先日開催された Code for Japan Summit 2025 の Future Forum 「災害対応や緊急避難のためのAI技術・新興技術の活用と課題」に参加しました。
今回は、そのセッションでの議論と、そこから見えてきた「シビックテックにおける防災訓練」のあり方、そして私自身がこの記事を書こうと思った「世代間の記憶継承」という動機について綴ります。
「災害対応や緊急避難のためのAI技術・新興技術の活用と課題」 @ Code for Japan Summit 2025
先日開催された Code for Japan Summit 2025 の Future Forum 「災害対応や緊急避難のためのAI技術・新興技術の活用と課題」に参加しました。
Code for Japan Summit 2025
参加者同士で「AIでこんなことができる」「ARで浸水シミュレーションができる」「移動体通信網不要の通信手段」と、わいわいと話が進んでいきます。「認知度は低いと思うが、こういうサービス、ツールもあるよ」という話題が(毎度のことながら)最も盛り上がります。
そして、議論が進むにつれ、話はひとつの冷厳な事実に収斂します。
「被災時に役立つであろう製品、サービスは沢山あるが、認知されていなければ想起されない、慣れていないものは利用されない」
「被災時」という言葉の解像度についても、改めて考えさせられました。発災直後、1週間後、1ヶ月後では求められる情報も行動も全く異なります。「いつ」「誰が」「どう使うのか」を定義しない限り、どんな高機能なアプリも、混乱の中では存在しないも同然です。
平常時に触ったことのないアプリを、家が揺れている最中にダウンロードして設定できる人はいません。避難先で求められるのは、誰もが直感的に使える、あるいは「使い慣れた」インターフェースだけです。
防災訓練の解像度を上げる
では、私たちのアプローチはどこに位置づけられるのでしょうか。「防災訓練」の全体像をフェーズごとに整理してみます。極一部ですがご容赦ください。
あなたの 「CivicTech x 災害(防災)」 はどこに位置するでしょうか
特段、発災リスクが高い場所に住んでいるわけではない人にとっても、 「議論や知識の共有を、何度でも繰り返す」 ことは可能です。
| フェーズ | 身体防護・避難 (自分の命を守る) |
応急対応・救助 (他者の命・まちを守る) |
情報・意思決定 (頭脳の訓練) |
|---|---|---|---|
| 発災直後 | シェイクアウト 避難場所への移動 |
初期消火救出 救助資機材 |
安否確認(SNS/アプリ)情報収集訓練 |
| 避難・初動 | 垂直避難・水平避難煙体験ハウス | 応急手当(止血・搬送) AED・心肺蘇生 |
DIG (図上訓練)災害情報のトリアージ |
| 避難生活 | 車中泊・テント設営給水訓練 | 炊き出しマンホールトイレ設置 | (避難所運営)支援物資のマッチング 避難所運営ゲーム(HUG) 防災クロスロードゲーム |
図上訓練で災害対応力を高めましょう! 江戸川区ホームページ
https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e008/bosaianzen/bosai/kyojo/zujoukunren.html
なぜ今、このテーマを書くのか: 世代と記憶
なぜ今回、改めて災害関連の内容を書こうと思ったのか。それは Summit に参加した際、会場を見渡してある種の「世代間の変化」を感じたからです。
- Covid-19世代 : パンデミックをきっかけに、オンラインツールやデータ活用(CivicTech)に関心を持った比較的若い世代
- 3.11世代 : 2011年の東日本大震災など、2010年代以前の災害を実体験として持っている世代
「3.11世代」あの日の空気感、混乱、そしてアナログな現場での経験。それを、テクノロジーに明るい「若い世代」へ語り継ぐこと。 それ自体が、ひとつの重要な 「データの継承(アーカイブ)」 であり、CivicTech活動そのものなのではないかと感じたのです。
3.11当時の技術背景: Web 2.0と現代サービスの黎明期
2011年は、国内でのiPhone発売(2008年)から数年が経過していたものの、依然としてフィーチャーフォン(ガラケー)が主流だった技術的過渡期です。「Web 2.0」と語られたこの時代は、SNSをはじめとする 「現代に存在するサービスやアプリケーションの第1世代」 が、技術の進化と共に世界中に登場していたタイミングでした。LINEのサービス開始(同年6月)前夜でもあり、まさに現在のデジタル環境の原形が作られようとしていた時代と言えます。
私のあの日あの時
最後に、私自身があの時、何を体験し何をしていたかを書き連ねておきたいと思います。これは単なる昔話ではなく、未来の訓練へのインプットデータとして。
2011年3月11日 (金曜日)
- 座っていた椅子が50cm程度の範囲で左右に往復する程度の揺れ
- 非常階段を下って避難場所に移動
- 近くにあった高速道路(高架)が余震の度にすこし揺れているように見えた
- 飲食店の中にあるテレビには「千葉湾岸で工場火災」など
- 所属組織の意思決定が遅く1時間程度経過。解散の一方を(Twitterで見て)自宅へ向けて移動
- 公共交通機関はあてにならないのでまずは4km程度を徒歩で移動
- 中野駅からはバスが使えそうだったのでバスで移動
- 学校、スーパーなど経由して帰宅
2011年3月12日 (土曜日)
- 自宅でテレビを観ながら色々と
- 所属組織内における(SNSなどの)緊急連絡手段が未整備だったので、数人が試用していた Chatter、Yammerを全体に告知
- 週末なので組織からの連絡もないので、色々と。
- この時 NHKがYouTubeで同時配信を行うなど「それまであり得なかったような活動が多発する」
- IT技術者間でも個人レベルでの活動やつながりを持つ活動が昼夜問わず行われ、前例主義など存在しないような活動が目立つ。(ある意味これまでの日本のIT技術者が最も輝いていた時期だと思うが細かいことは割愛)
2011年3月14日 (月曜日)
- Skypeだったかな? 所属組織からは1週間の自宅待機指示
- 組織としての公式なWeb mail I/F などが未提供。組織の端末にリモートアクセス出来る人も全体からすれば10%前後だったかな。そういう時代。全員に対する公式な同報手段がなかったね。リモートワークに対する価値観がCovid-19以降とは全く違う。当時は平均的なレベル感だと思う。
- 当時はまだ 個人レベルで XXX Messenger といった既にレガシーなメッセージングツールの使用率が高かったが、 Skypeの音声、動画が比較的安定していたので、組織内の連絡にSkypeも利用されはじめる
- Enterprise SNS に抵抗感のある人が大半で、まだまだ勝手な個人間メッセージングが主流の時代
2013年5月7日
Code for Kanazawa 設立
Code for Kanazawa - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/Code_for_Kanazawa
私が Google+ や TED で Code for America を知ったのがこの頃
2013年7月12日
Code for Japan 設立準備ミーティング #1 | Peatix
https://peatix.com/event/15819
2025年12月8日
本記事 公開
技術が進化するからこそ、人が集まる意味がある
あの日から約15年の時を経て、技術は大きく進歩しました。かつては専門家しか扱えなかったデータやツールも、今では誰もが手にすることができます。
2011年 そして 2020年を境に日本におけるICTを取り巻く事情は大きく変わりました。その際の事情と時代の変化を語り継ぐことは、まだ想像も出来ていない何かへの備えになるのだろう。
近年、AIの急速な進化により「(実装として)つくる」コストは加速度的に低下しています。 それゆえに、これからは「アイデアソン」「対話」「情報共有」といった「かんがえる」ことの価値が、かつてないほど高まっていくのではないでしょうか。
Code for Japan Summit - YouTube
(*) 2025-12-08 現在 2025 の動画は公開されていませんが、後日公開されるでしょう



