電子情報技術産業協会(JEITA)ソフトウェアエンジニアリング技術専門委員会は、ソフトウェア開発技術の調査・研究活動を行っています。その活動の一環として毎年12月に、JEITA会員に閉じないオープンなイベント「ソフトウェアエンジニアリング技術ワークショップ」を参加費無料で開催しています。
今年は、去る12月13日(木)に「ブロックチェーンの要素技術とその課題」をテーマに開催し、100名を越える参加者を集めて好評を得ましたので、その内容を企画サイドの立場から報告したいと思います。
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開催趣旨
「ブロックチェーン」は仮想通貨の信頼性を担保する技術としてのみ議論されがちですが、デジタル革新が加速する中で、今後のITシステム構築の中核技術として幅広い応用が期待されています。本ワークショップでは、新しいソフトウェア開発技術として、このブロックチェーンをとりあげてその最新技術動向を概観し、また各社を代表するエンジニアの方々を招いて最近の実践事例を紹介いただき、適用上の効果や課題を議論しました。
プログラム内容
基調講演:世界のブロックチェーン技術動向
Blockchain EXE 代表
クーガー株式会社 代表取締役CEO 石井 敦 氏
石井さんには1時間かけて、ブロックチェーン技術の本質から、分類、課題、適用例、海外最新動向まで一通りレクチャーいただき、とても勉強になりました。
まず、ブロックチェーンのビジョンは「価値のインターネット」を構築することであり、これは「変更できない履歴が積み上がることによる信頼」によって実現されている、と述べられました。ブロックチェーンを「P2Pをベースとした自律分散型システム技術」と理解していた私にとって、目が覚めるような説明で色々な疑問点が腑に落ちた気がしました。
AIとブロックチェーンの関わりについては、機械学習においてはアルゴリズムだけでなく学習モデル・学習データ・学習実績(ハイパーパラメタや達成精度等)が出力結果を左右するので、これらの成長履歴の保証とトレーサビリティの担保が重要であり、それを実現する技術の候補としてブロックチェーンがあげられる、と説明されました。
次に、現状の課題としてスピード・スケール・データ気密性をあげ、これらを見据えた次世代ブロックチェーンとして、IOTA(アイオータ)とBigchainDBをご紹介いただきました。
最後には注目すべき最新技術動向として以下の5つをあげていただきました。
- サイドチェーンを実務の主役とすることでマイニング費用やハードフォークリスクを低減
- 暗号通貨5位のEOSが多数のDAppsのプラットフォームに
- フォルクスワーゲンとIOTAがブロックチェーン上で自動車データを管理するDigitalCarPassの開発へ
- 仮想通貨 Polymath(POLY)はセキュリティトークンのプラットフォーム
- 世界3大ブロックチェーンコミュニティの内2つ、HyperledgerとEEAが提携
技術講演1:ブロックチェーンパタンを用いたサービス設計
株式会社日立製作所 横浜研究所 社会システム研究所 ユニットリーダ主任研究員 山田 仁志夫 氏
山田さんには、多数の実証実験の経験から、ブロックチェーンの特徴と価値、実用化の課題、課題に対する具体的な取り組みを説明いただきました。
まずブロックチェーンの特徴として、非中央集権・耐改ざん性・透明性・耐障害性・多様な資産自動取引をあげ、それぞれがもたらす価値とその事例を紹介いただきました。
また、実用化に向けての課題として、法整備の必要性・適切なユースケースの検討・ステークホルダー間の合意形成・基盤の選択・コストの5点を上げられました。このうち「適切なユースケースの検討」については、日立製作所が提供開始した「ブロックチェーンパターンブック」が、技術的な特徴からの発想ではなく、新たな価値創造の典型的なパターンからの発想を支援します。また、「ブロックチェーン基盤の選定」に対しては、米国日立からIEEEのCybermatics 2018に採択されたスクリーニング手法を紹介いただきました。
技術講演2:TEEを用いた高速コンセンサスといくつかのブロックチェーン・アプリケーション
日本電気株式会社 セキュリティ研究所 特別技術主幹 佐古 和恵 氏
佐古さんには、ビジネス用途向けに強化した「NECブロックチェーン」の独自機能として①HyperLedger Fabric 1.0には無いビザンチン耐性を、トラステッドハードウェアTEEを活用することで高速に実現する方法、②トランザクションデータの秘匿を実現するサテライトチェーン、を紹介いただきました。また一風変わった適用例として、①オンラインゲームの乱数発生の公平性保証と、②中央集権ではないID管理Self-Sovereign Identity (SSI)を紹介いただきました。
技術講演3:異なるブロックチェーンの安全な連携技術~コネクションチェーン~
株式会社富士通研究所 ブロックチェーン研究センター シニアリサーチャー 藤本 真吾 氏
藤本さんには、異なるブロックチェーン間を連携する技術「コネクションチェーン」を紹介いただきました。コネクションチェーンは、複数のブロックチェーンに対して自動実行アプリケーションとして振る舞うもう一つのブロックチェーンで、二つの仮想通貨間を自動的に両替したり、別々のブロックチェーンで運用している商流と金流を連携させたりできるそうです。
ご講演中にプレゼンPCが不調になってスライドが写せない状態が長く続きましたが、藤本さんはまったく慌てることなく、配布してあった紙の資料を使った説明にすかさずに切り替えていただき、大変恐縮いたしました。
技術講演4:パブリックブロックチェーン上で実稼働する『エンゲート』のご紹介
エンゲート株式会社 Blockchain PR 藤田 綾子 氏
藤田さんには、技術講演の中で唯一のパブリックブロックチェーン実ビジネス事例として、スポーツ選手をファン個人が応援する投げ銭サービス「エンゲート」を紹介いただき、パブリックブロックチェーンNEMを採用した理由として、安さと開発容易性をあげられました。実際のビジネスに取り組まれている立場での熱意と本音をうかがえました。
後半はNEM Japan技術顧問北山さんに、NEMを実ビジネスに使うべき理由を説明いただきました。
技術講演5:ブロックチェーンのユースケースの勘所
日本アイ・ビー・エム株式会社 ブロックチェーン・ソリューションズ エグゼクティブITスペシャリスト 紫関 昭光 氏
今年のワークショップご講演のトリを務めていただいた紫関さんには、数々の実践例に基づいて、ブロックチェーンプロジェクトを成功させる要因、①ユースケース領域の絞り込み、②問題の根本原因、③エコシステムの範囲の見極め、④モバイルの役割、⑤プロセスフローの自動化、⑥レガシーシステムとの統合、⑦問題解決までのの時間、⑧実装の時期とステークホルダー、⑨スコープの戦略的拡大、を解説いただきました。またHyperLedger Fabric v1.2~v2.0の新機能として、Private Data Collections、Identity Mixer、Tokenizationをご紹介いただきました。
総合討議(拡張Q&A)
(司会)ソフトウェアエンジニアリング技術専門委員会 幹事
ジャパンシステム株式会社 チーフテクノロジーアドバイザー 吉田裕之
例年このワークショップでは、最後に講演者と聴講した皆さんによるディスカッションの時間を取るのが恒例になっています。今年は、予定40分のところを会場から数々の質問をいただき75分もやってしまいました。以下の論点を議論しました。
- 電力グリットは本当にブロックチェーンに向いているのか
- 次世代ブロックチェーンと言われているIOTAやBigchainDBは本当のところどうなのか
- ブロックチェーンアプリ開発は今後もっと易しくなるのか
- ブロックチェーンの運用面は考慮されているのか
- 従来の中央集権型でいいのでは?にどう対抗するのか
- IoT時代にむけてブロックチェーンをどうスケールするのか
- 開発者のモラルをどう維持するのか
ご講演者の皆様、議論に参加していただいた皆様、本当にありがとうございました!
2018.12.26 追記
取材にご招待した星さんにも、詳細な報告記事を書いていただいたので、ぜひ参照ください。
JEITAワークショップから〜日立は生体認証から鍵生成、NECは高速合意形成、富士通研は異種BC連携