心理実験の印象を評価するときのおはなしです.
私は今は機械学習系のことをやっていますが,以前は心理実験で音楽を主観的に評価してもらいあれこれする系のことをしていて,たまにこういう話が恋しくなってしまうのです.
心理実験で人の印象を探る
さて.
心理実験とは人の知覚をアンケート調査を行なってデータを集め,それを分析するというものです.
私の研究室だと,音楽を聴いてそのキャッチーさはどれくらいか,何らかの加工をした音としていない音で印象がどのように変わるかを実験参加者の質問紙への回答によってデータを集めます.
心理実験を行う研究の代表例として,何か対象に対して,人が抱く感性的な印象を調べたい場合があります.例えば人は声をどのような観点で印象を持つかとか,味に対して抱く印象はどんなものがあるか等.
そのような実験では,
- 質問紙の回答項目にいくつか評価項目を定め,尺度を作る
- 回答してもらう
- 主成分分析や因子分析で大まかな評価観点を探る(因子分析だと因子の抽出)
-
- で得た評価観点から各データを評価して考察(因子分析だとデータの因子得点を求めるフェーズ)
というのが分析の流れです.
ここで問題となるのが1. で,どのような項目で回答してもらうかという問題があります.
よくあるのが**SD法 (Semantic Differential)**と呼ばれる方法です.
SD法は,対になる形容詞を評価基準として回答項目にする調査方法です.
リカート尺度を用いて,印象の構造を探るヒントとする方法です.
例としてはこのような感じです.
評価得点 1 2 3 4
項目1: 嫌い |--+--+--| 好き
項目2: 悲しい |--+--+--| 陽気な
項目3: 冷たい |--+--+--| あたたかい
項目4: かたい |--+--+--| やわらかい
項目5: 単純な |--+--+--| 複雑な
これらの項目をたくさん用意し,直接探ることのできない人の印象構造を捉える手立てとします.
SD法の問題点
ここで問題となるのが,SD法で使われる形容詞は本当に妥当なのか?というところです.
SD法に使われている形容詞は一般的なものばかりです.これは対象・領域問わず多くの領域で幅広く応用が効く一方,対象特有の印象構造を捉えるのならもっと対象に特化した評価軸を定めてもよいのではないかということです.
こぼれ話として,SD法を利用した実験は時に20以上の形容詞について回答する場合もあります.参加者の負荷が大きく,回答がぶれやすいです...また対象によってはほとんど不必要な形容詞も出てくるでしょう.環境音が可愛らしい-にくらしい?わからんわ!という感じ.
ここで役立つのが,評価グリッド法という方法です.
評価グリッド法とは
評価グリッド法は簡単に言うと**「人々が何を感じているかがわからなければ、直接聞いてしまえば良い」**
という考えのもと,評価軸をインタビューに基づいて決める方法です.
方法の概要としては,
- 具体的な対象をいくつか用意(なるべくプロトタイプがバラバラになるとよい)
- その対象についてそれぞれの差を考え,言語化する
-
- について,具体・抽象を行き来するように考え,構造化する
-
- を通して見つかった評価軸を質問項目に追加する
という流れです.
- を通して見つかった評価軸を質問項目に追加する
たとえば,炭酸飲料に対して抱く印象を探りたいとします.
- コーラ,サイダー,ラムネ,レモン,炭酸水を対象とします.
- 例えば,コーラとラムネはどっちが好きか考えて,コーラのほうが好きと考えました.理由はラムネは甘ったるいし,後味がなんか嫌ということだとします.
- ではまず,抽象化としてなぜ甘いのがだめなのかを考えます.ベタベタするからとか,くどいからとか,たくさん理由を考えるといいでしょう.次に具体化として,いい後味って例えば何?ということを考えます.そうするとスッキリしているとか,口に残らないとか,色々出てくるでしょう.
- ここで**「ベタベタする」,「くどい」,「スッキリした」,「口に残る」という対象特有の評価語を得ることができました.**
これをそれぞれのペアで繰り返すと,この対象における印象を得ることができます.
音の評価で実際に用いられた評価グリッド法について
音の評価で用いられた方法について紹介します.
日本音響学会の招待講演で発表された方法だそうです.
評価グリッド法を音の印象を探る心理実験に対して適用する時,難しくなるのが差異の言語化です.
その代わり,プロトタイプどうしに共通要素を見つけ,どんどん階層的にグルーピングしていくという方法をとります.
図で示すとわかりやすかったので,参考資料の図をお借りします.
(参照: 川井 被験者自身の言葉を評価語とした音事象の評価構造の抽出,日本音響学会研究発表会講演論文集,pp.1047-1050,2020. より)
このように動物の声や水の音としてグルーピングし,そのグループはどんな特徴があるかを言語化して評価語を得ます.またそれをさらにグルーピングして自然音としてまとめて,その特徴を言語化して評価語を得て...を繰り返していきます.
(ただ無理にグルーピングしようとせず単独要素が残ってもいい,と本文中にありました.)
このようにして,言語化が難しい対象においても評価語を得る方法が存在しているようです.
評価グリッド法の欠点
常に評価グリッドが良いかと言われるとそうでもありません.
欠点としては
- 構造化を行う人が対象を熟知した人でないと,重要な評価語を取りこぼす可能性がある
- 恣意的になりがち
というような欠点が挙げられています.
これらが致命的となる場合であれば,SD法を使うほうがかえっていいのかもしれません.
むずびに
対象に特化した印象評価語を探る評価グリッド法を紹介しました.SD法の評価で「これで本当に印象探れるのかよ・・・」と思った方にはぜひ試してみてほしい方法です.
よい心理実験ライフを.
参考文献
- 川井 被験者自身の言葉を評価語とした音事象の評価構造の抽出,日本音響学会研究発表会講演論文集,pp.1047-1050, 2020.
- 讃井 評価グリッド法の理論と実際,日本音響学会研究発表会講演論文集,pp.1043-1046, 2020.