"繰り返しとは単なる操作ではない。それは、データに通じる意味の流れである。"
Rustにおける Iterator
は、ただの繰り返し構文ではない。
それは「データの流れを記述する言語であり、抽象と最適化、意味と構文の交差点である。
この章では、Rustにおける Iterator
がいかにして制御構造を美学と効率に還元した構文なのか、
そしてその背後にある「流れ」という概念が、なぜRustの設計哲学において重要なのかを探る。
イテレータは「構文の形式」ではなく「設計の意思表明」である
C言語では for
ループは構文的構成物だった。
Pythonではそれが高階型に置き換わり、Goでは range
に進化した。
しかしRustの Iterator
はそのどれでもない。
let nums = vec![1, 2, 3, 4];
let doubled: Vec<_> = nums.iter().map(|x| x * 2).collect();
この1行は、単なる繰り返しではない。
「このデータは、順に流れ、写像され、収束する」という流れの構造を文法で語っている。
これは 「データをどう処理するか」ではなく、「どのような構造で流すか」を定義する設計構文である。
.iter()
:所有から参照への設計転換
Rustでは .iter()
の存在が意味を決定づける。
nums.iter() // 参照の流れ
nums.into_iter() // 所有権の流れ
nums.iter_mut() // 可変参照の流れ
この違いは、設計上の意思を構文で示すというRustの原則に忠実だ。
- 借用(&)のまま流すのか
- データの所有を委譲して流すのか
- 値を変更しながら流すのか
これらの「データの流れ方」は、実装者ではなく構文によって可視化される。
.map()
:変換ではなく“意味の移動”
.iter().map(|x| x * 2)
この構文の本質は「変換」ではない。
それは、「この段階で、データに意味の変換がある」という流れ上の転換点である。
.map()
は関数型プログラミングにおける関手(Functor)と同義であり、
「写像可能な構造に対して意味の変換を定義する構文的契機」となる。
.filter()
:意図的な構造の選別
.iter().filter(|x| *x % 2 == 0)
これは、「この流れには条件が必要だ」という選別の表明である。
-
.map()
:意味を移動する -
.filter()
:存在の可否を決定する -
.fold()
:意味の集約点を与える
これらはすべて、ループではなく“意味の流れを整流する構文”である。
.collect()
:流れの帰結としての構文的終止符
.collect::<Vec<_>>()
この .collect()
は、「この抽象的な流れを具体的な容器へ変換する」という構造的宣言である。
つまり、Iterator
とは “未確定な意味の流れ” であり、.collect()
はそれを “確定された構造へ収束させる操作” なのだ。
ここには次のような哲学がある:
- 途中までは抽象で動かす
- 必要なタイミングで具体化する
- すべてを強制せず、選択的に意味を落とし込む
zero-cost abstractionの具現化としてのIterator
Rustの Iterator
は、**「高階抽象は最適化と矛盾しない」**という哲学の証明である。
-
.map()
や.filter()
は中間イテレータを返すだけ -
.collect()
まで実行されない(遅延評価) - LLVMがそれらをすべてインライン最適化する
つまり、抽象を維持しながらも、オーバーヘッドを限りなく0に近づける構造的達成がここにある。
イテレータ=構文的DSL(ドメイン特化言語)
Rustの Iterator
チェーンは、「流れ」という意味空間におけるDSL として機能する。
let summary = items
.iter()
.filter(|x| x.is_valid())
.map(|x| x.value())
.take(10)
.collect::<Vec<_>>();
このコードは、「データ処理の意図」だけを構文的に表現している。
ループ変数もインデックスも制御構造もない。
あるのは、“何が起きるべきか”という意味だけだ。
結語:イテレータは“意味の順序”を記述する構文である
Rustにおける Iterator
は、繰り返しではない。
それは、「どのようにデータが意味を変えながら流れるか」を構文で記述する装置であり、
その流れの中で抽象と最適化が一致する構造的詩法である。
-
.iter()
は入口 -
.map()
は変化 -
.filter()
は選別 -
.collect()
は終止符
これらすべてが、「意味の経路を構文で定義するという、静かで強固な設計言語」として機能する。
"RustのIteratorはループではない。それは、意味が構文の中を流れるための設計構造である。"