エンジニア界隈にいると、「休日も個人開発して当たり前」「常に新しい技術をキャッチアップしろ」みたいな空気を感じること、結構ある。
でも自分は、好きなことが別にあるなら、技術を人生の中心に置かなくても全然いいと思っている。
そもそもプログラミングとか技術って、かなり向き不向きが激しい泥臭い世界なんですよね。
自分が開発してて一番「うわ、楽しすぎる」ってなる瞬間って、
- アーキテクチャの思想がチームメンバーと綺麗に噛み合った時
- 「その責務分離めっちゃ分かる」みたいな共感が発生した時
- 自分の変なこだわり実装に誰かが刺さってくれた時
みたいな、かなり“思想寄り”の瞬間だったりする。
客観的に見ると、たぶん普通に変な世界です。
でも逆に言うと、この「ちょっと狂った偏愛」みたいなものがあると、この業界で走り続けるのはかなり楽になると思う。
技術って、思った以上に終わりがない。
新しい概念も仕様もフレームワークも永遠に増えるし、しかも昨日の正解が数年後には普通に負債扱いされたりする。
だから「頑張って耐える」で入り続けるには、結構カロリーが高い世界なんですよね。
好きじゃないのに挑戦してる時点で、普通に偉い
なので自分が一番言いたいのは、
「別にそこまで技術好きじゃない」
のに、この難しくてややこしいIT業界に入ろうとしてたり、勉強しようとしてる時点で、普通にかなり偉いということ。
自分の知らない領域に飛び込もうとしてる時点で、かなりエネルギー使ってる。
休日にコードを書かないから偉くないとか、個人開発をしていないから弱いとか、そういう話では全然ないと思う。
技術を好きな人の熱量は、たしかにすごい。
でも、その熱量に全員が合わせないといけないわけではない。
もしやってみて、
「なんか違うな」
「自分にはあの変な思想ないかも」
「しんどいな」
って感じたなら、その時は別に無理して走り続けなくてもいいと思う。
技術とはちょっと距離置いて、ゆるく触るくらいでも全然いい。
むしろ、
「向いてないかも」
をちゃんと認識して、別の好きなことへ行けるのって普通に強さだと思う。
技術は世界に大量にある道具の一つでしかない
技術なんて、世界に大量にある道具の一つでしかないので。
休みの日まで無理してパソコン開かなくてもいいし、別の趣味でも遊びでも、色んな景色見た方が人生としては普通に豊かだと思う。
もちろん、休日も個人開発する人を否定したいわけではない。
新しい技術を追い続ける人を否定したいわけでもない。
むしろ、自分はそういう人を見ると普通にすごいと思うし、自分自身もかなりそっち側にいると思う。
ただ、それがエンジニア全員にとっての正解ではないと思っている。
仕事として技術を使う人。
趣味として技術を楽しむ人。
必要な分だけ技術を学ぶ人。
プロダクトを作るための手段として技術を使う人。
いろんな距離感があっていいと思う。
その中で、
「なんかこれ異常に好きやな……」
って思えるものが見つかったら、それを趣味にしたらいい。
それが技術なら、たぶんかなり楽しい。
でも、それが技術じゃなくても全然いい。
自分はたまたま、技術が好きだった
じゃあなんで自分は、毎日コード書いて、アーキテクチャで悩んで、Compilerの内部実装とか見てニヤニヤしてるのか。
それは単純に、自分が技術を好きすぎるから。
本当に、たまたま自分の“変な思想”の行き先がここだったってだけなんですよね。
だから、技術が好きな人の熱量を見て、
「自分もあれくらいやらないといけないのかな」
と思いすぎなくていいと思う。
好きな人は勝手にやる。
休日でも気づいたら触ってる。
新しい技術を見たら気になる。
設計の話をしていたら楽しくなる。
変な実装や思想に刺さってしまう。
そういう人がいる一方で、そこまでではない人もいる。
それは別に悪いことではないと思う。
おわりに
技術が好きな人は、たしかに強い。
好きだから勝手に触るし、勝手に調べるし、勝手に作る。
その積み重ねはかなり大きい。
でも、だからといって、技術をそこまで好きじゃない人がダメという話ではない。
好きじゃないのに勉強している時点で、普通にすごい。
知らない世界に入ろうとしている時点で、かなり偉い。
ただ、もし本当にしんどいなら、無理に技術を人生の中心に置かなくてもいいと思う。
技術は道具の一つでしかない。
距離を置いてもいいし、ゆるく触ってもいいし、別の好きなことに行ってもいい。
自分はたまたま、技術が好きだった。
たまたま、自分の変な思想の行き先がコードや設計やアーキテクチャだった。
だからこれからも、自分は楽しくコードを書いて、設計で悩んで、変なこだわりを持ちながら技術をやっていくと思う。
でも、それを全員が同じ熱量でやる必要はないと思っている。
技術を好きな人の熱量に、無理して合わせなくてもいい。