はじめに
12月1日、「Team Toplogies」の邦訳版である「チームトポロジー 価値あるソフトウェアを素早く届ける適応型組織設計(以後、チームトポロジー)」が出版されました。同僚のおすすめ書籍でありながら、英語の壁に阻まれてなかなか手をだすことができずにいた私にとっては大変うれしいことで、さっそく読んでみました。
チームトポロジーでは、コンウェイの法則を前提として、価値提供のフロー効率を高めるシステムアーキテクチャを実現させるための組織の在り方について述べられています。その中で、組織内に存在するチームの種類を4つの典型的なタイプに分類し、各タイプが果たすべき役割を整理しています。また、チーム間の連携方法として3種類のインタラクションモードを定義しています。4種類のチームタイプと3種類のインタラクションモードを適切に組み合わることで、ハイパフォーマンスな組織を実現することができるというのが、チームトポロジーで述べられている重要なポイントの一つとなります。
この記事では、チームトポロジーで述べられている4つの典型的なチームタイプとチーム間のインタラクションモードに対する私なりの理解の整理として、いくつかの題材を対象に考察を進めてみたいと思います。
免責事項
著者は本記事を掲載するにあたって、その内容、機能等について細心の注意を払っておりますが、内容が正確であるかどうか、安全なものであるか等について保証をするものではなく、何らの責任を負うものではありません。
本記事内容のご利用により、万一、ご利用者様に何らかの不都合や損害が発生したとしても、著者や著者の所属組織(日鉄ソリューションズ株式会社(NSSOL))は何らの責任を負うものではありません。
チームタイプとインタラクションモード
チームトポロジーでは、基本的なチームタイプとして以下の4種類を定義しています。
- ストリームアラインドチーム
- イネーブリングチーム
- コンプリケイテッド・サブシステムチーム
- プラットフォームチーム
それぞれのチームタイプの特徴を簡単に述べると以下のようになります。
ストリームアラインドチーム
ストリームとは、「ビジネスドメインや組織の能力に沿った仕事の継続的な流れのこと」とされています。組織が価値を生み出し顧客に届くまでの価値の流れだと考えてよいのではないかと思います。ストリームアラインドチームは、「価値のある単一の仕事のストリームに沿って働くチーム」とされています。一つの価値の流れに関して、出発点から到達点までのすべてに対してオーナーシップを持っており、他チームへの仕事の引継ぎを必要としません。※価値の流れの中でチーム間での仕事の引継ぎを要するようなあり方は、チームトポロジーにおいてはアンチパターンなのでしょう。
ストリームアラインドチームは、組織で根幹となるチームタイプであり、残りの基本的なチームタイプの目的は、ストリームアラインドチームの負荷を減らすことにあります。
イネーブリングチーム
イネーブリングチームの役割は「特定のテクニカル(プロダクト)ドメインのスペシャリストから構成され、能力ギャップを埋めるのを助ける」ことです。イネーブリングチームは、「複数のストリームアラインドチームを横断的に支援し」ます。
ストリームアラインドチームが独力で行うよりも効率的に能力を獲得できるようにすること(能力獲得に対するストリームアラインドチームの負荷を低減すること)が目的となります。
コンプリケイテッド・サブシステムチーム
コンプリケイテッド・サブシステムチームの役割は、「システムのなかでスペシャリストの知識が必要となるパーツを開発、保守する。ほとんどのチームメンバーがその分野のスペシャリストでなければ理解や変更が難しいようなサブシステムを担当する」こととされています。
ストリームアラインドチームは、自身の価値提供のストリームにおいて必要となる能力を自チームで獲得する(手の内化する)ことが原則です。が、その分野のスペシャリストをチーム内に十分に配置することが、様々な要因から適切ではない(=その方がチームの認知負荷が高くなってしまう)状況においては、専門領域をサブシステムとして別チームに外だしして連携する形の方がよいということでしょう。
プラットフォームチーム
プラットフォームチームの役割は、「ストリームアラインドチームが自律的に仕事を届けられるようにすること」とされています。ストリームアラインドチームが価値を届けるうえで使用するモノ(ツールやサービス、知識、情報等)を、セルフサービス的に容易に活用できるようにすること、と私は理解しています。
プラットフォームチームにとっては、ストリームアラインドチームがある意味で顧客であり、プラットフォームを通じて、ストリームアラインドチームに対する価値提供を行うチームとみることもできるでしょう。
ストリームアラインドチームによる価値提供を、他の三つの基本タイプのチームでサポートする(ストリームアラインドチームの認知負荷を下げ、価値提供を最大化する)という形が、チームトポロジーで述べられている理想的なフォーメーションといえるのではないでしょうか。
インタラクションモード
チームトポロジーでは、チーム間の連携方法として以下の3種類のインタラクションモードを定義しています。
- コラボレーション:他のチームと密接に協力して作業すること
- X-as-a-Service:最小限のコラボレーションで何かを利用または提供すること
- ファシリテーション:障害を取り除くために他のチームを支援したり、支援を受けたりすること
先に述べた基本のチームタイプ間の連携は、上記のインタラクションモードのいずれかの形をとることになります。例えば、ストリームアラインドチームとイネーブリングチームが連携し、当たらな能力の獲得を進める場合には、ファシリテーションモードを用いることが多くなるでしょう。セルフサービス型のプラットフォームを介して、ストリームアラインドチームとプラットフォームチームとが連携する場合には、X-as-a-Serviceモードが適切かもしれません。
チームトポロジーの図示
チームトポロジーでは、以下のような凡例1を用いて組織のチームの構造やチーム間のインタラクションを表現します。
チームトポロジーで読み解いてみる
ここからは、チームトポロジーで述べられている基本のチームタイプとその連携への理解を深めるために、具体的な題材を使って考察を進めてみます。意識して眺めてみると意外なモノにもチームトポロジーを見出すことができるように思えます。
1.RPGにみるチームトポロジー
ロールプレイングゲーム(RPG)の定義はWikiペディアをご覧いただくとして、プレイヤーが操作する主人公とその仲間たち(ここでは便宜的に勇者パーティと呼ぶことにします)を取り巻く環境にチームトポロジーを見出すことができます。
1.1.ストリームアラインドチーム
RPGにおけるストリームアラインドチームは勇者パーティです。彼らはプロダクトこそ持っていませんが、世界各地に出没するまものを倒すことを通じて、各地の平和の実現という価値を提供し続けています。一般に、ストリームアラインドチームには、職能横断で自己組織化されていることが求められます。勇者パーティは、戦士や魔法使い、僧侶等2、様々な職業をバランスよく編成することが理想的であるとされています。また、攻撃・魔法・回復等、まものを倒すという価値提供のストリームにおいて必要とされる能力をパーティとして獲得することが求められます。
1.2.イネーブリングチーム
ストリームアラインドチームが新たな能力を獲得することを支援するのがイネーブリングチームでした。勇者パーティにおける能力獲得、それは魔法や技などのアビリティの獲得といえるでしょう。レベルが上がると勝手に能力を獲得できてしまう一部の世界では、イネーブリングチームが存立することは、なかなか難しそうです。しかし、パーティがアビリティを獲得するにあたり、先達が開発した術や技を継承・発展させ習得させることを目的とした組織がある世界も存在します。某RPGにおける術法研究所や技道場といったものは、パーティが独力でアビリティを習得する("閃く"まで延々と戦闘する)労力を省き、能力習得に対する負荷を低減させてくれるという意味で、ある種のイネーブリングチームといえるのではないでしょうか。
1.3.コンプリケイテッド・サブシステムチーム
結論から述べると、召喚獣です。勇者パーティが、石化による討伐を必要とするまものと相対するときに、パーティメンバーに石化術を習得させることは効率的ではありません。石化が必要なまものとの戦闘においては、石化のスペシャリストであるカトブレパスさんやコカトリスさんの協力を仰げばよいのです。
召喚魔法という形で協力いただくのは、ある種のX-as-a-Serviceモードのインタラクションとみなすことができるかもしれません。一方で、パーティに加わってもらいともに戦闘を行うのはコラボレーションモードでのインタラクションとみなすことができるでしょう。
1.4.プラットフォームチーム
プラットフォームチームは、ストリームアラインドチームに対して、使い勝手が良い形でツール類を提供するのでした。「ツール類」と書いた時点でお察しかもしれませんが、これはRPGにおいては道具屋・武器屋・防具屋などの各種ショップに他なりません。
武器屋・防具屋は、より強力な武具の提供を通じて、勇者パーティの価値提供ストリームを効率化(より強いまものをより早く倒せるように)します。場合によっては、メンバーの装備可否のチェックやその場での装備、以前使用していた武具の下取り等、武具の交換に伴う雑事を一連のフローとして対応してくれるなど、武具の運用に関する認知負荷低減3も担ってくれます。道具屋は、回復アイテムなどの提供を通じてパーティの能力を補い、強化します。
また、ショップとは異なりますが、船や飛空艇といった勇者パーティに移動手段を提供してくれる方々も、特定地域のまものへの到達利便性を高めてくれるという意味では、ある種のプラットフォームといえるかもしれません。
1.5.RPGのチームトポロジー図
これまでに述べた内容を、凡例を用いて図に表現すると以下のようになります。
2.「鬼滅の刃」にみるチームトポロジー
12月からテレビアニメの新章も始まった鬼滅の刃ですが、チームトポロジーの観点でとらえてみてもなかなか興味深いものがあります。
2.1.ストリームアラインドチーム
鬼滅の刃におけるストリームアラインドチームは「鬼殺隊」でしょう。鬼殺隊が提供する価値は、鬼を滅ぼすことを通じて人々が鬼に襲われることのない世界をつくることです。鬼が用いる「血鬼術」という多様な異能力に対応するために、「呼吸」というプラクティスを駆使して鬼に対抗します。作中で「呼吸を極めれば様々なことができるようになる」と述べられているように、呼吸の修得と鍛錬を通じて、鬼殺隊の隊士は鬼狩りを自律的に遂行するための能力(攻撃力・防御力・回復力等)を獲得することができると考えられます。一方、「何でもできるわけではないが」と補足されてもいるように、呼吸も万能ではないため、後述する異なる基本タイプのチームとの連携が必要になってきます。
2.2.イネーブリングチーム
鬼狩りという価値提供のストリームを遂行するにあたり、鬼との戦闘における隊士の能力ギャップを埋める役割を果たしている存在として、「育手」と「柱」があげられます。育手は、鬼殺隊入隊前の隊士候補生に呼吸や剣術などを修得させる役割を果たしています。また、柱は「継子」の育成や「柱稽古」を通じて隊士の能力向上に努めています。
2.3.コンプリケイテッド・サブシステムチーム
鬼殺隊の隊士は鬼を滅する特別な力を持つ「日輪刀」という武器を手にして鬼狩りを遂行します。この日輪刀の生産を一手に担っているのが「鋼鐵塚さん」や「鉄穴森さん」といった刀鍛冶の方々です。鬼殺隊が使う日輪刀の製造と保守は、彼らのようなスペシャリストの集団なくしては成り立ちません。そういう意味で、彼らこそ、鬼滅の刃におけるコンプリケイテッド・サブシステムチームといってよいのではないでしょうか。
一般隊士が用いている日輪刀は、形状もほぼ一様で量産品のように見受けられますので、ある種のX-as-a-Serviceモードでの連携といえそうです。一方、柱が用いる日輪刀は形状的に特注品のようなので、柱自身の能力・特性に応じたカスタマイズを施すようなコラボレーションモードで製造されているのではないかと思われます。
2.4.プラットフォームチーム
プラットフォームチームとしては、鬼殺隊の活動を支える縁の下の力持ち的な存在、「隠」と「蝶屋敷」「藤の花の家紋の家」を挙げておきます。隠は「鬼殺隊と鬼が戦った後の始末する部隊」ということで、隠がいるおかげで鬼殺隊の隊士は事後処理のことを心配せずに鬼と闘うことができるわけで、認知負荷の低減に貢献しているといえるでしょう。蝶屋敷が提供治療・リハビリや、藤の花の家紋の家が提供する休息・食事類も、隊士が鬼を倒すことに専念できるようにしているある種のプラットフォームサービスとみなすことができると思います。
2.5.鬼滅の刃のチームトポロジー図
これまでに述べた内容を、凡例を用いて図に表現すると以下のようになります。
おわりに
今回は、チームトポロジーの基本要素である、チームタイプとインタラクションモードについて、ゲームやコミックを題材に考察してみました。皆さんも、お気に入りの作品を題材に、チームトポロジーで作品世界をひも解いてみると面白い発見があるかもしれません。現実世界におけるチームトポロジーは(当然ながら)より複雑でしょうし、今回の題材のように静的な構造・関係性を保ち続けられるわけでもないと思います。書籍「チームトポロジー」の中では、今回紹介した内容だけではなく、チームトポロジーの前提となる「チームファースト思考」の説明や、チームファースト思考に基づく最適なチーム境界を見出すための「節理面」の考え方、環境の変化に応じてチーム構造を進化させるための方法等、チームトポロジーをより深く理解し、活用するための情報が整理されています。
プロダクト開発における逆コンウェイ戦略として、組織の在り方を考える上では非常に参考になるのではないかと思います。