はじめに
🧠 近年のAI(特に深層学習)は、学習・推論ともに「膨大な行列演算」を高速に回すことが性能の鍵です。そこで得意領域が噛み合うのがGPUです。
本記事では、なぜGPUがAIで強いのかを「計算特性」「メモリ特性」「ソフトウェアスタック」の観点で整理し、実務での判断(いつGPUを使うべきか、どこがボトルネックか)まで一気通貫で理解できることを目指します。
想定読者:AI/機械学習を触り始めた〜運用を始めた中級者(GPUの全体像を短時間で押さえたい人)
目次
対象読者
- GPUがAIで重要と言われる理由を、感覚ではなく構造で理解したい人
- 学習(training)と推論(inference)で、GPUがどう効くか整理したい人
- PyTorchなどで「GPUを使っているつもりなのに遅い」原因を切り分けたい人
- CUDA / cuDNN / TensorRT といった用語の関係を俯瞰したい人
- マルチGPUや混合精度(AMP)をいつ使うべきか判断したい人
この記事でわかること
- GPUがAIで強い根本理由(並列性・行列演算・メモリ帯域)
- 学習と推論でGPU最適化の論点が違う理由
- 「GPU本体」だけでなく、CUDA/cuDNN/TensorRTのような周辺ソフトが効く構造
- PyTorchでGPUを確実に使う最小コードとチェック方法
- よくあるボトルネック(データ転送、メモリ不足、バージョン不整合)の見分け方
- NVIDIA以外(AMD ROCm、Triton等)の立ち位置の概要
動作環境
再現のため、以下は“例”です(手元の環境に合わせて読み替えてください)。
-
OS: Ubuntu 22.04 / 24.04 など(Linux推奨)
-
Python: 3.10+
-
フレームワーク: PyTorch(CUDA利用時はCUDA対応ビルド)
-
NVIDIA環境(代表例)
- NVIDIA Driver(OSに依存)
- CUDA Toolkit(12.x系が主流)
- cuDNN(DNN向けプリミティブ集) (NVIDIA Docs)
-
AMD環境(代表例)
- ROCm(AMD GPU向けのオープンなGPU計算スタック) (ROCm Documentation)
-
課金・権限注意(クラウド利用時)
- GPUインスタンスは単価が上がりやすい
- マルチGPUはネットワーク帯域や配置制約が効く
※:PyTorchのpip/condaバイナリはCUDAランタイム依存を同梱するため、通常は“実行するだけ”ならローカルCUDA Toolkitの別途インストールは不要です(ソースビルドや独自CUDA拡張のビルド時は別)。
本編
全体像
🧩 AIワークロードにおけるGPUは、単に「計算が速い部品」ではなく、**モデル計算をGPU向けに最適化して流すための“スタック全体”**として効きます。
- 学習(Training):Forward/Backward/Optimizer を大量反復。計算量・メモリ量ともに重い
- 推論(Inference):レイテンシ/スループットが重要。量子化・カーネル融合など“実行時最適化”が効く(例:TensorRT) (NVIDIA Docs)
基本概念
1) なぜGPUがAIで強いのか(計算の形がGPU向き)
深層学習の中核は、ざっくり言うと以下の繰り返しです。
- 行列積(GEMM / matmul)
- 畳み込み(Convolution)
- Attention(最近は特に重要)
これらは「同じ種類の演算を大量の要素に対して」適用しやすく、GPUの得意な大規模並列処理と噛み合います。cuDNNがAttention・畳み込み・行列積などのプリミティブをGPU向けに高チューニング実装しているのも、まさにここを最短経路で速くするためです。 (NVIDIA Docs)
2) Tensor Core・混合精度が“効き方”を変えた
近年のGPUは、深層学習向けに低精度(FP16等)を高速に回す専用演算器を備え、混合精度(FP16/FP32併用)によって高速化と精度維持を両立します。NVIDIAの混合精度トレーニング解説でも、Tensor Coreや半精度スループットを前提に高速化する設計が説明されています。 (NVIDIA Docs)
実務的には、
- 学習:AMP(Automatic Mixed Precision)で速度とVRAM効率が改善しやすい
- 推論:FP16/BF16/INT8などの量子化・最適化でスループットが伸びやすい
という整理が有用です。
3) GPU×AIは「ソフトウェアスタック」が主役になりやすい
GPUを使うとき、性能はハードだけで決まりません。
- cuDNN:DNN演算プリミティブ(畳み込み、attention、matmul等) (NVIDIA Docs)
- TensorRT:推論向けの最適化ランタイム(低レイテンシ/高スループット狙い) (NVIDIA Docs)
- NCCL:マルチGPU/マルチノード通信(all-reduce等) (NVIDIA Developer)
- Triton:GPUカーネルを比較的高い生産性で書くための言語/コンパイラ (Triton)
- ROCm(AMD):AMD GPU向けのオープンな計算基盤(AI/HPC最適化) (ROCm Documentation)
実装サンプル
ここでは「GPUを本当に使えているか」を最短で確認する手順を示します(PyTorch例)。
Step 1: GPUが見えているか確認
- NVIDIA:
nvidia-smiが通るか(ドライバ/認識確認) - PyTorch側での確認:
import torch
print("torch:", torch.__version__)
print("cuda available:", torch.cuda.is_available())
print("cuda version:", torch.version.cuda)
if torch.cuda.is_available():
print("device:", torch.cuda.get_device_name(0))
PyTorchでは torch.cuda がGPUデバイス選択やCUDAテンソルを管理します。 (PyTorch Documentation)
Step 2: テンソルをGPUへ移して計算
“遅い”の典型は、モデルはGPUでもデータがCPUのままなどの不整合です。まずは最小例で「GPU上でmatmul」できることを確認します。
import torch, time
device = "cuda" if torch.cuda.is_available() else "cpu"
a = torch.randn(4096, 4096, device=device)
b = torch.randn(4096, 4096, device=device)
# ウォームアップ(特にGPU)
for _ in range(10):
_ = a @ b
t0 = time.time()
for _ in range(50):
_ = a @ b
torch.cuda.synchronize() if device == "cuda" else None
t1 = time.time()
print("device:", device, "sec:", t1 - t0)
ポイント:
- GPUは非同期実行が多いので、計測時は
torch.cuda.synchronize()を挟む - 4096程度の行列だとGPUの旨味が出やすい(小さすぎると転送・起動コストが勝つ)
Step 3: 学習での“効く最適化”を入れる(AMPの導入)
混合精度は、Tensor Coreを活かして速度やVRAM効率が改善しやすい代表例です。 (NVIDIA Docs)
(具体コードはプロジェクトに依存するため、ここでは概念として「AMPを使うと効果が出やすい」点を押さえてください。)
Step 4: 推論での“効く最適化”を入れる(TensorRT等)
推論は「学習よりもさらに実行時最適化が効く」ケースが多く、TensorRTは学習済みネットワークを最適化した推論エンジンに変換して実行します。 (NVIDIA Docs)
検証結果
🧪 ここでは“結果そのもの”ではなく、実務で比較すべき観点と計測テンプレを提示します(環境差が大きいため)。
何を比較するべきか
-
学習
- 1stepあたりの時間(ms/step)
- VRAM使用量(最大/平均)
- スループット(samples/sec)
-
推論
- レイテンシ(p50/p95)
- スループット(req/sec, tok/sec)
- バッチサイズ依存(小バッチでの劣化)
よくある落とし穴と対策
1) 「GPUは速いはず」なのに遅い:転送と前処理がボトルネック
-
症状:GPU使用率が低い、CPUが張り付く
-
対策:
- DataLoaderの並列化(workers/prefetch)
- 前処理の見直し(CPUで重すぎないか)
- CPU→GPU転送回数を減らす(まとめて転送、pin_memory等)
2) CUDA Out of Memory(OOM)
-
症状:学習開始直後や途中でOOM
-
対策:
- バッチサイズを下げる
- AMPでVRAM削減を狙う(精度影響は要検証)
- 勾配蓄積(gradient accumulation)
- 不要なテンソル参照を切る(キャッシュ解放の妨げを除去)
3) バージョン不整合(ドライバ/CUDA/PyTorch)
-
症状:
cuda available: False、実行時に謎エラー -
対策:
- PyTorchのCUDA対応ビルドか確認
- ドライバとCUDAツールキットの整合を取る
- コンテナ利用(CUDA依存を封じ込め)
4) マルチGPUで伸びない:通信が勝つ
-
症状:GPUを増やしてもスループットが比例しない
-
背景:勾配の同期(all-reduce等)の通信コスト
-
対策:
- 通信に強い実装(NCCL等)を使う (NVIDIA Docs)
- バッチ/並列方式(Data Parallel / Tensor Parallel等)の再設計
- ネットワーク帯域・トポロジの見直し
まとめと次のステップ
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GPUがAIで強い理由は「行列演算中心の計算」と「大規模並列」が噛み合うため
-
さらに実務では、cuDNN/TensorRT/NCCLなどの最適化ソフトウェアスタックが性能を大きく左右する (NVIDIA Docs)
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“GPUを使っているのに遅い”は、転送・前処理・通信・精度設定・バージョン不整合が典型原因
-
次のステップとしては以下がおすすめ
- 学習:AMP導入とプロファイリング(どこが詰まっているか可視化)
- 推論:バッチ/量子化/エンジン化(TensorRT等)検討 (NVIDIA Docs)
- マルチGPU:分散学習の通信設計(NCCL、ネットワーク、並列方式) (NVIDIA Docs)
- カーネル最適化が必要ならTriton等も選択肢 (Triton)
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