯車を削るのは可能。ただしバックラッシュ(歯車の隙間)の管理が精度を左右する。ワイヤカットEDM外注も検討
- バランス制御 → 階段昇降中のZMP(ゼロモーメントポイント)制御には6軸IMU+足裏力センサが必須。IMU(MPU-9250)は¥1,000。足裏力センサ(FSR)は1枚¥500、片足4点で¥2,000
- 転倒リスク → 7kgのカゴを持った状態で13段の階段で転倒したら、洗濯物どころかロボット自体が壊れる。転倒時の安全停止機構が必須。パラシュート的な摩擦ブレーキ or 手すり把持による墜落防止
第3章「手」
── 物語
脚の設計で頭がいっぱいの颯は、ふと母の干し方を観察した。
恵子はカゴから洗濯物を取り出すとき、まず手を突っ込んで1枚だけ引き抜く。絡まっていたら反対の手で押さえて引っ張る。
取り出したら、両手でバサッと広げる。Tシャツなら肩のラインを持って振る。タオルなら端と端を持って引く。
ハンガーに通すときは、片手でハンガーを持ち、もう片方の手で襟ぐりを広げて通す。
洗濯ばさみは、親指と人差し指でつまんで開き、布をはさんで離す。
颯はメモした。
■ 手に必要な動作
- a) カゴの中に手を突っ込む → 手首の可動域大
- b) 濡れた布を1枚掴む → 柔軟物のグリップ、布同士の分離
- c) 布を両手で広げる → 双腕協調、引っ張り力、振り動作
- d) ハンガーに通す → 片手固定+片手挿入の二役
- e) 洗濯ばさみを操作する → ピンチグリップ(親指+人差し指)、力加減
これを見て颯は絶望した。
「全部、人間の手の一番得意なことやん……」
人間の手は27個の骨、33の関節、34の筋肉を持つ。自由度は20以上。ロボットハンドでこれを再現するのは、2026年時点で最も困難な機械設計のひとつだ。
しかし颯は思い直した。
「全部できる手は要らん。洗濯物を干すのに必要な動きだけできればいい」
単一業務特化。万能な手ではなく、洗濯を干すためだけの手。
颯は3つの機能に絞った。
| 機能 | 必要な動き | 最小構成 |
|---|---|---|
| 掴む | 平行グリップ(ざっくり掴む) | 2指平行グリッパー |
| つまむ | ピンチグリップ(洗濯ばさみ操作) | 親指+人差し指のピンチ機構 |
| 広げる | 両手を左右に引っ張る | 腕の可動範囲+グリップ維持 |
「3機能でいい。5本指は要らん。カニのハサミ+ピンセットみたいなもんでいける」
剛が口を挟んだ。
「ほな、からくりの手ぇ見てみぃ。弓引き人形の手は、矢をつまんで弦にセットして、引いて、離す。3本の指で4動作や。江戸の職人は、5本全部は使わんかった。目的に要る指だけ作った」
からくりの思想。万能より専用。必要な機能だけを、最小の機構で実現する。
── 技術コラム:濡れた布の操作(Deformable Object Manipulation)
これはロボティクス研究の最前線。硬い物体と違い、布は:
- 形状が不定(無限自由度の変形体)
- 自己遮蔽する(折り畳まると内部が見えない)
- 摩擦特性が状態(乾/湿)で変わる
- 絡まる
現在の研究水準(2025-2026)
| 研究 | 機関 | 内容 | 成功率 | 制限 |
|---|---|---|---|---|
| SpeedFolding | UC Berkeley (2022) | 双腕でTシャツを120秒で畳む | 93% | 乾いた布のみ。事前にテーブル上で分離済み |
| FlingBot | Columbia (2022) | 布を振って広げる | 80% | テーブル上。1枚ずつ供給 |
| ClothFunnels | Stanford (2022) | 布のスムージングと折り畳み | 85% | 乾燥布。固定視点カメラ |
| DextAIRity | MIT (2022) | 空気を使って布を広げる | 70% | 特殊な空気噴射装置が必要 |
注目すべき点:すべて「乾いた布」「テーブル上」「1枚ずつ」という条件。カゴの中のぐちゃぐちゃの濡れた洗濯物から1枚を分離して広げる研究は、2026年時点でほぼない。
颯の妥協案:「広げなくてもいい干し方」
完全に広げてハンガーに通すのは、2030年目標としても楽観的すぎる。
代替案:物干し竿に二つ折りで掛けて、洗濯ばさみで留める。
この方式なら:
- 「きれいに広げる」が不要 → 大まかに長辺方向を揃えればOK
- ハンガー操作が不要 → 竿に掛けるだけ
- 必要なのは「掴む→引き出す→竿にかける→ピンチで留める」の4動作
「100点の干し方は無理。でも、60点で干してくれるなら、母さんは階段を上がらなくていい」
🔍 調査メモ:未解決の問い
- カゴから1枚だけ引き出す方法 → 力覚センサ付きグリッパーで「引っ張り抵抗が急に増えたら絡まっている」を検知し、持ち替える。触覚ベースの分離戦略。要実験
- 衣類の長辺方向をどう判定するか? → 深度カメラで掴んだ布のシルエットを撮り、主軸方向(慣性主軸)を算出。VLM(Vision-Language Model)で「これはタオルだから長辺を横に」等の判定も可能
- 洗濯ばさみの操作力 → 一般的なプラスチック洗濯ばさみの開閉に必要な力は約3-5N。ピンチグリッパーで十分対応可能
- 濡れた布のグリップ → ゴム被覆の指先+適度な把持力(10-15N)で滑りを防ぐ。シリコンゴムパッドが有効
第4章「黙って考える頭」
── 物語
脚と手の設計を進める中で、颯はふと気づいた。
「このロボット、しゃべらんでいい。でも考えなあかん」
例えば——
カゴの中にTシャツとタオルとパンツが入っている。Tシャツは色物と白を分けて干したい。タオルは広げて干す。パンツは小さいからピンチハンガーに吊るす。
この「見て、判断して、やり方を変える」を誰がやるのか。
if文で全パターンを書く? 衣類の種類はTシャツ、ポロシャツ、ワイシャツ、パンツ、靴下、タオル、バスタオル、ハンカチ、シーツ……。干し方のルールも家庭ごとに違う。
「これ、LLMに見せて判断させるのが正解ちゃうか」
LLMの使い方が、ここで初めて明確になった。
このロボットにおけるLLMの役割は「会話」ではない。「目で見て、黙って判断する」ことだ。
- 入力:カメラ画像(カゴの中身 / 手に持った衣類 / 物干し竿の空き状況)
- 処理:VLM(Vision-Language Model)が画像を解釈し、行動計画を生成
- 出力:動作コマンド(掴む位置、干す位置、干し方の選択)
※ 音声入力なし。音声出力なし。テキスト表示もなし。
※ 人間には何も話しかけない。黙って干す。
颯はGR00T N1.6のことを思い出した。NVIDIAの汎用ロボットAIモデル。Cosmos-2Bベースの視覚言語モデルとDiffusion Transformerのポリシーヘッドを持つVLAモデル。
だがGR00Tは「汎用」だ。何でもやれる代わりに、何ひとつ完璧にはやれない。
「洗濯物を干す」に特化するなら、もっと軽いモデルでいい。
颯の構想:
┌────────────────────────────────────┐
│ LLMの役割(洗濯物干しロボット) │
│ │
│ 1. 認識(何を持っているか) │
│ 深度カメラ → VLM推論 │
│ 「これはバスタオル」 │
│ │
│ 2. 判断(どう干すか) │
│ VLMが干し方を決定 │
│ 「バスタオル → 竿に二つ折り」 │
│ │
│ 3. 計画(どの順序でやるか) │
│ 干す場所の空きを画像で確認 │
│ 「左端の竿に空きがある」 │
│ │
│ 4. 異常対応(落としたとき等) │
│ 「布が落ちた → 拾い直す」 │
│ 「風でずれた → 挟み直す」 │
│ │
│ 入力:画像のみ │
│ 出力:動作コマンドのみ │
│ 発話:なし │
└────────────────────────────────────┘
「LLMは口じゃなくて目と判断力に使う。それが、このロボットの頭の使い方や」
剛が聞いた。
「ほな、ラズパイで動くんか?」
「……動かん。Jetsonがいる」
NVIDIA Jetson Orin NX(約10万円)なら、量子化した7BクラスのVLMをローカルで推論できる。推論速度は1回2-3秒。洗濯物1枚につき1回判断すればいいから、速度は問題にならない。
クラウドは使わない。家庭内の洗濯物の画像を外部に送るのは、プライバシーの問題がある。すべてエッジで完結させる。
── 技術コラム:VLMによる洗濯物認識と行動計画
なぜLLM/VLMか(ルールベースではダメな理由)
| 状況 | ルールベース | VLM |
|---|---|---|
| タオルとTシャツの区別 | 画像分類器で可能 | 可能 |
| 裏返しのTシャツ | 学習データに依存 | 「裏返しっぽい → 気にせず干す」と判断可能 |
| 見たことない衣類(ワンピースなど) | 未登録→エラー | 「長い布 → 二つ折りで竿にかける」と汎化 |
| 干す場所の最適配置 | 組合せ最適化が必要 | 「大きいものは端、小さいものは内側」と常識で配置 |
| 風で落ちた場合の対応 | 全パターン書けない | 「落ちた → 拾って干し直す」と自然に対応 |
LLMの真価は「想定外」への対応。洗濯物は毎回微妙に違う。完全なルール化は不可能。常識的にそれっぽく判断する能力が必要で、これがLLMの得意技。
エッジ推論の構成
| コンポーネント | 選択肢 | 用途 |
|---|---|---|
| ハードウェア | Jetson Orin NX 16GB (¥100,000) | VLM推論+画像処理+動作計画 |
| VLM | LLaVA-1.6-7B (量子化INT4) | 画像→衣類識別→干し方判定 |
| 画像入力 | Intel RealSense D435i (¥40,000) | RGB-D(色+深度) |
| 動作計画 | VLM出力 → 有限状態機械 → ROS2 | 「掴む→運ぶ→掛ける→留める」の状態遷移 |
推論フロー:
- 深度カメラでカゴの中身を撮影
- VLMに画像を入力:
"What clothing item is on top? How should it be hung on a clothesline?" - VLM出力例:
"Blue bath towel. Fold in half lengthwise, drape over the pole, secure with two clips on each end." - 出力をパーサーで動作コマンドに変換:
GRASP(top_item) → FOLD(lengthwise) → DRAPE(pole, position=left_3) → CLIP(left_end) → CLIP(right_end) - ROS2が動作コマンドをサーボに送信
言語入出力は人間に向けたものではない。ロボット内部の思考言語として使う。
🔍 調査メモ:未解決の問い
- VLMの衣類認識精度 → 一般的なVLM(LLaVA等)は乾いた衣類の認識は得意だが、濡れて丸まった衣類の認識精度は未知。自前データセットでのファインチューニングが必要な可能性大。家庭の洗濯物を100回撮影してデータを作れるか?
- Jetson Orin NXでLLaVA-7Bの推論速度 → INT4量子化で約3-5秒/回の報告あり。洗濯物1枚あたり認識→計画で2回呼ぶとして6-10秒。許容範囲
- 動作コマンドへの変換の信頼性 → VLMの自然言語出力を確実に動作コマンドに変換するパーサーが必要。フォーマットをプロンプトで強制し、JSON出力にするのが安定
- プライバシー → 家族の下着等が映る。クラウド送信は不可。完全ローカル処理は必須要件
第5章「つくれるのか」
── 物語
颯はノートの最後に、全体の構成図を描いた。
広瀬家 洗濯物干しロボット v0.0(仕様構想)
| 項目 | 仕様 |
|---|---|
| 身長 | 120cm(小柄な人型) |
| 重量 | 13kg(目標) |
| 可搬重量 | 7kg(洗濯カゴ) |
| 脚 | 12DoF(6×2)、QDDモーター |
| 腕 | 14DoF(7×2)、肩3軸/肘1軸/手首3軸 |
| 手 | 2指平行グリッパー+ピンチ機構(片手3DoF×2) |
| 頭 | 深度カメラのみ(顔なし、スピーカーなし) |
| 脳 | Jetson Orin NX + VLM(LLaVA-7B) |
| 制御 | ROS2 + Arduino(リアルタイムサーボ) |
| 電源 | LiPo 48V 10Ah(約1.5kg) |
| 稼働時間 | 30分(洗濯1回分) |
そして、原価見積もり。
| パーツ | 数量 | 単価 | 小計 |
|---|---|---|---|
| QDDモーター(AK80-64相当) | 12(脚) | ¥45,000 | ¥540,000 |
| Dynamixel XM430(腕・手首) | 14(腕) | ¥50,000 | ¥700,000 |
| グリッパー機構(自作) | 2 | ¥10,000 | ¥20,000 |
| Jetson Orin NX 16GB | 1 | ¥100,000 | ¥100,000 |
| Intel RealSense D435i | 1 | ¥40,000 | ¥40,000 |
| IMU + 足裏力センサ | 1式 | ¥10,000 | ¥10,000 |
| LiPoバッテリー 48V 10Ah | 1 | ¥50,000 | ¥50,000 |
| フレーム(アルミ削り出し・自作) | 1式 | ¥30,000 | ¥30,000 |
| 配線・基板・その他 | 1式 | ¥30,000 | ¥30,000 |
| 合計 | ¥1,520,000 |
「152万円……」
颯は現実を見た。
中学生の小遣いでは無理だ。剛の工場の機材を使っても、材料費だけで軽自動車1台分。しかも——
「これ、作れたとして、本当に階段上がれるかは分からんのやろ?」
剛がうなずいた。
「ソフトウェアの問題が残っとる。歩行制御は、金で買えるもんちゃう。Boston Dynamicsは何十年もかけとる」
颯はノートに赤字で書いた。
■ 正直な評価
【DIYで2026年にできること】
- ✅ 脚の1軸分の関節モジュール試作(モーター+減速機+エンコーダ)
- ✅ グリッパーで濡れた布を掴むテスト
- ✅ VLMで洗濯物を識別するテスト(カメラ+Jetson)
- ✅ 片腕で竿に布を掛ける動作のテスト
【DIYで2026年にできないこと】
- ✗ 二足歩行の安定制御(研究レベル)
- ✗ 荷物を持った階段昇降(未解決問題)
- ✗ カゴから濡れた衣類を1枚ずつ分離(研究最前線)
- ✗ 全工程の統合(上記すべてが解決した後の話)
【2030年に可能性があること】
- △ QDDモーターの価格低下(中国メーカー参入で1/3予測)
- △ VLAモデルの成熟(GR00T後継が洗濯タスクを学習済み?)
- △ 模倣学習による洗濯動作の獲得(誰かがデータセットを作れば)
- △ 足回りの制御ソフトウェアのオープンソース化
颯は最後に、小さく書き足した。
でも。
じいちゃんのからくり人形も、最初は歯車1個からだった。
だから、まず歯車1個から始める。
剛はそれを読んで、何も言わずに旋盤のスイッチを入れた。
アルミの丸棒をチャックに噛ませ、バイトを当てた。金属を削る音が工房に響いた。
歯車1個。
その歯車は、膝関節のハウジングになる予定だった。
── 技術コラム:ロードマップ(正直版)
| フェーズ | 期間 | やること | 成果物 | 予算 |
|---|---|---|---|---|
| 0. 要素検証 | 3ヶ月 | モーター1個で関節モジュール試作。グリッパーで布を掴む実験。VLMで衣類認識テスト | 関節1軸+グリッパー+認識デモ | ¥80,000 |
| 1. 腕だけ | 6ヶ月 | 片腕7DoF+グリッパーを台に固定。竿に布を掛けてピンチで留める | 固定式干しアーム | ¥400,000 |
| 2. 上半身 | 12ヶ月 | 両腕+胴体。カゴから取り出し→竿にかけるを自動化。台車に載せて移動 | 台車型干しロボット(階段は上がれない) | ¥600,000 |
| 3. 歩行研究 | 12-24ヶ月 | 脚の制御ソフトウェア開発。平地歩行→段差→階段の順 | 歩行可能な下半身 | ¥600,000 |
| 4. 統合 | 6ヶ月 | 上半身+下半身+全タスク統合 | 洗濯物干しロボット v1.0 | ¥200,000 |
合計期間:3-4年。合計予算:約190万円。
フェーズ2の「台車型」が現実的な第一ゴール。階段を上がるのは一旦諦め、2階にカゴを運ぶのは人間がやり、干す作業だけロボットがやる。これなら2年以内に価値を出せる可能性がある。
ただし——それでは母さんの「階段を上がらなくていい」は解決しない。
最も安い階段問題の解法:ロボットではなく、洗濯カゴ用の小型リフト(階段昇降機)を自作する。レールを階段に沿って設置し、ウィンチで引き上げる。これなら¥50,000以下で作れる。洗濯物を干す作業はフェーズ2のロボットがやる。
「階段を上がるのはリフト、干すのはロボット。全部を1台でやろうとしない」
これが颯と剛の、正直な結論だった。
付録:BOM(部品表)フェーズ0
| 品名 | 型番/仕様 | 数量 | 単価 | 小計 | 入手先 |
|---|---|---|---|---|---|
| BLDCモーター | T-Motor AK60-6 (9.4Nm) | 1 | ¥25,000 | ¥25,000 | AliExpress |
| モータードライバ | ODrive S1 | 1 | ¥15,000 | ¥15,000 | ODrive公式 |
| エンコーダ | AS5047P(磁気式) | 1 | ¥1,500 | ¥1,500 | Digi-Key |
| アルミ丸棒 A5052 | φ60×100mm | 2 | ¥500 | ¥1,000 | MonotaRO |
| 遊星歯車セット | モジュール1.0 | 1式 | ¥5,000 | ¥5,000 | 自作 or 外注 |
| Jetson Orin Nano 8GB | (開発キット) | 1 | ¥70,000 | ¥70,000 | NVIDIA公式 |
| 深度カメラ | Intel RealSense D405 | 1 | ¥25,000 | ¥25,000 | Intel公式 |
| マイクロサーボ(グリップ用) | MG90S | 4 | ¥500 | ¥2,000 | Amazon |
| グリッパー指(3Dプリント+シリコンパッド) | 自作 | 2 | ¥1,000 | ¥2,000 | — |
| 洗濯ばさみ(実験用) | 市販品 | 20 | ¥10 | ¥200 | 100均 |
| 合計 | ¥146,700 |
フェーズ0は約15万円。これなら始められる。
付録:画像プロンプト一覧
| # | シーン | キーワード |
|---|---|---|
| 1 | 階段と洗濯カゴ(問題の提示) | 日本の木造住宅、階段13段、洗濯カゴ、少年 |
| 2 | 父が歯車を削る | 旋盤、アルミ歯車ハウジング、BLDCモーター、CAD画面 |
| 3 | ロボットの手が濡れた布を広げる | 2指グリッパー、水滴、物干し竿、青空 |
| 4 | VLMの視界(衣類認識) | 深度カメラPOV、カゴの中身、AR的アノテーション |
| 5 | 旋盤で膝関節を削る(夜の工房) | アルミ切粉、職人の手、ノートの設計図、静かな決意 |