なにこれ?
本年もお疲れさまでした。年の瀬ですので IT技術の実社会における展開を振り返り、2020年代において IT技術がどのように私たちの生活を変えるのだろうか、について考えてみます。お時間があればお付き合い下さい:
- 姉妹編
- ここ10年の技術トレンド、そしてお金持ちになる方法 : 2018年に投稿
01. 10年前でもIT技術は社会を変えていた
今から10年前はiPhone/Androidが誕生したばかり。AWSは存在していたが 競合はレンタルサーバ会社程度。HDDはTB級が普及するもSSDはプチフリ問題で使い物になるか?みたいな状況で、Web2.0/Ajaxはスローガンにすぎなかった。外出先でWebにつなぐのはビジネスマンと高額な月額費用を甘受できる所得者層に限られていた。コミュニケーションはメールが主体で情報整理術に長けている人以外には、辛い時代であったように思う。
それでも、2010年は既に、個人もビジネスもWebに繋がるのが当然となり、IT技術が単なる業務効率化の枠を超え、IT技術自体が新たなビジネス領域を創出したり、個人のライフスタイルに変化をもたらしていたりした。そしてその流れはこの10年間で加速度がついていく。
02. 10年間でIT技術は社会を変えた
半導体の微細化技術の向上 及びリーマンショック後の金融緩和に追い風を受け IT業界に大量の投資マネーが流れ込み、各ビジネス領域に IT技術が導入されていった。特に無線通信網が 途上国を筆頭に急ピッチで整備された結果、IT技術はWeb&ネットワーク&モバイルという舞台で最も影響力を発揮するようになった。
また、Linux等で種が撒かれていたオープンソース文化が一気に開花し、技術を身に着ける方法、組織的な開発を円滑に行う方法に**『知の高速道路』が整備されることで 技術の進歩に加速度がついた**。スクラッチからサービスを作るのではなく、オープンな部品を組み合わせることで、サービスを実現するという土壌は確立されたように思われる。
03. 変化を抽象化して捉えてみよう
上述の社会変化を少し抽象度を上げて捉えなおしてみよう。作業効率化を第一段階とし、この10年の進化を取引効率化という第二段階とするならば、2019年に萌芽が見られたのは第三段階である思考効率化である、というのが本節の主張。
作業効率化(第一段階): ~2010までに成功したIT技術の多くは、「Xをしたい」という人間の要望に対し、プログラムを組むことで「Xを正確に実行する」ソフトウェアであった。条件分岐と繰り返しを組み合わせて複雑なタスクをボタン一つでできるようになった。会計処理・帳簿作成・ECサイト などがよく合致する領域であろうと思う。
取引効率化(第二段階) 2010~に成功したIT技術の多くは、「Xをしたい」という人間の要望に対し、「Xを円滑に実行する」ソフトウェアに重きが置かれるようになった。例えばドメインの取得・CDNの構築・負荷分散装置の配置などはAPI一つ叩くだけで手に入る。また、店舗決済やC2Cの決済はボタン一つで実現され、映画も雑誌も家に居ながらにして読める。多くの取引が極めて円滑に実行される。経済活動とは財の交換である。交換の際に生じる摩擦を極限まで減らす手伝いを IT技術が手助けをしたと捉えられる。こうした視点に立つと、クラウド・サブスクリプション・SaaS・シェアリングエコノミ などの興隆を統一的に理解できる。
思考の効率化(第三段階): 2019~個人の偏った視点でしかないが、ITがビジネス/ライフスタイルに浸透していくに従って、IT技術が人や企業の行動に介入するという現象が見られ始めるようになった。これが今後のIT技術が社会を変える方向性になるのではないかと考えている。これについては以降詳細に論じたい。
04. 意思決定は誰がする?
これまで 多くの人/企業のIT技術との付き合い方は 人がIT技術を使う という形であった。企業活動では「調査→立案→意思決定→施策化→施策実行」というプロセスの各ステップにおいて各担当者がIT技術を使ってその能力を発揮し何をするべきかを決める。個人の活動でも「欲求→検索→比較→選択→行動」というプロセスの各ステップにおいてIT技術を使ってライフスタイルを形成する。この意味でIT技術は「道具」=「身体能力を拡張するデバイス」であり、車・重機・家電などと同じようなものである。
一方、情報過多の時代には、個人や企業にとって本当は何をするべきなのかがわからない状況が往々にして生じうる。「気分が乗らないので気分をあげるための音楽を聴きたいんだけれど、具体的な曲名がぱっとでてこないのでアレクサにお願いする」だとか「既存の顧客の単価を上げる施策をとるべきか、新規顧客の獲得を狙う施策を打つべきかがわからないので機械学習させてみる」だとか。
IT技術と人間の意思の主従関係に転倒がおきはじめている。つまり「ITに補助してもらって行為を決定する」という事象に人間は慣れ始めている。
05. 二択としての意思決定
IT技術が我々の意思決定や欲求に介入するにしても、「それでも私たちが意思決定をしている」と感じられるのは最終的な選択権を握っているからだろう。「アレクサが推薦する4つのプレイリストからこれを選ぶ」だとか「いくつかの施策案のなかから経営理念や社風にあった施策を選択する」というケースに代表されるように、無限にある選択肢からIT技術によって提示された「説明可能・合理的であると感じられ、自身がその結果に責任を負えると判断できる」ような選択肢さえあれば十分なのだ(すこし話がそれるが、この主張を使うと自動運転の実現が難しいという帰結を引くこともできる)。
この描像はディストピアじみているが、コンピュータが用意した高々数個の選択肢を選ぶことで自身の主体性・自由意志を確認することはありえるだろう。嫌味でもなんでもなく、IT技術が高度に発展した状況において、人間の意思決定とは『それでやってくれ』か『別の方法を提示しろ』という二択で済むケースが多くなるだろうし、それでうまく回るようにも思われる。
06. 2020年代のIT技術の方向性
前述のように、IT技術が個人/企業の意思決定の幅を狭くする(選別する)という形で社会が変わっていくことが想定される。つまり人は「漠然とした課題を入力して提示された選択肢の可否で行動を決める」「行動・思考の起点はコンピュータによる情報の提示である」という形でIT技術とつきあう、そのような関係の持ち方がありうると思う。
すでにその兆候は見え始めていて、以下のような場面ではそれを受け入れている人が多いし、そのためのサービス・ソフトウェアが実現されている
- ログイン通知や2FA
- AIアシスタントやチャットボット
- サブスクリプション
- 具体的な商品ではなく(選別された)商品群の利用権で満足している
- 個人に最適化されたニュースメディア
07. 補足的だが重要な視点
GAFAをはじめ、プラットフォーマによる囲い込みが進んでいる。彼らの提供する経済圏に安穏としていれば、上述の方向に誘導されていくことは必然であるように思われる。その是非の判断はしかねるが、行動経済学・心理学・統計学・モデル最適化・インクリメンタルなソフトウェア開発といった道具立ては、彼らが考える「理想的な人間が持つべき思考・行動」を取るように誘導されることになる(一応補足しますが皮肉です)。
この背景として、技術はオープンになったがソフトウェアは複雑化の一途を辿り、結局質の高いソフトウェアやサービスは、大企業やプラットフォーマの経済圏の中でその利益を最大化するようにされた、という点は見逃せない。寡占化が進み、経済に組み込まれ、IT技術はもはやギークのおもちゃではない。もちろん、知的好奇心としてのコンピュータ技術はこれからもあり続け、技術革新の一翼を担うこともあろうが、エコノミーに隷属するのが通常になりそう。
まとめ
人の行動は 宗教・王・権力者・国家・法・企業・家族・友人によって規定されていました。ここに新たな主体が加わるのを目の当たりにすることになるのが2020年代ということになりそうです。