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無限のお米

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最近、ネットでいわゆる「なろう系」の痛快なファンタジー小説を読みました。

主人公が古代に転生し、無からお米と塩を無限に生み出すチート能力を手にする物語です。彼はその力で飢えた民衆を養って軍隊を組織し、最終的には天下を統一して人生の勝者となります。

これを読みながら、私はふとこんなことを考えていました。

今のAIも、これと同じように「知的労働」を無限に生み出しているのではないかと。

チート能力を手に入れた私たち

かつて人間が多大な脳力を費やしていた作業のコストは、今や急速に低下しています。一部のタスクはほぼ無料になりつつあります。

これはつまり、誰もが無から知的成果を生み出せるシステムを手に入れたようなものです。

しかし現実は、小説のようにはいきません。物語の主人公はチート能力で無双しますが、現実世界でAIを手にした人々の間では明暗が分かれています。

一気に飛躍する人がいる一方で、さらに多くの人がAIに取って代わられようとしているのです。

一体、何が違っているのでしょうか

お米は「前提条件」に過ぎない

あの小説をもう一度振り返ってみます。
主人公は本当に、お米の力だけで支配者になれたのでしょうか。

どうもそうではない気がします。
お米は単に、物資の有無という根本的な問題を解決したに過ぎません。

その先で彼には、誰を信用し誰を警戒すべきかを見極める「人を見る目」が必要でした。実力を早く見せすぎて包囲網を敷かれないよう、あるいは遅すぎて好機を逃さないよう「時機を読む力」も求められました。

そして何より、腹を満たしただけの民衆を、連携して戦える軍隊へとまとめ上げる組織力が必要だったのです。

一万人の満腹の民衆と、一万人の訓練された部隊。
消費するお米の量は大して変わらなくても、生み出せる結果には天と地ほどの差があります。

価値の源泉はどこへ向かうのか

だからこそ、私は今、次のようなパラダイムシフトが起きていると考えています。

かつては、ただ「作れる」こと自体に価値がありました。そこには技術や知識といった明確なハードルが存在したからです。

しかし現在、そのハードルはAIによって完全に平坦にならされてしまいました。
結果として、価値の源泉が別の場所へと移り始めているのです。

どこへ移るのか。もう一度あの小説を振り返れば、答えはその中にあるように思えます。

主人公が勝てたのは、お米を持っていたからではありません。
それを誰に、いつ与え、与えた後にどう組織化するかを知っていたからです。

お米が無料になっても、こうした見極めや実行、組織化する力の価値は、少しも安くはなっていないのです。

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