Hub & Spoke vs Virtual WANの高度な比較
本記事では、オンプレミスとAzureを接続する際に代表的なアーキテクチャとして利用される「Hub & Spoke型」と「Azure Virtual WANモデル」を取り上げ、それぞれの構成・運用面での違いやメリット・デメリット、そして適用シーンにおけるベストプラクティスをインフラエンジニア向けに解説します。
1. アーキテクチャ概要
Hub & Spoke型ネットワークは、Azure上の中心となるハブVNet(仮想ネットワーク)にExpressRouteやVPNのゲートウェイ、Azure FirewallやサードパーティのNVA(Network Virtual Appliance)など共通機能を集約し、そこに複数のスポークVNetをピアリング接続するアーキテクチャです。
オンプレミスからAzureへの接続はハブVNetを介して行われ、各スポークは個々のワークロードを収容する形で独立させつつ、外部や他スポークとの通信はハブを経由させることでトラフィックを制御しやすくします。
小規模から中規模の環境では非常にわかりやすい構造であり、スポーク間の直接的なルーティングを制限できる点や、ハブでセキュリティ系リソースを一元管理できる点などが大きな利点です。
しかしながら、大規模化に伴いリージョン数やスポークVNetの数が増えると、ハブを中心とした接続関係やルーティングテーブル、VNetピアリング構成が煩雑になりやすく、管理上のオーバーヘッドが増大しがちです。
Azure Virtual WAN(以下「VWAN」)は、ハブ&スポークモデルをAzureがマネージドサービスとして提供し、広域ネットワーク機能を大幅に拡張・簡易化したプラットフォームです。
VWANではAzureが管理する“仮想ハブ”がハブVNetの役割を担い、従来のVNetピアリングやVPN/ExpressRouteゲートウェイの構成を大幅に自動化します。
仮想ハブは各リージョンで作成され、拠点側のVPNトンネル、ExpressRoute回線、あるいはポイント対サイトVPNなどをすべて集約的に受け付けると同時に、そこからスポークとなるAzure VNetとの接続を簡単に確立できます。
特に複数リージョンやグローバル展開が必要な大規模環境では、仮想ハブ間をAzureバックボーンでフルメッシュ接続できるため、ユーザーが個別にピアリングやルーティングを細かく構成する負担が大幅に軽減されます。
一方で、ユーザー管理のハブVNetに比べてNVAの配置や特殊なルーティング要件に対する自由度がやや下がるケースがある点は留意が必要です。
2. 拡張性と柔軟性の比較
2.1 Hub & Spoke の場合
Hub & Spoke型では、ハブVNetに配置するNVAやAzure Firewallの種類・台数、スポークVNetの数やその構成などを必要に応じて柔軟に調整できます。
たとえば特定ベンダー製の高度なネットワークアプライアンスを導入したい場合や、ルーティングを独自の形で細かく制御したい場合などは、ユーザーが全構成を自由にデザインし実装できるため、非常に高い柔軟性を発揮します。
しかしながら、スポークの増加やリージョンの追加が進むにつれて、Peering設定やルーティングテーブルのメンテナンスが指数的に増えていきます。
ハブを複数リージョンにわたって配置し、相互接続も行うような複雑なケースでは、管理負荷が大きくなってしまう点が課題です。
2.2 Virtual WAN の場合
Virtual WANは、大規模環境における拡張性を念頭に設計されており、仮想ハブに対してVPNやExpressRouteのゲートウェイをスケールユニットの追加によって拡張する仕組みが用意されています。
ユーザーは帯域要件に応じてゲートウェイのスケールアウトを行うだけで高いスループットを確保できるほか、既定でAny-to-Any接続をサポートしているため、複数の拠点や仮想ハブ、スポークVNet間をフレキシブルに結ぶことが可能です。
ただし、Azure側のマネージドサービスに依存する部分が多いため、独自にBGPルータや高度なトポロジを挿入したい、あるいは非常に特殊なネットワーク要件があるという場合には、Hub & Spoke型ほどの自由度が得られない可能性があります。
3. 管理性(運用・ポリシー一元管理・可視化)
3.1 Hub & Spoke の場合
従来型のHub & Spokeでは、ハブVNetと複数のスポークVNetを組み合わせる構成要素のほぼすべてをユーザーが管理します。
たとえばスポークを新設する際にはVNetピアリングの作成・確認、ルーティングを制御するためのUDR(ユーザー定義ルート)設定、必要に応じてファイアウォールやNVAのルート挿入など、手動で個別に設定を行わなければいけません。
また、NSGとNVAの両方でトラフィックを制限するようなポリシーを組む場合は、それぞれに正しくルールが反映されているかを全スポークに対して確認する必要があり、大規模になるほど管理工数が増大します。
加えて、トラフィックフローの可視化やログ収集についてはAzure MonitorやNSGフローログ、NVAのログなどを統合的に扱う仕組みを整備しなければならず、運用をうまく回すには相応の設計とスキルが求められます。
3.2 Virtual WAN の場合
Virtual WANでは、Azureによるマネージドサービスである“仮想ハブ”がネットワーク制御やルーティングの大部分を自動化してくれます。
たとえばオンプレ拠点やスポークVNetを仮想ハブに接続すれば、BGPやカスタムルーティングを意識せずともルートが学習され、オンプレ側とAzure側の経路同期が簡単に実現します。
Azure Firewallを仮想ハブのセキュリティ保護機能として有効化することで、ルーティングの意図(Routing Intent)に従ってすべてのトラフィックをFirewall経由に強制転送する仕組みをシンプルに設定できるようになります。
監視・可視化の観点でも、VWANのポータルから各拠点接続やスポーク接続のステータスを一元的に確認でき、Azure Monitorのメトリックやログと統合して接続全体を俯瞰しやすい構成になっています。
結果として、大規模化しても管理は比較的シンプルに保ちやすく、運用ミスのリスクを減らせるメリットが顕著です。
4. セキュリティ観点の比較
4.1 Hub & Spoke の場合
Hub & Spoke構成では、ハブVNetにAzure FirewallまたはNVAを置き、スポークからのインターネットや他スポークへの通信をすべてハブ経由にすることで中央集約的なセキュリティ管理が可能です。
サードパーティの高度なファイアウォール製品を利用したい場合や、IPS/IDS、L7フィルタリングなど豊富な機能を備えたNVAを必要とする企業では、その自由度が魅力となります。
しかし、セキュリティポリシーを複数のコンポーネント(ファイアウォール/NVAやNSG、UDRなど)に分散して設定・管理しなければならず、全体の監査やコンプライアンス維持が複雑化しやすい傾向があります。
設定の一貫性を保つ仕組みや、ログやメトリックを集約する運用設計をしっかりと行うことが重要です。
4.2 Virtual WAN の場合
Virtual WANでは、Azure Firewallを統合したセキュリティ保護付き仮想ハブを構成することで、クラウド側のトラフィック制御と運用管理を一気通貫で行いやすくなります。
Azure Firewall Managerを使って共通ポリシーを作成すれば、複数のファイアウォールインスタンスにまたがるルールセットを一元化でき、Routing Intent機能で全トラフィックをファイアウォール経由に強制する設定も簡単です。
また、これらの変更内容はAzure Resource Managerのアクティビティログに自動的に記録されるため、監査性も向上します。
ただし、Virtual WANでサードパーティNVAを利用する場合は対応ベンダーや機能に制限があるため、独自機能が必須な要件にはマッチしない可能性があります。
Microsoftは対応製品の拡充を進めていますが、現段階では特殊な要件を満たすために従来型ハブ&スポークのNVA構成を維持するケースも考えられます。
5. コスト構造の比較
5.1 Hub & Spoke の場合
Hub & Spoke構成では、ExpressRoute GatewayやVPN Gatewayなどのゲートウェイリソース、Azure FirewallやNVAの仮想マシン稼働コスト、さらにVNetピアリングによるデータ転送費用が主要なコスト要素となります。
特に、複数リージョン間でグローバルピアリングを行う場合は、受信・送信の両方向でデータ転送料金が発生する点に注意が必要です。
サードパーティNVAを利用する場合、ベンダー製品のライセンス費用や、可用性のための冗長構成に伴うVMコストが加算される可能性もあります。
小〜中規模であれば、コストは比較的抑えやすく運用管理の範囲も許容できることが多いものの、大規模化するとリソースの積み上げコストに加え、管理・運用の人的コストも無視できない規模に達することがあります。
5.2 Virtual WAN の場合
Virtual WANを利用すると、仮想ハブの基盤利用料金やゲートウェイのスケールユニット費用、接続ユニット課金、データ処理量に応じた従量課金が生じます。
セキュリティ保護付きハブを有効化した場合はAzure Firewallのデプロイコストや処理量課金も加わりますが、その一方でNVAの冗長構成を自前で設計・稼働させる必要がなくなることがコストメリットにつながる場合があります。
拠点数や同時接続数、通信量が膨大な組織でも、必要なリソースをゲートウェイのスケールユニットとして追加するだけで横方向に拡張できるため、構成管理コストを抑えながら高スループットを確保できます。
ただし、小規模環境においては仮想ハブの基本料金部分が相対的に割高になる可能性があり、必ずしもVWANが最適とは限りません。
自社の要件や将来計画を踏まえて、Microsoft公式の料金電卓等で試算しながら評価するのが望ましいアプローチです。
6. ユースケース別のベストプラクティス
小規模かつ単一リージョン運用でスポークVNetも少数の場合には、従来のHub & Spoke構成がわかりやすい選択肢です。基本的なゲートウェイとスポークピアリングのみで要件を満たせるならば、大がかりなVirtual WANを導入するメリットは薄くなります。反対に複数リージョンへ展開することが前提で、接続拠点数やスポーク数も多い上に将来的な拡張が想定される場合には、初期からVirtual WANを採用することで運用負荷を抑えつつスムーズなスケールアウトを図れます。また、既存のHub & Spoke環境から段階的に移行するシナリオもあり得ますが、その場合はハブVNetと仮想ハブをハイブリッドに共存させながらネットワークを移し替える方法が検討されています。レガシーな要件や特殊なNVAを必要とするケースでは、Virtual WANと従来構成を組み合わせる選択肢も視野に入るでしょう。
7. 最新アップデートと公式推奨事項
Microsoftは近年、グローバルかつ複雑なハイブリッドネットワークをシンプルに展開できる手段としてVirtual WANを強く推奨する傾向にあります。
特に、複数リージョンにわたるネットワークを大規模に運用するシナリオでは、VWANを利用することでルーティングやセキュリティ設定をマネージドサービスに委ね、大幅に管理負荷を軽減できるメリットが大きいとされています。
一方、Hub & Spoke構成もAzure Landing Zonesなどの公式リファレンスアーキテクチャで引き続き採用されており、小規模や特殊なユースケースにおいては依然として有力な設計パターンです。
実際にどちらを選ぶかは、組織のネットワーク要件や既存インフラ、将来的な拡張性とコスト見合いなどを総合的に検討した上で最適解を導く必要があります。
Microsoft公式ドキュメントにはVirtual WANに関する新機能(Routing Intentの拡張やExpressRoute暗号化サポート、サードパーティアプライアンス連携の強化など)が順次追加・更新されているため、設計の際には最新情報を参照することが望まれます。
8. まとめ
オンプレミスとAzureを接続するハイブリッドネットワーク構成として、従来のHub & Spoke型とAzure Virtual WANを比較すると、アーキテクチャの中心となるハブ機能をユーザーが管理するか、それともAzureのマネージドサービスに任せるかという違いに集約されるといえます。
Hub & Spoke構成は、導入しやすく自由度が高い反面、大規模・多拠点化した際の運用負荷や設計の複雑化が課題になりやすいという側面があります。
Virtual WANは、特に大規模環境でのネットワーク設計を単純化しやすく、ルーティングやセキュリティを一元的に管理できる強みがある半面、従来型のHub & Spokeほど細部を独自にカスタマイズする自由は限られる場合があります。
実際の選定では、組織の規模、必要となるセキュリティ要件、NVA利用の有無、コストおよび将来拡張計画などを踏まえ、どちらのアーキテクチャが自社の要件に合うかを検討すべきです。
Microsoft公式ドキュメントや最新のベストプラクティスガイドを参照しながら設計を進めれば、より適切なハイブリッドネットワーク構築へと近づくでしょう。
参照リンク
さらに詳しく学びたい場合は、以下のMicrosoft公式ドキュメントおよび関連ページが参考になります。
まず Azure Virtual WAN 公式ドキュメントでは、VWANの概要や構成手順、セキュリティ保護付きハブの設定方法などを確認できます。
次にHub-Spoke network topology in Azureでは、クラシカルなHub & Spoke型アーキテクチャの詳細を学ぶことができます。
セキュリティ保護付き仮想ハブについてはAzure Firewall Manager を使用したセキュリティ保護付き仮想ハブが有用です。
さらに、ネットワーク全体を監視する手法としてAzure Monitor でのネットワーク監視」も参照してみてください。
オンプレミス向け専用線接続であるExpressRouteについてはAzure ExpressRoute 公式ドキュメントを、Virtual WANの料金体系はVirtual WAN Pricingをそれぞれ確認すると、より正確なコスト検討が可能になります。
最後に、Azure Landing Zonesでは、クラウドへの移行全体を見据えたリファレンスアーキテクチャを把握できるので、全社レベルの設計を行う際に非常に有用です。