執筆者:波塚 欽也
はじめに
多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する中で、既存のオンプレミス環境からクラウド環境への移行は重要な経営戦略の一つとなっています。しかし、クラウド移行プロジェクトは、計画の複雑さ、移行中・移行後のコストの不透明性、パフォーマンス低下のリスク、ダウンタイムへの懸念など、多くの課題を伴います。
本記事では、これらの課題に対処し、オンプレミス環境(特に仮想化環境)からクラウド環境へ効率良く、かつ安全に移行するための計画策定やリスク軽減策について、IBM Turbonomic(以下、Turbonomic)を活用した具体的な取り組みを、実際の画面イメージを交えながら解説いたします。クラウド移行におけるリスクを軽減し、コストを最小化し、さらに移行後のクラウドリソースも継続して最適化していくための一つの事例として、ご参考にしていただければ幸いです。
1. クラウド移行における一般的な課題と従来のアプローチの限界
クラウド移行を成功させるためには、事前の綿密なアセスメント、適切なサイジング、移行方式の選定、正確なコスト予測などが不可欠です。しかし、従来のアプローチでは以下のような課題が生じがちです。
- 手動アセスメントの限界: オンプレミス環境の膨大なIT資産を手動で評価するには多大な時間と労力が必要であり、見落としや評価の属人化も起こり得ます。
- サイジングの難しさ: 現在のオンプレミスでのリソース使用状況が、そのままクラウドでの最適サイズとは限りません。過剰なサイジングはコスト増に、過小なサイジングはパフォーマンス問題に直結します。
- クラウドサービスの追従困難: クラウドベンダーは常に新しい機能やサービス、インスタンスタイプをリリースしており、これらの最新情報を移行計画にタイムリーに反映させ続けることは困難です。
図1は、クラウドのリリース(新機能・サービス)タイミングと、移行プロジェクトの進行の比較を示しています。「自社対応」や「ベンダー依存」の場合、初期の計画(計画①、計画②)に基づいて移行・構築が進められますが、その間にクラウド側でリリースされる新しい技術(リリース②、③、④のタイミング)を柔軟に取り込むことが難しく、結果として最適な構成にならない可能性があります。一方、IBM Turbonomicは継続的に実稼働データを採取し、最新のクラウドサービスの情報を加味して最適化を行うため、クラウドの弾力性を最大限に活かした移行と運用が期待できます(計画③からの自動最適化)。
2. IBM Turbonomicが実現するクラウド移行の新しいアプローチ
Turbonomicは、AIを活用してITリソースを継続的に分析・最適化するプラットフォームであり、クラウド移行プロジェクトにおいてもその能力を大いに発揮します。Turbonomicを活用することで、以下のようなメリットが期待できます。
- パフォーマンスのボトルネックを防止: オンプレミス環境のアプリケーションワークロードを詳細に分析し、移行先のクラウド環境で必要となる最適なリソース(CPU、メモリ、ストレージなど)を正確にサイジングします。これにより、移行後のパフォーマンスボトルネックを未然に防ぎます。
- クラウドの無駄を防止: 単なるリフト&シフトではなく、実際の利用状況に基づいてインスタンスタイプや購入オプション(リザーブドインスタンス、Savings Plansなど)を最適化することで、クラウドコストの無駄を徹底的に排除します。
- 動的なリソーシングを自動化: クラウド移行後も、Turbonomicは継続的にワークロードとリソースの状況を監視し、必要に応じてリソースの調整(スケールアップ/ダウン、移動など)を自動的に実行または推奨します。
- クラウドの弾力性(Elasticity)を実現: 変化し続けるワークロードやクラウドサービスの進化に合わせて、常に最適な状態を維持することで、クラウドの持つ本来の弾力性を最大限に引き出します。
これらのメリットは、Turbonomicがオンプレミス環境の正確なパフォーマンス診断データと、移行先となるクラウドベンダーの最新のサービスカタログや価格情報をリアルタイムに組み合わせることで実現されます。
3. 【画面解説】IBM Turbonomicによるクラウド移行計画のステップ
ここからは、Turbonomicの実際の画面を用いて、具体的なクラウド移行計画の策定プロセスをステップごとに解説します。
3.1. 移行計画の開始:計画タイプの選択
まず、Turbonomicの「プラン管理」機能を使って、新しい移行計画を作成します。
図2は、Turbonomicの「プラン管理」画面です。様々な最適化計画の中から、「計画タイプの選択」で「パブリッククラウド」カテゴリ内の「クラウドへのマイグレーション」を選択し、オンプレミスからクラウドへの移行シナリオを開始します。
3.2. 移行対象の選択:どの仮想マシンを移行するか
次に、現在オンプレミス環境で稼働している仮想マシンの中から、移行対象とするものを選択します。
図3は、「マイグレーションする仮想マシンの選択」画面です。左側のメニューからオンプレミスの「データ・センター」や「クラスター」を選択し、中央に表示される仮想マシンの一覧から移行対象にチェックを入れます。
3.3. 移行先のクラウド環境指定:どこへ移行するか
移行対象が決まったら、次に移行先のパブリッククラウド環境を指定します。
図4は、「移行先の選択」画面です。ここでは、AWSアカウントまたはAzureサブスクリプションなど、事前にTurbonomicに登録されている移行先のクラウドプラットフォームアカウントを選択します。この例では「Product Management SE Demo」というAWSアカウントが選択されています。
図5は、「リージョンを選択します。」画面です。選択したクラウドプラットフォーム内で、移行先となる具体的なリージョンを指定します。この例では「aws-Asia Pacific (Tokyo)」が選択されており、そのリージョンで既に稼働しているVM数も確認できます。
3.4. ライセンスオプションの考慮:コストに影響する要素
移行に伴い、OSなどのライセンスをどう扱うかも重要な検討事項です。
図6は、「ライセンス交付」画面です。OSコストを含めるか、既存のライセンスを持ち込む「BYOL(Bring Your Own License)」を利用するかなどを選択できます。BYOLは、Azure Hybrid Benefitなどを活用する場合にコスト削減に繋がる重要なオプションです。
3.5. 移行シナリオの比較とコスト評価:最適な移行方法の特定
Turbonomicの大きな特長は、複数の移行シナリオをシミュレーションし、コストとパフォーマンスの観点から比較検討できる点です。
図7は、移行計画の最終段階で表示される「クラウド・コスト比較」画面です。左側の「LIFT & SHIFT」(単純移行)シナリオと、右側のTurbonomicによる「最適化」シナリオで、仮想マシン数、パフォーマンスリスクの有無、オンデマンド・コンピュータ・コスト、予約済み計算コスト、ストレージコスト、そして合計コストが明確に比較されます。この例では、「最適化」シナリオによって合計コストが月額$8,905.00 (30.6%)削減されることが示されています。下部の「仮想マシン・マッピング」では、各シナリオでのインスタンスタイプの構成も比較でき、最適化によってインスタンスタイプがより効率的なものに変更されていることが分かります。
この比較により、企業はデータに基づいて最もコスト効率が高く、かつパフォーマンスリスクの少ない移行計画を策定することができます。
4. 移行後の継続的な最適化の重要性
クラウドへの移行は、IT環境変革のゴールではなく、新たなスタート地点です。移行後も、クラウド環境のサービス内容は進化し、ビジネス要件やアプリケーションの利用状況も変化し続けます。そのため、移行したクラウドリソースが常に最適な状態に保たれるよう、継続的な監視と最適化が不可欠です。
Turbonomicは、クラウド移行計画の策定支援だけでなく、移行後のクラウド環境においても、リアルタイムにワークロードを分析し、パフォーマンスを維持しながらコストを最適化するためのアクションを自動的に実行または推奨し続けることができます。これにより、クラウドのメリットを最大限に享受し続けることが可能になります。
まとめ
オンプレミス環境からクラウドへの移行は、多くの企業にとって重要なステップですが、その成功には事前の綿密な計画、正確なリスク評価、そして移行後の継続的な最適化が不可欠です。特に、パフォーマンスを損なうことなくコストを最小化し、クラウドの弾力性を最大限に活用するためには、データに基づいた客観的な意思決定が求められます。
IBM TurbonomicのようなAIを活用したITリソース最適化プラットフォームは、複雑なクラウド移行プロセス全体を通じて、データドリブンな分析と具体的な最適化アクションを提供します。これにより、企業はリスクを低減し、コストを最適化しながら、スムーズかつ効率的にクラウド移行を推進し、その後のクラウド運用においても継続的なメリットを享受することができます。
これからクラウド移行を計画されている企業、あるいは既に移行したもののコストやパフォーマンスに課題を感じている企業にとって、Turbonomicのようなツールが強力な味方となるでしょう。まずは自社のIT環境と移行計画を客観的に評価し、最適なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。