はじめに
*この記事は『LITALICO Engineers Advent Calendar 2020』最終日の記事です。
LITALICOでCTOをやっている市橋(@yuyaichihashi)です。
プロダクト系の技術戦略、社内ITの戦略、研究開発の方針や計画、採用、組織作りやマネージメント、事業やプロダクトの企画フェーズ、事業/システム横断的なグランドデザインやアーキテクチャ、セキュリティや統制やリスクマネジメント、ソフトウェア会計やコストコントロールなどなど、やってることは色々あれど、手を動かす機会はほぼなく寂しい限りです。
新しい技術は試しますし、トラブルシュートに顔を出すことはありますが。
ということで、開発のTipsなどはLITALICOエンジニアのみんなにお任せして、最終日は、X-Tech/DXに取り組むのにどういう組織/アプローチが良いだろう?ということと、LITALICOはどうなの?ということを書いてみたいと思います。
X-TechとDXについて整理してみる
X-TechにしろDX(デジタルトランスフォーメーション)にしろ、その定義には幅があります。
とくにDXは文脈によりそのスコープや定義も変わりますが、ここでは企業視点のDXとしつつ、両者を関連付けて整理してみます。
短い記事の中で扱うので、例外や別の視点があることを承知で乱暴にいきます。
(伐採した枝たちを頭の隅に残しつつ、簡略化したり、視点を固定したり、複雑な輪郭を整形したりすることは、思考のメソッドですよね、ということで)
DXについて
まずDXについて、DXが推進される場は、既存モデルのリアルビジネスを営む企業です。
DXの実現にあたっては、以下の図のようにいくつかのステップがあります。
既存のビジネスモデルのまま部分的にシステムやツールを導入し効率化などをはかるステップ(デジタルパッチ)から、既存ビジネスモデルの高度化や拡張、もしくは、ビジネスプロセスを変革しコスト構造の転換をはかるステップ(デジタルインテグレーション)を経て、ビジネスモデルやサービスモデルの変革や組織構造の抜本的変革を図る最終ステップ(デジタルトランスフォーメーション)に至ります。
X-Techについて
X-Techについて、Wikipediaの概要に以下のようにあります。
情報通信技術の高度化や進化により技術的特異点(シンギュラリティ)が予測されるようになり、膨大な情報、先進的な情報通信技術、大規模な情報通信インフラを前提としたビジネスモデルが生まれるようになった。情報通信技術を駆使する欧米のテクノロジー企業は破壊的イノベーション(デジタル・ディスラプション)[4]を世界規模で展開し、テクノロジー企業を中心としたビジネスの再定義が始まった。既存産業はデジタル・ディスラプターに対抗するため、情報通信技術を積極的に取り入れるデジタル変革(デジタルトランスフォーメーション:DX)を推進した。デジタル革命による産業構造の再定義(第4次産業革命)により新たに出現した業界をクロステック(X-Tech)と呼ぶ。例えば、FinTech、EdTech、HealthTech、RETech、AgriTech、AdTech、MediTech、LegalTech、GovTech、MarTech、HRTech、BOTech[5]、SportTech、CleanTech、RetailTech、FashTech、InsurTech、FoodTech、AutoTech、CarTech、HomeTech、ChickenTech(養鶏)[6] 等のように「~Tech」の形式で用いられる。X-Techはそれらの総称である[7]。
(ChickenTechに強烈な興味をそそられましたがグッと抑えて)
リアルビジネスを営む企業においては、DXの実現に至った状態が、その産業におけるX-Techを体現した状態と言えると思います。
また、新しいビジネスモデル/サービスモデルのデジタルサービスを提供するテクノロジー企業の存在もまたX-Techに該当しますし、X-Techと聞いた時にこちらの方がイメージに浮かびやすいかもしれません。
こちらの記事がFinTechやEdTechなど分類ごとの事業例なども整理されていてイメージを付けやすいかもしれません。
参考:【2020年最新】XTechとは?最新の事例と共に徹底解説!
まとめると
つまり、DXとX-Techは極めて近いことを別の視点やスコープで示していると思います。
DX
- 特定の産業の話ではない
- 既存モデルのリアルビジネスを営む企業(が新モデルのデジタルビジネスorリアルデジタル融合ビジネスを実現した状態またはそこへの状態遷移も含めましょう)
X-Tech
- 特定の産業をスコープとした言葉(FinTechなど)とその総称(X-Tech)
- その産業で新モデルビジネスを実現した企業やそれらを実現するサービスを提供する企業
「新モデルのデジタルビジネス企業 (toB)」から「デジタルインテグレーション」や「デジタルパッチ」にも矢印を引いているのは、SaaSなどサービス提供側はX-Techと分類されるサービスであっても、DXに取り組む企業側にとっては一部業務のデジタル化相当であったりするからです。
例えば、先ほどの参考リンク先で、HRTechの事例として採用管理/応募管理システムが記載されていますが、それを導入しただけではDXを実現したとは言えませんよね。
X-Tech/DXに必要な力 = ドメイン x エンジニアリング
X-Tech/DXに必要な組織の力はどのようなものであるかを考えると、ドメインの専門性やノウハウとITのエンジニアリング能力の2つが必要です。
といっても、これは旧来から必要とされてきたものでもあります。
何を作るにしても、その対象とするドメインについての理解がないままでは、ろくなものが作れないですよね。
DDDなども、ドメインエキスパートとのコラボレーションを重視し、共通言語(ユビキタス言語)を定義しようとか色々と工夫を凝らしているわけです。
では、何が違うのか?
どこからがX-Tech/DXとか明確な線引きができるものではなく、グラデーションしていると思いますが、方向性としては、その2つの力の足し算からかけ算へ向かうということかと思います。
ドメイン(現実)をモデル(ソフトウェア)に写しとるのではなく、両者のかけ算により新たな現実を生み出す方向へ。
そのためには、ドメインについてのより高度な専門性、十分な量の実践/経験とそれらを定量的に分析することで得られる可視化されたノウハウやインサイト、それらをプロダクトとして具現化する(チーム総体としての)高度で幅の広いエンジニアリング能力があることが前提。
かつ、両者が高度なコラボレーションをしやすい環境や関係性。
そして、2つののりしろであり、かけ算をドライブするための力はデータサイエンスではないかと思っています。
特にドメインの特性として、今までのあり方が定性的要素が強い、属人性が強い場合はなおさら必要になると思っています。(LITALICOが取り組む障害福祉分野もその一つです)
X-Tech/DXと言われるものの中にも、実現していることのレベル感は様々あると思いますが、よりそのドメインの根源的な要素や構造を変革しようとすればするほど、ドメインとエンジニアリングの2つの力の強さやかけ算する力の強さは求められると思います。
「ドメイン x エンジニアリング」力を得るためのアプローチ
大きく①②の企業と③の企業でアプローチや課題が違います。
①②は新モデルのデジタルサービスを目的に起業しているので、エンジニアリング能力は保有しているはずです。(当然それも簡単なことではないですが)
課題になるのはドメインの知見ですが、③の企業出身者を仲間に加える(A)、②の企業の場合は③の企業とパートナーシップを組む(B)などの方法があると思います。
③は既存モデルのリアルビジネスを営んできていますので、ドメインの知見は保有しています。(そのドメインで高い実績を出しているほど豊富な知見があるでしょう)
課題になるのはエンジニアリング能力ですが、社内にエンジニア組織を持つ(C)、SIerに外注し社内にはベンダーコントロールなどの能力だけ持つ(D)、②の企業とパートナーシップを組んだりサービスを利用したり(E)などの方法があると思います。
そして①②③に共通して言える課題は、その2つの力をどう高いレベルでかけ算するか、です。
個別ケースでは、当然、各社色々な工夫や取り組みをされていて、それぞれのアプローチの課題を乗り越え、素晴らしいサービスを提供している企業はたくさんあります。
あくまでその構造だけ見た時の、個人的な見解を整理してみたいと思います。
①②のA、③のC
同一企業内に2つの力を保有する
メリット:かけ算には有利な関係性
デメリット:2つの能力を獲得する必要がある
①②のB、③のDE
2つの力を別々の企業が保有し、コラボレーションする
メリット:それぞれが1つの能力を獲得すれば良い
デメリット:かけ算には不利な関係性
旧来のIT活用より、かけ算することの重要性が高いことを考えるならば、前者の方が構造的には良さそうです。
では、この2つについてはどうでしょうか?
①②のA
エンジニアリング能力を持っている企業にドメイン能力を取り入れる
メリット:エンジニアリング能力の強化をしやすい
デメリット:ドメイン能力の強化をしづらい
③のC
ドメイン能力を持っている企業にエンジニアリング能力を取り入れる
メリット:ドメイン能力の強化をしやすい
デメリット:エンジニアリング能力の強化をしづらい
エンジニアリング能力の強化や拡大も非常に困難を伴いますが、そもそも(高い)ドメイン能力には既存のリアルビジネスを営んできたという歴史が必要だということを考えると、③のCが理想的なX-Tech/DXのアプローチと言えそうです。
前提とする業界の特性にもよりますが、より根源的なところに取り組み、かつ、一部の問題解決ではなく、ある程度広範囲に業界構造を変革しようとするならば、特にそう言えると思います。
LITALICOのアプローチ
と、思考実験の一旦の結論を出したところで、LITALICOのケースを見てみたいと思います。
(出来レースじゃんという声が聞こえてきそうですが、私が意図的にキャリア選択してるんです!)
LITALICOってどんな会社?
LITALICOコーポレートサイト
LITALICOは障害福祉と教育の分野でサービス提供をしている創業16年目の会社です。
全国に200程度の事業所を持ち、対面で障害当事者への支援を行う事業を中心に成長してきました。
図でいうところの③に該当する、リアルビジネスを営む企業です。
障害福祉分野はなじみがない方が多いと思いますが、業界では質も量もリーティングカンパニーと言ってよいと思います。
X-Tech/DXとしての現状
現在は③としてDXの推進が進んでいるほか、①②の企業としてtoC/toBのデジタルサービスも展開しています。
7年くらい前からデジタルサービスへの取り組みが開始されたり、それ以前もリアルビジネスで利用する業務システムが小規模でレガシーながらスクラッチされていたりといった状況はありましたが、特にここ3年くらいでエンジニア組織も拡大し、優秀な方々が育ち、また中途で加わり、DXやX-Techサービスのリリースが加速しています。
私自身も入社したのは4年前くらいです。
DXとしては、デジタルパッチの段階にちょっと手をかけてるくらい。
部分部分ではシステムやツールが導入されていたりしますが、十分な検討をされないまま場当たり的に導入されてるものなども多く、そもそもの業務設計も不十分で、運用設計などもあまりされていない状況でした。
よくあるカオシックな世界が見渡す限り広がっていました笑
toCのデジタルサービスとして、一部のWebメディアは当時から存在したものもあります。
これをX-Techと言ってよいか?という疑問はあるかと思いますが、この分野では、Web上にまとまって整理された情報があり、障害当事者やご家族がそれらにアクセスできるということがとても大きな価値があったため、ドメインの現在地と提供するサービスの相対的な距離からいえばX-Techと言ってよいと思っています。
(そういう、障害福祉分野の置かれた現状自体に課題を感じ色々と取り組んでいるわけです)
DXとしては、デジタルパッチ的なレベルを適切に進める組織力はあり、実際に概ね実現していっており、デジタルインテグレーションのステップと言えることにも取り組みが進んでいます。
そういった取り組みを進めていたこともあり、新型コロナが国内で流行し始めた際も、即座にサービスのオンライン化やリモートワークシフトを実現することができました。
toCは、Webメディアだけではない各種サービスが展開されており、今後も加速していきます。
よりドメインのコアに近いところへのアプローチも研究開発を進めています。
toBは、自社事業でのノウハウや資産を活用し、障害福祉業界の事業者向けに各種サービスを提供しており、IT化の遅れている障害福祉業界全体のDX推進をするべくプラットフォーマーとして今後も加速させていく予定です。
整理すると、リアルビジネスを営む企業としてDXを推進しつつ、X-TechサービスのプレイヤーとしてもtoC/toB両面でサービス展開をしています。
システム(群)のアーキテクチャも自社事業での利用/他事業者へのtoB提供という両面を想定する事はもちろん、部分的に機能をアレンジしてtoCでの提供可能性があるものをどう考えて設計するか、などのチャレンジもあります。
エンジニア組織はどんな感じ?
私が入社した4年前は、情シス業務を担当している人たちを含め20名弱でした。
現在では、開発者のほか、SRE、QA、デザイナー、機械学習、セキュリティ、コーポレートエンジニアリングのメンバーなど含め、総勢で80名近いエンジニア組織まで成長しています。
人数規模だけでなく、組織のエンジニアリング能力もだいぶ成長していると思います。
バックエンドはRuby on RailsやPHP/Laravel、フロントエンドはReactやVue.jsなどが使われ、たとえば業務系SaaSではマイクロサービスアーキテクチャやDDDが採用されています。
クラウドネイティブなインフラで、CI/CDなども整備されています。
社内IT環境含め、極々限られたものしかオンプレも存在しませんし、レガシーな資産もかなり潰されています。
社内IT環境も内部にエンジニアリング能力を持つことで、高度なIT活用を推進することを可能にしていて、コスト抑制しつつ(重要!)ゼロトラストネットワークを実現する取り組みなども行っています。
まだ小規模ながら機械学習にも取り組み始めており、実際にDeepLearningを活用したアプリもリリースしていますし、現在も研究開発プロジェクトが進んでいます。
もちろん、まだまだできていないことは多く、色々と歯車が噛み始め、確かな実績もいくつか積み上げ、これから大きく飛躍していく入り口に立ったというところかな、というのが実感です。
ドメインへの取り組み
リアルビジネスを営む企業にエンジニア組織があれば、ただそれだけで良いわけでは当然なく、エンジニア自身がドメインを理解することは、より重要になります。
例えば、最近の取り組みの一つとして、発達障害や支援について、理論的な背景や実践上のメソッドなどをショートなカリキュラムにして、エンジニア向けに勉強会を行ったりしています。
半数くらいのエンジニアがリアルタイムで参加してくれ、参加できなかった人やこれからジョインしてくれる人たちのために、資料や動画をアーカイブしています。
また、やはり、構造的なメリットも以下のような点で強く実感しています。
- 環境としての優位性
- 関係性としてのやりやすさ
- 同一のビジョン(目的)を共有していること!
おわりに
この話の落ちとして、企業/経営側としては、このアプローチがいいなぁと思っても、何でも選べるものではないんですよね。
リアルビジネスを営んできた企業は、エンジニアリング能力をいずれかのアプローチで獲得しなければならないし、そうではない企業家は、今からまずリアルビジネスを5年くらいやって成功して、なんてならないわけで、どうやってドメイン能力を強化するか考えないといけないわけです。
ただ、エンジニア1人1人は、自身のキャリアの選択として何でも選べます。
どの選択がその人にとって最良かは1人1人違いますが、個人的には、リアルビジネスを営んでる企業でチャレンジするエンジニアが増えてくれればなぁと思っています。
真に社会を変えるX-Techを実現する場として、唯一では全くないですが、有力な選択肢だと思っています。
ちなみに、LITALICOって会社がエンジニア募集してるらしいですよ