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背景補正ってこんなに大事?測光に潜むズレの正体

Last updated at Posted at 2025-04-15

はじめに

星の光って、宇宙に浮かぶ星からやってきた“本物の光”だから、
「そのまま観測すれば、きれいに明るさがわかるんじゃないの?」
と思ったことありませんか?
でも実際には、私たちがその光を受け取っているのは地上の望遠鏡。
そしてその画像には、必ずしも“本物の光”だけがみえているわけではありません。

空の明るさ、大気の揺らぎ、周囲の星からの漏れ光……
そういった“まざりもの”が、そっと覆いかぶさるように写り込んでいるんです。

その中で、観測された光にどんな意味や明るさを与えるか。
それこそが、星の明るさを決めることに他なりません。


これが、天文学でいう 測光(photometry) の世界なんです。



「じゃあ、邪魔な光が入らない宇宙で観測すればいいんじゃない?」
と思うわけです。
はい、その通りです。
宇宙には大気も街明かりもなく、背景の影響は最小限に抑えられます。


ただ……それでも万能というわけではありません。
宇宙に衛星を飛ばすには、開発・打ち上げに莫大なコストがかかります。
一度打ち上げたら、地上のように気軽に装置を修理するわけにもいきません。

だからこそ——宇宙で得られたデータはとてつもなく貴重
手軽に観測できる地上のデータに、宇宙からの信頼性の高い情報を重ね合わせることで、
私たちは、“本物の光”をより確かに浮かび上がらせたくなるわけです。

そのひとつが、宇宙と地上をつなぐ、
Gaia(可視観測衛星)のような信頼性の高い等級カタログを使って、
地上観測を校正するというアプローチなんです。


そのときに重要になるのが、背景を丁寧に取り除くこと。
そして見落とされがちなのが、
「背景を正しく補正しないと、どんな影響が出るのか?」という視点です。

なぜその視点が大事なのか。
それは、測光において “背景”は決して自明なものではない からです。

測光がうまくいかなかったとき、
背景が原因でズレていると気づけるかどうか。
そのためには、「背景が残るとどうズレるか」をあらかじめ知っておかなければなりません。


本記事では、背景補正を行わなかったときにどのようなズレが生じるのかを、
シンプルなモデルを使って可視化しながら、測光のしくみを直感的に理解していきます。

視等級とカウント値の関係

理想的な場合

星の視等級 $m$ と観測されたカウント値(背景光を除いた天体由来の成分)$F$ は、以下のように表されます。

F = F_0 \cdot 10^{-0.4m}

ここで $F_0$ は等級0の天体が持つ基準カウント値です。

この式の両辺のlogをとると

\log_{10}(F) = -0.4 m + \log_{10}(F_0)

となります。

ここで、$x=m$、$y=\log_{10}(F)$、$b=\log_{10}(F_0)$とおけば測光の式が得られます。

y = -0.4 x + b

この式は、観測したカウント値と既知の視等級を結びつけるための、いわばものさしとなります。


「切片 b って背景光と違うの?」

はい、違います。

この切片 $b$ は、測光においてとても重要な意味を持つのですが、その解釈は少し複雑なので、ここで整理しておきます。

たとえば、雲に遮られたり、大気の揺らぎの影響を受けたりすると、
星そのものの明るさは変わらなくても、地上に届く光の量(=カウント値)は減ってしまいますよね。

これは、空全体の明るさ(=背景光)とは別の話です。
ここで問題になるのは、「1カウント」がどれだけの本来の明るさ(=天体の放射)を表しているのか、ということ。

宇宙空間であれば、星の光は直接観測機に届きます。
でも地上では、その途中に大気や雲などの“空のフィルター”が存在し、光を減衰させてしまう。
つまり、同じ1カウントでも、その“明るさとしての重み”は観測環境によって変わってくるのです。

言い換えれば、「カウントに意味を与える」という営みは、
この切片 $b$ を通じて“翻訳”されるわけです。

背景補正しないとどうなるか

理論的には、カウント値 $F$ は天体の光だけを表すべきです。
しかし実際の観測では、スカイノイズや周囲の星からの漏れ光など、背景光も一緒に写り込んでしまいます。

その結果、実際に得られる観測カウント $F_{\text{obs}}$ は、次のように表されます。

F_{\text{obs}} = F + C

ここで $C$ は背景に由来するカウント値です。


このとき、測定されたカウントの対数を取ると、

\log_{10}(F_{\text{obs}}) = \log_{10}(F + C) = \log_{10}(F) + \log_{10}\left(1 + \frac{C}{F} \right)

となり、背景の存在が対数空間で加算的なバイアスとして効いてくることがわかります。

このズレを $\alpha(x)$ とおくと、測光の式は次のように書き換えられます。

y = -0.4x + b + \alpha(x)

ここで、$\alpha(x)$ は以下のように表されます。

\alpha(x) = \log_{10}\left(1 + \frac{C}{F} \right) = \log_{10}\left(1 + \frac{C}{F_0 \cdot 10^{-0.4x}} \right)

この補正項 $\alpha(x)$ は視等級 $x$ に依存しており、特に $F$ が小さい(=暗い星)ほど大きくなります。


つまり、暗い天体ほど背景によるズレの影響を強く受けやすくなるということ。
このバイアスが、測光を繊細で、そしてシビアな世界にしているわけですね。

シミュレーション:背景補正のない測光

ここでは、背景カウント $C$ を含めたときと、含めないときのプロットの比較を示します。
ここでは仮に $F_0 = 10^9$, $C = 10^2$ として等級範囲 $m = 10$〜$20$ をプロットします。

import numpy as np
import matplotlib.pyplot as plt

# 等級範囲
m = np.linspace(10, 20, 100)

# 理論的カウント
F0 = 1e9
F = F0 * 10**(-0.4 * m)

# 背景光
C = 1e2

# 背景なしの log10(F)
logF = np.log10(F)

# 背景ありの log10(F + C)
logF_obs = np.log10(F + C)

# 差分補正項
alpha = logF_obs - logF

plt.figure(figsize=(10, 6))
plt.plot(m, logF, label='Ideal $\log_{10}(F)$', linestyle='--', color='black')
plt.plot(m, logF_obs, label='Observed $\log_{10}(F + C)$', color='tab:blue', linewidth=2)
plt.plot(m, alpha, label='Bias Term $\\alpha(m)$', color='tab:orange', linewidth=2)

plt.xlabel('Magnitude $m$')
plt.ylabel(r'$\log_{10}$(Counts)')
plt.title('Effect of Background Contamination on Photometry')
plt.grid(True, linestyle=':', alpha=0.7)
plt.legend(frameon=True, loc='upper left')
plt.tight_layout()
plt.show()

出力結果
photometry.png

このプロットには、以下の3つの曲線が描かれています。

  • 黒の破線:理想的な $\log_{10}(F)$(背景がない場合)
  • 青の実線:観測された $\log_{10}(F + C)$(背景を含む場合)
  • オレンジの実線:理想とのズレ $\alpha(m)$(背景によるバイアス)

横軸は視等級 $m$、縦軸はその対数カウント値(または補正項)を表しています。

注目すべきは、等級が大きくなる(=暗い星になる)ほど、背景の影響によるズレ $\alpha(m)$ が顕著になるという点です。
これは、天体の光が弱くなるにつれて、相対的に背景光の寄与が無視できなくなるためです。

特に $m > 16$ あたりからは、観測された $\log_{10}(F + C)$ が理想的な直線から持ち上がり、
本来より“明るく見えてしまう”という現象がはっきりと現れます。


つまり、背景補正が不十分なまま視等級を求めると、暗い星ほど実際より明るく見積もってしまう。
こうしたズレは、測光の世界がいかに繊細なバランスの上に成り立っているかを物語っています。
背景という“まざりもの”をどう扱うかによって、得られる明るさの精度は大きく左右されるのです。

その背景と真剣に向き合ってきたからこそ、アパーチャー測光やPSF測光といった多様な手法が生まれたのだと、筆者は思っています。

まとめ

この記事では、測光における背景補正の重要性について、
数式とグラフを用いながら、直感的に紐解いてきました。

背景光という“まざりもの”が確かにそこにいて、暗い星ほどそっと輪郭をゆがめてしまう——
その事実は、測光という営みがいかに奥深く繊細な世界であるかを物語っています。


星の光を受け取るという行為は、
ただ数を数えることではなく、その光に「意味」を与えること。


「ただ静かなる灯りに、そっと耳を澄ませる」
そんな感覚に、ほんの少しでも触れていただけたのなら——
これ以上の喜びはありません。

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