こんにちは!
アメリカ発祥のスタートアップ企業、Plastic LabでAI研究開発に携わる3un01aです。
御社では「機械学習 × 認知科学」の交差点に立ち、個人のアイデンティティを映す AI ネイティブなメモリと社会認知システムを構築しています。
中心プロダクトの「Honcho」は、AI アプリ/エージェントがユーザーを「知る・理解する」ためのプラットフォームで、記憶をただの保存ではなく、推論を通じたダイナミックなプロセスとして扱います。
この記事では、私たちが考える「メモリ=推論」という新しいメタファーを紹介し、なぜこれが次世代の AI システムにおいて鍵になるのかを技術者視点で整理していきます。
はじめに
これまでのエージェントシステムでは「メモリ=データの保存」と考えるのが当たり前でした。
しかし本記事では、メモリは本質的に“予測と推論のための仕組みである” という視点から再定義します。
人間の認知は、限られたエネルギーと情報の中で予測を更新し続ける仕組みです。一方、LLM や AI エージェントはその制約を受けません。
ならば 推論そのものを学習タスクとして扱い、動的なメモリを構築すべきでは・・・?
というのが今回この記事の主張となります。
メモリは「保存」ではなく「予測」
従来のエージェントシステムでは、メモリは以下のように実装されることが一般的です:
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RDB(リレーショナルDB)
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ベクターデータベース(埋め込み検索)
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グラフデータベース(知識構造化)
これらは非常に便利ですが、「何を保存すべきか」「どのように構造化すべきか」を人間が決める必要があり、保存された情報は静的です。
しかし、ユーザの心理・文脈・嗜好・性格を表現する“個人アイデンティティ” は、完全なデータが揃わない非決定論的な領域です。
これは、AI が得意とする問題でもあります。
なぜ「記憶=予測」なのか
人間の脳は、限られた情報の中で世界を理解するために「予測と誤差修正」を繰り返しています。これにより私たちは、友人・家族・職場の同僚について、静的なデータベース以上の“内部モデル”を持つことができます。
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完全なデータはない
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でも推論して予測し、次のインタラクションで修正する
この仕組みこそが人間のメモリです。
AI も同じアプローチを採用することで、従来の「保存ベースのメモリ」では扱えない領域でユーザ理解・パーソナライズ・エージェントの一貫した人格形成を実現できます。
予測には推論が必要
人間の推論は素晴らしいものですが、以下の制約があります:
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認知バイアス
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情動による判断の揺れ
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計算リソースの不足
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記憶の曖昧さ
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信念のアップデートが苦手
一方、LLM はこうした人間の弱点を持ちません。
さらに近年の研究では、次のような結果が示されています:
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Chain-of-Thought により論理推論の質が向上
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推論トレースへの RL(強化学習) によってモデル性能が大幅に改善
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例:OpenAI o1 シリーズ
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例:DeepSeek R1 シリーズ(推論過程の公開)
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つまり LLM は、論理推論(演繹・帰納・アブダクション)が極めて得意です。
推論を使った「メモリのスキャフォールディング」
保存ではなく「推論の木構造」で記憶を構築する、というアイデアです。
従来方式
- 情報を抽出 → 埋め込み → 保存
- データは変わらない(静的)
推論方式
- 新しい情報が来るたびに推論
- 論理的結論を“ノード”として蓄積(木構造)
- 必要に応じてノードを組み合わせ、文脈を動的生成
この構造は、いわば Synthetic Social Cognition(人工的な社会認知) を実現します。
Honcho:推論ベースのメモリを API 化したプロダクト
Plastic Labs では、この“推論メモリ”のアプローチを実用化したプロダクト Honcho を開発しています。
Honcho の提供する価値
- メモリを「保存」ではなく「推論」として扱う
- ユーザのアイデンティティ表現を動的に生成
- 推論の木構造を API として提供
- LLM を使った高精度のユーザ理解を実現
- 静的データでは捉えきれない「個人性」をモデル化
エージェントの“人格”や“長期記憶”をどのように扱うかは、これからの AI プロダクトの本質的なテーマです。私たちはその基盤を提供するスタートアップとして、この問題を徹底的に追求しています。
おわりに
あなたのプロダクトは、ユーザについてどれだけの情報を取りこぼしているでしょうか?
もしメモリを「推論」に変えるだけで、
- 個別化された体験
- 一貫性のあるエージェント
- 高度なユーザ理解
- 粒度の高いパーソナライゼーション
が実現できるとしたら・・・?
Plastic Labs は、その未来の最初のレイヤを作っています。
