1. はじめに
本記事の目的
本記事は、クラウドセキュリティ分野で近年注目されている 「CNAPP(Cloud-Native Application Protection Platform)」 について、初めて聞く方でも概要を掴めるようにまとめた入門記事 です。
シリーズ第1回として、まずはCNAPPの基本概念・背景・従来ツールとの違いを整理します。次回以降は、AWSでの活用や実装例まで解説します。
CNAPPが注目される背景
近年、企業システムはオンプレミスからクラウドネイティブ環境へ急速に移行しています。これに伴い、アプリケーションやインフラはマイクロサービス化・コンテナ化・自動化が進み、セキュリティリスクの種類や発生箇所も多様化しました。
従来は、クラウド構成管理(CSPM)、ワークロード保護(CWPP)、権限管理(CIEM)などのツールを個別に導入していましたが、これらがサイロ化し、運用負荷や可視化の欠如といった課題を生んでいました。
こうした課題を背景に、クラウドセキュリティを統合的にカバーするCNAPPが注目されています。
2. CNAPPとは
CNAPPの正式名称(Cloud-Native Application Protection Platform)
CNAPPは Cloud-Native Application Protection Platform の略称で、クラウドネイティブ環境におけるアプリケーションとインフラの保護を統合的に提供するセキュリティプラットフォーム を指します。
ガートナーによるCNAPPの位置付け
ガートナーはCNAPPを、クラウド環境全体のライフサイクル(開発・デプロイ・運用)を通じたセキュリティ統合基盤として定義しています。
CSPMやCWPPなど既存のセキュリティカテゴリを一元化し、開発の早い段階(Shift Left)から実行環境までシームレスに保護を提供することが特徴です。
従来のセキュリティツール
従来のクラウドセキュリティは、分野ごとに別ツールで運用されてきました。
CNAPPはこれらを単一のプラットフォームで統合管理し、開発から本番運用まで一貫した可視化・制御・防御を実現します。これにより、セキュリティチームと開発チーム間のギャップを縮め、運用負荷を大幅に削減できます。
3. CNAPPの必要性
クラウド利用拡大とセキュリティ課題
クラウドの導入は企業規模や業種を問わず加速しています。IaaS・PaaS・SaaSの利用拡大に伴い、責任共有モデルの理解や適切な設定、権限管理がより重要になりました。しかし現実には、誤設定による情報漏えい、不適切な権限付与による侵入リスク、コンテナやサーバレス特有の脆弱性など、クラウド特有のセキュリティ課題が増えています。
サイロ化したツール運用の限界
従来は、CSPM・CWPP・CIEMといった機能ごとに別々のツールを導入していました。これにより、ツールごとに異なるUIやアラート形式重複検知や見落とし、セキュリティ情報が分散し全体像がつかみにくい、という問題が発生していました。CNAPPはこれらを1つの統合プラットフォームにまとめることで、情報の一元化と運用効率化を実現します。
4. CNAPPの構成要素
CNAPPは複数のセキュリティ機能を統合しています。代表的な要素を整理します。
各要素について解説していきます
※上記は一例です。近年DSPMデータセキュリティも重要視されており、CNAPPは総称であることを認識お願いします。
CSPM(Cloud Security Posture Management)
クラウドの設定・構成の脆弱性やコンプライアンス違反を検出し、改善を支援する機能です。
例:公開不要なS3バケットの検出、IAMポリシーの最小権限化確認など。
CWPP(Cloud Workload Protection Platform)
クラウド上の実行環境(VM、コンテナ、サーバレス等)を保護する機能です。
例:コンテナイメージの脆弱性スキャン、ランタイムの不正挙動検出。
CIEM(Cloud Infrastructure Entitlement Management)
クラウドアカウントやIAMの権限設定を分析・最適化する機能です。
例:不要な管理者権限の削除、権限エスカレーション防止。
IaC
TerraformやCloudFormationなどのコード化されたインフラ設定をスキャンし、脆弱性や誤設定を事前に検出します。これにより、**Shift Left(開発初期段階でのセキュリティ適用)**が可能になります。
KSPM
Kubernetes環境の設定や構成の安全性を評価・監視します。
例:Podのセキュリティ設定検証、RBACの適正化、APIサーバーのアクセス制御チェック。
5. CNAPP導入のメリット
一元的な可視化
従来はCSPMやCWPPなど複数のツールを個別に利用していましたが、CNAPPではすべてのセキュリティ情報を一つの画面で可視化できます。これにより、セキュリティ担当者は異常やリスクを迅速に把握し、優先順位をつけて対応できます。
開発から運用までのセキュリティ統合
IaCスキャンやランタイム保護などを含むCNAPPは、開発初期〜本番運用まで一貫してセキュリティを適用できます。
これにより、開発者とセキュリティチーム間の連携がスムーズになり、DevSecOpsの実現が容易になります。
誤検知・漏れ検知の低減
統合プラットフォームとしてデータを一元化することで、同じ脆弱性が複数ツールで重複検知されることや、逆に見落とすことが減ります。
結果として、本当に対応すべき脅威に集中できる環境が整います。
コンプライアンス対応効率化
PCI DSS、ISO 27001、NISTなどの各種規制や基準に沿ったチェックを自動化できます。監査やレポート作成が容易になり、コンプライアンス対応コストを削減できます。
6. CNAPPの課題と注意点
導入コスト
CNAPPはCSPM・CWPP・CIEM・IaCスキャンなど複数の機能を統合しているため、単一機能のツールよりも契約費用が高めになる傾向があります。
コスト面では以下を考慮する必要があります。
ライセンス料金
ユーザー数課金、クラウドアカウント数課金、スキャン対象リソース数課金など、ベンダーごとに課金方式が異なります。特にマルチクラウド対応や追加モジュール利用で費用が膨らむケースがあります。
PoC(検証環境)の費用
無償トライアル期間があっても、本番相当のスキャンを行うとクラウドリソース使用料やネットワーク転送費が別途発生する場合があります。
既存ツールとの二重期間コスト
既存CSPMやCWPPから移行する際、移行期間中は二重契約になるため一時的に費用が増大します。
人件費
ツール設定やルール作成、検出結果のチューニングにかかる工数もコストとして計算に入れるべきです。
運用体制の準備
CNAPPを最大限活用するには、単に導入するだけでなく運用体制とワークフローの整備が不可欠です。
アラート対応フローの明確化
CNAPPは多機能ゆえに大量のアラートを出します。誤検知や軽微なリスクを適切にフィルタリングし、対応すべき優先度を即判断できるルールが必要です。
セキュリティ担当と開発担当の連携
IaCスキャンやシフトレフトの運用では、検出結果を開発チームが早期に修正できる体制が求められます。
例:検出内容をGitHubやJiraに自動連携してチケット化。
定期レビューとチューニング
クラウド環境やアプリ構成は頻繁に変化するため、検出ルール・権限設定・スキャン範囲を定期的に見直すサイクルが必要です。
権限管理とアクセス制御
CNAPPそのものの操作権限も最小化する必要があります。運用メンバーごとに閲覧・設定変更・削除権限を適切に分けることが重要です。
ツール依存リスク
特定ベンダーのCNAPPに全面依存すると、将来的な機能追加や料金改定、サポートポリシー変更の影響を受けやすくなります。ベンダーロックインのリスクを考慮し、契約前に慎重な比較検討が必要です。
マルチクラウド対応の可否
CNAPPによっては、AWS・Azure・GCPなど複数クラウドへの対応度合いが異なります。
マルチクラウド環境を想定している場合は、対象クラウド・サポート範囲を事前確認することが重要です。
7. 今後のCNAPP動向
クラウドセキュリティの統合化トレンド
クラウド利用の拡大に伴い、CSPM・CWPP・CIEMなど分断されていた領域を1つのプラットフォームで統合管理する流れは今後さらに加速します。特に、マルチクラウド環境やハイブリッド構成における統合監視・統合ポリシー適用の需要が高まると予想されます。
AI/LLMとの組み合わせ
近年はAIや大規模言語モデル(LLM)を活用した脅威検出の高度化や**自動対応(SOAR連携)**が進んでいます。例えば、CNAPPの検出結果をLLMが解析し、リスクの説明や修正コード例を自動生成することで、対応スピードと精度が向上します。
レギュレーションの強化動向
クラウドセキュリティ関連の法規制・業界基準は今後も強化が続きます。
例:欧州のNIS2指令、米国のCISAガイドライン、日本の改正個人情報保護法など。
CNAPPはこれら規制の自動チェック・レポート生成を行えるため、コンプライアンス対応ツールとしての価値が一層高まります。
8. まとめ
本記事では、CNAPP(Cloud-Native Application Protection Platform)の概要と必要性、構成要素、導入メリット、課題を解説しました。
CNAPPはクラウド時代の統合セキュリティ基盤
CSPM / CWPP / CIEM / IaC / KSPM を一元化し、開発から運用まで保護
コスト・運用体制・ベンダーロックイン・マルチクラウド対応など事前検討が必要
今後はAI連携や規制対応の自動化が進展
次回は「AWSで考えるCNAPP」として、AWS環境におけるCNAPPの適用イメージや、主要サービスとの連携方法を解説します。実際にAWS環境を例にとり、セキュリティアーキテクチャを具体的に描いていきます。