はじめに
現代社会において、距離測定技術は多岐にわたり、一個人が全てを把握することが困難なほど多様化しています。一方で、測距技術の需要も急速に拡大しており、自動運転車の環境認識システム、産業用ロボットの位置制御、スマートフォンのAR機能、建設現場での測量など、様々な分野で活用されています。
本記事では、数多く存在する測距技術の中から、特に3次元再構成でよく使用されるデバイスに焦点を当て、その基本的な仕組みと特徴を解説します。
これにより、複雑化する3Dセンシング業界の全体像を把握することを目指します。
想定読者
三角測量方式による測距
三角測量は、三角形の幾何学的性質を利用して対象物の位置や距離を決定する測量手法です。この手法では、既知の基線の両端から測定対象への角度をそれぞれ測定することで、その位置を特定することができます。
ステレオカメラ
ステレオカメラは、既知の距離で配置された2台のカメラを用いて、三角測量の原理に基づいて物体までの距離を測定するシステムです。この仕組みは、人間の両眼視による立体視のメカニズムと類似しており、私たちが日常的に行っている奥行き知覚を工学的に実現したものと言えます。
ステレオカメラによる距離測定は、2台のカメラで同時に撮影を行い、それぞれの画像に生じる「視差」と呼ばれる位置のずれを検出することで実現されます。この視差の大きさは物体までの距離に反比例しており、視差が大きければ物体が近く、小さければ遠いという判断が可能です。専用の画像処理アルゴリズム6を用いることで、この視差マップを計算し、正確な距離情報を算出することができます。
ただし、真っ白な壁のようなテクスチャの少ない物体では視差の検出が困難となり、測定精度が低下します。また、夜間や悪天候時には画像の品質が低下するため、安定した距離測定が難しくなります。7
StereoLabs社, ZED X Stereo Camera
アクティブステレオ
アクティブステレオは、従来のステレオカメラの限界を克服するために開発された測距技術です。この手法の特徴は、プロジェクターを用いて既知のパターンを測定対象に投影し、そのパターンの歪みや変位を解析することで距離を算出する点にあります。
この技術の主な利点は以下の三点です。まず、測定対象の表面テクスチャに依存せず、白壁のような単調な表面でも正確な距離測定が可能です。次に、プロジェクターによる能動的な光投影により、暗所での測定精度も確保できます。さらに、投影パターンが既知であるため、画像処理による特徴点マッチングが容易となり、高速かつ高精度な測距を実現できます。
一方で、特に屋外の明るい環境下では、太陽光によって投影パターンが見えにくくなり、測定精度が低下する可能性があります。このため、屋外での使用には投影光強度の調整や遮光機構の採用など、適切な対策が必要となります。
LiDARによる測距
LiDAR(Light Detection And Ranging)は、レーザー光を使用して物体までの距離を測定する方法です。現在、主に以下の3つの方式が存在しています。
- Pulsed LiDAR (dToF)
- AMCW LiDAR (iToF)
- FMCW LiDAR (iToF)
パルスレーザーを使用するdToF LiDAR
dToF LiDARは、パルスレーザーを使用しているので、CWレーザーよりも安全に遠くまで光を照射することが可能です。また、dToF LiDARはSPADとよばれる高感度のセンサを用いている8ので、遠くから反射してきた減衰した光を低ノイズで検知することができます。そのため、幅広い測距レンジと高精度を兼ねそろえています。一方で、基本的には1点1点を測距するので、現在のRGBセンサほどの解像度は有していないです。
CWレーザーを使用するAM/FMCW LiDAR
またAM/FMCW LiDARは、ラジオのAM/FM9と同様にそれぞれ以下の長短があります。
- AMCW LiDARは遠くまで測距できるが、ノイズが多く精度は低い
- FMCW LiDARは近くしか測距できないが、ノイズが少なく精度は高い
B. Behroozpour, P. A. M. Sandborn, M. C. Wu and B. E. Boser, "Lidar System Architectures and Circuits," in IEEE Communications Magazine, vol. 55, no. 10, pp. 135-142, Oct. 2017, doi: 10.1109/MCOM.2017.1700030.
dToF LiDAR(Direct Time of Flight)
dToF LiDARは、最も基本的な測距方式の一つです。レーザーパルスを発射し、物体に反射して戻ってくるまでの時間(飛行時間)を直接計測することで距離を算出します。
計測原理は非常にシンプルで、光速(約30万km/秒)に飛行時間を掛けて2で割ることで距離を求めることができます。例えば、往復時間が100ナノ秒の場合、距離は15メートルとなります。($1$ ナノ秒 = $10^{-9}$ 秒)
dToF LiDARの特徴として以下が挙げられます。
- 高精度な距離測定が可能
- 長距離の測定に適している
- 環境光の影響を受けにくい
- 計測データの処理が比較的単純
ただし、高速なタイミング回路が必要で、システムのコストが高くなりがちという課題があります。
iToF LiDAR(Indirect Time of Flight)
AMCW方式
AMCW LiDARは、連続的な変調光を使用し、位相差から距離を算出する方式です。送信光を特定の周波数で強度変調し、反射光との位相差を測定します。
AMCW LiDARの特徴として以下が挙げられます。
- 比較的安価なシステム構成が可能
- 近距離での高精度測定に適している
- 小型化が容易
一方で、測定可能な距離が変調周波数に依存する点や、ノイズが多く精度も低いという欠点があります。
ToFシステムの設計【Part 1】システムの概要, Analog Devices
Understanding Indirect ToF Depth Sensing, Microsoft Dev Bolgs
AMCW LiDARでおこなわれている位相差検出方式は、インクリメンタル型のロータリエンコーダ10で使用されている位相差検出と似ています。
インクリメンタルエンコーダからの差動出力波形
FMCW方式
FMCW LiDARは、周波数変調された連続波を使用する最先端の測距方式です。送信光の周波数を時間とともに変化させ、反射光との周波数差(ビート周波数)から距離を算出します。
FMCW LiDARの特徴として以下が挙げられます。
- 距離と速度を同時に測定可能
- 高い距離分解能
- 干渉に強い
- 低い送信出力で測定可能
ただし、複雑な信号処理が必要であり、かつシリコンフォトニクスによる集積化が必要11となることが実装のハードルになっています。12
そのため、まだ研究開発の段階にある技術です。
Hu, M., Pang, Y., & Gao, L. (2023). Advances in Silicon-Based Integrated Lidar. Sensors, 23(13), 5920. https://doi.org/10.3390/s23135920
(おまけ)測距方式の選定指針
各測距方式には、それぞれ特徴や長所・短所があります。また、選択した技術に関する知識やノウハウの蓄積は、将来の開発にも大きな影響を与えるため、方式の変更には予想以上のコストと時間がかかるでしょう。そのため、初期段階での慎重な検討が重要です。
以下の項目を基準に、最適な測距方式を選定することをお勧めします。
(ほかにもたくさんあると思いますが...)
- 測距レンジ
- 測定精度
- 外光影響
- 消費電力
- 導入・運用コスト
- サイズ
- 将来性
3Dセンシングの分野は未だ過渡期にあると思っています。開発中止だったり会社ごと消えたりする可能性があるので、常に複数の選択肢を検討しておくことをお勧めします。(その事業でちゃんと儲かってるかを見るといいかもしれません。どこも儲かってないかもしれませんが...)
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https://www.omron.com/jp/ja/technology/omrontechnics/2021/20211119-taniai.html ↩
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https://www.macnica.co.jp/business/semiconductor/articles/onsemi/141433/ ↩
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https://www.kyocera.co.jp/prdct/semicon/lp/lidar_lightsource_fmcw/ ↩
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https://ex-press.jp/wp-content/uploads/2019/07/ft_lasers-for-lidar.pdf ↩
-
https://www.mobileye.com/news/mobileye-to-end-internal-lidar-development/ ↩