はじめに
全国のEthereumファンの皆様や暗号通貨評論家の各位やブロックチェーンマニアの諸兄姉には、いかがお過ごしでしょうか。
2016年1月末に書いた別の記事で、ETHの相場がすごく高騰しているというようなことを書きましたが、今ではETHの相場は、その1月末時点から比べてもさらに3倍以上に高騰しています。なんでもっと大量に買っておかなかったんでしょうか。バカですね。ほっといてくださいよ。
この記事では、中本哲史のBitcoinホワイトペーパー以来の暗号通貨界における一つの重要な伝統である「Proof of Work」について、少し掘り下げて考えてみたいと思います。その際の話の枕として、EthereumにおけるProof of Workのアルゴリズムである「Ethash」のコンセプトについて批判的な検討を加えることにします。Ethereumファンの皆様にはすみませんが、相場が上がってるんだからまあいいじゃないですか。
というわけで、この記事の全体像は、以下のようなものになるでしょう。
- まず、暗号通貨システムのProof of Workについて、教科書的な概観を提示します。Bitcoin等のProof of Workのコンセプトについて一般的なことを知っている方は、ここは読み飛ばしてかまいません。
- 次に、EthereumにおけるProof of WorkのためのアルゴリズムであるEthashについて、概要を説明します。筆者はこのEthashのコンセプトに対して批判的なので、批判しようとする対象を、まずは中立的に紹介するわけです。Ethereumマニアの君は、すでにEthashについて一般的なことを知っているわけだから、ここは読まなくていいんだよ。
- EthereumのEthashについて、筆者なりの批判を提示します。
- そして、暗号通貨システムにおけるProof of Workとガバナンスについて、筆者が考える「あるべき姿」の全体像を素描します。その際に、「Bitcoinのスケーラビリティ問題」についても触れます。(マイク・ハーンの「ビットコインは失敗に終わった」発言のアレです。)
この記事はこの部分を書きたくて書くようなもので、ここに至るまで部分はすべて、この主張のための導入のようなものです。 - 最後に補遺として、暗号通貨における、いわゆる「通貨発行益」の会計上の扱いについて、筆者の意見を提示します。これは多少マニアックな話なので、興味のない方は読む必要はありません。
このような感じで、「Ethash」や「Bitcoinのスケーラビリティ問題」についてはもちろん、「Proof of Work」についても、特に予備知識を必要とせず読めるように書こうと思いますので、どうぞお気軽にお読みください。
以下この記事では、Proof of Workのことを「PoW」と略記することがあります。
Proof of Workとは
Proof of Work(PoW)の基本的なアイディアは、中本哲史のBitcoinホワイトペーパーの3ページ目において、わずか22行で説明されています。それくらい美しく単純なアイディアだということです。
以下ではBitcoinのPoWについて簡単に説明しますが、基本的な仕組みは、Ethereumを含めてPoWを採用する暗号通貨の多くにおいて共通するものです。
Bitcoinネットワーク上で行われたあらゆる取引を記録するブロックチェーンは、世界で単一のものとしてBitcoinネットワーク内で合意されているわけですが、そのブロックチェーンに次に繋げるべきブロックは、Bitcoinネットワークに参加しているノードからの提案をきっかけとして決まるわけです。
そのような新しいブロックの提案が有効とみなされるためには、多大な労力をかけてはじめて満たすことができる条件に準拠していなければならない、というのがPoWの根本です。(PoWは文字通り、「労力をかけたということの証明」を意味します。)
その条件は具体的には、「提案しようとするブロックの内容にnonceを加えてserializeしたバイト列から、暗号学的な一方向ダイジェスト関数によるハッシュ値を計算し、その計算結果が、たまたまものすごく小さくなければならない(=計算されたダイジェスト値の先頭にゼロがいくつも並ぶようでなければならない)」というものです。
その値がどれくらい小さくなければならないか、という条件の厳しさを「難度(difficulty)」といい、Bitcoinでは、ネットワーク全体においてだいたい10分に1回ぐらいの割合で条件を満たすブロックが出現するように、難度が自動的に調整されることになっています。
条件を満たすものすごく小さいハッシュ値が得られるまで、ブロックを提案しようとするノードは神に祈りながらnonceを次々と変えてひたすらハッシュ値を計算し続けろ、というわけです。このような努力をするノードによって単位時間あたりに計算されるハッシュ値の数を、業界用語で「ハッシュパワー(hashing power、hash rate)」と呼んだりします。
現実のBitcoinではdifficultyが非常に高い(=認められるハッシュ値がものすごく小さい)ため、条件を満たすnonceを見つけるのは非常に大変ですが、逆にブロックの内容とnonceが与えられたときに、それがdifficultyの条件を満たしているかどうか検証するのは、誰にとっても非常に簡単であることがわかるでしょう。
このような労力の非対称性が、PoWの非常に重要な性質です。有効な提案をするのはものすごく難しいが、なされた提案が有効か否かを判定するのは、ものすごく簡単。この非対称的な構造ゆえに、Sybil attackのような安直な攻撃方法によって、ネットワーク全体の意思決定を混乱させるといったことは不可能になるわけです。
そして、「最も長いブロックチェーン(あるいは、満たされたdifficultyの合計が最も大きいブロックチェーン)こそが正しいブロックチェーンである」と暗号通貨のプロトコルで定めることによって、PoWのシステムは完結することになります。
ネットワーク全体でPoWに費やされる計算資源の過半が正直である(=取引を偽造してブロックに含めたりしない)とすれば、正しいブロックチェーンが最も速やかに長くなるはずだから、害意ある攻撃者は、ネットワーク全体の過半の計算資源を入手しない限り、永久に正しいブロックチェーンの成長速度に追いつけない、という形で、ブロックチェーンの安全性・安定性が確保されることになるわけです。(ネットワーク全体の過半の計算資源を入手することでブロックチェーンをねじ曲げよう、という攻撃方法を「51%攻撃」と呼びます。)
このような仕組みがProof of Work(PoW)であって、PoWを伴う新しいブロックの提案に成功したノード(に結びつけられたアカウント)には、暗号通貨のプロトコルに定められた額の報酬が、その暗号通貨によって支払われることになっています。
このようなPoWに対する報酬を得ることを目的としてPoWを実行することを、業界用語で「採掘(mining)」と呼び、特に営利目的でそのような採掘を行う者のことを、「採掘者(miner)」と呼びます。
このように、「暗号通貨によって支払われる報酬」をインセンティブとして採掘者を誘引し、それを正直なPoW実行者の増加につなげる、というのが、いかにもP2P的なうまいインセンティブシステムになっているわけです。
以上がPoWに関する教科書的な説明です。より詳しく勉強したい方は、無料で読めるプリンストン大学の教科書である『Bitcoin and Cryptocurrency Technologies』などを参照すると良いでしょう。
EthereumのEthashについて
Ethashのコンセプト(中立的な紹介)
EthereumのYellow Paperの13ページでは、
- PoWのアーキテクチャには、備わっていなければならない性質が2つある。
- そして、BitcoinネットワークではASIC(特定目的の集積回路)を利用した採掘のせいでその性質が2つとも満たされていないからけしからぬ。
- この問題を解決するために、EthereumはEthashというアルゴリズムを発明して採用するのだ。
ということが主張されています。以下では、このそれぞれについて簡単に説明していきます。
特殊なハードウェアを有利にしてはならない
PoWのアーキテクチャが備えるべき性質の1点目は、これだとEthereumは主張します。
PoWは、可能な限り多くの人々によって、可能な限り容易に実行できるのでなければならない。特殊な機械装置を必要とするとか、そのような機械を使うことで有利になるというようなことは、極力なくすべきである。この方針を採用することによって、採掘報酬の配分メカニズムは誰にとってもオープンなものとなり、理想的には、暗号通貨の採掘は、電力から暗号通貨への(世界中でおおむね均一のレートによる)単純な変換操作に還元されることになる。
採掘への投資規模の大きさに対して、非線形的に大きなハッシュパワーを与えてはならない
そして、PoWのアーキテクチャが備えるべき性質の2点目は、Ethereumによれば、これです。
PoWを実行するにあたって高い参入障壁が存在して、物的資本の投入に対して非線形的な超過利潤が得られる、というようなことはあってはならない。そのような構図になってしまうと、大きな資力を持った敵対者が、ネットワーク全体のハッシュパワーのうち過大な割合を支配することで、非線形的な超過利潤を獲得して富の配分を歪め、さらにはネットワークのセキュリティを弱めることになってしまう。
ASICの問題点とその排除の必要性
しかるに、Bitcoinネットワークでは、ASICによる採掘のせいで、これら2つが実現されていない! けしからん! というわけです。
Bitcoinネットワークにおける病理として、ASIC(特定用途向け集積回路)の存在がある。これは、単一の用途のみに特化したハードウェアであって、Bitcoinにおいては、その用途はSHA256の計算である。ASICはPoWで効果をあげるために採用されるものであるから、上記の目標は2点とも、達成が危うくなってしまう。
Ethereumはこのような認識の上に立って、メモリを大量に消費することで、PoWのための計算をASIC上で多数並列実行できなくすることを目的とした「Ethash」というアルゴリズムを発明し、採用することにした、というわけです。Ethashの具体的なアルゴリズムは、こちらのページで、みんなが大好きなPythonによって記述されていますので、興味がおありでしたらどうぞ。
以上が、なるべく中立的な立場からのEthashのコンセプト紹介です。
Ethash批判
この記事における批判の背景にある考え方
ある暗号通貨がそもそもPoWを採用するか否かについても、また採用するならば、そのアルゴリズムをどのようにするかについても、いっさいの意思決定は、その暗号通貨の開発者の自由裁量によるべきことは間違いありません。
ですから「ガチ勢だけではなくエンジョイ勢も採掘できるように、工夫して面白いレギュレーションを採用してみました」というオンライゲームのバランス調整のような考えに基づいて、EthereumがPoWアルゴリズムを設定するとしても、本来、部外者がそれに対して文句をつける筋合はありません。
しかし、「暗号通貨の採掘においてASICがはびこることは害悪だ」とか、「Bitcoinの採掘で深刻化している敵対者による攻撃の懸念が、Ethereumでは解決される」というようなEthereumの主張について、その妥当性を問うことには意味があるでしょう。
これは例えば、「税制を定めることは国会の専権事項であるが、だからといって、国会が立法事実(社会の状況や、経済学の知見など)に関する誤った認識に基づいて税制を定めているようでは、国民の厚生や社会の経済発展が損なわれるから、国会は不見識・軽率の謗りをまぬかれない」というのと同じような話です。
Ethereum Projectには、EthereumのPoWのアルゴリズムを好きに定める正当な権限があります。しかし、その前提となる考え方が誤っているならば、Ethereumは暗号通貨としての望ましい姿にはならないでしょう。
この記事では、そのことを指摘しておきたいわけです。
幅広く一般市民に支えられた非集権的なPoWの基盤?
Ethereumの主張はこうなのでした。
PoWは、可能な限り多くの人々によって、特別の装置を必要とすることなしに実行可能でなければならない。
PoWを実行するにあたって、高い参入障壁が存在してはならず、物的資本の投入に対して非線形的な超過利得が存在してはならない。
たしかに現在のBitcoinでは、採掘用の環境にある程度投資できない限り、現実的に採掘で収益をあげることはできない状態になっている、というのは否定できない事実でしょう。
つまり、俺が自分のPCで採掘できないわけで、なんかつまんねーなー、という気分には、まあ共感ぐらいはすることができます。
そして、「参入障壁」とか「非線形的な超過利潤」云々は、この気分を多少もっともらしく表現したものだと理解するのが妥当でしょう。
つまり、仮に本格的な採掘環境を整えるのには最低でも100万円かかるとして、それを整えると、ただ20万円のPCを持っているだけの人に比べて、採掘の収益が5倍どころではなく有利になるとしたら、100万円の投資なんかするわけがない一般人の俺は採掘で稼げないからつまんねーなー、というわけです。
「本格的な採掘環境」の優位性を失わせるようにPoWのアルゴリズムを工夫することによって、俺たち一般人でも採掘で稼げるようにしよう、それによって、中国の採掘事業者に採掘を独占されているBitcoinとは違う、幅広く一般市民に支えられたPoWの基盤を実現しよう、というのが、Ethashというアイディアの背景にある考えなのだと思います。
これは、特権的な中央機関の存在を拒否する非集権的(decentralized)な暗号通貨の思想を、採掘競争の結果にまで徹底しようという目論見であるとみなすことができるでしょう。
そして、筆者はそれに同意できません。
採掘の収益性を悪化させることの帰結
私も、自分のPCを一晩動かしておけば平均1.0 BTCくらい採掘できて、その1.0 BTCを市場で売れば5万円くらいになる、というような世界線に生きていたらずいぶん愉快だったろうと思いますが、しかし現実にはそういう世界線は存在できません。
なぜなら、私のPCを一晩動かしたくらいで平均1.0 BTCを採掘できるとしたら、その世界におけるBitcoinネットワークのハッシュパワーは、この世界におけるよりもはるかに弱いということになるでしょう。そして、そのようにハッシュパワーが弱い暗号通貨は、容易に敵対者に乗っ取られますから、「価値の保蔵」や「取引の実行」の基盤として信頼できないものと言わざるを得ません。したがって、その世界の1.0 BTCには、この世界と違って5万円などという値段はつかない、ということが必然的な帰結ということになります。
同じことを、別の角度から再度考えてみましょう。
メモリを消費させることでASICの有効性を阻害し、CPUやGPUと大容量RAMを搭載した通常の(汎用の)計算機でなければ採掘できないようにした場合でも、営利目的の採掘事業者は、通常の計算機を高密度に並べて採掘するだけですから、営利目的の事業者がいる限り、一般人がカジュアルに採掘して稼ぐことなど、相変わらずできないでしょう。
ただし、ASICが使えなくなることによって、ラックの場所代や電気料金と暗号通貨相場との兼ね合いで、営利目的の本格採掘が事業にならなくなる、ということは大いにあり得ます。通常の計算機はASICに比べて空間効率も電力効率も悪いから採掘のコストは増加しますし、ASICが使えなくなることでハッシュパワーが落ちれば、その暗号通貨の安全性は低くなりますから、その暗号通貨の相場も下がって採掘報酬として得られる暗号通貨の価値が減少することになるでしょう。
こうして、営利目的の事業者がすべて採算割れで退場したそのあとには、念願かなって営利目的の事業者に邪魔されず、一般人のみによってPoWが行われる世界が広がっているわけです。
その世界では、本来ならもっと有用な目的に使えたはずの通常の計算機が、大きな場所と電力を消費しながら非効率にPoWを実行し(外部不経済の拡大)、それにも関わらず暗号通貨のハッシュパワーは格段に弱くなり、いつ51%攻撃に屈するかもしれず、したがって、暗号通貨の相場は下がるわけです。
これが、望ましい世界のあり方でしょうか?
真の敵は誰か
PoWを実行するにあたって高い参入障壁が存在して、物的資本の投入に対して非線形的な超過利潤が得られる、というようなことはあってはならない。そのような構図になってしまうと、大きな資力を持った敵対者が、ネットワーク全体のハッシュパワーのうち過大な割合を支配することで、非線形的な超過利潤を獲得して富の配分を歪め、さらにはネットワークのセキュリティを弱めることになってしまう。
Ethereumの主張を再掲しましたが、ここで表明されているのは、ASICのような物的資本の必要性が参入障壁になって、一般人がPoWに参加しにくいようだと、「資力のある敵対者」が
- 富の配分を歪める(=通貨発行益を独り占めするだろう)
- ネットワークのセキュリティを弱める(=取引の捏造とか残高の改竄とかをやるかもしれない)
という懸念です。
しかし、問題をこのように粗雑に捉えるのはまったく不適切であって、1をやる人は2を絶対にやらない、という前提のもとに物事を考えるべきだ、と私は思います。
営利目的の事業者は攻撃をしない
仮に、ある営利目的の採掘事業者が、採掘効率に関する競争の結果として、ある暗号通貨における高いハッシュパワー占有率を実現したとします。その事業者の目的が収益であるならば、いくら高いハッシュパワー占有率を持っていたとしても、その事業者が、取引の捏造や残高の改竄といった暗号通貨システムへの攻撃を行うはずはありません。
なぜならば、そのような捏造や改竄は公開されたブロックチェーンに刻まれるわけですから、すぐに全世界にバレてしまい、そのような攻撃に屈した暗号通貨の価値は即座にゼロになるに決まっているからです。(これは、普通の法定通貨が信認を失ったらハイパーインフレになるのとまったく同じ理屈です。)つまり、営利目的の採掘事業者が、企業努力の成果として得られた高いハッシュパワーを活かして、図利の目的で暗号通貨システムを攻撃する、というのは、自己の収益を台無しにする自殺行為であり、現実には決して発生し得ないシナリオです。
政治的な敵対勢力による攻撃を懸念するならば、営利目的の事業者を味方に付けるべきである
本当に心配すべきなのは、ある暗号通貨(もしくはすべての暗号通貨)を政治的に敵視する巨大な勢力(大国の政府とか、巨大企業とか?)が、採算度外視で51%攻撃を仕掛けてくる、というシナリオです。
もしかしたらEthereumの人は、営利目的の採掘事業者がそういう敵対者に買収されて裏切った場合、20万円のPCしか持っていない俺たち自由の民が力を合わせても、財力による非線形的な(=不公平な)力の差によって敗れてしまう、みたいなシナリオを想像して憤慨しているのかもしれないけど、そんなのはちゃんちゃらおかしいですね。
そういう「採算度外視の巨大な敵対勢力」による攻撃を跳ね返せる可能性があるとしたら、それは20万円のPCを抱えた個人の集合などではなく、健全な営利目的の採掘者の分厚い集積による以外にあり得ません。自由経済体制においては、利潤の得られるところには、神の見えざる手によって人的・物的な各種の資源が自動的に投下されるのですから、
- ある暗号通貨の市場価格が安定して高く、
- その暗号通貨の採掘コスト(=固定費である設備費+変動費である電気代)が利益を出せるほど低い
ならば、その暗号通貨には、営利目的の採掘者がいくらでもたかってきて、お互いに熾烈な採掘競争を繰り広げることでしょう。その過程でさらに技術革新や細かいカイゼンが発生して、採掘コストがより小さくなる、というのも大いにありそうなことです。
そのような十分に高効率で十分に多数の営利目的の事業者が集積してはじめて、「採算度外視の巨大な敵対勢力」の攻撃を跳ね返せる可能性が生まれるのですし、それなくしてそのような攻撃に対抗できる可能性はもとよりありません。
ですから、「結果として大規模な営利事業者だけが勝つことになるのは気に入らないから、ASICは禁止ね」というような恣意的な目的のためにPoWのアルゴリズムを設定することは、健全な営利目的の採掘者の収益を悪化させ、彼らの参入のインセンティブを阻害し、結果としてブロックチェーンの安定性を損ない、かえって経済合理性を無視する敵対者による攻撃を容易にする効果しか持たない愚策であると思われるのです。
PoWにおける「通貨発行益(seigniorage)」
このように考えると、ASICのような参入障壁の存在によって、営利目的の事業者が「富の配分を歪めている(=通貨発行益を独り占めしている)」と非難されるのも、まったく不当だということがよく分かるでしょう。
「通貨発行益(seigniorage)」という言葉には、何か時代がかっている(封建的な君主特権?)ような背徳的な(錬金術?)ような特別の響きがあるし、実際、中央銀行の「(借方)現金/(貸方)発行銀行券」みたいな仕訳とか、暗号通貨システムで無から通貨が湧いてくるソースコードとかを見たときの印象は強烈なのですが、そういった特殊らしい外観に変にこだわったり羨ましがったりすることは、必ずしも妥当ではないと思います。
たとえば日本銀行は、札束をトラックで全国に運んだり、銀行間決済のための巨大システム(日銀ネット)を構築維持したり、偽札鑑定サービスをしたりと、日本円の決済機構をちゃんと機能させる総責任者として巨大な負担を強いられているわけで、冷静に考えれば、その対価を通貨発行時に得ることに不当な所は何もないと言えるでしょう。
(「いやいや、日銀の『発行銀行券』はそんな『受取手数料』みたいなものではなく、B/S上の負債だろ?」とツッコミたくなる人もいるかもしれませんが、その話にはこの記事の最後で触れますので、今は許してください。)
暗号通貨のPoWを実行する採掘事業者もまったく同じで、彼らの設備投資および電気代負担によって生み出されるハッシュパワーこそが、暗号通貨の価値の源泉なのですから、文字通り決済のインフラを維持している彼らが通貨発行益を得ることに文句を付けるいわれはまったくないし、彼らのようなハッシュパワーを提供することができない者が、通貨発行益の分け前を要求したりする権利はないと言うべきです。
ゆえに、「営利事業者による採掘の独占が富の配分をゆがめている」という批判は失当です。
PoWと暗号通貨のガバナンス
営利目的の採掘事業者が活発に参入して採掘競争を繰り広げることは、PoWを採用する暗号通貨にとって歓迎すべきである、という見解を受け入れたとき、採掘者は、暗号通貨のガバナンスにおいてどのような役割を果たすべきだということになるのでしょうか?
より具体的に言うならば、現在のBitcoinにおいて中国の採掘事業者が占めている位置は、妥当なものでしょうか?
これは、マイク・ハーンの「ビットコインは失敗に終わった」発言以来の「スケーラビリティ問題」をめぐる議論の中で、かなり顕在化してきている課題だと思います。
いわゆる「スケーラビリティ問題」と意思決定の仕組み
Bitcoinの「スケーラビリティ問題」とは要するに、現在のBitcoinネットワークが取引を処理するスループットがあまりにも低すぎるからこれを何とかして向上させなければならない、という話であって、それ自体としても技術的に興味深い問題ですが、ここでは詳細な内容には立ち入りません。
問題は、この問題に対処するための設計・実装案が開発者コミュニティにおいて複数提案されており、それぞれの支持者が譲らないためコミュニティとしての意思統一ができない、ということなのです。(その過程で感情的な対立や非難の応酬も激化し、マイク・ハーンみたいに、プロジェクトそのものを否定する発言をぶち上げて役割を投げ出す人も出てくるわけです。)
では、コミュニティの意思統一ができないときはどうなるのか?
現実に存在するBitcoinのネットワークは(中国の)採掘事業者のPoWによって支えられており、Bitcoinのプロトコルにおいては、ブロックチェーンに繋げる次のブロックとしてどのブロックを受け入れるかは、採掘ノード間のコンセンサスで決まるわけですから、この「スケーラビリティ問題」への対応としてどの案を採用するかについても、最終的にはBitcoin採掘者の多数がどの実装を採用するか(=自分のノードにインストールするか)によって、Bitcoinネットワークの今後の挙動が決まることになるでしょう。採掘者間でも対応が割れれば、最悪の場合、Bitcoinネットワークは互換性のない複数のネットワークに分裂することになるわけです。
このように、プロトコル的には採掘者が決めれば済むことになっている、というのはわかりやすい話だと思いますが、現実のBitcoinネットワークを支えている中国の採掘事業者たちには、「スケーラビリティ問題」の解決方法といった専門的なことがらに関する決定を、責任をもって下す能力がないことが問題なのです。
Bitcoinに関与や利害を持っているプレイヤー間の構図は、おおむね以下のようなものです。
-
Bitcoinプロジェクトのコミュニティ:基本的にボランティア開発者の集まりであり、彼らは義務も責任も負っていない。マイク・ハーンのように悪態をついて放り出すのも自由。
Bitcoinプロジェクトには法人格もないし、拘束力のある定款も機関もなく、意見が割れたときの意思決定方法も定められていない。 -
Bitcoinやブロックチェーンに関連する事業を営んでいる会社:事実としてBitcoinプロジェクトの開発者を少なからず雇用しているが、Bitcoinプロジェクトの開発方針について指揮命令する権限はない。
法人格があり、技術的な能力は高く、法的な拘束力のある意思決定プロセスも指揮命令系統も存在するが、Bitcoinプロジェクトを支配する権利はなく、仮にそれを試みたとしたら、かえってBitcoinが市場から信認を失うおそれがある。 -
採掘事業者:Bitcoinプロトコル上では、PoWの実行者として正当かつ最終的な意思決定権者であるが、責任をもって意思決定を行うだけの専門的な知識を欠いている。
このような「三すくみ」の構図のため、権限と責任に基づいた迅速な意思決定と実行ではなく、当事者間の協議と互譲に基づいた、円卓会議的な合意形成の試みを行わざるを得なくなっているわけです。
マイク・ハーンも言っている通り、Bitcoinは社会実験的な意味を持つプロジェクトなわけですから、このような意思決定に関する問題点が発見されるのは自然なことですし、ラウンドテーブル方式による自律的な問題解決の試みそれ自体は、立派なことであると高く評価することができます。
評価はできるのですが、しかし貨幣というような社会の基盤を扱う者が、権限と責任に基づいた迅速・妥当な意思決定と実行を実現できないというのでは、結局のところ話にならないでしょう。
「スケーラビリティ問題」に関してBitcoinが「失敗に終わった」かどうかはともかくとして、信頼に値するガバナンスの構築において、Bitcoinプロジェクトが現在のところ成功していないことは明らかだと思われます。マイク・ハーンが「私はBitcoinの開発から離脱する。私の所有する全Bitcoinを売却した」などという記事を個人的にMediumに投稿し、そのせいでBitcoinの相場が15%も下落する、ということが現実に起こってそれが許されていること自体が、Bitcoinプロジェクトに有効なガバナンスが存在していないことの何よりの証明です。
マイク・ハーンはBitcoinコアの開発において何らの法的な義務も負っていないボランティア開発者でしたから、彼にこのような破壊活動をする自由があることを私は否定しませんが、しかしこのような行為は、FRBや日本銀行の理事や幹部職員がやりそうなことではありませんし、社会が通貨を扱う者に対して期待している態度とはいささか異なっているだろう、と言わざるを得ないわけです。
暗号通貨のあるべきガバナンスの姿
「特権的な中央機関」は論外
「現在のBitcoinプロジェクトでは、権限と責任に基づいた迅速・妥当な意思決定と実行ができていない」と前の節で批判しました。それでは、単にそのような権限と責任を持つエンティティを作れば良いのでしょうか?
たとえば、「Bitcoin中央銀行」みたいな法人を設立して、そこが開発方針などを一元的に決定することにし、「Bitcoin中央銀行」に従うことを誓約して認証を受けた採掘事業者だけが採掘できるようにすれば良いのでしょうか?
答えはむろん、断固、否です。そんなことをしたのでは、中央機関の存在を否定して相互牽制的なアーキテクチャで通貨システムを実現する、という中本哲史以来の暗号通貨システムの眼目そのものが完全に損なわれることになってしまいます。「Bitcoin中央銀行」なるものの開発方針の正しさに盲目的に従えるというのならば、日本銀行の金融政策だって、日本政府の財政規律だって、容易に信じられるでしょうし、どう考えてもそっちを信じる方がまともです。
つまり、利用者には制御できない特別な権力を持った中央機関の存在を許容できるというのならば、そもそも初めから暗号通貨など要らないのです。
採掘事業者は権力にふさわしい能力を身に付けろ?
ひとつ考えられる主張として、こういうものがあります。
「中国のBitcoin採掘事業者は、採掘報酬を得ているのだから、Bitcoinの専門的・技術的なことがらについても妥当な判断をできるような能力を身に付けろ。(=そのような人材を雇用しろ。)そして責任を持って判断しろ。ラウンドテーブルでも権力を背景に強く意見を言え」
これはあり得る主張で、いちおうの筋は通っています。
ふたたび法定通貨を例えに出しますが、日本銀行は日本円の決済基盤を維持する対価として通貨発行益を得ている者として、決済システムの構築維持に関する専門的だったり煩雑だったりする様々な業務を、すべて自己の責任でちゃんと行っているわけです。
採掘事業者も通貨発行益を得ているのだから、同じように専門的な事項に責任を持て、という主張には一理あります。
一理あるのですが、しかしこの主張の問題点は、それを強制する手段がない、ということです。営利目的の採掘事業者としては、採掘を実行して通貨発行益を得るための計算資源にだけ投資して、その他の専門的な事項には責任を負わない、というフリーライドを望むことに経済的合理性があり、このようなフリーライドを妨げることはできないのです。(そして、経済的なインセンティブのみによる採掘事業者の参入は、暗号通貨にとって望ましいことなのです。)
フリーライダーを排除するための「採掘免許制度」などを導入したのでは、そこに特別な権力を持った中央機関が生まれてしまうので、話にならないことは言うまでもないでしょう。
結論:「非特権的な中央機関」
以上の議論を踏まえて、筆者があるべきと考える暗号通貨のガバナンスの姿は、以下のようなものです。
まず、PoWを採用する真剣な暗号通貨プロジェクトは、その暗号通貨システムの開発や運営を主宰するエンティティとして法人格を持つべきです。法人格を持つことによって、法的な権利義務の主体となることができ、法的拘束力のある定款と意思決定のための機関を持つことが保証されます。以下ではこの法人を仮に「暗号通貨主宰法人」と呼ぶことにします。
そして、暗号通貨主宰法人は非営利法人でなければならず、会社であってはなりません。ここでいう「非営利」とは、法人として利益を追求しないことを意味するわけではまったくなく、「法人が獲得した利益」や「法人を解散する際の残余財産」を、株主のような持分所有者に流出させることが禁止されている、ということを意味します。日本法に即していえば、一般社団法人、公益社団法人、一般財団法人、公益財団法人などの法人格がこの条件を満たします。
会社のような営利法人では、株主の利益を図るために暗号通貨の公共性をゆがめるのではないか、という疑念を構造的に払拭することができないから、ダメなのです。
暗号通貨主宰法人は、みずからが主宰する暗号通貨を恣意的に支配するための特権を、いっさい持ってはなりません。その暗号通貨に対して、暗号通貨主宰法人のみが可能な行為があったとしたら、その法人がまさに「特権的な中央機関」そのものになってしまうわけですから、その暗号通貨はもはや中本哲史的な非集権的暗号通貨とは言えなくなってしまいます。当然、暗号通貨のソースコードは公衆に対して公開し、誰でも自由に無制限にフォークできることを保証しなければなりません。
暗号通貨主宰法人は、みずから多くの投資をして、自身が主宰する暗号通貨の採掘を行い、支配的なハッシュパワーを獲得し維持するように努力すべきです。暗号通貨主宰法人は、暗号通貨を支配するための特権を何も持っていない以上、みずからが投資することによって、その暗号通貨の物理的な支配権を獲得するしかありません。この法人が十分に大きな(たとえば過半の)ハッシュパワーを獲得しているならば、その法人が提唱する開発方針や金融政策に関する方針が、そのまま採用される可能性が非常に高くなります。その方針に反対する者も、フォークすることは常に自由であるとはいえ、暗号通貨ネットワークを物理的に分裂させて自らが価値の低い弱小の分派に成り下がりたいとは考えないでしょうから。
暗号通貨主宰法人は、自身が主宰する暗号通貨の相場を高く保ち、またその採掘コストを引き下げるべく、あらゆる努力をすべきです。暗号通貨の相場を高く保ち、その採掘コストを引き下げることは、その暗号通貨の主要な採掘者でもある主宰法人自身の収益を向上させる効果を持つことになりますから、この努力をすることには強いインセンティブが存在するわけです。
当該暗号通貨の相場を高く保つために法人がすべきこととしては、(1) その暗号通貨が決済に利用できる場面を増やすこと、(2) その暗号通貨システムの性能や安全性を高めること、(3) その暗号通貨の流通量を適切に(多すぎも少なすぎもしない水準に)調節すること、(4) その暗号通貨のステークホルダーと友好的な関係を維持すること、などがあるでしょう。これは、日本円などの法定通貨において中央銀行が担っている役割そのものですね。
暗号通貨主宰法人は、自身が主宰する暗号通貨を営利目的で採掘しようとする者と協調的な関係を構築し維持すべく、あらゆる努力をすべきです。暗号通貨主宰法人以外に、より高度な採掘技術によって採掘益を獲得しようとする営利目的の採掘事業者が参入することはむろん自由ですし、そのような採掘事業者の参入があれば、当該暗号通貨のハッシュパワーがより強力になるわけですから、これは歓迎すべきことです。
そのような採掘事業者が、現在のBitcoin採掘事業者と同様、当該暗号通貨の開発や運営について独自の専門的な主張を持たないのであれば、暗号通貨主宰法人は、採掘事業者との間に自由意思による契約を締結し、開発や金融政策に関する方針について、主宰法人の方針に賛成することを約束させることもできるでしょう。
この契約は、普通の市民法的な契約(紙の契約書にサインして、紛争が起こったら裁判所で解決する)によるのでも構いませんし、暗号通貨のプロトコルやスマートコントラクト上で明示されたものであればより良いでしょう。つまり、暗号通貨主宰法人の方針に一定期間賛同すると決めた採掘事業者は、自由な意思に基づいて自己のノードにある設定をすれば、その賛意が偽造不可能な形で公衆に表明され、そのように賛同を表明したノードには、暗号通貨主宰法人が署名したアップデートモジュールが必ず遅滞なく適用される、といった形を取ればよいのです。
以上、この節において素描したような枠組みは現実に実現可能なものであり、これを採用すれば、「特権的な中央機関」を設けることなく、暗号通貨の開発や運営について権限と責任に基づいた迅速妥当な意思決定が可能になると筆者は考えます。
補遺:「採掘報酬」や「発行暗号通貨」という勘定科目
この記事のこれまでの部分では、「通貨発行益」といういい加減な言葉を、それが決済システム維持の対価としての「受取手数料」であるかのように使ってきました。
このようなとらえ方は必ずしも間違ってはいないと思いますが、しかしもう少し精緻化する余地がありそうです。前節で素描した「あるべき姿」に登場する「暗号通貨主宰法人」と「営利目的の採掘事業者」のそれぞれにおいて、PoWの採掘報酬を会計上どう扱うべきかは違ってくると思われるので、以下ではそれについて簡単に説明します。
以下はそれなりにマニアックな話になるので、興味のない方は無視していただいて結構です。
日本銀行の財務諸表のつまらなさ
日本銀行の財務諸表は、それが扱う商品である「日本円」や「日本国債」と、価値を計測する尺度としての「日本円」とが一体化してしまっているため、いまいち説得力や面白みに欠けるものになってしまっていると思います。例えば、「発行銀行券」というB/S上の負債科目が、どういう意味で負債なのかが説明しづらくなっていると思われるのです。
Q: 銀行券が日本銀行のバランスシートにおいて負債に計上されているのはなぜですか?
A: 歴史的にみると、日本銀行が設立された当初、日本銀行の発行する銀行券は、金や銀との交換が保証されていました。こうした制度の下で、日本銀行は、銀行券の保有者からの金や銀への交換依頼にいつでも対応できるよう、銀行券発行高に相当する金や銀を準備として保有しておくことが義務付けられていました。このような銀行券は、いわば日本銀行が振り出す「債務証書」のようなものだと言えます。このため、日本銀行は、金や銀をバランスシートの資産に計上し、発行した銀行券を負債として計上しました。
その後、金や銀の保有義務は撤廃されましたが、一方で、銀行券の価値の安定については、「日本銀行の保有資産から直接導かれるものではなく、むしろ日本銀行の金融政策の適切な遂行によって確保されるべき」という考え方がとられるようになってきました。こうした意味で、銀行券は、日本銀行が信認を確保しなければならない「債務証書」のようなものであるという性格に変わりはなく、現在も負債として計上しています。
なお、海外の主な中央銀行においても、こうしたバランスシート上の取り扱いが一般的となっています。
日本銀行としてはこういう説明をするしかないのでしょうが、しかし「発行銀行券」という負債=債務の弁済を現実に誰かから要求されることはないわけですし、日本銀行のB/Sの資産の部に載っているのは「日本国債」や「貸付金」であって、その計測単位も回収手段も「日本円」であるわけですから、話が循環していると言わざるを得ないですよね?
上の回答で言われている「日本銀行の金融政策の適切な遂行」が失敗して、日本円の「信認」を確保できなくなったとしても、その事実が日本銀行のP/LやB/Sに表されることはないわけで、私としては、このあたりに何ともいえない不毛さや味気なさを感じてしまうのです。日本銀行のP/LやB/Sって、本質的にその事業の成功や失敗を正しく表現しているんでしょうか?
例えば、株式会社ブシロードの財務諸表を、日本円ではなくブシロードが発行するカードを価値尺度として作成する、ということは日本の会社法上で認められていませんが(当たり前だ)、日本銀行の財務諸表にはそんな怪しげな雰囲気があるわけです。
暗号通貨を取り扱う事業者の財務諸表を法定通貨ベースで作れば、不毛にならない
日本円という商品を取り扱う日本銀行の財務諸表を日本円ベースで作成するならば、そこに不毛な循環が発生することは避けられないと思うのですが、暗号通貨主宰法人や採掘事業者の財務諸表は、暗号通貨を価値尺度として作るわけではなく、当然日本円のような法定通貨によって作成するわけですから、通貨発行の取扱も、より論理的に理解しやすいものになるはずです。
P/L科目としての「採掘報酬」
まず、暗号通貨システムの開発や運営にコミットしない、単純な営利目的の採掘事業者が暗号通貨を採掘して採掘報酬を得た場合には、単純に「採掘報酬」というP/L科目で収益を計上することが妥当でしょう。
採掘事業者は、設備投資の減価償却費とランニングコストとしての電気代や場所代を、この「採掘報酬」などで賄うことができるかどうかが勝負ということになるわけです。決済インフラの構築維持を引き受ける負担の対価として、「採掘報酬」を得る、というわかりやすい話です。これまでこの記事で「通貨発行益」と呼んでいたものが、おおむねこれに相当する概念です。
B/S科目としての「発行暗号通貨」
他方、暗号通貨システムの開発や運営にコミットする暗号通貨主宰法人が、自身の主宰する暗号通貨を採掘して採掘報酬を得た場合、これを単に「採掘報酬」としてP/L上で処理するのではなく、発行銀行券ならぬ「発行暗号通貨」としてB/Sの貸方(負債側)に計上することには、大きな意味があるということができます。
その場合の計上額は、その時点における「日本円で表現された当該暗号通貨の相場(価値)」によるべきですから、得られた暗号通貨をその時点の相場で売却して日本円に変えてしまったら、P/L科目としての「採掘報酬」で処理するのとほとんど同じことになりますが、採掘で得られた暗号通貨を暗号通貨主宰法人がそのまま保持した場合には、「発行暗号通貨」を負債計上したことが、将来に向かって少なからぬ意味を持つことになるでしょう。
すなわち、その後その暗号通貨の日本円に対する相場(価値)が下落したら、暗号通貨主宰法人は「発行暗号通貨」の負債に苦しんで債務超過に近づく、ということになるわけです。
このことから、「発行暗号通貨」を負債計上した暗号通貨主宰法人は、その主宰する暗号通貨の相場を高く保つインセンティブをより強く持つことになり、またその主宰する暗号通貨に対する信認獲得の成功あるいは失敗が、P/L上のみならずB/S上でも、はっきりと表現されることになるわけです。
さらに考えを深めると、その「発行暗号通貨」という負債は、暗号通貨を回復不可能な形で破棄する(proof of burning)ことによって現実に弁済することもできるのではないか? とか、それは会社における自社株買いに相当するのでは? つまり「発行暗号通貨」は負債の部というよりも資本の部に属する勘定科目なのでは? などと考え始めたらキリがありませんが、それらの話題については、また別の機会に論じてみたいと思います。