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からくりの子 II ── 階段を上がれ

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第1章「それ、ルンバにできるか?」

── 物語

颯の自由研究発表から3ヶ月後。秋。

母・恵子が腰を痛めた。ヘルニアではないが、重いものを持って階段を上がると痛む。

広瀬家は築35年の木造2階建て。洗濯機は1階の洗面所。物干し竿は2階のベランダ。毎日、濡れた洗濯物をカゴに入れて階段を13段上がり、ベランダに干す。カゴの重さは約7kg。

「おとん、これロボットにやらせられへんの?」

剛はため息をついた。

「声は出せたやろ。顔も動いたやろ。でもな、あの人形は40センチで500グラムや。7キロのカゴを持って13段の階段を上がるんは、全く別の話やぞ」

颯は考えた。ルンバは掃除をする。食洗機は皿を洗う。洗濯乾燥機は洗って乾かす。でも——

「洗濯物を2階に運んで干す機械は、ない」

ないのだ。洗濯乾燥機は「干す」工程を乾燥で代替する。だが日本の多くの家庭は、外干し・天日干しを好む。電気代の問題もあるし、日光による殺菌効果を重視する人も多い。

つまり「2階に運んで干す」は、家事の中で最も自動化が遅れている物理タスクのひとつだ。

颯はノートに書いた。

タスク分解:

  1. 洗濯機から濡れた衣類をカゴに取り出す
  2. カゴ(約7kg)を持つ
  3. 1階から2階へ階段(13段、蹴上200mm、踏面250mm)を上がる
  4. ベランダに出る(サッシの段差約30mm)
  5. 洗濯物を1枚ずつ取り出す
  6. 広げる/しわを伸ばす
  7. ハンガーに掛ける or 物干し竿にかける or 洗濯ばさみで留める
  8. 全部干し終わったら空のカゴを持って1階に戻る

8ステップ。どれひとつとして、いまの自分のからくり人形にはできない。

「声もいらん。顔もいらん。しゃべらんでいい。身体だけでいい。でもその身体が、いちばん難しいんや」


── 技術コラム:タスク分析

ステップ 物理要件 難易度 備考
1. 洗濯機から取り出す 片手でドラム内に手を入れ、衣類を掴む ★★★ 湿った布のグリップ。衣類同士が絡む
2. カゴを持つ 7kgを両手で把持。重心は不安定(中身が偏る) ★★ 産業用なら容易。人型の手で持つのが課題
3. 階段を上がる 13段×200mm。7kgを保持したまま二足歩行で登坂 ★★★★★ 最難関。Atlas/Digitレベル
4. サッシ段差越え 30mmの段差(レール)を跨ぐ ★★★ バランス崩しやすい
5. 1枚取り出す 濡れた布の塊から1枚を分離 ★★★★ 変形物体の分離。研究最前線
6. 広げる 丸まった衣類を両手で広げ、形を整える ★★★★★ 最難関タイ。UC Berkeleyで研究中
7. 干す ハンガーに通す or 竿に掛ける or ピンチで留める ★★★★ 双腕協調+精密把持
8. 階段を下りる 空カゴを持って13段下りる ★★★★ 下りは上りより制御が難しい

正直な結論:★5が2つある。階段登坂と衣類展開。どちらもロボティクスの未解決問題に近い。


第2章「足」

── 物語

颯は階段を測った。巻き尺で。

  • 蹴上(1段の高さ):200mm
  • 踏面(足を載せる奥行き):250mm
  • 幅:780mm(壁から手すりまで)
  • 勾配:約38.7°
  • 段数:13段(途中に踊り場なし、直線階段)

「人間の足のサイズ、26cmくらいやろ。踏面250mmやから、足がギリギリ載る程度。7kgのカゴ持ってここを上がるんか」

颯はYouTubeでBoston DynamicsのAtlasが階段を上がる映像を見た。軽やかだ。だがAtlasは身長150cm・体重89kgで、推定コストは数百万ドル。関節ごとの油圧アクチュエータの出力トルクは100Nm以上。

次にAgility RoboticsのDigitを見た。電動アクチュエータ、倉庫で箱を運ぶ。階段は上れるが、デモでは手ぶらだった。

Tesla Optimusの映像。階段は上っていない。

「人型で階段を上がって荷物を運ぶやつ、まだ製品としてはゼロなんや」

剛が工房から声をかけた。

「人型にこだわる理由は何や?」

「家が人型に合わせて作られてるから。階段の幅も、ドアの高さも、手すりの位置も。人のサイズで動けるロボットじゃないと、家を改造せなあかん」

剛は黙った。それは正しい。

颯は脚の要件を整理した。

■ 脚の最低要件

  • 自重 + 7kg(カゴ)を持って200mmの段差を登る
  • 片足立ちで全体重を支える(遊脚を振り出す瞬間)
  • 足裏サイズ:250mm以下(踏面に収まる)
  • 股関節トルク(ピッチ):最低50Nm(体重20kg想定)
  • 膝関節トルク:最低40Nm
  • 足首関節トルク:最低30Nm
  • 自由度:片脚6DoF(股関節3軸、膝1軸、足首2軸)× 両脚 = 12DoF

ここで壁にぶつかった。

ホビー用サーボの最大トルク。MG996Rで1.1Nm。50Nmには45倍足りない。

Dynamixelの大型モデルPH54-200-S500-Rで44.7Nm。1個約15万円。脚だけで12個、180万円。

「おとん、脚だけで軽自動車買える」

剛は工具箱を見た。

「……ワシが作るか」

「は?」

「アクチュエータ。ギアボックス込みで。ワシは金属プレスのプロや。ハウジングはアルミの削り出しでいける。モーターはブラシレスDCを中国から買う。減速機はハーモニックドライブの原理で——いや、遊星歯車のほうが町工場向きか」

剛は旋盤を見た。20年使っている旋盤。からくり人形の歯車を木で削ったじいちゃんと、金属で歯車を削る自分。

「歯車はワシの専門や」


── 技術コラム:階段昇降に必要なアクチュエータ

必要トルクの概算

対象:全備重量20kg(ロボット13kg+カゴ7kg)、身長120cm程度(小柄な人型)

階段1段(200mm)を上がるとき、片足で全重量を持ち上げる瞬間:

$$\tau_{hip} = m \cdot g \cdot l_{thigh} \cdot \sin\theta \approx 20 \times 9.8 \times 0.25 \times \sin(60°) \approx 42.4 \text{ Nm}$$

安全率1.5を掛けて約64Nm。これが股関節ピッチ軸に必要な最低トルク。

アクチュエータ選択肢

方式 出力トルク 重量 単価(目安) DIY適性
ホビーサーボ(MG996R) 1.1Nm 55g ¥500 ◎だが出力不足
Dynamixel PH54 44.7Nm 855g ¥150,000 ○だが高価
BLDC + 遊星歯車減速(自作) 50-80Nm(設計次第) 500-800g ¥5,000-15,000 △(加工技術要)
QDD(準直駆動)方式 30-60Nm 400-600g ¥20,000-50,000 ○(Tモーター等)
油圧 100Nm+ 高い 高い ✕(町工場では困難)

颯と剛の選択:Tモーター社のAK80-64(ピークトルク64Nm、重量485g、約$300≒¥45,000)を候補に。MITが準直駆動ロボット「Mini Cheetah」で使った系統のモーター。これに自作のアルミハウジングと遊星歯車を組み合わせる。

脚12軸 × ¥45,000 = ¥540,000。高いが、Dynamixelの1/3。

🔍 調査メモ:未解決の問い

  • Tモーター AK80-64は個人で買えるか? → AliExpressで購入可能だが、リードタイム4-8週。ドライバー(ODrive等)が別途必要
  • 遊星歯車の自作は現実的か? → 剛の旋盤でモジュール1.0の鋼歯車を削るのは可能。ただしバックラッシュ(歯車の隙間)の管理が精度を左右する。ワイヤカットEDM外注も検討
  • バランス制御 → 階段昇降中のZMP(ゼロモーメントポイント)制御には6軸IMU+足裏力センサが必須。IMU(MPU-9250)は¥1,000。足裏力センサ(FSR)は1枚¥500、片足4点で¥2,000
  • 転倒リスク → 7kgのカゴを持った状態で13段の階段で転倒したら、洗濯物どころかロボット自体が壊れる。転倒時の安全停止機構が必須。パラシュート的な摩擦ブレーキ or 手すり把持による墜落防止

第3章「手」

── 物語

脚の設計で頭がいっぱいの颯は、ふと母の干し方を観察した。

恵子はカゴから洗濯物を取り出すとき、まず手を突っ込んで1枚だけ引き抜く。絡まっていたら反対の手で押さえて引っ張る。

取り出したら、両手でバサッと広げる。Tシャツなら肩のラインを持って振る。タオルなら端と端を持って引く。

ハンガーに通すときは、片手でハンガーを持ち、もう片方の手で襟ぐりを広げて通す。

洗濯ばさみは、親指と人差し指でつまんで開き、布をはさんで離す。

颯はメモした。

■ 手に必要な動作

  • a) カゴの中に手を突っ込む → 手首の可動域大
  • b) 濡れた布を1枚掴む → 柔軟物のグリップ、布同士の分離
  • c) 布を両手で広げる → 双腕協調、引っ張り力、振り動作
  • d) ハンガーに通す → 片手固定+片手挿入の二役
  • e) 洗濯ばさみを操作する → ピンチグリップ(親指+人差し指)、力加減

これを見て颯は絶望した。

「全部、人間の手の一番得意なことやん……」

人間の手は27個の骨、33の関節、34の筋肉を持つ。自由度は20以上。ロボットハンドでこれを再現するのは、2026年時点で最も困難な機械設計のひとつだ。

しかし颯は思い直した。

「全部できる手は要らん。洗濯物を干すのに必要な動きだけできればいい」

単一業務特化。万能な手ではなく、洗濯を干すためだけの手。

颯は3つの機能に絞った。

機能 必要な動き 最小構成
掴む 平行グリップ(ざっくり掴む) 2指平行グリッパー
つまむ ピンチグリップ(洗濯ばさみ操作) 親指+人差し指のピンチ機構
広げる 両手を左右に引っ張る 腕の可動範囲+グリップ維持

「3機能でいい。5本指は要らん。カニのハサミ+ピンセットみたいなもんでいける」

剛が口を挟んだ。

「ほな、からくりの手ぇ見てみぃ。弓引き人形の手は、矢をつまんで弦にセットして、引いて、離す。3本の指で4動作や。江戸の職人は、5本全部は使わんかった。目的に要る指だけ作った」

からくりの思想。万能より専用。必要な機能だけを、最小の機構で実現する。


── 技術コラム:濡れた布の操作(Deformable Object Manipulation)

これはロボティクス研究の最前線。硬い物体と違い、布は:

  • 形状が不定(無限自由度の変形体)
  • 自己遮蔽する(折り畳まると内部が見えない)
  • 摩擦特性が状態(乾/湿)で変わる
  • 絡まる

現在の研究水準(2025-2026)

研究 機関 内容 成功率 制限
SpeedFolding UC Berkeley (2022) 双腕でTシャツを120秒で畳む 93% 乾いた布のみ。事前にテーブル上で分離済み
FlingBot Columbia (2022) 布を振って広げる 80% テーブル上。1枚ずつ供給
ClothFunnels Stanford (2022) 布のスムージングと折り畳み 85% 乾燥布。固定視点カメラ
DextAIRity MIT (2022) 空気を使って布を広げる 70% 特殊な空気噴射装置が必要

注目すべき点:すべて「乾いた布」「テーブル上」「1枚ずつ」という条件。カゴの中のぐちゃぐちゃの濡れた洗濯物から1枚を分離して広げる研究は、2026年時点でほぼない。

颯の妥協案:「広げなくてもいい干し方」

完全に広げてハンガーに通すのは、2030年目標としても楽観的すぎる。

代替案:物干し竿に二つ折りで掛けて、洗濯ばさみで留める。

この方式なら:

  • 「きれいに広げる」が不要 → 大まかに長辺方向を揃えればOK
  • ハンガー操作が不要 → 竿に掛けるだけ
  • 必要なのは「掴む→引き出す→竿にかける→ピンチで留める」の4動作

「100点の干し方は無理。でも、60点で干してくれるなら、母さんは階段を上がらなくていい」

🔍 調査メモ:未解決の問い

  • カゴから1枚だけ引き出す方法 → 力覚センサ付きグリッパーで「引っ張り抵抗が急に増えたら絡まっている」を検知し、持ち替える。触覚ベースの分離戦略。要実験
  • 衣類の長辺方向をどう判定するか? → 深度カメラで掴んだ布のシルエットを撮り、主軸方向(慣性主軸)を算出。VLM(Vision-Language Model)で「これはタオルだから長辺を横に」等の判定も可能
  • 洗濯ばさみの操作力 → 一般的なプラスチック洗濯ばさみの開閉に必要な力は約3-5N。ピンチグリッパーで十分対応可能
  • 濡れた布のグリップ → ゴム被覆の指先+適度な把持力(10-15N)で滑りを防ぐ。シリコンゴムパッドが有効

第4章「黙って考える頭」

── 物語

脚と手の設計を進める中で、颯はふと気づいた。

「このロボット、しゃべらんでいい。でも考えなあかん」

例えば——

カゴの中にTシャツとタオルとパンツが入っている。Tシャツは色物と白を分けて干したい。タオルは広げて干す。パンツは小さいからピンチハンガーに吊るす。

この「見て、判断して、やり方を変える」を誰がやるのか。

if文で全パターンを書く? 衣類の種類はTシャツ、ポロシャツ、ワイシャツ、パンツ、靴下、タオル、バスタオル、ハンカチ、シーツ……。干し方のルールも家庭ごとに違う。

「これ、LLMに見せて判断させるのが正解ちゃうか」

LLMの使い方が、ここで初めて明確になった。

このロボットにおけるLLMの役割は「会話」ではない。「目で見て、黙って判断する」ことだ。

  • 入力:カメラ画像(カゴの中身 / 手に持った衣類 / 物干し竿の空き状況)
  • 処理:VLM(Vision-Language Model)が画像を解釈し、行動計画を生成
  • 出力:動作コマンド(掴む位置、干す位置、干し方の選択)

※ 音声入力なし。音声出力なし。テキスト表示もなし。
※ 人間には何も話しかけない。黙って干す。

颯はGR00T N1.6のことを思い出した。NVIDIAの汎用ロボットAIモデル。Cosmos-2Bベースの視覚言語モデルとDiffusion Transformerのポリシーヘッドを持つVLAモデル。

だがGR00Tは「汎用」だ。何でもやれる代わりに、何ひとつ完璧にはやれない。

「洗濯物を干す」に特化するなら、もっと軽いモデルでいい。

颯の構想:

┌────────────────────────────────────┐
│   LLMの役割(洗濯物干しロボット)     │
│                                      │
│  1. 認識(何を持っているか)          │
│     深度カメラ → VLM推論              │
│     「これはバスタオル」               │
│                                      │
│  2. 判断(どう干すか)                │
│     VLMが干し方を決定                 │
│     「バスタオル → 竿に二つ折り」      │
│                                      │
│  3. 計画(どの順序でやるか)          │
│     干す場所の空きを画像で確認        │
│     「左端の竿に空きがある」           │
│                                      │
│  4. 異常対応(落としたとき等)        │
│     「布が落ちた → 拾い直す」          │
│     「風でずれた → 挟み直す」          │
│                                      │
│  入力:画像のみ                       │
│  出力:動作コマンドのみ              │
│  発話:なし                           │
└────────────────────────────────────┘

「LLMは口じゃなくて目と判断力に使う。それが、このロボットの頭の使い方や」

剛が聞いた。

「ほな、ラズパイで動くんか?」

「……動かん。Jetsonがいる」

NVIDIA Jetson Orin NX(約10万円)なら、量子化した7BクラスのVLMをローカルで推論できる。推論速度は1回2-3秒。洗濯物1枚につき1回判断すればいいから、速度は問題にならない。

クラウドは使わない。家庭内の洗濯物の画像を外部に送るのは、プライバシーの問題がある。すべてエッジで完結させる。


── 技術コラム:VLMによる洗濯物認識と行動計画

なぜLLM/VLMか(ルールベースではダメな理由)

状況 ルールベース VLM
タオルとTシャツの区別 画像分類器で可能 可能
裏返しのTシャツ 学習データに依存 「裏返しっぽい → 気にせず干す」と判断可能
見たことない衣類(ワンピースなど) 未登録→エラー 「長い布 → 二つ折りで竿にかける」と汎化
干す場所の最適配置 組合せ最適化が必要 「大きいものは端、小さいものは内側」と常識で配置
風で落ちた場合の対応 全パターン書けない 「落ちた → 拾って干し直す」と自然に対応

LLMの真価は「想定外」への対応。洗濯物は毎回微妙に違う。完全なルール化は不可能。常識的にそれっぽく判断する能力が必要で、これがLLMの得意技。

エッジ推論の構成

コンポーネント 選択肢 用途
ハードウェア Jetson Orin NX 16GB (¥100,000) VLM推論+画像処理+動作計画
VLM LLaVA-1.6-7B (量子化INT4) 画像→衣類識別→干し方判定
画像入力 Intel RealSense D435i (¥40,000) RGB-D(色+深度)
動作計画 VLM出力 → 有限状態機械 → ROS2 「掴む→運ぶ→掛ける→留める」の状態遷移

推論フロー:

  1. 深度カメラでカゴの中身を撮影
  2. VLMに画像を入力:"What clothing item is on top? How should it be hung on a clothesline?"
  3. VLM出力例:"Blue bath towel. Fold in half lengthwise, drape over the pole, secure with two clips on each end."
  4. 出力をパーサーで動作コマンドに変換:GRASP(top_item) → FOLD(lengthwise) → DRAPE(pole, position=left_3) → CLIP(left_end) → CLIP(right_end)
  5. ROS2が動作コマンドをサーボに送信

言語入出力は人間に向けたものではない。ロボット内部の思考言語として使う。

🔍 調査メモ:未解決の問い

  • VLMの衣類認識精度 → 一般的なVLM(LLaVA等)は乾いた衣類の認識は得意だが、濡れて丸まった衣類の認識精度は未知。自前データセットでのファインチューニングが必要な可能性大。家庭の洗濯物を100回撮影してデータを作れるか?
  • Jetson Orin NXでLLaVA-7Bの推論速度 → INT4量子化で約3-5秒/回の報告あり。洗濯物1枚あたり認識→計画で2回呼ぶとして6-10秒。許容範囲
  • 動作コマンドへの変換の信頼性 → VLMの自然言語出力を確実に動作コマンドに変換するパーサーが必要。フォーマットをプロンプトで強制し、JSON出力にするのが安定
  • プライバシー → 家族の下着等が映る。クラウド送信は不可。完全ローカル処理は必須要件

第5章「つくれるのか」

── 物語

颯はノートの最後に、全体の構成図を描いた。

広瀬家 洗濯物干しロボット v0.0(仕様構想)

項目 仕様
身長 120cm(小柄な人型)
重量 13kg(目標)
可搬重量 7kg(洗濯カゴ)
12DoF(6×2)、QDDモーター
14DoF(7×2)、肩3軸/肘1軸/手首3軸
2指平行グリッパー+ピンチ機構(片手3DoF×2)
深度カメラのみ(顔なし、スピーカーなし)
Jetson Orin NX + VLM(LLaVA-7B)
制御 ROS2 + Arduino(リアルタイムサーボ)
電源 LiPo 48V 10Ah(約1.5kg)
稼働時間 30分(洗濯1回分)

そして、原価見積もり。

パーツ 数量 単価 小計
QDDモーター(AK80-64相当) 12(脚) ¥45,000 ¥540,000
Dynamixel XM430(腕・手首) 14(腕) ¥50,000 ¥700,000
グリッパー機構(自作) 2 ¥10,000 ¥20,000
Jetson Orin NX 16GB 1 ¥100,000 ¥100,000
Intel RealSense D435i 1 ¥40,000 ¥40,000
IMU + 足裏力センサ 1式 ¥10,000 ¥10,000
LiPoバッテリー 48V 10Ah 1 ¥50,000 ¥50,000
フレーム(アルミ削り出し・自作) 1式 ¥30,000 ¥30,000
配線・基板・その他 1式 ¥30,000 ¥30,000
合計 ¥1,520,000

「152万円……」

颯は現実を見た。

中学生の小遣いでは無理だ。剛の工場の機材を使っても、材料費だけで軽自動車1台分。しかも——

「これ、作れたとして、本当に階段上がれるかは分からんのやろ?」

剛がうなずいた。

「ソフトウェアの問題が残っとる。歩行制御は、金で買えるもんちゃう。Boston Dynamicsは何十年もかけとる」

颯はノートに赤字で書いた。


■ 正直な評価

【DIYで2026年にできること】

  • ✅ 脚の1軸分の関節モジュール試作(モーター+減速機+エンコーダ)
  • ✅ グリッパーで濡れた布を掴むテスト
  • ✅ VLMで洗濯物を識別するテスト(カメラ+Jetson)
  • ✅ 片腕で竿に布を掛ける動作のテスト

【DIYで2026年にできないこと】

  • ✗ 二足歩行の安定制御(研究レベル)
  • ✗ 荷物を持った階段昇降(未解決問題)
  • ✗ カゴから濡れた衣類を1枚ずつ分離(研究最前線)
  • ✗ 全工程の統合(上記すべてが解決した後の話)

【2030年に可能性があること】

  • △ QDDモーターの価格低下(中国メーカー参入で1/3予測)
  • △ VLAモデルの成熟(GR00T後継が洗濯タスクを学習済み?)
  • △ 模倣学習による洗濯動作の獲得(誰かがデータセットを作れば)
  • △ 足回りの制御ソフトウェアのオープンソース化

颯は最後に、小さく書き足した。

でも。
じいちゃんのからくり人形も、最初は歯車1個からだった。
だから、まず歯車1個から始める。

剛はそれを読んで、何も言わずに旋盤のスイッチを入れた。

アルミの丸棒をチャックに噛ませ、バイトを当てた。金属を削る音が工房に響いた。

歯車1個。

その歯車は、膝関節のハウジングになる予定だった。


── 技術コラム:ロードマップ(正直版)

フェーズ 期間 やること 成果物 予算
0. 要素検証 3ヶ月 モーター1個で関節モジュール試作。グリッパーで布を掴む実験。VLMで衣類認識テスト 関節1軸+グリッパー+認識デモ ¥80,000
1. 腕だけ 6ヶ月 片腕7DoF+グリッパーを台に固定。竿に布を掛けてピンチで留める 固定式干しアーム ¥400,000
2. 上半身 12ヶ月 両腕+胴体。カゴから取り出し→竿にかけるを自動化。台車に載せて移動 台車型干しロボット(階段は上がれない) ¥600,000
3. 歩行研究 12-24ヶ月 脚の制御ソフトウェア開発。平地歩行→段差→階段の順 歩行可能な下半身 ¥600,000
4. 統合 6ヶ月 上半身+下半身+全タスク統合 洗濯物干しロボット v1.0 ¥200,000

合計期間:3-4年。合計予算:約190万円。

フェーズ2の「台車型」が現実的な第一ゴール。階段を上がるのは一旦諦め、2階にカゴを運ぶのは人間がやり、干す作業だけロボットがやる。これなら2年以内に価値を出せる可能性がある。

ただし——それでは母さんの「階段を上がらなくていい」は解決しない。

最も安い階段問題の解法:ロボットではなく、洗濯カゴ用の小型リフト(階段昇降機)を自作する。レールを階段に沿って設置し、ウィンチで引き上げる。これなら¥50,000以下で作れる。洗濯物を干す作業はフェーズ2のロボットがやる。

「階段を上がるのはリフト、干すのはロボット。全部を1台でやろうとしない」

これが颯と剛の、正直な結論だった。


付録:BOM(部品表)フェーズ0

品名 型番/仕様 数量 単価 小計 入手先
BLDCモーター T-Motor AK60-6 (9.4Nm) 1 ¥25,000 ¥25,000 AliExpress
モータードライバ ODrive S1 1 ¥15,000 ¥15,000 ODrive公式
エンコーダ AS5047P(磁気式) 1 ¥1,500 ¥1,500 Digi-Key
アルミ丸棒 A5052 φ60×100mm 2 ¥500 ¥1,000 MonotaRO
遊星歯車セット モジュール1.0 1式 ¥5,000 ¥5,000 自作 or 外注
Jetson Orin Nano 8GB (開発キット) 1 ¥70,000 ¥70,000 NVIDIA公式
深度カメラ Intel RealSense D405 1 ¥25,000 ¥25,000 Intel公式
マイクロサーボ(グリップ用) MG90S 4 ¥500 ¥2,000 Amazon
グリッパー指(3Dプリント+シリコンパッド) 自作 2 ¥1,000 ¥2,000
洗濯ばさみ(実験用) 市販品 20 ¥10 ¥200 100均
合計 ¥146,700

フェーズ0は約15万円。これなら始められる。


付録:画像プロンプト一覧

# シーン キーワード
1 階段と洗濯カゴ(問題の提示) 日本の木造住宅、階段13段、洗濯カゴ、少年
2 父が歯車を削る 旋盤、アルミ歯車ハウジング、BLDCモーター、CAD画面
3 ロボットの手が濡れた布を広げる 2指グリッパー、水滴、物干し竿、青空
4 VLMの視界(衣類認識) 深度カメラPOV、カゴの中身、AR的アノテーション
5 旋盤で膝関節を削る(夜の工房) アルミ切粉、職人の手、ノートの設計図、静かな決意
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