はじめに
近年、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展やクラウドネイティブ技術の採用拡大、特に生成AI関連の需要の高まりなどを背景に、パブリッククラウドの利用が急速に進んでいます。IDC Japan株式会社の予測によれば、2024年の国内パブリッククラウドサービス市場は前年比26.1%増の4兆1423億円に達し、2029年にかけても年平均16.3%の持続的な成長が見込まれています。
このように企業が業務効率化、新規サービス開発、データ活用などを目的にパブリッククラウドの導入を積極的に進める一方で、クラウドの利便性を享受できる反面、利用管理の複雑化やコスト最適化のコントロールが大きな課題となっています。
本記事では、クラウドコスト最適化の具体的な取り組みと、その実践において重要な役割を果たす「FinOps」の概念、そしてFinOps推進における課題とその対応策について、IBM Turbonomicを活用した事例を交えながら解説します。
これらの実装に向けた検討をされている方に参考にしていただけると幸いです。
1. クラウド環境の特性とコスト管理の難しさ
従来のオンプレミス環境と比較して、クラウド環境は「Elastic(弾力性)」という大きな特徴を持ちます。AWS社などが提唱するように、需要に応じてリソースを柔軟に伸縮させられることは大きなメリットです。しかし、これは裏を返せば、環境に必要なリソースが常に変化し続けることを意味します。例えば、アプリケーションの機能追加によってインフラに必要なリソースが変動し、意図せずリソース競合やボトルネックが発生することも少なくありません。
また、クラウド技術自体も日進月歩で進化し、新しいインスタンスタイプやサービスが次々と登場します。このような変化の速い環境下で常に最適な構成を維持し、リソースと直結するコストを適切に管理することは容易ではありません。
図1は、クラウドの弾力性に応じたリソース消費の変動と、予約、最適化されたコスト、停止・削除によるコスト削減の基本的な考え方を示しています。無駄なコストを削減し、需要に応じた最適なリソース配分を目指すことが重要です。
2. クラウドコスト最適化への基本的な考え方とステップ
クラウドコストを最適化するためには、まずクラウドリソースが最適に配置されている状態を目指す必要があります。そのためには、現状を正確に把握し、必要な対策を講じ、運用効率を高めていくことが不可欠です。具体的には以下の3つのステップで進めます。
- 現状の可視化: 何がどれだけ使われており、何が不要なのかを正確に把握します。
- 最適化の実施: 必要な環境には適切なリソースを割り当て、不要なリソースは削除または停止します。具体的には、縮小・拡張、予約、停止、削除といったアクションが考えられます。
- 自動化への取り組み: 運用効率化の観点から、最適化アクションの自動化を実装し、継続的な最適化を目指します。
図2は、データ採取から可視化、リソース最適化、そして自動化へと至るクラウドコスト最適化のプロセスフローを示しています。
3. FinOpsとは何か?なぜ今、FinOpsが重要なのか?
クラウドコストの最適化を組織的かつ継続的に行うためのフレームワークとして「FinOps」が注目されています。
FinOps Foundationは、FinOpsを「進化するクラウド財務管理の規律と文化的実践であり、エンジニアリング、財務、技術、ビジネスの各チームが協力して、データ駆動型の支出決定を行うことで、企業が最大のビジネス価値を得られるようにするもの」と定義しています。
FinOpsの中核は文化的実践であり、各チームが自らのクラウドコストに責任を持ち、中央のベストプラクティスグループの支援を受けながら、全員がクラウド利用のオーナーシップを持つことを目指します。これにより、迅速な製品提供と財務管理・予測可能性の向上を両立させます。
図3は、FinOpsの主要な原則、ペルソナ(関係者)、フェーズ(Inform, Optimize, Operate)、そして主要ドメインを示しています。
現代のアプリケーションやインフラは複雑性を増しており、多くのクラウドユーザーは、オンプレミス時代と同様にパフォーマンスリスクを軽減するためにリソースを過剰にプロビジョニングしがちです。これは、コスト削減と効率性が求められる時代において、不必要な支出に繋がります。FinOpsは、このような無駄を排除し、クラウド投資の価値を最大化するための重要な取り組みです。
4. FinOps推進における課題と一般的なアプローチの限界
ITリーダーの多くが経営層からクラウド支出の削減を求められており、多くの企業がコスト削減方法を模索する中でFinOpsに注目しています。しかし、一般的なFinOpsアプローチだけでは、予測されたクラウド支出と実際の支出とのギャップを埋められないケースも散見されます。その主な理由は以下の3点です。
- コストの可視性が十分ではない: どこでどれだけのコストが発生しているのか、そのコストがビジネス価値にどう結びついているのかを正確に把握することが難しい。
- コスト最適化のアクション実行が難しい: 可視化によって問題点が明らかになっても、どのリソースをどう変更すれば安全かつ効果的にコストを削減できるのか判断し、実行に移すには専門知識と手間が必要。
- コスト最適化推奨の手動実行には限界がある: 推奨事項が多数ある場合や、環境が常に変動する中で、それらを手動で継続的に実行し続けることは現実的ではない。
5. インテリジェントな自動化によるFinOps実践支援:IBM Turbonomicの事例
これらのFinOpsの課題を解決し、効果的なコスト最適化を実現する上で、インテリジェントな自動化ツールが大きな役割を果たします。ここでは、IBM Turbonomicを例に、具体的な機能と効果をご紹介します。
IBM Turbonomicは、アプリケーション重視のトップダウンアプローチを採用し、IT資産を検出してアプリケーションとインフラ全体の全リソースの関係性をマッピングします。このフルスタックの可視性に基づき、信頼性の高い最適化アクションを継続的に生成し、ハイブリッドクラウド、マルチクラウド、コンテナ化された環境におけるパフォーマンス問題やコスト超過を防ぎます。
5.1. クラウド環境全体の可視化と分析
まず、Turbonomicはクラウド環境全体の利用状況やコスト、潜在的なリスクや最適化の機会をダッシュボードで分かりやすく提示します。
図4は、Turbonomicのダッシュボードの一例です。ビジネスアプリケーションからインフラまでを関連付けて表示し、トップアカウントごとのワークロード数やコスト(該当する場合は表示)、保留中のアクション、主要な投資状況、潜在的な節約額などを一覧で確認できます。
5.2. 具体的な最適化アクションの提案と実行
Turbonomicは、収集したデータに基づいて具体的な最適化アクションを提案します。例えば、仮想マシンのインスタンスタイプ変更(スケールアップ/ダウン)や停止、削除などです。
図5は、AWS環境における仮想マシンに対するスケールアクションの一覧です。現在のインスタンスタイプと推奨される新しいインスタンスタイプ、およびそれに伴うコストへの影響(月額)などが表示されます。
図6は、特定の仮想マシンに対するアクションの詳細画面です。vCPU使用率の推移グラフ(実績と予測)などが表示され、なぜこのアクションが推奨されるのかの根拠を理解するのに役立ちます。
図7は、推奨アクションを実行した場合の、vCPU、メモリ、ストレージI/Oなどの各種リソースへの影響を「現在」と「アクション後」で比較して示しています。これにより、性能を損なうことなく最適化が可能であることを確認できます。
図8は、推奨アクションを実行した場合のコストへの影響を具体的に示しています。オンデマンドレートや割引範囲、月額コストの変化などが明示され、投資対効果を判断できます。
他の最適化ソリューションと異なり、IBM Turbonomicの自動化機能は組み込み可能で、組織内のあらゆるパイプライン、Infrastructure as Code (IaC)、ITサービス管理 (ITSM)、コミュニケーションツールと統合できます。また、アプリケーションのパフォーマンスや動的なリソーシングの相関的な影響など、ビジネスへのインパクトを視覚的に確認できるため、アプリケーション開発者も自動化とその効果を信頼しやすくなります。
6. まとめと今後の展望
クラウド環境におけるリソースとコストの最適化は、一度行えば終わりというものではなく、継続的に取り組むべき重要な課題です。特に運用環境が大規模かつ複雑になるほど、その重要性は高まり、効率的で信頼性の高い管理手段が不可欠となります。
FinOpsの規律は急速に進化しており、将来的にはIT支出がドル単位でビジネス価値に直接紐付けられる「単位当たりの経済性(Unit Economics)」といった考え方が主流になると予測されます。組織が自社のクラウドコストとビジネス指標への理解を深めるにつれて、サービスレベル指標(SLI)やサービスレベル目標(SLO)が、目標設定とクラウド投資対効果(ROI)最大化のために不可欠となるでしょう。
人の手による管理に加えて、IBM Turbonomicのようなインテリジェリジェントな自動化ツールを活用することで、リソース管理の効率化と安定したクラウド環境の実現が期待できます。これにより、FinOpsのプラクティスをより効果的に推進し、継続的なコスト最適化とビジネス価値の向上を目指しましょう。