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水処理プラントにおけるAI技術の活用について

Last updated at Posted at 2024-03-22

本記事について

 株式会社エル・ティー・エス データ分析事業部でデータサイエンティストをしている @Abimaru です。弊事業部では、週に1度、ランチを食べながら、各自持ち回りで読んだ論文をシェアする会を実施しています。順次投稿しておりますので、タグ L4P で検索してみてください。

1. はじめに

私は、大学院博士後期課程および前々職の化学メーカーにおいて、水処理プラントの運転シミュレーション(水処理業界ではプロジェクションと呼んでいます)に関する研究・技術開発に従事していました。その後、データ分析に興味を持ち転職、ITベンチャーのMLエンジニアを経て現職に至ります。このようなバックグランドですので、水処理 × プラント運転制御技術 × 機械学習の掛け合わせに大変興味があり、今回のランチ論文会では左記内容に関する以下の論文をチョイスしました。

2. 背景

 世界人口の増加に伴って世界的な水不足が深刻化しており、国連の『持続発展可能な開発目標(SDGs)』でも水問題について言及されている。こうした背景から水市場は急成長しており、現在では100兆円規模に至っている。一方で、飲料水を生産する水処理プラント(DWTP)の運転制御には、以下に示す複数の課題が存在する。

  • DWTPの中には、オンラインモニタリングした水質に基づいて運転パラメータをリアルタイムで調整するフィードバック制御を採用しているが、制御システムの予測モデルアーキテクチャとして数理モデルや経験式を使用しており、精度向上が難しい。
  • 原水の水質にばらつきがあるため、汚染物質を沈殿させるための凝集剤の投与量を適宜調整する必要がある。
  • 原水中に含まれる天然有機物(NOM)には消毒剤と反応して有毒物質を生成する可能性があるが、NOMの組成は複雑で、濃度は季節変動する。
  • 水処理膜のフラックス予測モデルは膜の汚染を正確に表現できておらず、DWTPにおける膜性能のリアルタイム予測ができない。

こうした課題を解決する手法として、AI技術が注目されており、近年盛んに研究されている。

3.DWTPの研究で用いられている手法

DWTPの研究で用いられている手法には、機械学習(ML)、探索アルゴリズムなどがある。

DWTPで用いられる手法

手法 目的
ML 水質予測、藻類発生予測、配管ネットワークの問題診断などの予測に用いられる。
探索アルゴリズム 複数の凝集剤添加時の最適な供給比、配水系統の汚染の特定などの最適化問題に用いられる。
ファジィ推論(FL) FLと人工ニューラルネット(ANN)を組み合わせた適応ファジィ推論ニューラルネットはANNよりも高い解釈性を持ち、凝固剤投与システムの制御に使用される。

4. 飲料水処理における伝統的なモデルとAIモデルの比較

 伝統的なモデルでは、主に第一原理モデルによって、ミクロな視点から予測対象をモデリングする。この手法は、理想的な条件を仮定するため、自然の原水のような複雑な系に適用すると計算精度が低下する。

一方、AIモデルは理想的な条件を仮定しないため、現実の条件下でのDWTプロセスのモデリングに適している。しかし、物理的、化学的な変数の重要性は考慮されないため、メカニズムからモデルの意味付けを行うことは困難である。さらに、過去のデータが不十分なDWTPは、AI予測モデルの構築に適していない可能性がある。また、DWTプロセスの一部のパラメータが大きく変化した場合、精度の著しい低下を防ぐためにモデルの再学習が必要になる可能性がある。

具体例の抜粋

 本論文で取り上げられていた事例について、一部抜粋して紹介する。

  • 第一原理モデルに必要なパラメータをANNで予測することで、クロスフロー精密ろ過、クロスフロー限外ろ過、デッドエンド限外ろ過を、単純な第一原理モデルに比べて予測精度を向上させた事例。
  • 誤差逆伝播法により、中空糸限外ろ過のろ過・逆洗のフラックス予測に成功した事例。
  • 誤差逆伝播法により、パイロットプラントの限外ろ過プロセスにおける短期及び長期の膜間差圧(TMP)を予測。水質が変化した場合でも、長期間にわたって正確な予測を行い、完全AIモデルが制御目的への応用に適していることを示した事例。
  • 異なる地域におけるナノろ過性能を予測するためにANNモデルを使用して、一般化された解を得て、ANNがナノろ過膜の透過性を予測するために普遍的に適用できることを証明した事例。この方法は、複雑な膜挙動を持つ実規模のDWTPにおける膜ファウリング制御を実現できる。
  • 逆浸透における透水係数の予測に成功した事例。入力変数には時間、塩濃度、運転条件、圧力、膜の種類が含まれる。供給塩濃度が低い場合に、圧力を上げると透過係数が上昇する傾向がみられ、濃度分極を再現している可能性がある。
  • GAによりフラックスの最大化とファウリングの最小化を同時に満たす運転条件を求めた事例。
  • PCAによりデータからファウリングの主要因を発見し、PCAスコアに基づくANNとの複合モデルによってファウリングを予測した事例。 PCAスコアから変数の物理的意味や解釈ができる。
  • ML手法によるファウリング動態の正確な予測によって、フルスケールのDWTPのろ過プロセスを制御した事例。ニューラルネットに基づくパルス限外ろ過によって、通常の限外ろ過と比較してフラックスを大幅に改善させた。(平均改善率21 %)
  • リアルタイムのオンラインデータから潜在的なファウリング傾向データを推定し、ファウリングを最小限に抑えるために、逆洗を実行するANNベースの制御システムの事例。

5. 結論

 本論文の結言によると、水処理の関する研究のほとんどでは、凝集、殺菌、膜ろ過といった単位操作における分析に適用されており、AIやMLを使ってDWTPのプロセス全体の管理を検討した研究はゼロに近い状況であるとのこと(2021年の論文なので、現在は少し増えているかもしれません)。個別の単位操作が最適な運転条件を達成していても、プロセス全体が最適な運転状態であるとは限らないと指摘している。AIとMLツールを使用してDWTプロセス全体のグローバルモデルを構築し、全体的なダイナミクスを分析することで、マクロな視点から水処理プロセス全体の特性の理解を向上できると主張している。また、現在の予測モデルのほとんどは科学研究を目的としたものであり、予測結果を制御端末に送信するインテリジェントな制御システムは構築されていない。AI手法をハードウェア設備に統合し、監視設備のデータ情報をフル活用してDLと自己診断を実施し、情報を制御システムに伝送して自己制御を行うことで、水処理設備の潜在的な故障の予測、合理的でないアプリケーションの診断、情報の相互接続、問題の予測、データの自己進化、および高度な運転管理を実現できる可能性があると結論付けている。

6. 所感

水処理業界にいた当時、第一原理モデルを用いて水処理プラントのプロジェクションを行っていましたが、なかなか精度が向上せず、苦心した記憶があります。本論文を読んで、MLとのハイブリッドモデルを使えば楽ができたかもしれない、と思いましたが、実際には下記理由から難しかったと思います(他にもここには書けない理由がたくさんあります)。とはいえ、今後はこういった課題に対する解決策も検討されていくと考えており、技術動向を継続してモニタリングしていく所存です。

  • 水処理プラントのプロジェクションの主な目的には、(1) プラント設計の最適化、(2) プラントの状態を解析することによる運転条件の最適化、の2つがあります。このうち、(1) プラント設計の最適化は非常に重要です。プラント設計を最適化することで、無駄な機器を配置する必要がなくなり、イニシャルコストとランニングコストを削減できます。水処理プラントへの分離膜の納入は入札によって行われるため、イニシャルコスト・ランニングコストを下げることは他社に対する競争優位性を高めることに直結します。一方、プラント建設サイトによって原水の水質は大幅に異なり季節変動もするため、建設サイトに対応した教師データ(プラント運転データ)が事前に必要になりますが、プラント建設前の状態ではデータが得られません。

  • プラント毎に設計(規模、配管径・長さ、計器の位置・精度など)が異なるため、単一のモデルで完全な性能予測を行うことが困難。

  • 入札時に提示したプラント性能については、受注が決まった場合、膜メーカーが保証することになります。実際のプラント性能が提示した性能を下回る場合、顧客に多額の損害金を支払う必要があります。よって、提示するプラント性能は実際のプラント性能よりも低く見積もる必要がある一方、あまり低く見積もると競争力を損なう問題があります。また、上述したように、プラント毎に設計が異なるため、プロジェクションはこれらの差違に対して鈍感である必要があります。よって、高精度だから良いプロジェクションとは限りません。

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