近年、多くの事業会社で「プラットフォーム化」という言葉が使われるようになりました。
開発組織においても、プラットフォームを専門に扱う組織が存在することは、もはや珍しいものではありません。
実際、私が所属している組織の名称も「プラットフォームグループ」です。
一方で、「プラットフォームとは何か」「なぜ今プラットフォームが必要なのか」という問いに対して、明確な答えを持てている組織や人はどれくらいいるのでしょうか。
少なくとも、私は開発初期の頃は明確な答えを持てていませんでした。
本記事では、プラットフォームの基本的な考え方から、マイクロサービスとの関係を整理しながら、「なぜプラットフォームが必要なのか」という問いに答えていきます。
プラットフォームとは
プラットフォームという言葉は、非常に広い意味を持っています。
語源である platform は周囲より一段高く、平らになった場所、
つまり人がその上に立って作業をするための「足場」を意味します。
足場に乗ることで、これまで手が届かなかった高い場所へと届くようになる。
自分ひとりでは到達できない場所に、より簡単に、より早く辿り着くための土台とも言えます。
実際、「プラットフォーム」という言葉は文脈によってさまざまな意味で使われます。
たとえば、開発者向けの生産性を高めるプラットフォームエンジニアリング、
外部事業者が価値を提供できる場としてのサードパーティプラットフォームなど、その射程は多岐にわたります。
本記事でいう「プラットフォーム」とは、
複数のプロダクトやサービスに共通する「基盤」となり、機能・データ・体験を横断的に提供する仕組み(構造)のことを指します。
単一プロダクトの延長線上ではなく、
- 共通のユーザー管理
- 共通の権限・組織構造
- 共通のデータモデル
- 共通のUI / UXポリシー
といった「再利用される前提の設計」を持つ点が特徴です。
プラットフォームが必要になる背景には、以下のような状態があります。
- プロダクトが増え、ユーザー・データ・運用が分断され始めた
- 顧客から「横断的に管理したい」という要望が増えてきた
- 開発チームがプロダクト単位でサイロ化し、スケールしづらくなった
こうした状況が重なった結果、
プラットフォームは事業やプロダクトの成長とともに必要とされる存在になっていきます。
マイクロサービスとは?
マイクロサービスとは、システムを小さなサービス単位に分割し、それぞれを独立して開発・デプロイ・スケールできるアーキテクチャスタイルです。
従来のような1つの巨大なアプリケーション(モノリス)ではなく、
- 認証サービス
- ユーザー管理サービス
- 各業務ドメインごとのサービス
といった形で、ビジネスドメインに基づいてモデル化されたサービスへと責務を分離します。
マイクロサービスを理解するうえで重要なのは、現在のシステム構成の多くがクライアント–サーバーモデルを前提としている点です。
ただしマイクロサービスにおいては、サーバーが単にクライアントからリクエストを受け取る存在に留まりません。
サーバー自身が別のサーバーのクライアントとなり、サービス同士がネットワーク越しに通信することで、システム全体が構成されます。
各サービスは、
- カプセル化されたビジネス機能を持ち
- 1つ以上のネットワークエンドポイントを通じてそれを公開し
- 他のサービスと疎結合に連携する
という特徴を持ちます。
マイクロサービスの設計において特に重視されるのが、独立してデプロイ可能であることです。
この独立性を高めるために、サービス同士はできるだけ疎結合である必要があります。
また、各サービスは単なる処理の集合ではなく、
「振る舞い(ロジック)」と「状態(データ)」をあわせ持つ単位として設計されます。
これにより、1つのサービス内でビジネス機能の凝集度を高め、変更に強い構造を実現します。
プラットフォーム化を語る上で、マイクロサービスはしばしばセットで登場します。
これは、プラットフォームが複数のサービスを前提とした構造になりやすいためです。
しかし重要なのは、
マイクロサービスは「アーキテクチャの選択(ビジネス機能を提供することが目的)」であり、プラットフォームは「価値提供の構造(共通的なルールと体験を提供)」だという点です。
マイクロサービス = プラットフォーム ではありません。
マイクロサービスはあくまで手段であり、それ自体が目的になるものではありません。
マイクロサービスのメリット
信頼性
マイクロサービスにおける最大の利点の一つが、耐障害性の高さです。
システムが複数の独立したサービスで構成されているため、あるサービスに障害が発生しても、その影響を特定のサービスに局所化できます。
モノリス構成では、一部の不具合がシステム全体の停止につながるケースも少なくありません。
また、サービスごとにデプロイやロールバックが行えるため、障害発生時の対応スピードを上げやすい点も、信頼性向上に寄与します。
スケーラビリティ
マイクロサービスはスケーラビリティの面でも大きなメリットがあります。
各サービスが独立しているため、負荷の高いサービスだけを個別にスケールすることが可能です。
これにより、トラフィックの集中する機能だけを効率的に拡張できるといった効果が得られます。
特に、プロダクトや機能ごとに利用状況が大きく異なるBtoBサービスにおいては、マイクロサービスのスケーラビリティはコスト面・運用面の両方で大きな価値を持ちます。
メンテナンス性
マイクロサービスは、システムのメンテナンス性を大きく向上させます。
サービス単位でコードベースが分離されているため、変更の影響範囲を把握しやすく、改修や改善を進めやすくなります。
また、各サービスが独立してデプロイ可能であることから、
リリースタイミングの衝突、いわゆるデリバリー衝突が起きづらいというメリットもあります。
これは、複数プロダクトを並行して開発する組織において、開発スピードと安定性を両立させるうえで非常に重要なポイントです。
ドメイン駆動設計(DDD)との相性
マイクロサービスは、ドメイン駆動設計(DDD)との相性が良いアーキテクチャでもあります。
ビジネスドメインごとにサービスを分割することで、1つのサービスが1つのドメイン責務を明確に担う構造を作りやすくなります。
振る舞いと状態を1つのサービス内に閉じ込めることで、
ビジネスロジックの凝集度が高まり、理解しやすく変更しやすい設計になります。
結果として、
- ビジネスの変化に追従しやすい
- チームがドメインへの理解を深めやすい
といった効果が生まれます。
相手プロダクトの技術要件に依存しない
マイクロサービスの大きなメリットの一つが、
他のプロダクトやサービスの技術要件に引きずられにくい点です。
各サービスはネットワーク越しのインターフェース(API)を通じて連携するため、使用する言語やフレームワークといった技術的な選択を、サービス単位で行うことができます。
その結果、
- 他プロダクトの技術的制約によって意思決定が歪められない
- 技術的負債をサービス単位で局所化できる
といった効果が生まれます。
これは、複数プロダクトを並行して成長させていく組織において、非常に重要なポイントです。
チームの自立性を高められる
マイクロサービスは、システム構成だけでなく、チームの在り方にも大きな影響を与えます。
サービスがビジネスドメイン単位で分割されている場合、
チームはそのサービスに対して、
- 設計
- 実装
- デプロイ
- 運用
までを一貫して責任を持つことができます。
これにより、
- 他チームへの依存が減る
- 調整コストが下がる
- 意思決定のスピードが上がる
といった形で、チームの自立性が高まります。
また、ドメインとチームの責務が一致することで、「誰が何に責任を持っているのか」が明確になり、結果として組織全体の開発効率や品質向上にもつながります。
マイクロサービスのデメリット
ネットワーク依存
マイクロサービスは、サービス同士がネットワークを介して通信することを前提としたアーキテクチャです。
そのため、ネットワークそのものがシステムの不確実性要因になります。
ネットワーク越しのコンピューター通信は、一見すると瞬時に行われているように見えますが、
- レイテンシの発生
- パケットロス
- タイムアウト
- 一時的な通信断
といった問題は必ず起こります。
モノリスであれば関数呼び出しで済んでいた処理が、
マイクロサービスでは「失敗する可能性のある通信」になる。
この前提を受け入れた設計が求められます。
データの一貫性
マイクロサービスでは、サービスごとにデータを保持することが推奨されます。
その結果、サービスをまたいだデータの一貫性を保つことが難しくなります。
モノリス構成では、単一のデータベース上で
ACID特性を持つトランザクションを使い、一貫性を担保することが可能でした。
しかしマイクロサービスでは、
- 複数サービスにまたがる分散トランザクション
- 同期的な整合性保証
を前提にすることは現実的でありません。
結果として、
- 結果整合性(Eventually Consistent)を受け入れる
- 状態のズレを前提とした設計を行う
といった判断が必要になります。
これは技術的な難易度だけでなく、ビジネス要件とのすり合わせを強く求められるポイントです。
運用・監視・障害対応のコスト
マイクロサービス化が進むほど、運用の複雑性は指数関数的に増加します。
- サービス数の増加
- 監視対象の増加
- ログ・メトリクス・トレースの分散
- 障害時の影響範囲の特定の難しさ
単一障害ではなく、複数サービスの連鎖による障害も珍しくありません。
そのため、マイクロサービスを採用するには、
- 監視・可観測性(Observability)への投資
- 障害対応プロセスの整備
- 運用を前提とした設計
が不可欠になります。
開発生産性の低下
意外に見落とされがちなのが、開発体験の悪化です。
マイクロサービスでは、
- ローカル環境で複数サービスを立ち上げる必要がある
- 外部依存サービスのモックやスタブが必要になる
- セットアップ手順が複雑化する
といった理由から、ローカル開発環境の構築難易度が大きく上がります。
結果として、新規メンバーのオンボーディングが難しくなり、短期的には開発生産性が下がるケースも少なくありません。
移行コスト
既存システムをマイクロサービスへ移行する場合、その工数は決して小さくありません。
- 既存ドメインの再整理
- データ分割と移行
- 段階的リリースと共存期間の設計
- ロールバック戦略の検討
特にBtoBプロダクトでは、
「止められない」「失敗できない」
という制約の中で移行を進める必要があります。
私の経験からもマイクロサービスは、作ることよりも移行することの方が難しいアーキテクチャだと思います。
弊社のマイクロサービスの状況
現在は3つの責務を持つマイクロサービスから成り立っています。
契約基盤:プロダクトの契約情報の管理
組織基盤:組織図・従業員データの管理
認証基盤:ユーザーの認証・認可の管理
今後もプロダクト展開をしていく上で、
共通性:時が経っても変化しにくいか
可変性:変化をしやすい構造か
という観点を踏まえて、マイクロサービス化にチャレンジしていく予定です。
結論(WHY NEED PLATFORM?)
ここまで、プラットフォームとマイクロサービスについて整理してきました。
マイクロサービスは、
信頼性・スケーラビリティ・メンテナンス性を高め、
チームの自立性や技術選択の自由度をもたらします。
一方で、
ネットワーク依存、データ一貫性の難しさ、運用・監視コスト、開発体験の複雑化、そして移行の大きな負担といった、新たな複雑性を確実にシステムと組織にもたらします。
マイクロサービスは、プロダクトをスケールさせるための強力な手段ですが、
それだけでは「分断」を防ぐことはできません。
ここで改めて、本記事における結論を明確にします。
プラットフォームとは、
分散したマイクロサービスやプロダクトが存在することを前提に、
それらを“共通のルールと体験の上で成立させ続けるための構造”です。
複数のマイクロサービスが存在する状態では、
- データの分散
- ユーザー体験の分断
- 組織はサービス単位でサイロ化
が起きやすくなります。
マイクロサービスという「分散」を選んだ以上、その分散を全体の価値として成立させ続けるためにプラットフォームが必要になるのです。
