プログラマのための英語・外国語 Advent Calendar 2017の最終日を担当させて頂くyoeharaです。
すみません、ギリギリ間に合いました。
私自身について述べておきますと、一応、語学学習支援システムの研究を10年ぐらいやっている人です。具体的には、英語学習者が知らない語を機械学習で予測する研究を10年ぐらいやってきました。そのあたりの知見から、「だいたい正しいのではないかな」と思われる私見をいくつか述べます。
英語の学習方法については色々な立場の方が色々な学習法を述べていて、どの方の方法論に説得力があるのか一見よくわからない状況です。
ある方は発音が大事だから発音訓練をと言いい、またある方は語彙サイズが重要だから単語帳をガンガン覚えろといい、ある方は、いやいや多読してニュアンスをつかむのが大事、といいます。
全部出来ればいいですが、そんな時間のある方は少ないと思います。何か手っ取り早い方法はなのでしょうか?
もちろん、最終的にはある一定の練習量が必要でしょう。しかし、漫然と練習するより、「最初に知っておくだけで、その後の学習がぐっと楽になる事柄」はありそうですよね。ここでは、私がそう思っている事柄を2つあげます…と思いましたが、ちょっと時間がなくて1つしか挙げられませんでした。1つは発音の学習法で、もう1つは、語彙の学習方法です。先に発音の学習方法だけ、私見を述べます。次に、語彙の学習方法については、そのうち書きます。本当は語彙の方が一応専門に関係しているので、後者の方には参考文献をちゃんと付けたいからです。
発音の効率的な学習法について。最初に結論を言っておくと、英語の発音を学習する前に、音声学をちょっと勉強して、母音三角形(母音台形)と子音表を覚え、英語以外の発音も含めて人間の言語の発音というのはどのように構成されているのかを知っておくと、その後の発音の勉強がかなり楽になると思います。別に音声学の専門家になるわけではないので目標としては、英語のEnglish phonologyのWikipediaページが何を言っているのかを理解出来る程度でよいと思います。勉強量としては、大学の授業半期半コマ分(90分x6回)ぐらいで十分なのではないでしょうか。
https://en.wikipedia.org/wiki/English_phonology
音声学の勉強を先にやった方がよいと思う理由の1つは、私自身が「音声学を先に勉強しておけば防げたであろう悲劇」をいくつか目撃していることです。ただ、それ以上に、音声学を学習してから英語の発音を学習するということは、要するに「全体像を先に掴んでから細部を覚える」ということですので、特に奇妙でもなく、一般的な学習戦略であると思うのですが、そう主張している人を見たことがありません。
「プログラマのための英語・外国語」のAdvent Calendarなので、プログラミングで例えておきますと、というのは、
音声学の勉強をせずに英語の発音を学ぶのは、新しいプログラミング言語を学習するのにいきなり標準ライブラリのリファレンスを読むのと同じ
だと思います。無謀なことはやめましょう。
音声学を先に勉強しておけば防げたであろう悲劇
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a) 私は大学の学部時代に英語劇サークルに入っていました。当時、英語劇の監督役の同学年の人は、海外経験があり、ビートルズを聞きまくることによって、発音についてはかなり耳の良い人でした。彼が、こういったのです。「キャストの/t/の発音がおかしい」と。[r]のような日本語にはない音ならいざしらず、[t]の発音に違いがあるとは思っていませんでした。当時、私が知っていた英語の[t]と日本語の[t]の発音の違いは、英語では語頭の[t]は強く発音するということだけでした。監督であった彼は、私を含めて、その場にいたスタッフ全員に[t]の発音をさせましたが、納得しませんでした。さて、なぜでしょうか?
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b) もう一つ、英語劇公演の最後に英語母語話者の劇の専門家の方に講評を頂く機会がありました。すると、その方は、開口一番、[r]の発音がおかしいと言ったのです。その劇では、"Sorry"という語が劇中で重要な位置を占め、多用されていました。劇の専門家の方は、[r]の発音をするときは口を丸めるんだ、と言って、顔を横に向けて口を突き出しました。[r]の発音をするときの舌の位置については、「上顎につけるな」と耳にタコが出来るまで言われましたが、口の形については特に何も言われていません。
a),b)の悲劇とも、私が大学2年の時の経験談です。英語の発音については中高時代に6年間も勉強したはずでした。私が通っていた中高は、相当英語教育には力を入れている方で、発音についても口の形を例示した図を出したり、母語話者のALTの方をつけたりしてかなり力を使っていたはず。そういう中高出身の方も、この英語劇サークルには大量にいました。
なぜそれなのに、a)やb)のような悲劇が起きるのか、そこまで、母語話者であることによる発音に対する感覚の違いは大きいのか…それを知りたくて、専門とは全く関係なく(私は工学部でした)、大学3年時に文学部言語学科の上野善道先生の音声学の授業を取りました。
悲劇の理由
大学3年で音声学の授業を取って、悲劇の理由が全て氷解しました。
a)の悲劇については、英語の[t]も日本語の[t]も基本は同じalveolar stopなのですが、英語の[t]の方が日本語の[t]より調音位置が少し後ろ(日本語の[t]はdenti-alveolar)なのです。もう一つの大きな違いは、日本語の[t]は、舌を寝かせ、舌の表側で破裂を作るlaminalの発音なのですが、英語の[t]は、舌の先端で破裂を作るapicalの発音なのです。
実際に自分でlaminalの[t]とapicalの[t]を発音してみると、apicalの方がこもったような音になり、違いがわかります。
b)の悲劇については、英語の[r]はpost-alveolar approximantなのですが、多くの場合labializedされる(つまり、口を丸める)とWikipediaに書いてあります。
"In most dialects /r/ is labialized"
https://en.wikipedia.org/wiki/English_phonology
まとめ
まとめると、英語の発音についての私の意見は、英語の発音の練習をひたすら繰り返す前に、音声学を少しは勉強してからやると、効率が上がりそうだ、ということです。具体的には、
1) まず音声学を勉強して、母音三角形と子音表の読み方を学ぶ。
1−1)日本語の発音が母音三角形と子音表のどこに位置づけられているか学ぶ。
1−2)日本語の発音からずらして、日本語以外の母音三角形や子音表の発音を出来るように練習してみる。日本語の 日本語の発音から母音三角形の横軸にそって舌の位置を奥にしたり、縦軸に沿って口の開け方を広げたりするとどういう音が出るのか試行錯誤してみる。
子音表に従って、タップ音(tap)、接近音(approximant)、流音(lateral)の違いとかを学習する。それから英語の母音・子音の発音を勉強する。
おまけ:聞き分けられない音は発音できない説は嘘
最後に、私が発音に関して明確に嘘であると思っている「聞き取れない音を発音できる訳がない」説について述べましょう。聞き取りと発音のどちらを優先して学習するかは、色々なケースがあり一概には言えないと思いますが、「聞き取れない音は発音できない」説は明確に嘘だと思います。
まず、私自身が、発音し分けられるが聞き分ける自信がない音をいくつか習得しています。
例えば、インドの多くの言語では、破裂音や鼻音について後部歯茎音と歯茎音の対立があるのですが、私は後部歯茎鼻音と歯茎鼻音を聞き分けられません。(破裂音については/t/だったら何とかわかります。/d/だと聞き分けが厳しいと思います)
しかし、後部歯茎鼻音と歯茎鼻音を発音し分けることは出来ます。舌先の位置を歯茎の前に持っていくか、後ろに持っていくかの違いしかないので、簡単です。
逆に、聞き分けられるけど発音できない音というのも、いくらでもあります。
個人的には、無声鼻音+母音の音節の発音が、代表的な例だと思います。
鼻音は普通、どの言語でも圧倒的に有声音であることが普通であり、日本語でもn,mは有声音です。ただ、鼻音かどうかの区別は口蓋で、有声か無声かの区別は声帯で行うものなので、別々の器官です。鼻音を発音するときは、我々はこの2つを同期させて動かしているわけで、大学3年ぐらいでこの事実に最初に気づいたときは感動して、頑張って無声鼻音を練習し、1週間ぐらいで、多分出来るようになりました。理系の普通の学生が行列を固有値分解でき分解できる事に気づいたときに感動するのと同じ感覚です。
以上のように、個人的な体験から、「聞き取れない音を発音できるわけがない」については、明確に嘘だと思っています。