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準同型暗号(ホモモルフィック暗号)について:プライバシーを守りながらデータを活用する革新的技術

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はじめに

Qiitaの記事を見てもホモルルフィック暗号について書かれてものがなかったので書きます。
準同型暗号(ホモモルフィック暗号)は、暗号化されたデータに対して計算を行うことができる革新的な暗号方式です。この技術により、データを復号することなく暗号文のまま演算処理が可能になります。プライバシーを保護しながらクラウド上で機密情報を処理するための有力な手段として、近年大きな注目を集めています。

本記事では、準同型暗号の基本概念から最新の動向まで、包括的に解説してみます。

準同型暗号とは

準同型暗号(英: Homomorphic Encryption)は、暗号化されたデータに対して特定の演算を行うことができる暗号方式です。この技術では、暗号化されたデータに対して行った演算の結果を復号すると、元のデータに対して同じ演算を行った結果と一致します。

数学的な表現

準同型暗号の基本的な性質は、以下の数式で表現できます。

$E(x) \cdot E(y) = E(x + y)$
$E(x)^y = E(x \cdot y)$

ここで、$E()$は暗号化関数を表します。

準同型暗号の種類

準同型暗号には主に以下の2種類があります。

  1. 部分準同型暗号:特定の演算(例えば加算や乗算)のみをサポートします。Paillier暗号やElGamal暗号がこれに該当します。

  2. 完全準同型暗号:任意の演算(加算と乗算の両方)をサポートします。Craig Gentryによる初の実用的な完全準同型暗号が代表的です。

準同型暗号の歴史

準同型暗号の発展には、以下のような重要な出来事がありました。

  1. 1978年: Rivest、Adelman、Dertouzosによって「プライバシー準同型」の概念が初めて提案されました。

  2. 1978年〜2009年: RSA暗号系、ElGamal暗号系、Paillier暗号系など、部分的な準同型暗号スキームがいくつか開発されました。

  3. 2009年: Craig Gentryが初めて実現可能な完全準同型暗号(FHE)のスキームを提案しました。

  4. 2010年: Gentry、van Dijk、Halevi、Vaikuntanathanらによって、Gentryの構成を改良した第2のFHEスキームが提案されました。

  5. 2011年〜2012年: Brakerski、Gentry、Vaikuntanathanらによって、より効率的な準同型暗号システムの開発につながる新しい技術が開発されました。

  6. 2012年以降: FHEの性能と機能性を向上させるための継続的な研究が行われ、実用化に向けた着実な進展が見られています。

準同型暗号の仕組み

準同型暗号の基本的な仕組みは以下のとおりです。

  1. データを暗号化する
  2. 暗号化されたデータに対して演算を行う
  3. 結果を復号化すると、元のデータに対して同じ演算を行った結果が得られる

以下の図は、準同型暗号の基本的な流れを示しています。

準同型暗号の応用分野

準同型暗号は、以下のような分野での応用が期待されています。

  1. クラウドでの機密情報処理: データの内容をクラウドの所有者に開示せずに計算を行えるため、医療データの分析や金融取引の処理に利用されています。

  2. プライバシー保護検索: ユーザーのクエリを暗号化したまま処理し、ユーザーのプライバシーを保護しつつ適切な検索結果を提供できます。

  3. セキュアなスパムフィルタリング: メッセージの内容を復号化せずにスパムを検出することができます。

  4. プライバシー保護広告: 個人情報を直接知ることなく、適切な広告を表示できます。

  5. セキュアな機械学習: 暗号化されたデータを用いて機械学習モデルのトレーニングや推論を行うことができます。

準同型暗号のメリット・デメリット

メリット

  • プライバシー保護: データを暗号化したまま処理できるため、データのプライバシーが強力に保護されます。
  • セキュリティ強化: クラウドサービス提供者がユーザーの機密情報にアクセスすることなく計算を行えるため、全体的なセキュリティが向上します。
  • 法規制への対応: データプライバシーに関する厳格な法規制(GDPRなど)への対応が容易になります。
  • 新しいビジネスモデルの創出: 機密データの安全な共有と分析が可能になり、新たなビジネス機会が生まれる可能性があります。

デメリット

  • 計算コスト: 暗号化されたデータに対する計算は通常の計算よりも非常に時間がかかり、計算リソースを多く消費します。
  • 複雑性: 実装が複雑であり、特に完全準同型暗号は高度な専門知識が必要です。
  • オーバーヘッド: 暗号化により、データサイズが大きくなる場合があります。
  • 標準化の課題: 異なるシステム間での相互運用性が課題となる可能性があります。

準同型暗号の実装例

以下に、Pythonでtensealライブラリを使用してCKKS方式の準同型暗号を実装するサンプルコードを示します。

import tenseal as ts

# コンテキストのセットアップ
context = ts.context(ts.SCHEME_TYPE.CKKS, poly_modulus_degree=8192, coeff_mod_bit_sizes=[60, 40, 40, 60])
context.global_scale = 2**40
context.generate_galois_keys()

# データの暗号化
vector = [0.1, 0.2, 0.3, 0.4, 0.5]
plain_vector = ts.plain_tensor(vector)
encrypted_vector = ts.ckks_vector(context, plain_vector)

# 暗号化されたデータに対する演算
encrypted_result = encrypted_vector + encrypted_vector

# 結果の復号化
decrypted_result = encrypted_result.decrypt()

print(decrypted_result)

このコードでは、以下の処理を行っています。

  1. tensealライブラリのインポート
  2. CKKSスキームのコンテキスト設定
  3. データの暗号化
  4. 暗号化されたデータに対する演算(ここでは加算)
  5. 結果の復号化と表示

このサンプルコードは、準同型暗号の基本的な概念を示していますが、実際の応用ではより複雑な演算や大規模なデータセットを扱うことになります。

準同型暗号の最新動向(2024年現在)

準同型暗号の研究と実用化は急速に進展しています。そこで2024年現在の主な動向を調べてまとめてみました。

  1. 効率性の向上: 計算速度と暗号文サイズの改善が継続的に行われています。例えば、IBMの研究チームは2023年に、従来の手法と比べて100倍以上高速な完全準同型暗号アルゴリズムを発表しました。

  2. 標準化の進展: NIST(米国国立標準技術研究所)が準同型暗号の標準化プロセスを開始し、業界全体での相互運用性の向上が期待されています。

  3. クラウドサービスとの統合: 主要なクラウドプロバイダーが準同型暗号を組み込んだサービスの提供を開始しています。例えば、Microsoft AzureはCKKS方式の準同型暗号を利用したプライバシー保護データ分析サービスを提供しています。

  4. 量子コンピュータへの対応: 量子コンピュータに対して安全な準同型暗号方式の研究が進んでいます。格子ベースの暗号が有力候補とされています。

  5. 産業応用の拡大: 金融、医療、IoTなど、さまざまな産業分野で準同型暗号の実証実験や実用化が進んでいます。例えば、日本では金融機関が顧客データの秘匿性を保ちながら共同で不正取引検知を行う実証実験を行っています。

まとめ

準同型暗号は、データのプライバシーを保護しながら必要な計算を行うための革新的な技術です。クラウドコンピューティング、医療データ分析、金融サービス、プライバシー保護検索など、様々な分野での応用が期待されています。

計算コストや実装の複雑性といった課題はありますが、近年の研究開発により、準同型暗号の効率性と実用性は着実に向上しています。プライバシーとデータ利用の両立が求められる現代社会において、準同型暗号は重要な役割を果たす可能性を秘めています。

今後も技術の進歩とともに、新たなユースケースや応用分野が開拓されていくことでしょう。準同型暗号は、デジタル社会のセキュリティとプライバシーを支える重要な技術の一つとして、さらなる発展が期待されます。

参考文献

  1. Gentry, C. (2009). Fully homomorphic encryption using ideal lattices. In STOC, 9, 169-178.
  2. Brakerski, Z., Gentry, C., & Vaikuntanathan, V. (2014). (Leveled) fully homomorphic encryption without bootstrapping. ACM Transactions on Computation Theory (TOCT), 6(3), 1-36.
  3. Acar, A., et al. (2018). A survey on homomorphic encryption schemes: Theory and implementation. ACM Computing Surveys (CSUR), 51(4), 1-35.
  4. 佐古和恵. (2019). 準同型暗号の基礎と最新動向. 電子情報通信学会誌, 102(1), 41-46.
  5. 四方順司. (2022). 完全準同型暗号の最新動向と応用. 情報処理, 63(7), 330-335.
  6. 国立研究開発法人情報通信研究機構. (2023). 暗号技術ガイドライン(準同型暗号編). https://www.cryptrec.go.jp/report/cryptrec-gl-3001-2023.pdf
  7. IBM Research. (2023). Fully Homomorphic Encryption. https://www.research.ibm.com/blockchain/homomorphic-encryption/
  8. Microsoft Research. (2024). Homomorphic Encryption. https://www.microsoft.com/en-us/research/project/homomorphic-encryption/
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